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ローズマリーへようこそ  作者: みるくてぃー
希望へのはじまり
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第45話 当主の器

 王家のパーティーから翌日、私の元へ一通の手紙が届いた。

 内容はアンテーゼ伯爵家が所有する王都本邸にて、お祖父様から爵位について重大な話がある為、私とエリスにも屋敷へ来るように書かれたものだった。


 そしてパーティーから二日後の今日、私とエリス、三人の精霊とシロ、更にグレイとエレンにも同行してもらい、約二年ぶりに生まれ育った家へと戻ってきた。


「やっぱり懐かしものね」

 私は誰に言う訳でもなく、自然と独り言を漏らした。


 昔なら私が帰ってくると、誰かが扉を開けて待っていてくれていたが、今では誰一人として扉を開けてくれる者がいない。


「変わったわね」

 グレイとエレンに扉を開けてもらい、屋敷の中へと入っていく。

 たった二年離れただけでここまで雰囲気が変わるものなんだろうか……確かに装飾品などは豪華だ、だけど人の温かみが感じられないのだ。


 この屋敷の敷地に入って出会った人間は門番が一人、ただそれだけだ。


「使用人はいないのでしょうか?」

 エレンが私の代わりに思っていた事を口に出してくれる。

 玄関ホールに入っても誰一人として迎えに来る人間が来ないのだ、普通はまず有り得ないんだけど……。


「待っていても仕方がないわ、とりあえずサロンに行ってみましょ」

 私を招待したのはお祖父様で、この屋敷は伯爵であるお祖父様の持ち物だ。無断で入ったからと言って、叔父が口を出す事もないだろう。

 私はみんなを引き連れてサロンへと向かう。


 サロンの入り口まで来ると扉の前で二人のメイドが控えていた。

 いるならちゃんと客人を迎え入れなさいよ。


「前伯爵ラクディア・アンテーゼの娘のアリスよ、ヘラルド・アンテーゼ伯爵の命により参上したわ。お祖父様たちはこの中かしら」

 二人のメイドは戸惑いながら動こうとしない。部屋の中からは叔父の声であろう、なんだか言い争っている内容が聞き取れる。


「いいわ、あなたたちが判断できないらなら、こちらは勝手にさせてもらうわ。グレイ、扉を開けて」

 二人のメイドは恐らく誰も入れるなとか言われていたのだろうが、全く教育がなされていない。

 私の迫力程度で怯えているようではエレンの足元にも及ばないだろう。


 グレイに扉を開けてもらい、私はサロンの中へと入っていく。


「貴様、誰が屋敷へ戻って来てよいと言った!」

 私の姿を見るなり叔父が一方的にまくし立ててくる。


 今までの叔父なら常に余裕を見せつけ、決して私程度に怒りをあらわにするような醜態を見せる事もなかった。

 つまりそれほど切羽詰せっぱつまっているのだろう。


「控えろカーレル。私が()()()を呼んだのだ」

 お祖父様の一言で押しとどまるが、まだ文句が言い足りないのかこちらを睨みつけてくる。


 今この部屋に集まっているのは伯爵であるお祖父様とその執事、叔父と叔母、その子供であるロベリアとライナス、最後に私たちである。当然ではあるがお父様の妹であるフィオレさん()と何故かお祖母様の姿はこの場にいない。


 私とエリスはお祖父様だけに挨拶をし、叔父たちから離れたソファーに座った。

 一瞬私の後ろに控えるグレイとエレンを見た気がするが、どうせ関心はないだろう。


「さて、これでメンバーは揃った。これから爵位の継承について説明する」

 お祖父様の放った一言に驚いたのは叔父ただ一人だった。


「お父様、爵位の継承とはどう言う事なんですか? 主人がすでに伯爵の地位を継いでおりますし、私たちの子供はまだ学生の身ですよ? まだ継がせるには早いのではありませんか?」

 全く呆れた。叔父はこの場に来てまで伯爵の地位が誰の手にあるのか教えていないらしい。

 叔母にしても今だに自分の子供が爵位を継げるものだと思い込んでいる。お祖父様がここに居て、なぜ私たち姉妹がここに呼ばれたかを全く理解していない。


 お祖父様はこちらを一度見てから話を続ける。

「現在伯爵の地位は私が預かっておる。そしてカーレル、お前に継承権はない」

 っ! お祖父様が放った一言は、叔父の家族はおろか私自身も驚きを隠せないでいる。叔父に継承権がないとはどう言うことなの?


「父上! バカな事は言わないでください! 今この中で最も伯爵の地位に相応しいには私だけです」

 さっきから声を荒げて話をしていたのはこの事か、恐らく叔父は何か継承権がない事に心辺りがあるのだろう。


「以前にも言ったはずだ、お前は伯爵家から勘当したと。なのに何故この屋敷にいる」

 勘当? 何それ。グレイの方を見てみると、こちらもどうやら心当たりがないらしい。

 まさかお父様が知らない訳もないだろうから、恐らく叔父の名誉の為に誰にも言っていないのかもしれない。


「待ってくださいお父様、主人の勘当の件は随分昔の事ではありませんか。あれから私たちも反省して、今ではすっかり領地の為に尽くしておりますわ」

 今の一言がお祖父様の癇にさわったのか、一睨みで叔母を黙らせる。


「バース」

「はい、ご当主様」

 お祖父様の後ろに控えていた、グレイよりさらに年上の執事が手に持った書類を読み始める。


「現在アンテーゼ領で取れる果物の輸出量が一年前と比べて30%低下しております。またコーヒーに至っては70%の低下、それにより生産農家の経営が窮地に立たされております」

 これは前にエスニアの両親から相談された事だ。

 生産量が別に減っている訳ではない。王都での販売価格が高すぎる為、だれも仕入れようとしないのだ。

 別にわざわざアンテーゼ産の果物を取り扱わなくとも、別の領地の果物を使えばいいだけ。


 私はその事を相談され、ラクディア商会からインシグネ領の輸送ルートを秘密裏に開拓し、他領への販売ルートを構築した。

 ただ、大量に物量を流してしまえば叔父に気付かれる恐れがある為、王都への輸送は私の店のみに止め、残りは他の領地へとバラまいた。

 しかし王都に輸出が出来ないのはダメージが大きく、生産農家の生活が苦しいのが実情だ。

 また、コーヒーに関しては叔父の管理下にあるクロノス商会が全てを掌握している為、手出しが出来なかった。その結果が先ほど数字と言う訳だ。


「この数字を聞いても、領民のために尽くしたと言えるのか! あまつさえ己の利益のためにだけに、領民が育てた農産物の価格操作なんぞしおって、恥を知れ!」

 話の内容から察するに、すでに調べが付いているのだろう。

 叔父がクロノス商会を使い、従来の価格で領民から仕入れ、高値で販売店に卸していた事を。

 結果、わずかな出費で大きな利益を得たのはクロノス商会、そして献上金を得た叔父だけであって、そこには大量に売れ残った農産物と、収益を得る事が出来なかった生産農家の事は一切考えられていない。


「ですが父上、兄上が残した借金を返済するためには仕方がなかったのです」

 あぁ、そう言えばそんな事を言ってたわね。

 私でもその内容を調べられたと言うのに、お祖父様が知らない筈もないだろう。


「私が何も知らないと思っておるのか、お前がコーヒーの価格操作さえしなければ、別段問題がなかったのだ。むしろ問題があるのは、お前が以前事業に失敗した際に出来た借金の方だろうが」

 叔父が事業に失敗……屋敷にいた間にグレイに調べさせていたが、結局全てまでは分からなかった。だがお父様が緊急時のために蓄えていたお金が、叔父の借金に使われた形跡だけは残っていた。

 恐らくその返済にでも当てられたのだろう。領民のためのお金を、己の失敗した借金に当てるなんて。


 叔父も流石に反論ができないのか、大人しく黙り込んでしまった。

 その様子を確かめてから、お祖父様は次の言葉をつなげる。


「次期伯爵の地位は孫の中から一番優れた者を選ぶ事とする。反論も拒否も許さん」

 『拒否』という言葉を話される時、私を見たのはそう言う事なんだろう。


「でしたら大丈夫ですわ、私が一番優れているのは目に見えておりますから」

 全く……その自身は一体どこから出てくるのよ、ロベリア。


「それでどのようにして優れた者をお選びになられるのでしょうか?」

 お祖父様に尋ねたのは私の後ろに控えているグレイだった。


 一瞬全員の視線がグレイへと注がれるが、当の本人は全く気にしない様子。

「貴様無礼であろうが! たかが使用人風情が口を挟んでいい問題ではないわ!」

 そう激昂したのは叔父。たしかのこの場で口を挟むべきではなかったと私も思う、だけどそれはグレイなら当然理解している筈なのに……。


「お父様。こんな使用人の教育すら出来ていない小娘に、当主の座は相応しくないのではございませんか?」

 ここぞとばかりに叔母までもがまくし立てる。


「失礼しました。グレイ、ここは控えてくれるかしら」

 爵位に興味があるわけではないが、これはこちらの失態である。

 私はグレイの主人としてこの場を謝罪した。


「かまわん、主人を思って出た言葉だ」

「しかし父上……」

「黙れ! 反論したければ使用人の信頼を得てから申せ」


「ですがお祖父様、使用人の教育すら出来ていな子に当主の座は荷が重いのではないでしょうか?」

「ロベリア、ならばお前はこの屋敷の使用人に教育が出来ていると申すのか?」

 お祖父様がため息を吐いたあと、ロベリアに話しかける。

 先ほど私たちが屋敷を訪れた対応からも、教育が出来ているとは程遠い状態であろう。


「もちろんですわ」

 このバカ娘は……だから一体どこからその自身が出てくるのよ。

 これにはお祖父様も頭が痛いのか、こめかみに手を当てて項垂れている。


「なら、何を持って使用人の教育とするのだ」

「えっ? ……ダ、ダメな事を注意したり、間違えないように教えたりする事ですわ」

 何よその取って付けたような説明は……


「アリス、教えてやれ」

 えーー! 私に丸投げ!?

 お祖父様はもうロベリアに答えたくないのか、私に話を振ってきた。


 はぁ……

「そうでね、私は使用人に対しては教育などはしません。私は人に教えられるほど優れた人間ではありませんし、教育とは自然と周りから学ぶ事だと思います。

 それに私には信頼できる執事もメイド長もおります。もし使用人が何か間違いを犯せばその者が注意しますし、周りの者も助け合うでしょう。

 ですが、当人たちでも解決できない場合は、私が表に出て問題を収拾させます。それが当主としての私の責任だと思っております」

 私の答えは果たしてお祖父様の納得いくものだったのかどうかは分からないが、「いいだろう」と一言答えただけで話を切り上げた。


「それでは査定の条件を説明する。今後一年間領民のために尽くせ、その結果を見て次期伯爵の地位を譲る」

 領民の為、当主なら同然のことであろう。

 だけど、ただ一つだけ確かめておかねばならないことがある。


「お祖父様、一つお伺いしたいことがございます」

 お祖父様に質問の許可をいただいてから思っていたことを口にする。


「この査定はお祖父様の孫のみと言うことで間違いございませんか?」

「その通りだ」

「ならばルーカスも、フィオレ様の息子である彼も査定の対象となる、と言う事でよろしいですね」

 私が聞きたかった事はこれだ。

 フィオレさんの存在を知った私はグレイに頼んで調べてもらった。その結果、フィオレさんにはルーカスと言う一人の息子がいたのだ。

 しかも偶然とは怖いもので、現在エスニアの両親が経営するラクディア商会にて働いている事が分かっている。


「誰ですの? そのフィオレやルーカスと言う人物は」

「フィオレ様はお父様の妹で、叔父様にとって姉君に当たる方、ルーカスはその方の一人息子よ」

 ロベリアの質問に私が答えてあげる。

 叔父の反応からもどうやら息子の事までは知らなったようだ。


「……いいだろう、お前から内容は伝えてやれ」

 お祖父様は一時の間考えた末、私に全てを委ねてきた。




 そして長かった話し合いが終わり、ようやくローズマリー二号店に帰って来る事が出来たのだが……

「お帰りなさいアリスちゃん」

「へ? なんでこちらにいらっしゃるんですか……お祖母様」

 なぜか数人のメイドに囲まれたお祖母様の姿がそこにあった。

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