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夕日

 どのくらい歩いただろうか。ヘンゼルは完全に時間の感覚を忘れていた。それくらい思い出に浸っていた。


「そこで待ってろよ。まだ目隠しは外すんじゃねーぞ」


 そう言い残して父親は、踵を返して歩き出した。――二人は捨てられたのだ。


 声のする方へ顔だけを向けて見送る二人。見送ると言っても離れていく足音に耳を傾けていただけだ。決して気持ちの良い別れという訳ではない。

 第一、暴力を振るうような男だ。いなくなるのならそれは良い事だと捉えてもおかしくはないだろう。今の二人がそうだ。必死に止めようと声も掛けず、追いもしない。実の子供ではないからと言うこともあるかもしれないが、彼らの精神的な部分が外見とはかけ離れていたからというのが正しい。実の子供で精神的にも外見のままだったら――そんなことを考えても意味はないだろう。誰にでも分かることだ。

 現状、二人はそこまで幼くはない。それ故の行動だった。ただ立ち尽くし、足音を見送る。そんな二人の行動を疑問にも思わず、父親は二人を残し姿を消した。





「そこにいるか? いたら返事してくれ」


 足音が聞こえなくなった今でも言いつけ通りに目隠しを被ったままヘンゼルが声を掛ける。


「ええ、いるわ。もうこれをとっても良いのかしら? 臭くて鼻が曲がりそうよ」


「そうだな。取ろう」


 幸いなことに手は縛られておらず、そのおかげで容易に目隠しを外し投げ捨てることが出来た。すでにゴミ同然になった布からは未だに異臭が漂う。どんな使い方をすればこんな匂いが出せるのか疑問でならない。そう言いたげに二人は眉を寄せて、辺りを見渡した。


「どこだ? ここ。さっきの小屋からどれくらい歩いたんだ?」


「だいだい三十分くらいかしら……道も分からないし帰るのは難しいわ。それに、やっと元の物語の展開っぽくなってきたわね。まだ夜じゃないけど」


 グレーテルの言う通りだ。所々は狂っているが、展開はヘンゼルとグレーテルらしさが戻りつつあった。親に捨てられて森の中に置き去りにされる。それに近いものにはなっているだろう。


「ああ、そうだな。それより、あの男に何かされなくて良かった。正直な話殺されるんじゃないかと考えていたけど、あいつはどっか行ったみたいだし……まあ良かったよ」


「殺されるまでは行かないけど暴力を振るったのは事実よ。あなたのことも蹴ったし、私も打たれたわ。だから何かをされてない訳じゃないのよ」


 揚げ足を取るグレーテル。そんな彼女の身体は、本の中に入る前と同様に全身が小刻みに震えている。もちろん、手を伸ばせば届くくらい近くにいたヘンゼルがその異変に気づかないはずもなかった。


「なあ、大丈夫か? 身体震えてるぞ」


「ええ、大丈夫よ。少し休ませて頂戴」


 ヘンゼルの「ああ」という短い返事を耳に入れてから、木の幹を背もたれにして足を抱え込みながら座り込む。ヘンゼルも座るが、グレーテルとは顔を合わせないように同じ木の反対側を背もたれにしている。


「ごめんなさい、これじゃあお荷物ね」


「いいよ」


「優しいのね。何も聞いてこないなんて」


「あ? 話したかったのか? 何かあった事なんて今のお前を見れば分かることだし、誰にでも秘密とか言いたくないこととかあるだろ。実際、俺もこの仕事のことでまだ言ってないことがあるし。あ、でも注意事項とかは伝えたから安心しろよ? 入る前に話した奴で全部だ」


 本当のことだ。まだ皐月には話していないルールが手帳に書かれていたことは事実だ。必要最低限の事だけを皐月に話し、できる限り手帳に書かれていた『この一切を秘匿とし、口外することは決して許されない』これを可能な限り守ろうとしたためだった。


「話したいわけじゃないわ。本心よ、あなたは優しいわねって。素直に受け取ってもいいじゃない」


「それはどうもありがとう」


 妙に片言で礼を言い、足下に転がっていた石を遠くの木に投げつける。手前に生えていた木の間をすり抜け、見事狙いの木に命中し小さくガッツポーズ。これが、ヘンゼルの今できる精一杯の照れ隠しだった。


「隠していることは教えてくれないの? 少し気になるわ」


「おい、そこは聞かない雰囲気だっただろ」


「冗談よ、冗談。そんなにムキにならなくてもいいじゃない」


 グレーテルは手を口に当てながらふふっと笑う。どうやら妹が優勢らしい。兄は返す言葉もなく足で土を軽く掘り返していた。

 

 一本の木越に交わされる会話は陽が落ちる少し前まで続いた。風が少し冷たくなり、朝焼けとは比べものにならないくらい赤い夕焼けが二人を照らしている。いくら本の中だからと言っても時間の流れは現実と大差ない。

 時間だけではない。喜怒哀楽もあれば、三大欲求だってある。もしも何も知らない人がいきなりこの世界に来たら、異世界へ飛ばされたと勘違いしてもおかしくはないだろう。それくらい本の世界は現実そのものだった。言い換えれば、先を予知できる現実。そう言っても過言ではなかった。

 先を予知できると言ってもいいことだけではないということを今一番実感しているのは間違いなくこの二人――というかグレーテルだろう。

 

「元の物語の展開っぽくなってきたわね」というさっきのグレーテルの言葉からもそれが滲み出ている。

 この先に待つ展開。クライマックスが徐々に近づいていると言わんばかりに二人を照らす太陽が無慈悲に時の流れを告げていた――


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