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ローズマリーへようこそ  作者: みるくてぃー
希望へのはじまり
40/63

第40話 不運な弟

 花々が咲き誇る庭園で、多くの貴族や公爵家とゆかりがある人々が雑談する中、僕はアリスさんをエスコートしながら入場する。


 昨日姉さんから、アリスさんのエスコートをお願いされ二つ返事でOKした。

 本人は知らないみたいだけどアリスさんは学園時代、男性主催による極秘女性人気投票で常トップ3に入っており、学年が違う僕たちにもその噂は有名だった。


 クラスでも姉の友達でよく屋敷に遊びに来ると言ったら、どれだけの男どもから羨ましがられ、何人の男から紹介してくれとせがまれたか。

 当然すべて適当な理由を付け突っぱねたが、一番の理由は僕自身がアリスさんに憧れていた事が大きい。


 そんなアリスさんが婚約を破棄されたと言う噂が一時流れた事があったが、信じる者はほとんどいなかった。

 そもそも、アリスさんが今まで誰かを好きになったと言う噂は聞いた事がないし、姉からもそんな話は出た事がない。むしろ告白して砕けた人数なんて数え切れないと言われている。

 何よりあの容姿にあの性格。だれが噂を流したのか知らないが、屋敷に仕えているメイドが風邪を引いて倒れた時、学園を休んで一日中看病していたと言う話は有名だ。


 そう言えば女性陣が自分もメイドになりたいと血の涙を流していたっけ。一部の男性も同意していた気もするが、そこは触れないでほしい。


 そんな男女共から好かれている人を誰が断るだろう。

 アリスさんが暮らす伯爵家がゴタゴタしていると言う噂はあったし、恐らく無理やりの婚約が嫌になり、屋敷を飛び出したのだろうと言う考えが濃厚だった。その後、婚約破棄を理由に学園を辞められたが、この時どれだけの男性と女性が血の涙を流したか分からないと言われている。


 そんなアリスさんが現在僕の隣に立っている。

 ジーク様との話は聞いているが、本人が否定しているのできっと何かの間違いだろう。

 今日の役得は姉に感謝しなければなるまい。




 庭園に入ると僕たちの方を窺う気配があるが、これはアリスさんを気にしての事。

 これでも公爵家の子息だが、今日が社交界デビューである僕を知る人物なんて、恐らく数えるぐらいしかいないだろう。


「ねぇ、もしかしてティートって他の貴族の方々と面識あるの?」

「まぁ、多少はありますが、ほんの一部の方だけですよ」

「そうなの? それにしては何だか見られている気がするのだけど……」

 なに呑気な事を言ってるんですか、それは僕じゃなくアリスさんの事を見ているんですよ。

 今日のアリスさんの姿は薄いブルーを基調とした煌びやかなドレス。ショールで肩を隠しているが、透き通るレースから見える真っ白な肌にどうしても目線を持って行かれてしまう。


 遠巻きに若い男性たちがチラチラこちらを見ているのがバレバレだ。

 同じ男としてその気持ちは痛いほど分かる。分かるが、今日一日は誰にも渡すつもりはない。きっと今頃僕の事を羨ましがってるに違いあるまい。

 それにしても今日のアリスさんは綺麗だなぁ……。


************


 気のせいかもしれないけど先ほどから視線を感じる。しかもあまり感じの良い視線ではないのだ。もしかしてティートの事を知っていて、私を邪魔者とか思われているのかとも考えたが、どうもそうではないようだ。


 私とティートは今日が社交界デビューのため、恐らく顔を知っている人は少ないだろう。

 まぁ、私の名前を『ある意味で』知っている人はいるだろうが、名乗らなければ分かるはずもあるまい。

 ティートに迷惑を掛けるわけにもいかないからね。


 私も社交界の事は詳しくないから、どうせ新人デビューの物珍しさに見られているだけでしょ。

 すぐに私たちの事など関心をなくし、各々で話の続きでもするだろう。ここは堂々としていれば自然と背景の一部になれるはず。……なれるはず。……あれ? なれてなくね?


 おかしいわね、何だか最初よりも視線数を多く感じるんだけど。やはりティートが公爵家の子息だってバレてる?

 そう思いティートの方を見てみると、なんだかボーッとして私の方を見ている。あれ? 私どこか変なところがあるの? もしかしてこのドレスがダメだった!?


「ねぇ、もしかしてこのドレス、やっぱり可笑しいの?」

「……えぇ、(こんな綺麗な人が僕の隣にいるなんて)可笑しなところだらけですよ」


「やっぱりそうなの!?」

 あぁ、どうしよう。今更着替えられないし……ここは柱の陰にでも隠れてよう。って柱がないじゃない!


 私が一人でボケ&ツッコミをしていたら、ルテアが公爵様と一緒に庭園に入ってきた。

 さすが本日の主役、視線がルテアに移ったのを見逃さずこっそり庭園の端の方へと避難する。

 ティートには悪いけれど、私と一緒に居れば彼まで笑い者にしてしまうからね。仕方がないのでその場に残してきた。


 私は日頃から鍛えた隠密スキルをフル活動させ庭園の隅っこまで退避した。

 えっ? いつそんなスキルを鍛えたかって? そんなのグレイやノエルからのがれる為に決まってるじゃない。


 ルテアには悪いが、『おめでとう』の言葉はさっき言ったから後は見逃してもらおう。

 そう思い、庭園のオブジェ化に徹していたらワルツのメロディーが流れてきた。


************


 周りが徐々に騒ぎ出し、姉さんが父上と共に入場してきた。

 弟としての贔屓ひいきもあるが、姉さんも中々の美人だ思う。アストリア様の婚約者(予定)だしね。ただアリスさんには劣るとだけ言っておこう。


 父上の挨拶で乾杯し、ダンスのためのワルツが流れてくる。


 よし、ここは男として最大の見せ場だ。

 アリスさんを見事リードして、邪魔な男どもを一掃してやる。


「あの、よければ私と踊っていただけますか?」

「! えぇ、喜んで」


************


 あら、ティートったらご婦人と踊ってるのね。

 あの子あんな年上が好みだったのかしら?


 隅の方で人間観察をしていたら、ティートと何処かのご婦人と一緒に、ワルツを踊り出した。


 私が一緒にいなくてよかったわ。

 それにしてもお相手は独身なのかしら? とてもそうは見えないけれど。

 ティートが踊っているお相手は、見た目が亡くなったお母様と同じぐらいの年齢なのだ。

 まぁ、人の好みに口を出すのは野暮って言うものだ。ここは温かな目で見守ってあげよう。


 私はひたすら庭園のオブジェとして頑張っていると、数人の男性が私の元へやってくるのが見えた。


 ん〜、どうも嫌な予感しかしない。

 私は戦略的撤退を決め、速やかに場所を移動する。次なる目標はこちらと対象にある庭園の隅っこ!

 再び隠密スキルをフル活動させ移動するが、私の行く手を別の男性グループが遮る。チッ、エレンみたいに上手くいかないわね。


「お嬢さん、よろしければ私たちと一曲踊っていただけませんか?」

 ごめん無理!


 この一言を言えればどれだけ楽か……私は当たり障りのないよう丁寧に断る。これでも一応礼儀ぐらいは心得てるわよ。

 そもそも『私たち』と言ってる時点で一曲じゃ済まないでしょうが!


 しかし対人スキルの低い私は断るのに時間を要してしまい、先ほど向かってきた男性グループにも捕まってしまう。

 何これ! 私は逆ハーレムなんて望んでないわよ!


 普通のご令嬢なら今のこの状況は嬉しいのだろう、しかし私にとっては苦痛以外の何物でもない。

 誰がわざわざ目立つような事をしたいと言うのよ。


 私は二組の男性グループに丁寧にお断りするも、中々引き下がってくれない。

 いい加減邪魔くさくなってきた時、なぜか男性たち同士で、私とどちらが先に踊るかで言い争いが始まってしまった。

 いやいや、私はまだ誰とも踊るとは言ってないから。


 気持ち的には見て見ぬふりをしこの場を去りたいところではあるが、さすがに私が原因(いや被害者でしょ)なのでままという訳にはいかない。

 この際、強風を起こして男どもを吹き飛ばしてやろうかとも考えたが、ギリギリのところで思い止まった。成長したなぁ私。


 そんな時、見かねた一人の男性が私に話しかけてきた。

「お嬢さん、私と一曲ご一緒していただいてよろしいでしょうか? どうも妻がお嬢さんのお連れの方と踊ってしまいまして、少々寂しい思いをしていたところなんですよ」

 ブフッ! 私のお連れってティートの事よね! しかも人妻でしたか。ん〜、これは流石に断れないよねぇ。


「はい、私でよろしければ喜んで」

 私は男性にエスコートされ、ダンスエリアへと向かった。


************


 あれ、僕はいったい何をしてるんだろう。

 アリスさんを誘ったつもりが、なぜか見知らぬご婦人とダンスを踊る事になってしまった。


 周りを見渡すけれどアリスさんの姿が見えない。

 そういえば姉さんが言ってたっけ。『アリスちゃんって時々一瞬で消えちゃうのよね』

 はぁ、早く一曲踊りきって捜しに行かなければ。


「うふふ、誰かさんと間違えられましたか?」

 そんな僕の挙動を見透かされたのか、物の見事に今の気持ちを当てられてしまった。


「えっと……」

「さっきまで一緒にいた女の子の事を考えていたのでしょ?」

 僕はなんて失礼な事をしてしまったんだろう。

 間違えてしまったとは言え、自分から誘った上ダンス中に他の女性の事を考えてしまうなんて。


「すみません、失礼な事をしてしまって」

「いいのよ、若い時はそれぐらい積極的なほうが。私の息子にも見習わせたいぐらいよ」


************


「先ほどは助けていただきありがとうございます」

 言葉ではいろいろおっしゃっていたけど、あれは私を助けてくれようとして事。

 あのままでは最悪二グループの男性たちと踊る羽目になっていたかもしれない。えっ、それどころじゃ無かったかもって? 私にとっては全員と踊るほうが大変なのよ。


「いやいや、これはこれで中々の役得と言うものだ。こんな可愛いお嬢さんと踊れるんですから」

 なんだろう、亡くなったお父様と同じ匂いがする。さっきダンスに誘ってきた男性たちとは違い、なんだか温かい。それに私を踊りやすいよう上手くエスコートしてくれる。


「失礼だが、これだけ美しいお嬢さんだ。きっと多くの男性から言い寄られているのではないですか?」

 聞いてくる内容はナンパを彷彿させるが、態度や笑顔からとてもそんな気は感じられない。ただ単純にダンス中の会話程度にしか思っていないのだろう。


「それは買い被りでございます。同じ年頃の男性方とも、話した事はほとんどないんですよ」

 一瞬ジーク様の顔が浮かぶが、あれはユミナ様のお兄さんと言う事で納得させた。


「そうですか、美しいお嬢さんを放っておくなんて勿体無い。……ならばお嬢さんを口説くにはまだチャンスはあるのですね」

「お、おほほ、また悪いご冗談を」

 ただの社交辞令よね? 一瞬驚いたけど奥様もいるんだし、さすがに私のような小娘を口説くなんてないでしょ。


「あはは、私には妻がおりますからね」

 ですよねー。別に落ち込んでないわよ。ただお父様と同じ感じがして、ちょっと懐かしかっただけなんだから。


「どうやら妻もダンスを終えたようです。今日は楽しいダンスをありがとうございます。また何処かでお会いした時に御一曲お相手くださいませ、()()()さん」

「え、あ、はい。此方こそありがとうございました」

 ワルツの曲が変わるタイミングを見計らい、互いにお礼を言って別れていった。

 立ち去っていく男性の後ろ姿を見つめ、名前を聞く事を忘れていたのに気づく。

 ん? そういえば私自分の名前を教えたっけ?





 ダンスを終え、再び庭園のオブジェとなるべく絶好の位置を探していると、ご婦人方を引き連れたルテアのお母さんであるティアナ様に声をかけられた。


「アリスちゃんお久しぶり」

「ご無沙汰しております。ティアナ様」

 ティアナ様は前々から私の事を心配してくれて、アンテーゼのお屋敷を出た後も時々様子を見にきてくれた。主にケーキ目当てだったけど。


「皆さんご紹介いたしますわ。ルテアの友達で()()ローズマリーを経営しているアリス・()()()()()さんよ」

 ティアナ様がやけにある一部を強調して紹介してくださったけど、私にはその意図がわからない。嫌がらせではない事は確かなんだけど。


「はじめまして。アリスと申します」

 今は考えても仕方が無いので、私はあえて名前だけで挨拶をした。


「まぁ、この方がラクディア様のお嬢様なんですか?」

「ご両親の事は大変だったでしょ? 何かあれば力になるわ」

「若いのにお店を経営してるなんて偉いわね。私の娘にも見習わせたいわ」

 あれ? 私が思っていた反応と違うんだけど。

 私はてっきり婚約を破棄された哀れなご令嬢って、反応を考えていたんだけど……。私の噂っていったどうなっているの?


「もしかして、誰も婚約の事に触れないので不思議に思ってるんじゃないかしら?」

 えっ? ティアナ様がズバリ私が今思っていた事を的中してきた。


「なんで分かるんですか?」

「うふふ、顔に出ているからよ。あなたは心配しなくて大丈夫。夫人の情報網(うわさ話)はすごいのよ、ここにいる人たちはあなたの味方だから」

 ティアナ様は私に最大の問題を出してきた。


『ご夫人方のうわさ話?』それは叔父の事なんだろうか?

『ここにいる人は私の味方?』それはどう言う意味?


 私がティアナ様に問いかけようとしたら、ご婦人たちからケーキの事やお店の事を質問攻めされ、結局何も聞けずじまいで終わってしまった。

 もちろんローズマリーの宣伝はしたわよ。

 宣伝に必死でティアナ様に話を反らされた事に気が付かなかったんだけど……。


 前にユミナ様が私の爵位がどうのと言っていた、今日のティアナ様が言っていた事もわからない。

 いったい私の知らないところで何が起こっていると言うんだろう。


 謎が謎を呼び、その日のパーティーを終えた。


 そしてルテアの誕生日パーティーから数週間後、私の元へ一通の手紙が届くのであった。





『ルテア個人日記』


 ティートったら、せっかくジーク様がいないうちにチャンスを作ってあげたっと言うのに、結局アリスちゃんと一曲も踊れないどころか、ライバルのお母さんと一緒に踊ってるんだもの。ホント信じられないわ。


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