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無理難題

 本の中に入ること。これはもう決めた事だった。泣きながら考えて、母の言葉を思いだして、俺しかいないんだと再確認した。その矢先だ。主人公が二人――とてつもなく大きな問題にぶつかった。今は大輝しかいない。

 大輝は光り続ける本を一度カウンターへ置き、手帳に書かれた文字を読み返す。何かの間違いであって欲しかったのだろう。それを再確認するように音読した。


「主人公が二人以上の場合、必ず人数を合わせて入らなければならない。もしも人数が足りずに本の中に入った場合は、後にそのまま反映されることになる――」


 このまま大輝だけで本の中に入ってしまえば、ヘンゼルだけになってしまう。グレーテルの存在が消えることになってしまうのだ。物語が大きく改編されてしまう。それだけはどうしても避けたかった。


「どうすりゃいいんだ」


 大輝の嘆きに応えるように、書店のドアチャイムが軽快に音を鳴らす。


「ごめんくださーい……えっ、本が……光ってる?」


 大輝は本の中に入る以前の問題を忘れていた。本が光ったら店を閉める。両親がいたときから忘れずにしていたことなのに、今日だけは完全に忘れていた。おかげで本が光っているところを見られてしまった。


「いや、これは違うんだ! ――それで、今日はどんなご用ですか?」


 本をカウンターの下にそっと置いて違う話題を振ってみたが、その程度で騙されるほど客――その女性は甘くはなかった。さすがに無理があったことは大輝も百も承知だ。


「さっきの本を隠さないでよ。どうして光ってたのか教えてください。今日は本を探しに来たけど、それどころじゃなくなったわ」


 彼女の探究心は大輝の予想以上に強い。大輝の話題転換を『それどころじゃない』の一言で一蹴りした。 大輝には見慣れている本の発光は、彼女にしてみればとんでもないことだった。彼女に限らず、どんな人が見ても本が光っていれば間違いなく驚くだろう。

 徐々に迫り来る彼女に耐えかねてつい口をこぼす。


「わかったから離れろよ……顔が近い! とりあえず店の看板を下げてきてくれ。後、札もひっくり返してくれよ。扉にかかってるやつな」


 彼女は「わかったわ」と言い残して閉店作業に取りかかった。いつもは大輝がやっていた閉店作業。誰かにやらせるのは気分が良かったのか頬を緩めた。が、それも一瞬で、手を顎に当てて熟考の姿勢に入っていた。彼女が作業を終えるまでに答えを出さなければいけなかったからだ。


 もう言い訳や言い逃れることは出来ないだろう。彼女の性格はあの一瞬でも容易に理解できる。自分が納得するまで諦めることはないだろう。かといって秘密を話すわけにもいかなかった。手帳の最後から二番目のページには重要だぞと言わんばかりに太字で書いてある。『この一切を秘匿とし、口外することは決して許されない』なんて書かれているのだから簡単に破れるものでもない。だが、彼女に本の発光を見られてしまったのも事実だ。


「もう隠す必要はないのかもな……」


「何か言った?」


「いや何も」


 作業を終えた彼女が戻ってきてしまった。大輝に必要なものは時間だった。この場をどうにかして乗り越えるための策を考える時間。大輝は申し訳程度の時間稼ぎをはじめた。いい結果になったか悪い結果になったかは別として、時間を稼ぐという事だけを考えれば効果覿面だった。


「あんた、名前は」


「え? それ本気で言ってるの? 私、あなたと同じ学校だし、それに生徒会長だし、あなたと同じクラスなのだけれど」


「は?」


 驚きのあまり考えることをやめていた。彼女の容姿を見ることに精一杯だった。

 ショートパンツに白シャツ一枚という男に喧嘩を売っているような服装に、生徒会長とは思えないような緑色の髪。きれいな緑色を後ろで一つに束ねている。俗に言うポニーテール。そして赤渕の眼鏡が髪色と相性良く似合っている。服装からは想像することの出来ない彼女の役職を眼鏡が辛うじて補っていると言っても過言ではない。最後に、シャツ一枚のせいか、胸がかなり強調されている。彼女は自覚しているのだろうか。これだから女性は怖い。


「ねえ、聞こえてるの? あなた、高橋大輝くんでしょ? 私は冴島皐月。よろしくね。大輝くん」


「ああ、よろしく」


 呆然とする大輝に、顔の前で右手をひらひらとさせて反応を伺ってきている。そして彼女にとっては二度目であろう自己紹介を大輝は一言で受け流した。


「はい! じゃあ、なんで本が光ってたのか教えてよ」


 彼女のことを記憶の中から探す作業に必死で大事なことを忘れていた。肝心の答えがまだ出ていなかった。が、一つの考えが頭をよぎる。手帳の約束を破ることにはなるが、もっと大事な事が解決するかもしれない。――賭けに近い解決策が。


「今から話すことを絶対誰にも言わないって約束するか?」


「ええ、するわ」


 大輝の真剣な表情に応えるように皐月もまた同じく真剣な表情に。少しの間を置いてから大輝が口を開いた。


「俺と本の中に入ってくれないか?」


 いろいろと手順を等閑視した大輝の提案に皐月の出した答えは。


「え? なんですって?」


 耳を疑うのも無理もない。皐月にはなんの落ち度はないのだから。


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