ホット
その後、僕らは一言離すことは無く、優也はため息をついて呆れたような目を時折こちらに向けてくるので、僕は気まずい空気を感じていた。そこへカツカツと靴音が近づいてきた。
「Thank you for waiting.」
ちらりと目をやると、僕が頼んだらしき料理は真っ赤な液体に肉が浮かんでいるものだった。
見るからに辛そうなそれは、おそらく四川料理だろうと思った。
何やら、軽い会話を優也とウェイトレスは交わしているが僕には聞き取れない。
退屈なので、肉を口に運んでみた。
うっ、辛い。
辛いってなんていうのは英語でなんていうんだったけ。それにしても暑い。辛いと言うよりも夏の香港だからって感じだ。日が沈んでもまだ暑い。
「How is it 」
ウェイトレスが何か聞いてくる。良い機会だ。暑いと言おう。
「It hot 」
僕を指差してフゥーと叫ぶ人が沢山いる。彼らはどうやら、常連のようだ。そうでなければ、店で騒いだりしない。
「Do you want some water?」
水?そういえば、ホットって暑いも辛いも両方使えた気がする。
「ノー 」
そう答えると店は大盛り上がりだ。
ここでやっと理解した。この店のこの料理はきっと辛いことで有名なのだ。それで、水を断ると盛り上がったのだ。
しかし、僕は辛いものには強い。この程度なら問題ない。英語で言うとノープロブレムだ。
少し、英語を混ぜてみて自分の推測に満足すると、また箸を進める。
これは、美味しいと思う。辛い辛いばかりで盛り上がっているのでは作った人に失礼だ。辛さの奥にある深い味を舌に馴染ませる。
辛いだけではない。これは美味しい。
「Are you ok?」
「イット グッド」
店はまた盛り上がりを増した。その時、厨房の人と目があった。彼が嬉しいそうに見えたのは気のせいだろうか。
食べ終わるまで僕と優也は口を交わすことはなかったが、その気まずさを覆い隠すかのように周りははしゃいでいた。
そんなこんなで気づけば、もう8時だ。あまり長居しても店にも迷惑だろう。
僕らは店を後にすることにした。その時、何やらお土産を持たされた。
昼間の体を溶かすような暑さも少し退散し、太陽に代わって眩しいほどにビルが光り輝いていた。
夜の街とまで言われる香港は、流石の活気だと思う。
この景色を見ているとポエムの一つくらいは書ける気がする。
その、ポエムを浮かべようとしていた僕の頭を携帯の着信音が邪魔をする。
「Hi 」
「ハイ」
彼女の声を聞けてなんだか安堵感を覚えた一方で不思議な感覚を覚えた。
ああ、そうだ。もしもしでは無いのか。
「did you came back?」
「イェス。センキュー。」
「May I see you now?」
「イェス」
Mayってなんだろうか。
分からない。とにかく頭をフル回転させた。
話し方などからして、おそらく疑問系。私は、見るあなたを今?
見るというのは、会いに行く程度の意味だろうから。日本語に直すと「今から会える?」という感じだろう。
どうせ、暇だし。そして、何より彼女の顔を見たかった。
「イェス」
「Where are you?」
「アイ……アイ…。」
ウェアということは場所か。優也の方をチラッと見るとパンフレットで探していてくれた。なぜ分かったのだろう。
その場所を片言ながら伝える。
「OK.can you come to 『#!。£。#@』 station?」
「ワンモワ」
発音が良く分からないし。どこかも知らないが、とりあえず行くことに決めた。
「#!。£。€@」
「OK」
よし、発音は大体覚えた。優也に一つづつ発音を頼めば良い。
「You please come at 10」
「OK」
テンということは10時か。そんな風に推測して会話を進める。
良く考えてみれば、さっきから肯定しかしていないな。
「See you later.」
どう言うことかわからないが、せっかくだ。
少し真似してみよう。
「セー ヨウ レイラー」
ふふふと笑うと彼女は通話を切った。なんだか寂しいと同時に興奮がこみ上げる。