質問地獄
「あっ、じゃあ先にホテル行っとくわ。多分、ロビーにでもいるから……」
そういうと優也は苦笑いしながら何処かへ行ってしまった。僕といっしょにいるのが嫌なのか、逃げるように。
僕が、殺意のこもった眼差しを彼の背中に向けているとcomeっと催促された。仕方ないので、僕は男に着いて行くと、何やら部屋がある。
これは噂の別室送りってやつじゃないか。
男が何を言っているのかはさっぱりで、とりあえず扉が開けられた左から2番目の部屋へ入れられた。
白い壁が四方にあるだけのような部屋。見渡しても時計と換気扇がある程度だった。
よく分からないまま、椅子に座らされ、男も向かいの席に座った。
男は座るなり、指をパキパキと鳴らした。それは、無機質な箱によく響いた。
ああ、海の向こうにいるお母さんとお父さん。
この、見知らぬ地で僕はきっと理解もされぬまま静粛されてゆくのでしょう。
テロリストという汚名を背負って。ああ、無念だ。一度も彼女もできぬまま僕は死んでゆくのだ。
現実はそんな遺書を脳内で書く僕を気にせずその後は、聞くまでもなく質問の嵐となった。
「What is your name?(名前は)」
「えー、えーっとね。」
nameは名前か。what?何か聞いてるな。うん。で。isは何とか動詞だから気にしないだろ。でyour。あれ、何を聞かれているか分からなくなってしまった。
「えーと。ソーリー。ワンモア。ワンモア。」
「???,WHAT「EETO」It eat?so do you want to have ranch ?(え、EETOって何?もしかしてeat?君は昼食が食べたいのかい?)」
精一杯耳を澄ませたところランチ、ハブが聞き取れた。
ランチを持っているかって?この人はお腹が減ったからといって哀れな僕から何かカツアゲする気だろうか。いや、カツアゲするものもないな、手ぶらだし。唐揚げなら食べられるけど。
「あー、アー ユー ハングリー?(あなたは、おなかが空いたの?)」
「No.why?(違うよ。何で?)」
え?ランチって言ってたじゃあ無いか。何でノーなのだろうか。あ、もしかして、knowか。ってことは何でお腹空いてるの知っているのかってことか?
なんて会話がずっと続いた。この会話はすごくつまらないかった。
会話が全然成立しない。別の話題を話しているような気すらしてくる。
ずっと、筋肉だけでできてそうな男と可哀想な男子大学生が四苦八苦しながら意思を伝えようとしているのだ。側から見れば面白いかもしれないが僕からすれば辛く、向こうからすれば焦れったいに決まっている。
その後、続いたのは
「Wher you form?(どこから来た?)」
「JAPAN。(日本)」
「What is it come to ?(何しに)」
「Trip (旅行)」
そんな簡単な質問(でも、聞き取れなかったり単語が出なかったりで時間はかかった。タブレットは正しく翻訳しないし。)から、「Where is your address?(住所は?)」っていう答えにくい質問まで。
多分、住所は何処っていうことだろうと言うのはわかった。メールアドレスを書いてもよく分からないって顔をしたからだ。でも、英語で住所ってどうやって書けば良いのだろうか?全く、分からないので「I have no idea.(分からない)」って答えるしかなかった。
「じゃあホテルは?」みたいなことも聞かれたがカバンも無いからホテルの住所も分からない。やはり、「I have no idea.」と言うしかなかった。
辞書もなく話も全然進まないので、とりあえず審査官みたいな男は僕のカバンを持ってきた。
カバンの中をチェックしている。
特に、何も怪しいものは入っていない。
準備する際に金銭的問題で、必要最低限の用意しかできなかったのだ。
それを見た審査官はきっとこう思ったのだろう。これで生活できるのだろうか。何処かにテロリストのアジトでもあるのではなかろうか。と。
そこに、食料などもあるのだろうななどと物騒な事を考えているんだろうか。
もし、テロリスト扱いなら、強制送還。運が悪ければ粛清か?考えれば考えるほど、血の気が引いていく。
さっと引くとかではなく、じわじわと。
やはり、疑っているのだろうか。何やら僕の顔をじっと見つめている。こういう時こそ笑顔が一番。そう思って、ニッコリと笑顔を作った。
その後は、僕は辞書を片手にまた、質問、質問、質問とずっと質問を英語で投げつけられる。
今までの人生でこんなに英語を話したことがあるだろうかと言うくらい。一言伝えるのにも一苦労な為、実際の質問は少なかったのかもしれないが、一生分の英語と脳を使い果たしたのでは無いかと言うくらい話してついに1時間の質問地獄との格闘の後、僕は個室から解放された。
「う〜ん。」
伸びをしてから僕は日本に強制送還もしくは香港の牢屋に突っ込まれる。何てことにならずにすんだことに感謝した。
結局、どんな質問を受けてどんな風に答えたかはほとんど覚えていない。必死な時、人は行き当たりばったりでも何とかできるものなんだろうな。
ふと、横を見ると別の部屋から解放されて背伸びをする女性。
髪は、おそらく黒髪だろうが金に近い茶髪に染め上げられ、可愛らしい小さな耳たぶと背伸びをした所為で少し見えるヘソにはピアスが空いている。服は、いたって普通のチャラい女って感じの上から下まで暗い感じで統一されている。
何だかちょい悪って感じだ。現地の人なのか?でも、ちょい悪は、個室送りにはならないだろうな。