異世界流挨拶
「そういえば、おにーさんの名前は何というのですか?わたしにだけ名乗らせるなんて、ズルいですよ」
「いや、別に伏せるつもりはなかったけど。俺の名前は佐久間だ。よろしく頼むよ、レナ」
「サクマと言うんですね。これからよろしくお願いしますね。サクマ」
レナは右手を差し出して握手を求めてきた。笑顔は本当に素晴らしい子だなあ。あとほんの少し頭が良ければ、何も言うことは無いのだが。
「初対面でお互い呼び捨てで呼び合うというのは、なんだか照れくさいな」
「あっ、さん付けしましょうか?さすがに馴れ馴れしかったですよね…」
そう言って、露骨にしょんぼりするレナ。そんな表情をされると、こっちまで悲しくなってしまうじゃないか。
「そんなの、気にしなくていいぜ?俺は、フレンドリーに接してくれた方がうれしいし」
俺は慰めるように言ったが、別に嘘と言うわけでも無かった。本来の俺は馴れ馴れしい奴が大嫌いだが、不思議とこの少女に関しては、親しくされることが嫌ではなかった。
そして、差し出された右手に握手を返すと…
「……ギャアアー―!!なに女の子の手をいやらしく握っちゃってるんですか?そういうつもりで右手を差し出したわけじゃありませんよ!?早く離してください!!」
レナは俺に握られた右手をぶんぶんと上下に振り、俺の手を引き離した。
「おい、何すんだよ。せっかく握手を返したのに。結構傷ついたぜ」
いくらブラック企業で鍛えられた俺でも、こんなに全力で拒絶されると心にダメージを受ける。
「はぁ?サクマがしたのはただの変態行為です!…本当にわからないんですか?右手を差し出した意味が…」
「まったく分からん。薄々気付いている事を言わせてもらうと、俺は多分、異世界に来ているみたいだしな」
これではまるでラノベを読みすぎた奴の発言だが、だんだんと現実味を帯びてきた気がする。こんなファンタジーな子が、地球上に存在しているとは考えにくい。まさか一人の少女との出会いで、異世界の可能性が浮上するなんて思っていなかったが。
ただ、こんな馬鹿げた話を信じてくれるわけないよなぁ。
「えぇええーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
ところがどっこい、全面的に信じてくれたようだ。
「サクマは異世界から来たのですか!?なるほど。それであんな変態行為に及んだのですね!!ごめんなさい。わたし、そうとは知らずに…」
「気にするな…あと、あれは変態行為ではない。ただの挨拶だ」
変態扱いされるのは心外なので、一応訂正しておいた。やれやれ、異文化との交流は難しいものだ。
「そうだったんですね。わかりました。それでは、こちらの世界でのあいさつを教えますね!さあ、右手を出してください」
俺は言われるがまま右手を差し出した。すると、レナはニヤりと邪悪に笑い、差し出した手の平を勢いよく”パン”と叩いてきた。
「痛っ。おい、何すんだよ」
「これがわたしの世界でのあいさつですよ。ふふん」
レナは舌をべーっと出して挑発してきた。何で挑発方法は俺のいた世界と同じなんだよ。
…異世界の挨拶とか言いつつ、復讐したいがために嘘をついてるのでは?まあ、別に良いか。叩いた衝撃で、あちらも手にダメージを負ってるみたいだし。レナの方が涙目になるとは、なんて面白い子なんだ。
こんな感じで、俺はレナと共に森の出口を目指すのだった。