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準備は大切

 7月の最初、昼間から暗く湿った部屋でゲームをしているところに友人、優也から電話がかかってきた。


「おい、湊どうせ暇だろ。旅行行こうぜ。旅行。」

「あ、優也?え、勿論暇だけど。行き先は?」


 何が勿論なのかは自分でも分からない。ただ、大学も休みで遊ぶ女の子。いや、それどころか、僕にわざわざ電話をかけてくる奴もほぼゼロに等しく、今のところそんな誘いをしてきたのは優也だけだ。


「Hongkong」


 香港という風に聞こえた。いや、気のせいかもしれない。大学生は基本貧乏という風に決まっているのだから海外を行き先になんて選びやしないだろう。そうだな、東京住みならせいぜい京都とかだろう。


「へ?もっかい言って。」

「ホ・ン・コ・ン」


 今度は疑いの余地がなかった。もしかすると国内にも同じような地名があるのかもそれないが、僕の辞書には存在しない。


「え、マジ?」

「マジだけど。何だ、お前。海外だからってビビってんのか?」

「いや、流石にいきなりだったからさ。」


 そんな提案ができるのもこいつならではと言ったところだろうか。

 しかし、パスポートも持っていない。それどころか高校の修学旅行以外で飛行機にも乗ったことがない僕にとっては、ああそうかとは簡単には言えない。


「お前も彼女いないだろ。俺もこの前フラれちゃって。だから。な?」


  確かに、「あの優也が振られた」という風な見出しの号外が学校内ではあった気がする。当時は優也が振ったの間違いじゃないかと思っていたが。

 それはさておき、どうやったら、フラれたら香港に行くことになるのか。

 全く、覗けるものなら、こいつの頭の中を覗いてやりたい。


「ん?フラれたからどうした?」

「チャイナ美人を捕まえようと思って。」


  突拍子も無いことを言うのが彼なのだが、まさかそんなことのためにか?

  ただし、僕には何一つ問題はない。


「チャイナ美人?」


 ふと気がつくと僕の声は、いつもより少し高くなっていた。それが何を示すかは、ご想像にお任せするが。

 え?優也がナンパしてるのにくっ付いて〜、とか別に変に期待してるわけじゃない……はずだ。


「どうだ、行かないか?」

「ちょっと待って。俺、パスポートとか持ってないんだけど。」

「大丈夫。時間はたっぷりある。どうせ、ぼっちでお部屋でネットだろ。たまには海の外も行こうぜ。」


  軽々しく言う彼に僕は取ったことがないとは言えなかった。

  取り方も聞けなかった。ただ、イェスの反応を示した。


「あ、ああ。」

「んじゃ、決まりな。」


 ツーツーという音が聞こえ電話は切れたと分かる。

 優也の勢いに押されてしまったな。まあ、たまにはいいか。その時はそんな風に呑気に考えていた。


「よし、パスポートをとって来よう。」


 勢いよく叫んだのはいいが……どうやって取ればいいのだろうか。

 そこで、こういうときこそ、グーグル先生というわけだ。


「えー、『パスポート 取り方』っと」


 5年のが11000円、10年のが16000円と表示され、思わず桁を数え直した。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まんっと。えっ、高っ」


 貧乏と昔から決まっている大学生の身であり、しかも実家自体が普通、もしくは少し平均よりも貧乏の僕はそれに加えてフィギュアとゲームの買いすぎで金欠の今、10000円超えはそこそこ大金だ。

 旅費は親にねだるとしても、パスポート代も出せないのは金使いの荒さがバレてしまう。

 そこで、保存用のカードとフィギュア少しを売って稼ぐことにした。


「後は、一般旅券発給申請書、写真、戸籍謄本、住民票の写し、 申請者本人で間違いないことを証明できるもの。」


 写真は流石に分かる。申請者本人に間違いないことを証明できるものは学生証でいいだろう。後は?

  僕はパソコンの画面に目をやって冷や汗が出た。一体全体、戸籍謄本とは何だろうか。


 今まで、面倒なことを親に任せていた罰がここで返ってきたようだ。

 一般なんとかってどこで貰えるのか。住民票はどうやって写すのか。コピーか、手書きか。

 もしかして、優也、いや俺以外の学生からすれば一般知識だったりするのだろうか。


「うあー、わかんねーよ。ママー。」


 恐らく、俺の叫び声は灼熱と呼ぶに相応しい太陽に熱せられたコンクリートの街に響いていたことだろう。

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