第61話 判決の時
「お父様、お祖父様はなぜ急に私たちを領地へお呼びになったのかしら?」
「きっと何らかのご褒美を下さるんじゃないかしら? あっ、もしかしてライナスの行方が分かったとかかしら」
全く呑気なものだ、今新しい商会の事はおろか屋敷の運営すら難しくなっているというのに。
マグノリア達にはライナスが商会の金を持ち出して行方をくらましたと言ってある。それだけでも重大な事なのにまるで他人事のように振舞っている。
恐らく今回呼び出されたのは屋敷が抵当に入っている件であろう、アリス辺りが父上に報告していてもなんら不思議ではない。ロベリアのせいで私たちの計画はボロボロになってしまった。現在は王都に残ったヴァーレがロベリアの後始末で走り回っているはずだ。
早く戻って新たな対策を打たないとこのままではあの小娘に負けてしまう。
例の岩山の道は馬車の窓を閉め切ってやりすごす事にした。ロベリアが景色が見えないと喚いていたがマグノリアが諌めていた、あいつも流石にこの道は抵抗があったのだろう。
屋敷に着いた私たちは案内されるまま、父上の待つ部屋まで向かった。
「お久しぶりです父上、母上……それに姉上も」
通された部屋には両親の他に、ずいぶん前に屋敷を飛び出したフィオレの姿があった。
「久しぶりカーレル。久々に親孝行でもしようかと思って様子を見に来ていたのよ」
「そうですか、私は未だに親孝行すら出来ていませんので耳が痛いです」
姉の息子であるルーカスがあの小娘のところにいるという事は、恐らく姉上も向こう側の人間と考えたほうがいいだろう。
だた今回の目的はあくまで屋敷の問題に関してだ、領内で暮らしている姉上がここにいるのは別段不思議ではない。
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叔父たちが先ほど屋敷に到着したと報告を受けた。
私たちは現在屋敷の二階で次の報告を待っている、すなわちヴァーレの到着だ。
現在彼は騎士団に拘束されこちらに護送してもらっている……そう護送だ、彼らの罪状が先日確定したのだ。
騎士団の長きに渡る監視の成果で、例の組織に当時両親を護衛をしていた二人が接触してきたのだ。
元々護衛をしていた二人には内々に手配書が回っていた。そして他国へと出ていたこの二人が、自国の国境を越えたとの連絡を受けた騎士団はずっとマークをしていたのだ。
今回この二人が例の組織と接触したことで疑惑が確信となり、ここ最近は監視を強化していたそうだ。
久々に自国に戻った事で気でも緩んだのだろう、酒場で三年前の事故の事を話していた内容を、変装して酒場に潜入していた騎士団が聞き、組織全体の捕獲に至った。
そして拷問の結果、組織に所属していた者の一人が全てを話したそうだ。
この事によって叔父たちの罪状が決定した。今ここに呼ばれたのはこの領地で私自身が叔父たちを裁くため。
最終的には陛下の家臣でもあった両親の殺害に関わっていたのだから、王都に送られ厳正な処罰が下る事になるのだが、その前にどうしても私は叔父たちに自らの罪を認めてほしかったのだ。
「《伯爵様 》、ヴァーレを乗せた馬車が先ほど領内に入ったとの知らせを受けました。まもなくこちらに到着することでしょう」
陛下から借り受けた騎士の一人が私に報告しに来てくれる。
「ありがとう。ルーカス、ロベリアの方は任せるわ」
「畏まりました」
今回の件で彼女は無関係だ。自分の両親が裁かれるところも、実は父親との血のつながりが無い事も、自分が見捨てられていた事も……わざわざ本人の目の前で見せる事はないだろう。
ルーカスには別の部屋でロベリアに真実を話してもらうよう頼んでいる。自分の出生の事と、叔父たちの罪だけは伝えておかなければならないのだから……。
「さぁ行きましょう」
コンコン
私は扉をノックしてお祖父様たちが待つ部屋へと入っていった。
「お久しぶりですカーレル」
叔父は私の登場にも驚いただろうが、自分の呼ばれ方についても驚いたのではないだろうか。
「ちょっとアリス、お父様に失礼よ。今すぐ謝りなさい」
「まぁ、なんて失礼な娘なの! 夫の事を名前で呼びすてるなんて! そもそも何で貴方がここにいるのよ」
私の言い方にロベリアと叔母が抗議してくる。
叔父たちの罪状が決定した時から伯爵家とは何ら関係のない存在となった。いや、関係の無い者としなければならないのだ。そうでなければ身内から殺人犯を出してしまった伯爵家は、王家一言によって取り潰しとなってしまう場合がある。そのため早急に対処しなければならない。
「当主である私が自分の屋敷にいて何が不思議でしょうか?」
「当主ですって!? 貴方自分が何を言っているのか分かっているの? お父様から申し付かった期限はまだ来ていないわよ。全く厚かましいわね」
相変わらず叔母は一々うるさく抗議してくる、この辺りはロベリアもそっくりだ。
「私は正式に伯爵の地位をお祖父様より譲り受けました、私の言葉が信じられないのであれば直接お祖父様にお尋ねください」
私の言葉にお祖父様はただ一度だけ頷いてくださる。それを見た叔母は信じられないといった表情で私を見つめてきた。
「ロベリア、伯爵として命じます。今すぐこの部屋から立ち去りなさい」
私はルーカスに合図を送りロベリアを部屋から連れ出すように促した。
ロベリアは声を上げて抵抗していたが、ルーカスとメイドたちに囲まれたことによって無理やり連れ出されていく。
同時に扉の奥から騎士の一人が私へ合図をしてきた、ヴァーレが到着したのだ。
さて、これからが裁きの始まりだ。
「何故お前が伯爵を名乗っているか説明してもらおうか」
騒ぎ立てる叔母と違って冷静な叔父、恐らく大体の事は察しているのではないだろうか。
「簡単な事です、私以外が伯爵を継ぐ者がいなくなったからです」
「何をふざけているの、私たちの子供がまだ残っているわ。ライナスだってロベリアだってまだいるんですから」
ロベリアを部屋からむりやり追い出した事もあるのだろう、叔母は持っている派手な扇子を大きく振り回しながら私に対して抗議してくる。
「残念ですが二人には継承権は存在しません。ご存知ですよね? ご自分がお産みになられたのだから」
ヴァーレの存在を知った時ライナスとロベリアの事も調べ直した。そして分かったのが二人はある貴族の遠縁にあたる男性の子だと言う事、当人はロベリアたちの存在を今後一切持ちださない事を約束に、全てを話してくれた。
妻も子もいる今の生活に、ロベリアたちの存在は邪魔以外の何者でもないのだ。
これはお祖母様に聞いた話だが、当時の叔父たちの結婚話が持ち上がった時、お祖父様は私の両親とフィレオ叔母様の件で自分の行いが間違っていたと反省されておられ、結婚は本人同士で決めればいいとお祖父様も強くは進めてはいなかったらしい。
叔父も当初こそ断っていたらしいが二人の付き合いが続いて行くうちに、突然相手側の申し出を了承するようになり二人は結婚。その後ロベリアとライナスが生まれたのだが、予想よりも早い出産だった為に、子供が出来てしまったので結婚に踏み切ったのだろうとお祖父様たちは考えたらしい。
「な、何を言ってるのよ、おかしな子ね。あの子たちは正真正銘私たちの子供よ」
「この期に及んで誤魔化せるとでもお思いで? 何でしたら相手方のお名前を申し上げましょうか? 既にこちらは直接会って確認しております。当時どのような場所で出会い、どのようにお付き合いされていたのかも全て。
そう言えば言っておられましたよ、伯爵家の次男と結婚していずれ伯爵夫人になるんだと。いつも夢みたいな事を話していてうるさかったとも」
「な、何ですって!」
「身に覚えがあるようですね」
叔母は顔を真っ赤にして私を睨め付けてくる。
「さて、本題に入りましょう。カーレル、マグノリア、貴方たち二人には前当主であるラクディアとその妻マリー、そして御者を務めていたダンテの殺害に関与した罪、そして私への殺害未遂の罪によって逮捕命令が出ております。身に覚えがあるのではございませんか?」
「待ちなさい、何でそんな話になるのよ。私には全く身に覚えのない話よ」
まぁ、素直に認めるとは私も初めから思ってはいない。
「マグノリア、私が何の証拠もなくこんな事を言えると思って? すでに両親の殺害に関与した二人の賊は拘束され、私の殺害を企てた組織も全員騎士団の手によって捕らえております。何でしたら後々同じ牢に入れて差し上げましょうか? 貴方は直接会った事はないみたいですが、向こうは良く知っているそうですから」
「待って、私は何も知らないわ。よくもまぁそんなデタラメを言えたものね。お父様、この娘はどこかおかしいわ、さっきから訳の分からないことばかり言っていて、やはりこんな娘に爵位を譲るなんて間違っておりますわ」
「これが何か分かるかしら?」
そう言って二枚の書状を取り出し、叔父と叔母の目の前で見せつける。
これは陛下から預かってきた二人の罪状が書かれた拘束命令書。通常の犯罪ならこのような命令書は出ないのだが、相手が国に所属する者を被害に合わせたり、貴族が犯罪を犯した時に国王陛下が直接下すもので、国としては絶対に許さないという決意がこの書面に刻まれている。
「反論があるのなら牢屋で聞いてあげるわ」
「ちがう、私じゃない。何も知らないのよ。お願い、助けて、まだ捕まりたくないの」
流石の叔母も貴族の端くれならこの命令書の意味は理解しているのだろう、逃れられないと思い必死に命乞いをしてくるが、叔父は私が説明している間、何も答えずただじっと目をつむり耳を傾けているだけ。
「黙りなさい! まだ罪状は終わっていないわ」
私の怒気を含んだ一言で叔母は怯えて黙り込む。
自分が犯した罪を認めず、ただ自分が逃れる事ばかりを考えている。こんな人物に私の両親は殺されたのかと思うと自然と怒りがこみ上げてくる。
「そして最後に……連れてきなさい」
私の言葉に控えてた騎士が二人がかりでヴァーレを連れて入って来た。
「初めて会うわね、自己紹介は必要かしら?」
「……いいえ」
ヴァーレの登場で叔母は何の反応も無いが、叔父は初めて動揺し始めた。
「そちらのお屋敷で執事をしていたのだから彼の事はご存知ですよね」
「し、知っているわ……そうよ、この子が全部仕組んだのよ。私は彼の言う事を……」
「あぁ、知っている。私の息子だ」
叔父もヴァーレが拘束されている姿を見てついに観念したのか、はたまた叔母のくだらない話をもう聞きたくなかったのか、あっさりと自分の息子だと認めてしまう。
叔母も叔父が言った一言には、まさに寝耳に水だったのか完全に停止してしまった。
「だが、これらの事はヴァーレには……息子には一切関係の無い話だ。全ての件は私とマグノリアが仕組んだこと、息子は一連の事件には関与していない」
「父さん……」
「ま、待ってくださいあなた。何を言ってるの? 私は関係ないわよ、全てあなたが勝手に言い出したことじゃない。あの夫婦がいなくなれば爵位が自分に来るって、借金をつくったのだってあなたが事業を失敗したからじゃない。私はただ好きなドレスや宝石を買っただけ、それなのに妻を無理やり巻き込むなんて……いやよ私は悪くない、巻き込まないで!」
「……うるさい黙れ!」
もううんざりだ、叔母は未だ自分だけが助かろうと必死にすがっている。
元を正せば叔母の金遣いの荒さも原因の一つだろう、それなのに自分は悪くないだとか自分は関係ないんだとか、直接手を下さなくても犯罪を知っていた時点で私は許すつもりは一切ない。
いままで必死に怒りを抑えていたが、それももう限界だ。
バンッ
二枚の書類を机の上に叩きつけ、右手を叔母の方へと向けて叫ぶ。
「紫焔!」
「ぎゃ!」
私が扱える紫の焔、この炎は私が燃やしたいと思ったものだけを正確に炎で包む、例え対象物が人間であったとしても骨まで残さず燃やしつくすだろう。いつやぞライナスに向けて使った事があったが、あの時は脅しのために幻影で作った偽物、だけど今回のは……
「ギャーギャーうるさい! もうこれ以上言い逃れは聞きたくない!」
私は叔母の持っていた派手な扇子を紫の炎で燃やした。
「マグノリア、この紫焔は私が対象と決めたものだけを燃やす怒りの焔よ、次に私の許可なく喋ったら今度はあなた自身を燃やすわ」
「ひぃ」
私は別に正義の味方でも聖者でもない。両親を殺した者を目の前にして、いつまでも正気をたもてる自信など全くない。いっそこのまま私自身の復讐の炎で焼き尽くしてしまえばどれだけ楽だろうか。
「……貴方たちの判決は今後王都に送られた後、陛下より直接下されます。陛下の家臣である両親を死に至らしめたのです、極刑は免れないと覚悟しなさい」
「い、嫌よ、嫌っ! お願い助けて! まだ死にたくないわ」
間接的とはいえ貴族を、陛下の家臣を手にかけたのだ。最も重い極刑が下される事は間違いないだろう。
「連れて行きなさい」
私の一言で待機していた騎士が叔父と叔母を連れ出していく。
「待ちなさいカーレル。兄様を、マリー義姉さんを死に追いやってアリスにかける言葉はないの?」
今までお祖母様の隣で黙って私の話を聞いていたフィオレさんが、騎士たちに連れていかれようとする叔父に最後の言葉をかけた。
「……今更何を言ったところで意味がないだろう、さっさと連れていけ」
一度立ち止まった叔父はそれだけ言うと振り向くこともなく、そのまま部屋から立ち去って行った。
「ありがとうございます叔母様」
フィオレさんは叔父に、最後に私への謝罪を求めてくれたのだろう、だけど今となってはもうどうでもいい事のように感じてしまった。
何を言っても私たちの両親はもう戻って来ないのだから……。
私は目一度深く目をつむり次の言葉へと繋げる。ここからは今一度怒りを抑えなければならない。
「ヴァーレ、分かっているわよね」
最後に一人取り残されたヴァーレの判決。
「私も父さん同様極刑を望みます」
「いいえ、ダメよ。貴方は両親の殺害の一件には関わっていないわ。知らなかったとは言わせないけどね」
両親の件は恐らく叔父と叔母がたくらんだものだろう、叔父はヴァーレに爵位を与える為、叔母はただ自分の私欲の為に。
「いいえ、私は……」
「確かに、陛下にお借りした無人の馬車を壊してしまった事はいただけないわ。この件は私から陛下に謝罪を入れ、馬車の費用はローズマリー商会で肩代わりをしています。貴方には罪を償った後、ローズマリー商会で肩代わりしている馬車の費用を返してもらわなければならないの」
「待ってください、なんですかその無茶苦茶な理由は。私はあなたを……」
「あら、勘違いしないで、私は別に貴方の罪を許す等とは一言も言っていないわ。もちろんしっかりと罪は償ってもらうつもりよ」
「ですが……」
「叔父様も言っていたでしょ? 貴方は私の両親の殺害には関与していないと」
「……あなたは父さんの言葉を信じるのですか?」
「もちろん信じるわよ、私のお父様の弟ですもの」
「……あ、あなたと言う人は……」
「まだ勘違いをしているようだけど、王家の馬車は高いわよ。死ぬ気でアンテーゼ領の為に働いてもらわないとね。ふふふ」
「…………分かりました。伯爵様の為、アンテーゼ領の為に自らの罪を償い、生涯尽くす事を誓わせていただきます」
「待っているわ……連れて行きなさい」
「最後に一つだけよろしいでしょうか?」
騎士に連れて行かれそうな時、最後にヴァーレが私に尋ねてきた。
「何かしら?」
「あのコーヒーの件はあなたが仕組まれたのですか?」
「あら、気づいたの?」
「えぇ、ようやく今朝気が付きました。分かった時はもう全てが手遅れでしたが」
「クロノス商会のスタッフが全員辞めた時に気づくべきだったわね、と言ってももう手遅れだったでしょうが。
それに二ヶ月後には大量の小麦が加工され順次アンテーゼ領から出荷される予定よ」
「小麦、ですか? あぁ例の菓子パンの……それじゃ最初から私たちに勝ち目はなかったのですね」
「そうなるわね、ただちょっぴりフライングはしてたんだけど。オリジナルのハーブティーの開発と果物の出荷は、お祖父様の話を聞く前から準備は出来ていたのよ」
「それはこちらのコーヒーも同じです。それに事前に伯爵様、いえ前伯爵様と打ち合わせをしていた訳ではないのでしょ?」
「ええ、もちろん」
「……全く恐ろしい人だ。あなたと一時でも張り合えた事を誇りに思いますよ」
「ありがとう……待っているからね」
ヴァーレは最後に私に向けて大きく頭を下げてから部屋を出て行った。
これからの季節は暑くなるだろう、夏の日差しをいっぱい蓄えた甘い果物たちが、秋の実りの為に大きく成長していく。
だけど今日の天気は……大空いっぱいに広がった黒い雲。まるで今の私の心そのもの……いつかはこの空のように光が差し込む事もあるのだろうか……。
虚しさだけが私の心に残っていた。
お父様、お母様……これでよかったのでしょうか、私は二人が誇れる人間になれていますか? 事件は解決しても何一つ嬉しくない。
やっぱりもう会えないのは寂しいです……。




