パレット
あの後、彼女は僕を電車に乗っけると電話番号を書いたメモをくれた。
“Please call me “
そう書かれたメモを渡した時の少し照れた彼女の顔を、僕は何度も電車の窓をパレットにして思い浮かべた。
しかし、思い描けば描くほど思い出せなくなる。忘れまいと描いたが、終いには霧がかかったように思い出せなくなった。
今日出会って、電話番号を交換しただけの彼女に抱いているのは恋愛感情かと聞かれれば分からない。
しかし、彼女に抱いているのは好意以外の何物でもなかった。
彼女が僕をどう見ているのか。そればかりが頭を埋め尽くした。突然会った日本人に何故親切にするのか。
逆に考えよう。嫌いな奴に電話番号を教えるだろうか。そして、英語を教えようとするだろうか。
客観的にに考えていたはずなのに、いつのまにか好かれていたいという理想が僕の思考には紛れていた。
考えることに疲れて外に目を写した。ぐるぐると外の景色は動いている。
建設ラッシュなのか、クレーン車なんかがあちこちで働いているようだ。活気が溢れるというのはこういうことか。と思った。
高度経済成長の頃には生まれていないが、きっとこんなのだったのだろう。
日本のよりもずっと綺麗な車内を見渡すと電光掲示板に現在地が表示されていた。
彼女に教えてられた駅名と見比べる。次だ。
降りると、まずターン ライト。その次はゴー ストレート。あとは、タクシー。
彼女のメモは地図なんかよりも分かりやすい。必要なことしか書いていない。
タクシーはヤニ臭かったし、値段が分かりにくかったが結局彼女は全て正しかったのだ。
両替も、なめられず、ぼられない最低限の運転手との会話の応答も全部教えてくれた通りだった。(英語は分かりにくかったが、丁寧に教えてくれた。)
そして、あくまで僕を警戒させなかった。両替等の方法は教えても財布を見たりはしなかった。
ホテルに無事帰れたのは、彼女のおかげだろう。
僕の起点を効かせたわけではないし、運が良かったわけでもない。
彼女に出会えたのは偶然ではなく運命だ。世の中上手くできていると思う。
「お帰り。」
ロビーから優也の声が聞こえる。待っていたのだろう。
それに僕は元気に答えた。
「ただいま。」
「分かったか?」
「神さまのお導きでさ。」
それを聞いて、優也は顔をしかめて、よくわからないという顔をした。
「何それ、何かの宗教に勧誘された?」
「いいや、親切な娘もいるものだなと思ってさ。」
首を振った僕の顔をにやりとして彼は覗き込んだ。
そして、「ただ飯にありつきたかったのかも。」と囁いた。
「それなら、帰してやくれないよ。奢らせられてないし。」
僕は再び首を振る。
「まあな。で、可愛い女の子か?」
こいつは女にしか興味がないのだろうか。
人生それで楽しいなら文句は無いが。
「ああ」