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非現実的なところにて

 物語はそう……このごく普通な家の中から始まった。

 「はじめまして、その……読者さん」

 部屋の中で、十四歳くらいの少年が、あなたに話しかけている。

 「名前を教えてほしい……といっても、こちらには伝わらないけどね」

 ちょっと残念そうになったが、少年はすぐ持ち直した。

 「僕はギーク、この物語の主人公だ!」

 少年は元気な顔でそう言った。

 「世界の危機を救うために、僕は冒険の旅に出る……そういうところだね」

 「台本すらないけど、そういう物語に決められてるんだ」

 ギークがベッドの下からボロのフライパンを取り出し、装備した。

 「かあさんに別れを告げよう」

 ちょいと悲しさを感じながら、ギークは部屋から出て行った。

 ……冒険は、始まるべきだった。


 「かあさん、どこにいるの?」

 家の中を探りまくるギークの姿だった。

 声が空回り、まるで夜のような静寂が家の中を満たしているようだ。

 「誰もいない……」

 親までじゃなく、普段遊んでいる兄弟たちも消えている……

 異常極まりない!

 「冒険の時間なのに……」

 戸惑っているギークだが、外を出ることに決めた。

 「……?」

 その時こそ、ある違和感に襲われた。

 家の中は静寂だった、だからこそ気づくものもある。

 そんな異常……違和感……不自然!

 「外に変な音が……」

 ギークの家は町の外にあるんだ、普段は人もあまり来ない、動物も猫か犬ぐらいの小柄なやつしかたまにいない程度……よってこれはーー

 「異常だ……」

 それがはっきりと、ギークの耳に刻んだ。

 突然現れるその轟音に、異常を覚えざるを得なかった。


 「何があった!」

 急いで家を出た時、それがあった。

 人が襲われる光景だった。

 それは異常だな……?違う、そうではない。

 異常なのが襲われることではない、襲ったやつに異常があるんだ、それもとびっきりのやつが……

 人と同じぐらい大きさのそれ……その、なんていうか……

 ティラノサウルスが……人を襲ってるんだ。

 「何やってんだ!くろ兄さん!」

 そのティラノサウルスこそが、いなくなった兄弟だった。

 「ぐうワっー!」

 意味もなく、くろは咆哮をあげた。

 「おとなしいくろ兄さんがなんでこんなことを……?」

 襲われる人は逃げようとするが、くろの尻尾に身体を絡みつかれた。

 「助けないと……」

 そんな光景を前にして、ギークはわかった。

 いつもとは違う……何かが起きていると。

 用意されたシナリオはただただ、無残に崩れ去っていくのだった。


 ……

 「これはいったい、どういうこと……?」

 たくさんの恐竜が逃げていくうちに、ギークはフライパンを持って囁いた。

 「いつも仲良くしている恐竜たちがこんなことに……」

 たとえそれらを撃退した今でも、ギークは迷っていた。

 恐竜たちは仲間……のがもともとのストーリー、用意された正しい歴史だったはず。

 それにもかかわらず、恐竜たちが敵になって、元の敵が跡もなく消えた。

 世界の初めての狂い、正常を踏み外した状況になった。

 用意されたヒーローは、恐怖を感じざるを得なかった……

 「……」

 そのときだ。

 答えがわからず迷宮のなかに、出口が自らやってきた。

 恐竜が地に落とした、一切れの紙だった。

 なぜかそれを目にした瞬間、ギークはわかった。

 自分宛の手紙だと。

 一言しか書いてなかった。

 --足跡の大地へ来い。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「本当にごめんなさい!」

 あなたに向かって、ギークは謝罪を申し上げていた。

 「なぜかは知らないけど、元々とのストーリーが離れてしまった……ちなみにもとはこの国・オデーンの中をめぐる冒険がはじまるんだけど……友達の恐竜たちもへんになったし、どうなるんだろう…」

 先の紙切れを取り出し、ギークの表情が真剣になっていた。

 「足跡の大地……そこへ行けばわかるのかな……」

 あなたに向いて、ちょっと戸惑ったあとに、ギークは語りだした。

 「足跡の大地をあなたに説明したいけど、正直僕もよくわからない……オデーンの外にある巨大な足跡しかない場所だと思う……しかしあそこには何もなかったはず」

 つばを飲み込んで、決意を下した。

 「行きたくない……けど」

 ……

 「……行くしかない」

 物語のシールドがはかされた今、ギークの前にあるのは、もう……暗闇しか見えなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ……そういえば、先のティラノサウルスって知ってるよね?

 いや、現実のじゃないよ、ここのだよ。

 知らないか?じゃ仕方ない、教えてあげるよ。

 とりあえずでかくて、強い……え?現実とそんなに変わってない?なんだ、知ってるのか……

 じゃその認識でいいよ、ちなみにギークもかなり強いが……あっ、先の先のシーンで見たか。

 どうしてこんな話をするかって?クライマックスのためだよ、ギークのやつ説明下手だからさ。

 じゃ、私は物語に戻るので、この間はギークにはナイショでお願いしますね。

 ……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それは、足跡の大地に着く時だ。

 巨大……奇妙……かえって不気味な……あれがあった。

 空に浮いてるあれを見て、ギークは啞然としていた。

 全身は太陽を反射する鏡でできてあり、大きな翼と目がない顔、まるで未知なる恐怖の化身。

 鏡で作られた巨大こうもり……

 「どうだ、すげぇだろ」

 後ろから聞こえてきたのは、慣れ親しんでる声だった。

 声の主がギークの前にゆっくり歩いて、語り始めた。

 「伝説の生き物だぜ、こいつが俺たちとそとの世界をつながり、バランスを維持してきたようだ、いわばこの世界の神……」

 巨大……いや、こうもりのことではない。

 目の前にいる声の主だ、巨大というのは……

 ギークの何倍もあるその体……無理もない、だって、ティラノサウルスだからな。

 そりゃでかいに決まってる。

 そして、彼はギークの親友でもある。

 「プー!どういうこと?何を言っている!」

 名前はプーと呼ぶ。

 「聞いてくれよギーク!俺のこのよーー、アイス棒であたりを十回連続でひいたような、あるいは、連休のあとに台風が来て強制休憩されるような気持ちを聞いてくれよ!」

 「何を言って……」

 「たまたまだ……!本当にたまたまなんだ、この場所で散歩していた時、こいつを見つけたんだ、そしてさ、俺の脳が急に冴えてて、いや普段からか、とにかくすごいんだよ!」

 プーはこうもりの体に口で指した、そこでギークは気づく。

 こうもりの体に変な空洞があることを。

 「盗み食いしちまったぜ!そしたら何が起こると思った?」

 「プー……お前……」

 笑いながら、プーはギークに近づいた。

 「物語を破綻させることさえできたぜ!なんて素晴らしいんだ!この力は!」

 ギークの背を叩いて、プーの表情が歪んだ。

 「これから世界は俺のためだけにあるものになるから、物語もお前ももういらねぇんだ、わかった?」

 ギークは……躊躇いもなく、拳を繰り出し、自分を殴った。

 「あれ?」

 痛みとともに、やってくるのは、疑問だった。

 殴ろうとしたら、自分を殴っていた。

 「どういうこと?」

 ギークは走ったが、ころんだ。

 「うわっ!」

 今度は……

 「走ろうとしたら、転んでしまった……ギーク、そういうことだ」

 プーの不気味な微笑みを見て、ギークはいやな予感に襲われた。

 「もうちょっとわかりやすく言うと……ギークは走ったが、ころんだ……という句だったな」

 「それは、どういう……」

 「わからなかったか?前の文を見ろ!その読者さんよ!ギーク、お前にも簡単に説明してやるか」

 プーの言葉に、ギークは理解した。

 「完璧じゃないが、外の世界に出た句に一度だけ、俺は足し付をした……この鏡のこうもりの力でよ!そしたらそれがこの世界の歴史として固定し、物語になったんだ!」

 嬉しすぎて、プーは地を荒らし始めた。

 「つまり俺は今、無敵になったんだよ!」

 地に張り付いて、ギークは感じた。

 吐き気さえする、その恐ろしい深淵から張り上がった暗闇を……今、実感した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「喰らえ!」

 装備していたフライパンをプーに投げ出したら、あらぬ場所へと飛んでいった。

 「無駄だよ、ギーク……」

 ギークはプーから離れるように走ったら、逆にプーに吸い込まれた。

 「そんなことをしたって、いてっ!」

 プーの顔が急に曲がった。

 プーに襲った衝撃の真相は、ギークの頭突きだった。

 吸い込まれた時と同時に、プーに頭を突き出して、そのバワーを利用した。

 逃げようとしたのが、フェイクだったんだ……

 ギークは、はなっぱから逃げる気などなかった!

 「ギーク……てめぇ……」

 怒りに燃えて、プーは叫びだした。

 「ギーク!」


 「うっ……」

 ギークは急いでジャンプでプーから離れた後に、とんでもねぇ加速して飛んでいった。

 「これでどうだ!先と同じ罠は踏まねぇぞ!」

 プーは勝ち誇ろうとして叫んだ。

 ギークは……そのまま飛んでいき、こうもりに掴んだ。

 「ん?何やってんだお前……」

 こうもりにしがみついたギークに、プーには全くの不理解だ。

 「ここにいれば……」

 小さな声で、ギークは囁いた。

 「は?」

 「どうだ!プー!ここならお前でもどうにもできない!」

 こうもりにしがみついてるギークの言葉に、プーはただただ笑った。

 「どうにもできない……だと?勘違いにもほどがあるぜ、ギーク、逆だ」

 プーは自分の尻尾を巻き上げて、あるものをとった。

 それを見たギークは、焦りに襲われ、冷や汗をかかざるをえなかった。

 「的当てゲームのはじまりだ!ターゲットはお前で、ダーツは……こいつだ!」

 先ギークが当て外したフライパンが、尻尾に巻き上げられた。

 「どうにもできないだと?それはお前のことだ!今この状況でどうにできないのは、お前のほうだ!ギーク!」

 プーの全身が回って、フライパンが全力で射出された。

 真っ直ぐに……

 「はやく……!」

 ギークは手を離して、こうもりから降りようとしたが、手が逆にくっついて、こうもりから離れなくなった。

 「ギーク!結局最期まで、お前は何もできなかったな!」

 加速していくフライパンが、ギークの体ごと貫いた。

 「フハハハヘビハ!勝った!物語は崩壊し、世界は俺の手に入った!」

 「うっ……」

 貫通されたギークは、地に落ちて、小さな声を出しつつあった。

 「ヒヒヒハハハビカッカカカ!なんだギーク!遺言でも残すのか?聞いてやるよ!」

 「うっ……くっ……」

 力んで空気を吸い込んで、ギークは頑張って声を出した。

 「くくく……はは……」

 予想を裏切って、ギークが発している声は……

 笑い声だった。

 「その通り……プー、物語はお前の手によって崩壊した……だから……だからこそ、笑えずにはいられない……」

 「何を言って……」

 意外の意外にあるその反応に、プーは戸惑った。

 「何がおかしいんだよ!」

 足を上げて、踏んづけようとしたプーだが、そこに、やっと……

 彼にも、その感覚に襲われた……

 違和感……不自在……頭の隅にある、忘れられた感触……

 全部が彼に、あることを示していた。

 違うんだと、示していた。

 「なっなにーーー!」


 世界が、揺れていた。

 たとえではなく、本当に揺れていた、そして、二人も……

 消えかけていた。

 「これは、なんなんだよ!何をした!ギーク!……まさか」

 プーが視線を向けた先は、こうもりの姿だった。

 しかし、先と違うのは、そのこうもりに穴が空いていた。

 「先のフライパン……に……」

 ゆっくりして、解説を始めようとするギークだが……

 「うっそ……だろーー!」

 プーは叫んでしまった。

 「こうもりの心臓が……あの一撃に貫通されたというのか……それじゃ」

 ギークはゆっくりと、次を続いた。

 「安定を維持する存在を失った世界は当然、無事ではいられない……」

 崩壊する……そうならざるを得ない!

 「そ、そうだ、俺の力を使えば!」

 頑張って何かをしようとするプーだが……

 ……

 なにも起こらなかった。

 「力も……なくなっていた……」

 いや、なくなったのではない……

 「こうもりがなくなった今、外の世界への干渉はできなくなった……」

 プーは思った……

 なくなったと同じじゃねーか!

 「さて……」

 いつの間にか、ギークがプーのとなりに立っていた。

 フライパンも持ってて……

 「ラストラウンド……」


 「ギぃーーーーーク!」

 困惑、悲しみ、イラつき、いろんな感情の中、プーにもっとも満ちていたのは、怒りだった。

 まるで前が見えない闘牛のように暴れ……

 隙だらけ?いやいや、とんでもない。

 その姿は、隙しかなかった。

 死にかけているとはいえ、ギークは主人公、そんな子供の遊びのような攻撃なんて……

 屁でもない。

 「プー……先お前がフライパンを投げたその時にすでに」

 全てが終わっていた。

 プーの正気が戻った時は、もう自分が土についてた時だ。

 そしてその意識も、とうとうなくなった。


 歪んでいく世界の中で、ギークがこうもりに歩いていった。

 「うぅ……痛い……」

 まるで一生のような短い時間を経て、ギークがこうもりのそばに着いた。

 手をこうもりの上に置いて、目を閉じた。

 「主人公役の力……今返す」

 暖かいものが体から抜いていくのを感じし、ギークは静かに……

 眠りについた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 えっとーー、こんにちは、いやはじめまして。

 こうもりです、いやなにか名前を……ないね。

 こうもりです、読者さん、ご読み頂いてありがとうございました。

 わたくしは物語に登場したあのこうもりです、なにもしてなかったけどね。

 ギークが力を戻してくれたおかげでいま元気いっぱい!新たな歴史も手に入れたししばらくこの世界は平気だな!

 痛かったけど計画通り、痛かったけどね。

 まだあなたに感謝しきれないけど、わたくしはそろそろ眠りにつく時だ。

 本当にありがとう……そして、さよなら。

 ……

 あっ、ギークなら、家のベッドで寝ているよ、それじゃ!

 バイビー!


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