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緑の震え

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「本棚しかないじゃない」


 大輝の指さす方をみて皐月が口を開く。自信に満ちあふれた表情を浮かべる大輝は堂々とした口調でそれに応える。


「あれが隠し扉になってるんだよ。あ、これも口外禁止な」


「分かってるわ。でも、もし誰かに話したらどうなるの?」


「それは……いや、今はやめとく。これ、持っててくれるか?」


 口籠もった大輝の物言いに皐月は「そう」と応えるしか出来なかった。大輝はカウンターの椅子から立ち上がり、本を皐月に手渡して隠し扉へと向かう。皐月は本を無言で受け取ると、その後に続くように歩いて行く。


 大輝は隠し扉の本棚から本を五冊取り出し、決められた場所に配置していく。赤い帯の本を本棚の右上に、同じように、緑の帯の本を左上に、黄色い帯の本を右下に、茶色の帯の本を左下に、青い帯の本を真ん中に置いた。最後の一冊を本棚に置いた瞬間、本棚は奥に開き、一つの通路を出現させた。入り口からは先を見ることが出来ないくらいの暗闇。皐月はこの暗闇に思わず息を呑んだ。


 大輝はこの暗闇に躊躇なく飛び込んでいく。一歩、また一歩と歩みを進める大輝は、後ろにいる皐月を気にかけることなく進んでいた。真っ暗な通路なのに灯りを点けず、右手の手のひらを壁に当てて壁伝いに進んでいく。入り口で戸惑う皐月は、大輝が暗闇に飲み込まれて消えかけるまで足踏みをしている。辛うじて確認できる大輝の背中を細く、白い足で必死に追いかけた。


「なあ、生徒会長なのに髪染めてていいのか? うちの高校髪染めオーケーだっけ?」


「違います! これは地毛です。もちろん髪染めは校則で禁止されているので染めたら許しませんよ」


 暗闇を振り返ることなく進む大輝が皐月に世間話を振る。緑色の髪が地毛なんて存在するのだろうか。そんな疑問が大輝の頭を悩ませたことは言うまでもない。誰だってそう思うだろう。緑色の髪なんて。さらには、こんなところでまで生徒会長としての責任を果たそうとしているのだから彼女の秀逸さがうかがえる。


「その……気にしてたんだよな。悪かった」


「いいの、気にしないで。もう髪のことで色々言われるのは慣れているから。それに、私はこの髪気に入っているの」 


そう言って皐月は自分緑髪を撫でる。縛られた尻尾の部分が優しく揺れている。


「そうか、ほら着いたぞ。あの白い扉の先が本の世界の入り口だ」


 大輝の前には、くらい通路にぽつりと浮かぶ白いドア。周囲の黒とは対照的な白いドアは大輝は見慣れたただのドアでも、皐月からしたらただの異様なドアだった。真っ白で模様や絵が何も描かれていないそのドアは、物珍しさを超えて、不可思議だ。それもこの空間のせいだろう。この真っ黒の空間の。


「この先がもう本の世界?」


「違う。この先の部屋からいくんだ」


 そう言って大輝はドアノブに手をかけ、ドアを開く。開いた先、ドアの向こうにはドアと同じ色の真っ白な部屋が広がっていた。学校の教室くらいの大きさで、作りも教室とほとんど変わらない。真ん中に銀色の台座が主張的に置かれている。高さは大人の腰くらいの高さ。本を立ち読みする際にはちょうどいい高さだろう。それ以外には何もない。入り口のドア以外は何も。


 大輝に続いて皐月も中へ入る。皐月は周りを見渡すように首を左右に振る。銀の台座を指さして声を上げる。


「あれは何? この部屋にはあれしかないの?」


「そうだ。あそこにその光ってる本を置いて最初のページを開けば本の世界へいける」


「そう、じゃあいきましょう。時間がないんでしょう?」


 そう意気込んだ皐月だったが、足の震えを抑えるように太ももに手を当てていた。その震えが身体を伝って全身にまわる前に、後戻りの出来ないところまで行きたかったのだろう。


「ああ、その前に伝えなくちゃいけないことがある。俺たちだけの会話なら発言自体に気を遣う必要はないんだが、俺たち以外の誰かがいるときは気をつけろよ。その発言を聞いた人物の行動に影響しちゃう時があるからな。あと名前はダメな。絶対間違えるなよ? これはどこでもかまわず影響が出るらしい。心配ならお前とかあなたとかで呼んどけ」


「わかったわ。名前を間違えればその間違えも影響が出るってことね」


「そういうこと。それじゃあいくか」


「ごめんなさい、やっぱりちょっと待ってもらえる? 心の準備をさせて頂戴」


 大輝は「おう」と応えると部屋の隅で座り込んだ。皐月も同じように台座の前で本を抱えながら座る。座ると言うよりは足の力が抜けて立てなくなったと言う方が正しい。もう限界だった。

穴が空いた布を繕ってもまたすぐに穴が空く。もしかしたら人を殺すかもしれない。それが彼女の心に穴を開けさせて、なんとか繕ったもののすぐに感情がそこから漏れはじめる。その結果がこれだ。すでに彼女の中で何かが崩れはじめ、立つことの出来ない現状を生み出している。十七歳の少女には、いや、人間には到底出来ない頼み事が彼女を蝕んでいた。


「無理ならやめてもいいぞ」


そんな彼女に大輝が卑怯な一言を発する。これを言えば彼女は絶対にやめない。やめることを彼女のプライドが許さない。そんなことを心のどこかで確信していた。それ故に発した言葉だった。


「いえ、やるわ。もう大丈夫だから」


 足の震えが肩にまで来ている。そんな身体を無理矢理奮い立たせて立ち上がる。立ち上がってもなお、彼女の悲痛な表情が隠すことが出来ずに現れていた。


「じゃあさっきも言ったけど台座において、本の最初のページを開いてくれ。あとは主人公の名前を言えば本の中だ。名前を間違えるなよ?」


 大輝の言葉通りに本を台座の上へと置く皐月。大輝も部屋の隅から台座の元へと移動する。彼女の震える身体を見ながら――


「分かってるわよ! ……じゃあ、開くわ」


 そう言って彼女は本を開く。言われたとおりに最初の一ページを。髪のめくれる音を白い部屋いっぱいに響かせながら彼女はページをめくった。


「ヘンゼル」


 大輝が声を上げる。それに続いて皐月も。


「グレーテル」


 皐月が名前を口にした瞬間。本からは今までとは比べものにならない程の光を発して部屋中を光で包み込んだ。声を上げることを許さないぐらいに一瞬で、光は二人を本の中へと引きずり込んだ。二人を飲み込んだ後、部屋には台座とそれに置かれた本だけが取り残されていた。風一つ吹かないこの部屋で、一ページだけがゆっくりとめくられた。


 『ヘンゼルとグレーテル』の物語が始まる――


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