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ローズマリーへようこそ  作者: みるくてぃー
物語のはじまり
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第5話 試作品

「ごめんねディオン、また使わせてもらうわ」


 あれから数ヶ月が経過し、婚約の話は依然適当な言い訳を付けかわし続けている。

 使用人も予想通り半分近くが入れ替えられてしまった。最初エレンは信じていなかったみたいだけど、最近ではよく私に愚痴っています。いや、別にいいんだけどね。


「どうぞどうぞお嬢様、この屋敷にある物はすべてお嬢様の持ち物です。私などを気になさらず何でもお好きにお使いください」

「いいえ、それは違うわ。ここはディオンの聖域ですもの、本当なら素人の私が入り込むなんて失礼に値するところだけど、今の私にはどうしても必要なことなの」

 ディオンはこの屋敷の料理長だ。何でも以前は貴族御用達の人気レストランを経営していたそうなんだけど、多額の負債を抱える出来事が起こってしまい、お店を続けることが困難になったと言う。

 そんな時お父様がディオンの料理としての腕と人柄を大変気に入られ、負債をすべて肩代わりされたらしい。

 結局お店は閉じられたそうなんだけれど、新たに庶民街で小さな食堂を始め、借金をすべて返済させた後お店を息子さんに譲って、屋敷わがやに料理人として来てくれるようになったんだそうだ。



「素人なんてとんでもない、私が見る限りお嬢様の腕はプロ並みですよ。それに見たこともない品にいつも驚かせていただいております」

「そう言ってもらえると罪悪感が薄れるわ」

 私がディオンの聖域である調理場に来ているのには訳がある、それはズバリ『スイーツの開発』だ。

 前世のパティシエであった知識を使い、この世界でケーキの再現を研究している。


 ただいくら前世の知識があるとは言え、この世界の材料と比べるとどうしても質や味が異なってしまうし、原材料の価格も全く違う。そのため形はともかく思い浮かべている味が上手く作りあげれない。

 私が目指すのは庶民でも手頃に買えるケーキ。この世界にもケーキは存在するのだけど非常に高価な品な上、生地が固くバリエーションも少ない。

 それらを踏まえ低コストでふわふわした生地と、甘くてとろける味の再現に大変苦労していると言う訳だ。


「問題は砂糖なのよね」

 砂糖はこの世界では非常に高くどうしてもコストが上がってしまう、だけど砂糖は生地を膨らませるのに必要不可欠なのだ。


「何か代用できる品はないかしら」

「砂糖の代用品ですか? それなら果実糖かみとうをお使いになられたら如何でしょうか?」

 近くで見ていたディオンが私の独り言に答えてくれる。でも果実糖かみとうって何かしら? 聞いたことが無いけれど。


「それは何? 砂糖とは違うのよね?」

「ええ、砂糖より質は落ちるのですが一般の庶民には当たり前のように使われておりますよ」

 庶民が当たり前のように使っているならコストも低いはず、ぜひ試しに使ってみたい。


「一度見てみたいわ、この屋敷にあるのかしら?」

「申し訳ございません、砂糖と比べるとどうしても質や味が落ちてしまいますので果実糖かみとうは置いていないのです」

「そう、何とか手に入らないかしら」



「ちわーっす。ご注文のお品をお届けに来ました」

 元気よく使用人用の裏口から入ってきたのはこの屋敷に出入りしている商人の子、セネジオ。

 最近調理場に居座っているおかげで、今ではすっかり顔見知りにまでになっている。


「セネジオ、いいところに来たわ。果実糖かみとうは無いかしら?」

果実糖かみとうでございますか? それなら外の荷馬車に積んでおりますが」

「本当!? それを今すぐ買いたいんだけれど」

 私の勢いに驚いたのか少し顔が赤くなっている。


「わ、わかりました、今取ってまいりますのでその、あまり近づかれると俺の心臓に悪いです」

 後半があまり聞き取れなかったけれど、取って来てくれるなら願ってもないわ。私はセネジオにお願いして荷馬車まで取りに行ってもらった。




「お持ち致しましたお嬢様」

 走って取って来てくれたのか息が途切れ途切れだ。


「これが果実糖かみとうね、ありがとう助かるわ……そうだ! 今から言うものに近い果物や食材があれば今度持ってきてくれるかしら、できれば庶民の間で使われているものの方がいいわね」

 今回の果実糖かみとうの件でも分かったけれど、やはり私には知らないことが多すぎる。でもそれなら知ってる人、専門の人たちに相談すればいいのではと思ったのだ。

 私は求めている食材をセネジオに詳しく説明し、代用品になるであろう品を注文することにした。


「これは私からのお礼ね、よかったらお店の人たちと食べてみて。できれば味の感想なんかを聞いといてもらえると助かるわ」

 そう言って試作品のケーキを幾つか箱に入れてセネジオに差し出した。


「こんなにですか!?」

「ええ、あまりここに残す訳にもいかないし、私たちだけではとても食べきれないしね」

 試作品で作ったケーキは私たちが食べたり、信頼できる使用人にこっそりあげたりしてるんだけど、どうしても数が余ってしまう。今のこの状況で叔父夫婦とその関係の人間に知られるのは正直避けたいという思いもあり、食べきれない分は勿体ないけれど処分するようにしている。


「ありがとうございますお嬢様。先日いただいたケーキも商会仲間ですごく好評がよかったんですよ」

「あら、ありがとう。でもお世辞を抜きにして素直に思った感想が知りたいから、気兼ねなく言ってね」

「お世辞なんて誰一人思っておりませんよ、俺たち庶民にとっては見たこともない食べ物なんですから、こんな甘くて柔らかい物があるなんて初めて知りましたよ」

 そう言うものなのかしら? 前世でも今世でも味に差はあったとしても、ケーキは身近な存在だったから、ここまで喜んでくれるとは正直思ってもいなかった。


 その後セネジオは何度もお礼を言って帰って行った。

 今度、今日頼んだ食材を持ってきてくれれば大きく前進することができるはず、私は希望を胸に秘め試作のケーキを作りを再開する。


 そして果実糖かみとうを使ったケーキは成功した。

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