フィッシング
僕の答えに優也は「ふーん」とどこか楽しんでいる様子だった。
ただし、何が楽しいのかははっきりとは分からない。僕が恋愛をすることを見届けたいのかなど色々思い浮かぶことはある。
とにかく、荷物置いて部屋を見ようという彼の提案で僕らは、部屋に入った。
室内に入って少し驚いたのは、中々見事な部屋だったことだ。
それほど高いホテルでは無いはずだが、日本で同じ料金を払った時よりかは綺麗なのではなかろうか。しかも幸運なことに香港が見渡せるほど上の階だったのだ。夜は相当綺麗な景色が見えるだろう。すでに日は赤くなっていて夜が楽しみだ。
「綺麗だな。」
「その子は連れてくるなよ。その時は、自分でホテルを探してくれ。」
「何の話だ。」
僕は荷物を部屋の隅に置きベットに腰かけた。
優也は置いてあった椅子に座った。
「で、メアドかLINEでも交換したのか?」
「電話番号を。かけようか?」
「いや、まだだ。」
「え?」
僕には何がまだなのか全く分からない。
すると優也は釣りをする真似をして言った。
「恋愛ってのは釣りだ。釣り人は魚を待つだろ。釣り竿で追いかけたりしない。で、主導権を握るんだ。」
「へー。」
余計によく分からない。主導権って何の。とりあえず、頷いておく。
「相手は、ただ飯にありつきたいだけかもしれない。でもな、焦らすんだ。そのただ飯への欲求がいつのまにかお前に会いたいということにすり替えてやるんだ。」
「でも、彼女は親切だったよ?ただ飯なんて。」
「中々のキレ者だな。お前には気づかせないようにゆっくりじっくり狙ってる。絶対に逃がさないように時間をかけて。」
「はあ。」
あまりにも優也が真面目そうにそれを語るので、僕は反論も出来ずただ聞いて頷く事しかできなかった。
何より彼の方が恋愛上手なのは分かっている。彼の方が正しいのは一目瞭然だ。しかし、最大の疑問を忘れるわけにはいかない。
「でも、僕は彼女に抱いている好意が恋愛感情か分からないよ。」
「は?見りゃわかる。お前はその子に恋愛感情を抱いてる。まあ、裏づけのために何があったか聞かせてよ。」
僕は最初から最後まで話した。
色々教えてくれたこと、英語を教えようとしてくれたことなど全部だ。
「で、何の裏付けになるのこれ。」
「お前みたいに純粋な奴は、困ってる時に優しくされればすぐ惚れるからな。」
少し、部屋が暑い気がする。
外を歩いてる時に思ったことだが、香港の夏は暑い。日本なんかよりずっと。
「ほら、顔赤いぞ。」
「いや、これは部屋が暑いから。」
はははと優也は笑った。
「この部屋冷房が寒いくらいに聞いてるんだけど。」
「へ?」
「まあ、英語ができないお前には丁度いい。教えてもらえ。英語さえ出来ればお前は大学でも博士号を取れるし、大学に残ることも確実だ。
その子に会うのがもう少し早ければ東大の医学部にでもいけたぞ。とにかく、電話をかけるのは11時。いいな?」
「分かった。」
「お前の数学の才能を英語で潰すのはもったいない。」
「はあ。」