いつもの
その後、何とか用意を済ませ、パスポートを取れたのは数週間が経ってからだった。
夏休みも始まったばかりというところだったはずなのに気がつけば、もう中盤というところだった。
無論、心配はいらない。単位は十分だ。
「よう、待たせたか?」
「おう、優也。大丈夫。僕も今来たところだ。」
キザな格好をした優也がしばらくすると現れた。しかし、僕の言葉は実を言うと大嘘だ。
飛行機に乗るのには時間がかかるとか言うし。
もし、優也が先に手続きを済ませてしまっていたら……間違いなく手こずって格好の悪い姿を晒すことになるだろう。
そんな不安がふつふつと湧き上がってきて、心配でたまらなくなっていた僕は、約2時間空港で過ごす事になってしまっていた。今考えると大バカ以外のなんでもないが。
「じゃあ、時間も余裕あるし、スタバでも寄って行こうか。」
「う、うん。」
違和感を感じさせないため、了承したがさっきから暇で、しかも時間を間違えたかもしれないなんていう不安を抑えるために何度コーヒーを買いにスタバへ行った事だろうか。
明らかに、定員や居座っている客からすれば、変人だ。
数分おきにしかも何度も、同じ人がコーヒーを買いに来るのだから。
当然、お腹が黒液体でちゃぽちゃぽ言っている。
「スタバはこっちだぜ。」
「お前、地図、得意なのか?」
優也にはわからないだろう。
本当は地図なんて僕にとっては暗号でトラウマレベルに難解なものだが、何度も足を運んでいるうちにスタバまでも道筋を把握できてしまっているなんて。
そして、僕らはスタバへと入っていった。
僕らがレジに並んで、注文しようとすると若い女性定員さんに声をかけられた。
「いつも、ごひいきにありがとうございます。いつものでよろしいでしょうか?」
「……はい。じゃあ、いつもので。連れのこいつも。」
「640円になります。」
「はい。」
一体、いつものって何だ。
振り返ると優也は、きょとんとこっちを不思議そうに見つめている。
数時間前から待っていた事がバレたか?
いやいや、慌てるな。こいつ、いつも国内旅行に行ってるのか。程度にしか思っていないはず。そうだ、そうであってくれ。
そう願った。スタバはやめようと言った方が違和感は無かった気がする。「いつもの」は流石におかしい。
「お待たせしました。『いつもの』です。うふふ。」
「……ありがとうございます。あはは。」
二つのコーヒーののったトレーを受け取ると端の暗い席へと移動する。
さっきからいる客がくすくすと小馬鹿にしたような笑いを溢す。笑いじゃなくてコーヒーをその馬鹿面に溢してしまえば良いと思った。
「お前、スタバによく行くなんて思ってたよりお洒落なんだな。」
「いつもので通るんだからな。」
「でも、こういうのは中央の相席がいいと思うよ。俺は。女の子に声をかけやすくなる。」
「そうか?端の方が、ミステリアスな雰囲気が漂うじゃないか。」
これも、嘘だ。周りの目を避けたかっただけである。
モテるテクニックも、もちろん優也の方が上なのには間違いはない。しかし、彼がそんなことを常に考えているとは意外だ。苦労せずにモテるものだと思っていた。
「とにかく、あの定員さんかわいいいな。帰りにも寄ろうぜ。」
「ああ。」
僕は、帰りは仮病でも使って、絶対にすぐに帰ることを心に決めた。