魔獣の群れ
俺は馬鹿だ。こんな原生林で叫べば、人よりも獣を呼び寄せることを想像すべきだったのに。ただ、今は後悔しても仕方がない。
俺はがむしゃらに走った。死にたい時期もあったが、狼に食われて死ぬのは御免だ。
狼は吠えることもなく、無駄のない動きで追いかけてくる。そして、俺の脇腹に食らいついてきた。奇跡的に回避が成功し、辛うじて服だけのダメージにとどまる。…だが、多分こいつからは逃げ切れない。
「こうなったら、やるしかねぇ!!」
俺は狼の方へ向き直り、さっき拾った剣を抜こうとするが、どうやら錆付いて抜けないらしい。やむを得ず、鞘に入れたまま剣を構える。
…落ち着け。見た目は狼っぽいが、そもそも日本に狼はいないと聞いている。大きな犬と思えば、恐怖も和らいでくる。幸い、相手は一匹のはず…え?
「「「ガルルルル…」」」
いつの間にか、複数の狼に囲まれている。おいおいっ!こんなのいったいどうしろってんだよ!!
狼の群れは俺に考える時間を与えず、先頭の一匹が襲い掛かってきた。
「くるな!!うぉおお!!」
俺は渾身の力を込めて、重い剣をスイングする。その一撃は狼の顔面にヒットし、キャインと声を上げて怯んだ。やったか…!あっ!!
「っ!!痛ってぇぇえええ!!」
痛い、痛い、痛い!!くそっ、目の前の狼に気を取られすぎた!左腕に別の狼が噛みついている!!
他の狼も続々と襲い掛かってくる。左腕が封じられた今、右腕だけで剣を振り回す抵抗しかできない。…だめだっ、この数は一人じゃどうしようもない!
生命線である右腕の握力もだんだん弱まってきた。さすがにまずい…
「あっ!!おにーさん、大丈夫ですか!?今助けてあげますから!!」
諦めかけた瞬間、体感的には十年ぶりくらいに人の声を聞いた気がした。こんな状況だというのについ気が緩む。その隙を見逃さない狼は、俺の喉をめがけて襲い掛かってきた。あっ、死んだかも。
「危ない!!」
俺の喉に食らいつく直前、目の前の狼の首が飛んだ。たった今救出に来た少女の剣が、狼の首を斬り落としたのだ。そして、流れるような動きで、左腕に噛みついている狼も切り捨てた。
仲間が斬られる様子を見た他の狼たちは、いったん距離をとる。そして、しばらく少女と睨み合った後、敵わぬとみて逃走していった。…助かったのか?
「大丈夫ですかおにーさん!!叫び声が聞こえて駆けつけたら、魔獣におそわれてて驚きましたよ」
犬でも狼でもなく、魔獣…というのか?あの生き物は。何はともあれ、ギリギリ命拾いしたらしい。
「来てくれてありがとう。本当に助かったよ。君が来てくれなかったら、確実に死んでたぜ」
どうやら俺の声は、ちゃんと人にも届いていたらしい。まったく、運が良いのか悪いのか…。
「いやぁ、それほどでもぉ…って、お礼は後です!血の臭いを嗅ぎ付けて、他の魔獣が来ちゃいますよ!早くここを離れましょう!!」
「そうなのか!?わかった、すぐに移動しよう」
助かったことに安堵して気が付かなかったが、辺りは魔獣の血が飛び散っている。確かにこれはまずいかもしれない。それに、あまり近くで見ていると吐き気がしてくるし、さっさと移動した方が良いだろう。
俺は駆けつけた少女とともに、急いでこの場を離れることにした。