第52話 策略が張り巡る社交界 前編
『お帰りなさいませ、お嬢様』
「みんなただいま。後でちゃんと紹介するけど私の従兄のルーカスよ。今日からこの店で働いてもらう事になったから、みんなよろしくね」
簡単にルーカスを紹介してから私たちは作戦会議の為に執務室へと向かった。
アンテーゼ領から戻ってきた私たちは、一番最初に陛下へ報告するために王城へと向かった。
そこで話し合った内容はインシグネ伯爵が主催するパーティーに参加する事。
先日王家のパーティー出席したせいか、何軒かからパーティーやお茶会の招待状が届くようになっていた。
その中でお父様と親しくしてされていたペディルム・インシグネ伯爵からもパーティーの招待状が届いており、私自身も輸送の件でも色々便宜を働いてもらっているから、元々出席するつもりだったのだ。
当初の予定ではペディルム様にご挨拶をしてから、適当に時間を潰して帰るつもりだったのだけど、このパーティーで叔父に私が生きているところを見せつけ、正式に爵位を継承する意思を示す。
そうすれば叔父の標的は私一人に向くだろう。
陛下たちは最初こそ止めに入っていたけど、私が一歩も引かない姿に諦めたのか、最後は渋々引き下がってくれた。
「ペディルムには私から話しておこう。但し無茶はするなよ、お前にまで何かあればラクディアに会わせる顔がないからな」
「申し訳ございません陛下。勝手な事ばかり申してしまい……」
「構わんさ、我らの方こそ今だに証拠が揃えられていないのだからな」
陛下は私に包み隠さず教えてくださった。
二年前、本来なら谷底に落ちた馬車を回収するなんて事は出来なかったらしい。 確かに私たちが乗っていた馬車も、とても回収など出来る高さではなかった。だけど偶然にも両親が落ちたところは近くの村人が知る場所だったらしく、両親を引き取りに向かってくれた騎士様達は数日をかけて、村人が案内してくれた別ルートを通り無事に辿り着いたそうだ。
そこで騎士様たちが目にしたのは、妙な泡を吹いて倒れていた馬。
私たちも通ったあの道は確かに危険な地形だが、スピードさえ出さなければ通行するには問題はないはず。それなのに不自然な急ブレーキの跡や、死んでいた馬の状況からある疑惑が浮上したそうだ。
つまり何者かが馬に毒針を刺し、馬車を暴走させたのではないかと……。
恐らく実行犯は谷底に落ちた馬車を回収出来るとは思っていなかったのだろう。 ただのブレーキ跡だけなら『急いでいて操作を誤った』で終わっていたはずが、回収された事で疑惑が浮上した。
この世界に検視なんて技術はないから馬の死因までは突き止められない。唯一の証明は両親が臨時に雇った二人の護衛の証言のみだが、その二人は事故後、両親を回収してくださっている間に行方が分からなくなったらしい。
結局手がかりは行方をくらました二人の護衛のみで、捜査が行き詰っていたらしい。
そこで考えられたのが黒幕を燻り出す方法。
この時点で陛下たちは叔父に疑惑の目を向けていたらしい。だから私たち姉妹に十分な警護をつけた上で、叔父から爵位を遠ざけ追い詰める。追い詰められた叔父は必ず何らからの行動を起こし、そこから証拠の手がかりを見つけ出す。
結果的に私は囮に使われたような形になってしまったが、今の私にとっては感謝こそすれ、恨む動機など一つもない。
私はこのパーティーで叔父を追い込み、黒幕かどうかを見極めるつもりだ。
その為にも色々と策略を張り巡らす必要がある。パーティーの主催主であるインシグネ様には申し訳ないが、私はここを戦いの場に選んだのだ。
私たちが着いた頃にはインシグネ家主催のパーティーはすでに始まっていた。
会場からはあちらこちらで話し声が聞こえてきており、割と賑やかなパーティーになっているようだ。
私は意を決して会場へと乗り込んでいく。今日の私の姿は、先日王妃様たちから頂いた超豪華な純白のドレス。本来小心者の私にとって、こんな目立つドレスは着たくないんだけど、今日だけはあえて自分の存在を知らしめる必要があったのだ。決してカテリーナ様とフローラ様の圧力が怖かったからではない。
入場すると同時に一斉にこちらを見つめる視線を感じるが、ここは我慢我慢。
うっかり華麗に隠密スキルを発動させてしまったが、このドレスのせいか、はたまた別の要因かは分からないが、どうやら効果は全く無かったようだ。エレンの修行は全く役に立ってないじゃないの。
そして視線の中に叔父と叔母の姿を確認し、本日の主催主であるペディルム・インシグネ伯爵のもとへと伺う。
会場を歩きながら周りを観察するが、ライナスとロベリアは予想通り来ていないようだ。
「ペディルム様ご無沙汰しております。この度はお招きいただきありがとうございます」
「これはアリス様ようこそお出でくださいました」
私はまずご当主であるペディルム様に挨拶をし親密関係をアピールする。
事前に分かっていた事だが、今日の私はあえて自分に注目を浴びるように様々な準備をしている。お陰でこのパーティー会場にいる中では一番目立っているのではないだろうか。
まぁ、王妃様達から頂いたドレスだけで十分な気がするんだけど、若い女性からの視線に妬ましい感情が混ざり込み、ぶっちゃけ胃が痛い。
「ペディルム様、ジーク・ハルジオンでございます。本日は父の代理で参りました」
「これはこれは、ジーク様もようこそお出でくださいました」
うん、やっぱりもう帰りたいや。
頑張ったのだ、私は頑張ったのだけど……すでに挫けそうになっていた。
その理由は分かってくれるだろう、だって私の隣にはジーク様がいるんだもの。
なぜこうなった!
「あら、アリスちゃんじゃない。今日はどうしたの?」
陛下に報告するため王城へと伺った際、偶然(?)にもカテリーナ様とフローラ様がお茶をされていたのだ。
どこから聞きつけたかは知らないが、私がお城にいると知ったお二人は半ば強引に……コホン、お茶に呼んでいただき、無言の圧力でお城に来た理由を洗いざらい喋らされた……。うぅ怖いよぉ。結局……
「じゃエスコート役にジークを付けてあげるわ。その方が注目を浴びるでしょ? あ、そうそう、この間みんなからプレゼントしたドレスを着ていくといいわ」だって。
王妃様と公爵夫人に笑顔で言われたら断れないじゃない!
いやね、ジーク様の正装めっちゃカッコイイのよ、さっきから若い女性陣からの視線が痛いのだ。
そして私が着ているドレスは『私がいかに綺麗に見えるか』を追求された王妃様たちが考えたデザインだ。少々ドレス負けをしている気もするが、自分でも結構イケてると思う。
さらにこのドレスの色は乙女が憧れる純白、この時初めて真の罠にハマった事を思い知らされる事になる。
ふははは、これって結婚式のリハーサルやんけ! 心の中で思いっきり突っ込みましたよ。正確にはウエディングドレスではないが、よくよく見ればこのドレスにベールとトレーンをつければウエディングドレスに見えるのではないだろうか。
もうね、目立つ目立つ。
ただでさえ先日の王家のパーティーで王妃様や公爵夫人たちに囲まれていた私だ、それが公爵家の跡取りと一緒に別のパーティーに参加したとなればもう考えられる事は一つしかない。
ええ、もういいわよ。好きに想像しなさい。
「お久しぶりでございますジーク様。セドリック・セラスチウムでございます」
「セドリック様お久しぶりです」
周りから私たちの様子を窺う中、セドリック様が先陣を切って声を掛けてくださる。
ジーク様も以前からお知り合いなのか余裕を持った対応、私もすかさず挨拶をする。
「セドリック・セラスチウム子爵、初めてお目に掛かります。アリス・アンテーゼと申します。お噂は亡き父から伺っておりました、本日はお会い出来て光栄にございます」
キランッ、っと誰にも分からないようにアイコンタクト。
「おお、ラクディア様のご令嬢でしたか。以前お会いした事があったのですが、あの頃はまだ幼かったから覚えてはおりますまい。いやはや、すっかり美しくなられて見違えてしまいましたよ」
キランッ、っとセドリック様もアイコンタクトを返してくださる……
はい、ごめんなさい。お芝居です。
ペディルム様やセドリック様には陛下から事前に話を通していただいており、私の目的の為に一役買っていただいている。
「セラスチウム子爵、こちらのお嬢様とお知り合いなのですか?」
「ええ、ラクディア・アンテーゼ伯爵のご令嬢で、次期ご当主になられるお方ですよ」
「ほぉ、アンテーゼ伯爵の」
セドリック様のファーストコンタクトのお陰で、次々に私たちの周りに人が集まってこられる。
「セドリック様、まだ当主の件は」
「おお、そうでしたな。私とした事がついうっかり。はははは」
おぉ、私の演技スキルも上達している!?
今回の件でセドリック様は自ら志願してくださったとか。なんでも一度、悪代官役を演じてみたかったらしく……もうね、かなりノリノリで演技をしてくださっているのよ。それじゃ私は悪徳商人ってところですか?
お主も悪よのう。お代官様ほどでも。わはははって時代が違うわ!
セドリック様がわりと大きな声で話すもので、周りの人たちが聞き耳を立てている気配がする。
なんせ今日の私とジーク様は目立つ上に、次期公爵家当主と次期伯爵家当主&次期公爵家夫人かも? しれない二人だ、ここは情報を少しでも集めぜひお近づきになりたい人たちが大勢いるのだ。
そして叔父たちの耳にもこの会話は届いているはず、その為にセドリック様は声を大きくして話しているのだから。
私たちはセドリック様がキッカケを作ってくださったお陰で、先ほどから引っ切り無しに来られる人たちの対応をしているが、叔父夫婦に寄っていく人はほとんどいない。
これは別に仕込んだ訳ではなく、叔父に寄り添っても自身にメリットがないと分かっているのだ。
聞いた話では、ここ一年で叔父一家の株は急激に下がったらしい。
当初は普通の付き合いをしていたらしいのだが、無理やり投資話を持ちかけられたり、流通商品を急に値上げてきたりされ、徐々に見放されて来ているようだ。
中でも一番たちの悪いのがライナスの噂である。以前うちの店でもトラブルがあったが、どうも似たような事をパーティーでもしていたそうで、幾つかのお屋敷では叔父の一家を招待から省いたり、本人を出入り禁止にしたりと対策がされているとか。
流石の叔父もライナスの事には頭を悩ませているようで、最近はどこのパーティーにも参加させていないそうだ。
暗雲が垂れ込めるアンテーゼ家だが、それでも爵位の低い人たちには伯爵の地位は無視出来ず、嫌々でもお付き合いをされていた人もいただろう。だがそこに現れた謎の美少女……コホン、新な伯爵候補。
その伯爵候補が先日開かれた王家のパーティーで、王族の方々や公爵家の方々とすでに親密な関係を築いており、更に現在私の隣には公爵家のジーク様がいる。
そして止めが先ほどセドリック様がワザと漏らした一言『次期ご当主になられるお方ですよ』だ。
もうここまで来たらいくら鈍い人でもどちらが自身にメリットがあるかは分かると言うもの。
もし叔父がこの事実に気づいたのなら今この場で何かを仕掛けなければいけないのだ。このまま同じ会場にいて、ただ指をくわえて見ているだけなら私の爵位を認めた事になる。
またこの後私の身に何かが起こった場合、真っ先に怪しまれるのは叔父なのだ。
叔父は私の両親が亡くなった事で、一度爵位を継承したお祝いのパーティーをしている。それなのに爵位をお祖父様に取り上げられた挙句、私が爵位を継ごうとしているのだ。この状況で私が何らかの事件や事故に巻き込まれたら誰もが怪しむはずだ。『カーレル様は自身が爵位を継ぐためにアリス様を殺した』のだと
叔父は先日の落石で私を確実に殺しておくべきだったのだ。私が公の場で元アンテーゼ家当主であったお父様の娘だと名乗る前に。
今日の事で私の噂はたちまち王都の貴族たちに知れ渡るはず、そうなれば全て手遅れになるのだ。だからこそ今この場で私と対決し、自分たちが正当な継承者だと主張する必要がある。
これで叔父の逃げ道はなくなった。
さぁ、知恵と策略を張り巡らせた私の罠にハマってもらうわ。




