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ローズマリーへようこそ  作者: みるくてぃー
物語のはじまり
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第4話 アリスの心情

「分かりました、それではこの宝石は私奴わたくしめが責任を持って預からせていただきます」

 一通り私の計画を説明し、グレイは宝石の入った皮袋を受け取ってくれた。


「……お嬢様、お伺いしました計画の件は承知いたしました。ですがその上で申し上げたいことがございます」

「気を使わなくていいわ、何でも言って」

 グレイは難しい顔をしながら私に話し掛けてくる。

 今の私は使用人の信頼を少しでも強固なものにしたい、どんな意見だって誠実に受け止め対応するつもりだ。


「差し出がましいのですが、先代様にご相談されるというお考えは?」

「そのことは私も考えたわ、ただ知っていると思うけれど私のお母様は踊り子だったから、お父様たちはお爺様たちの反対を押し切って結婚されたのよ。私自身はそんな両親のことを尊敬するし、愛情をいっぱい注いでくれたことに感謝しているわ。

 ただ、お爺様たちからすればお母様と私たち姉妹は嫌われているのよ。今までお会いした数えるぐらいだし、言葉を交わしたことなんて一度か二度あるかないかよ? 葬儀の時だって遠くからお姿を拝見しただけだもの、正直お爺様に助けを求めたら逆に爵位を取られた上、修道院にでも送られてしまいそうだわ」

 グレイがお爺様と面識があるとは言え、お母様との結婚後の対応は知っているからね。


「申し訳ございません、浅はかでした」

「いいのよ気にしないで。むしろもっといろいろな意見を聞きたいぐらいだから」

 私の説明に納得してくれたのか再び笑顔になってくれた。


「お嬢様の修道院姿ですか、ちょっと見てみたい気もしますね」

「何を考えてるのよエレン、修道院と言えば頭を丸めなければいけないのよ? さすがに頭を坊主にする勇気はないわよ」

 修道院と言えば丸坊主! これでも今の髪は気に入っているからおいそれと簡単には切りたくはない。ていうか年頃の女の子にハゲはダメでしょ。


「何をおっしゃっているのですか? 別に髪を切る必要なんてございませんよ?」

「へ? そうなの?」

「はい、髪は女性の命ですから」

 こんな処でも私の無知を暴露してしまったわ、しかし前世では髪って丸めるんじゃなかったかしら? そういえばアニメで出てきたシスターは頭を丸めていなかったっけ?



「しかし、よろしいのでございますか?」

 私が前世の記憶と丸坊主のことを照らし合わせていたら、グレイが話しかけて現実に引き戻してくれた。

 グレイが聞いてきたのは恐らくさっきの計画のこと。


「ええ、私にとって伯爵の地位なんてどうでもいいわ、大切なものは爵位でも名誉でもなく人よ」

 私の計画には爵位の放棄が含まれている。記憶が覚醒する前なら違う考えをしていたかもしれないけれど、今の私には日本人であったいつくしみの心がある、むしろ爵位なんて邪魔なぐらいだ。


「ただ一つ気がかりが……。私の都合であなたたち二人を巻き込んでしまい申し訳ないと思っています。正直二人の幸せを願うならこの計画から外れてもらったほうがいいとさえ思う私がいるわ、上手くいくとは限らないしね」

 私は自分の都合でこの計画を考えた。その中には私を支えてくれる大切な人たちのことも含まれているとは言え、身勝手な思いで巻き込んでしまう。もし二人の、いや使用人全員が各々の幸せを願うなら私は手を引いてもいいとさえ思っている。


「お嬢様、私はお屋敷ではなくお嬢様に仕えていると思っております。お側に置いていただけるならお給金なんて無くても大丈夫です」

「そうですな、いずれ私奴わたくしめいとまおおせせつかると思われますので、新しい雇用先に困らなくてすむと言うもの。あぁ、エレンとは違いお給金はもちろん頂きますよ? お嬢様の笑顔が私奴わたくしめお給金ですから。ふほぉふほぉふほぉ」

「あ〜ずるいです、グレイさん」

「ふふふ、ありがとう二人とも。必ず成功させて見せるわ」


 正直勝算はある。私には誰も持っていない発展した前世の知識があり、この世界はそこまで発展していない。言わばこれから発明されるであろう新しい商品の知識が私にはあるのだ。


「そういえば、今日叔父から聞いたのだけれど、借金が残っていて経営が苦しいってホントなの?」

 今の私はこの世界とお屋敷事情のことをあまりにも知らなさすぎる。確かに学園に通って一般学を学んでいるけれどそれは所詮貴族の令嬢としての知識であり、国が今どういう状況なのかや、何が存在し何が存在しないのかが全くわかっていない。

 今日叔父から言われたお屋敷のことですら答えられなかったのだ、これからはその辺りのことも今後は学んでいかなければならないだろう。今のままでは一人街で暮らせと言われれば正直怖すぎる。


「確かに他領、インシグネ伯爵様からお借りしております借料はございますが、元々共同開発の為、伯爵様同士合意の上で発生したものでございます。それに今では開発した商品も軌道に乗り、年々借料の返済も進んでおりますので特に問題はございません。ただ経営が苦しくなりつつあるのは確かでございます」


「どういうこと? お借りしているお金は返済が進んでいるのに経営が苦しいって」

 共同開発をした商品というのは恐らくコーヒーのことだろう、お父様がご存命の時にそんな話をしていた気がする。

 前世では当たり前にあった品がこの世界では珍しいのだ、実は私の計画の勝算もこの辺りにある。目新しく良い品はとにかく売れるのだ、コーヒーのように一から作るのは開発費用が掛かるが、既にある材料で新しい商品を生み出せば直ぐにでも商品化ができるのではないかと考えたのだ。


「実はマグノリア夫妻の浪費が激しいのです」

「あぁ、やっぱりそうなのね。エレンに聞いて改めて屋敷の中を見れば見慣れない家具や調度品が増えていたもの」

 伯爵であるアンテーゼ領は豊かではあるが決して裕福ではない。お父様は領民の税金をできる限り領地の為に使っていた。そのおかげでようやく農地整備が充実してきて、果実や農作物が豊富に採れるようになってきたのだ。

 そんなお父様は王宮・貴族間の社交界や、伯爵としての威厳を保つために多少着飾らないといけない場合を除き、王都にあるこの屋敷の運営は極めて質素と言ってもいい。


「それと他にも怪しい資金の流れがあり、調べたところどうやら元々お持ちだった借料に当てられているようなのです」

「それは結構な金額ということね?」

 いくらなんでも伯爵家の経営が苦しくなるなんて相当な金額だと推測される。だってお父様がご存命の時にそんな話は聞いたことがない。むしろ領地に起こるかもしれない災害の為に蓄えていると言っていたぐらいだ。


「御察しの通りです。分からないよう細工をされていますが金額が大きすぎる為否応(いやおう)に目立っております」

「それは叔父様に確認した?」

「いえ、確かな証拠がございませんので只今調べている処でございます」

「分かったわ、調べがついたらまず私に知らせて。それに叔父様には何も気づいていないフリをしていてちょうだい、今はまだ動く時ではないから」

かしこまりました」

 今はまだ動きたくても動けない。グレイに頼んだ準備と私のこの世界での経営の知識がまだ足りなさすぎる。それに下手に噛み付いてグレイまでもが辞めさせられては、叔父の思うがままにされてしまうだろう。私の方も早急に準備を進めないといけないわね。


「あと、恐らく徐々に使用人の入れ替えが始まるはずよ。そして私はそれを止める手立てがないわ、悪いんだけれど使用人達のその後のケアもお願いするわ」

「お嬢様それはどう言う意味ですか? まさか使用人の入れ替えなんて普通考えられませんが」


 エレンの認識は正しい。使用人はあくまで使用人、当主の言うことは絶対服従がこの世界の常識だ。ノエルは私の為に叔母に逆らったせいで辞めさせられた。グレイは経営に携わっている関係でいずれ邪魔になり切られるのは目に見えている。本人も気づいているようだし。

 しかし他の使用人は基本当主(まだ当主ではないけれど)の言いつけには従うため実害がない。いやむしろ屋敷のことを勝手知っているからこそ戦力になるのだ。それを全員入れ替えるとかなると互いの信頼関係が築けず、内部崩壊を起こしかねない。


 よく考えてみてほしい。短期間で大勢を入れ替えれば信頼関係ができず小さな派閥が幾つも生まれてしまう。女性というのは噂話が大好きなんだ、あの人が嫌いあの人の言うことは聞きたくないだとかで小さなグループがいくつもでき、更にそれぞれのグループにはボス猿が君臨する。そして入ってきた新人を取り込んだり虐めたりで醜い争いが繰り広げられる。

 予めその手プロを雇えればいいが、そんなプロならすでにどこかに仕えており賢い屋敷の主人ならばそう簡単には手放すことはないだろう。どこの世界でも女性の扱いは繊細なのだ。私の前世だって……いや止めておこう、あれは思い出したくもない。


「まず間違いなくおこなわれるわ」

 私はある種の確信を持っている。

 前世のネット小説でもよくあった話だからと言う訳ではない、決してない。無いったらない。大事なことなので二度言いました。


 うちの使用人たちはすごく信頼関係が築かれており、それが今日改めてわかった。

 ノエルが辞めさせられた経緯を聞く過程で誰一人ノエルのことを悪く言わず、心の底からの心配と叔父たちの理不尽な対応に怒りすら表していた。

 普通メイド長なんてしていると立場上嫌なことでも注意・指導をする為、少なからず文句を言う者が出てくるはず。だけど私が見た感じ誰一人としてそんな雰囲気は持っていなかった。


 そんな使用人たちは叔父夫婦にとって必ず邪魔な存在になるはず。すでにノエルの件で文句がでているのがその証拠だ。

 このお屋敷に仕える使用人は間違いなく全員がプロなんです。そのプロの使用人が初めて文句を口にしたんですよ? 私と一番信頼関係を築いているエレンですら、私から話を振らない限り文句なんて言ったことがありません。その気持ちを考えると心が締め付けられる思いです。

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