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ローズマリーへようこそ  作者: みるくてぃー
夢のはじまり
29/63

第29話 復讐の影に隠された秘密

 私の名前はエスターニア、現在エスニアと名乗りローズマリーと言う名のスイーツショップで働いている。

 何故偽名を名乗っているかと言うとそこには深くない浅い訳がある。


 この店で働くキッカケになったのは、商業ギルドでアルバイト募集の告知を見て。


 募集内容には二十五歳以下の女性で販売経験は不問、日給はまぁ一般的な金額だったと覚えている。

 内容自体も年齢や性別の指定等はどこの募集でもよく見かけるし、特別何か引かれるところもなかったのだが、個人的に一つだけ目に付いた項目があった。


『店舗責任者 アリス』


 私にはこの名前に見覚えがあった。アリス……アンテーゼ伯爵家の令嬢にて次期当主()()()方。

 兄を狂わせ、両親を見捨て、全てを狂わせた者の名前。


 この店の責任者が本人だという確証なんて何もないけれど、私にとっては嫌な名前には違いない。

 ここは同じ名前の不運だったと思って恨み言の愚痴でも聞いてほしい。



 私の両親は一年程前に亡くなったラクディア・アンテーゼ伯爵様のめいにより、アンテーゼ領から日々送られてくる特産品を王都の各所にある売所に、卸す仕事を長年請け負ってきた。


 元々両親はアンテーゼ領で輸出と輸送の仕事を営んでいたが、ある日ラクディア様より特産品であるめずらしい果物を、領地繁栄のため大々的に王都で流通させたいと相談され、伯爵家の後押しのもと王都での仕事を始めることになった。


 始めた当初はなかなか流通も売り上げも順調にはいかなかったそうだが、ラクディア様と何度も打ち合わせをし試行錯誤の結果、ようやく安定した輸送ルートを確立させ、庶民でも気軽に買える価格で王都に流通させる事が出来たという。


 その後も新しい特産品としてコーヒーが開発され、王都での商売は順調に進むかと思われた時、不運にもラクディア様と奥様が乗られた馬車が事故に遭い亡くなられてしまった。


 葬儀の日、私と兄は両親に連れられ会場となる教会へと赴いた。

 身分の違いで近くにまで伺うことは出来なかったが、遠目で白銀の髪色をした姉妹が泣き崩れている姿が私の目にも入ってきた。

 父から教えられた名前がたしか姉がアリス、妹がエリスだったと記憶している。


 その夜、夜中にたまたま起きた私は、ダイニング泣いている父を初めて見ることになる。




 伯爵様の葬儀が終わり、お屋敷の運営と父の商会との経営は、学生の身である次期当主のアリス様に代わり、執事の方が全て取り仕切られることになった。

 元々忙しいラクディア様の代わりに執事の方が多くに携わっておられたので、最初こそ多少のいざこざはあったが概ね順調に進んでいた。


 そんなある日、突然父の商会に一人の男性が訪ねてきた。

 自身をカーレル・アンテーゼと名乗り伯爵代理だと主張してきたのである。


 後で聞いた話だが、カーレル様はラクディア様の弟にあたる方で、昔あまりの素行の悪さに、父君である先代ご当主様より勘当を言い渡された前歴があるとの事。

 その話をラクディア様から伺っていた父は当然のごとく全く相手にしなかった。


 だが次第に強まるカーレル様の圧力。どのようにしたか分からないが取引先の商店が次々に離れていき、厳しい条件でも取引をせざる事が増えてきた。

 そして追い討ちかのように父と兄が商会の運営で揉める事が多くなってしまい、いつしか対立するようになってしまった。




 そんな父の商会が苦しい状況に陥ると見るや、カーレル様は白々しくも救いの手を差し伸べてきたのだ。

 離れていった商店と取引が出来るよう自分が口利きをしてやると。


 そして口利きの代わりに突き付けられた条件はどれも容認できるものではなかった。

 特産物の果物とコーヒーの大幅な値上げ、商会の人員削減に売り上げの三〇%の献上。


 伯爵家の血を引く者とはいえ、先代ご当主様に勘当されたうえ所詮は代理人。

 父の商店は伯爵家の後押しはあったものの言わば個人の店、商会で働く人員は家族同然だし、ラクディア様が目指した庶民でも気軽に買えるという信念も裏切る事は出来なかった。


 あと二年、あと二年もすれば次期ご当主であるアリス様が学園をご卒業し、正式に当主の座に就かれる。

 そうなればカーレル様ももはや口を出す事は出来なくなるだろう、そう思っていた。あの時までは……。



 あれは忘れもしない昨年の秋、突如持ち上がったアリス様の婚約。

 商会の誰もが婿養子をもらい伯爵家を支えてくれるものだと思っていた矢先、嫁ぐ形での婚約を交わしたと言う話が広まった。


 周り人達はあまりの衝撃に打ちひしがれていたが、この状況で嫁ぐというのはそれ程その男性を愛しての事。私は同じ女性として好きな方と幸せになるのなら見守ってあげたいとさえ思っていた。


 だけどその思いはわずか数日で打ち砕かれた。

 驚く事にアリス様の婚約は相手側よりの婚約破棄という形で消滅した。


 兄が言うにはアリス様の一方的な愛に嫌気がさした事と、幼少の頃より我儘に育てられた為、あまりの態度の悪さに我慢が出来なかったようで、相手先よりわずか数日というスピード破棄の不名誉を背負う形になったのだと言う。


 その後のアリス様は積み上げられた積み木が崩れるがごときに早かった。

 伯爵家に不名誉を与えたとして屋敷を追放、更に自身の我儘で次の継承権を持つ妹と優秀な使用人を数名道づれにしたという。そしてその中には伯爵家を取り仕切っていた執事も含まれたいた。


 後程どこかで小さな菓子屋を始めたという噂が流れてきたが、その時の私はすでにアリス様への関心は無くなっていた。




 アリス様とエリス様がいなくなった事で正式に伯爵となったカーレル様。

 伯爵家との仲介をしてくれていた執事の方も、バカ令嬢のせいでいなくなり、カーレル様を止められる者がいなくなった事で、父の商店に今まで以上の圧力をかけてきた。


 さらにカーレル様のご息女とご子息まで商会に出入りする始末。

 ただ出入るするだけでも邪魔なのに、ご子息様は貴族の地位をチラつかせ商会の若い女性に手を出したり、ご息女様は勝手に店の商品を持ち出す始末。


 父は必死に対応していたがある日身に覚えのない不明な取引が発覚し、兼ねてより父の商売のやり方に反発していた兄が無理やり責任をなすりつけ、両親を商会から追い出してしまった。


 行き場の無くなった両親はアンテーゼ領にもどり、兄のやり方に納得がいかなかった私は商会を辞める事となった。

 その後王都で仕事を探していた私は、商業ギルドでこの募集を見つける事になる。



 そう言えばあのバカ令嬢が屋敷を追い出された後、街で小な菓子屋を始めたって噂があったわね。


 連れ出した使用人の中に有名な調理人の名前があったのを思い出し、他人を働かせ、自分はぜいぜいお山の大将とでも気取っているんだろう。


 この店が本当に私たち家族をおとしめたバカ令嬢の店だという保証はないけれど、もし偶然にもあの白銀の髪色をした娘だったとしたら……。


『復讐』


 私の憎しみは全く御門違いなのかもしれない。だけどもし、もしあの娘の店ならば……。これは神様が私を導いてくれたとしか考えられない。


 何の根拠もない……だけど私はこの募集のチラシを受け付けへと持って行った。





 あれから三ヶ月。


「エスニア、どうかしらこれ。新しい商品として考えたのだけど貴女の意見が聞きたいわ」

 目の前に出されたのはプリンと言う名のスイーツに、季節のフルーツとホイップクリームをあしらったもの。

 名前がプリンアラモードと言うらしい。


「あの、()()()店長が考えられたんですよね?」

「ん? そうだけど?」

 いや、何か問題でも? みたいに言われても……あなたは本当に世間知らずの我儘令嬢なんですか?


 ここに来てからというもの自信がなくなってきたわ。


 面接で訪れたあの日、白銀のきらめく髪を目にした私は運命だととさえ思った。

 自慢ではないが私はそれなりに要領がよく知識もある。だから面接も必ず通ると自信があったので、思わず愛称であるエスニアと名乗った。


 本当の名前ではなくエスニアと名乗ったのは、もしもの時咄嗟に反応できないと困るから。

 この人が私の事を知っているとは思えないけれど、例の執事さんがいるし本当の名前じゃなければ怪しまれる事もないだろう。


 面接は予想通り見事に合格。広い王都だ、人と人が出会う偶然なんていったいどれぐらいの確率なのか。

 これは神が私に復讐の機会を与えてくださったのだとその時は思っていた。


 ……だけど今私は迷っている。

 私と両親が味わった苦しみを忘れた訳ではない……でも聞いていたバカ令嬢のイメージと目の前の本人がどうしても一致しないのだ。


 もしかして『ただ似ているだけの別人じゃないのか』とさえ思えるのだが、髪の色も姉妹そろって綺麗な白銀。でもその自慢の髪は現在小さく束ねられコック帽に隠れている。

 これがオシャレに気を使う十六歳、いや今は十七歳の伯爵令嬢の姿だと誰が思う?


 他にも疑問がある、無理やり連れて来られたと聞かされていた使用人たちの生き生きとした姿、全員がアリス様の事を慕っているのは誰の目にも明らかだ。


 挙げ句の果て、何もせずお山の大将を気取っていると思っていた本人が、先陣を切って新商品の開発!? いやいや可笑しいでしょ。

 しかもこの店のほとんどの商品が、アリス様が一人で立案から完成までやってのけたって……。

 今では私が持っていたバカ令嬢のイメージは完膚なきまで砕け散ってしまっている。


「ほーら、シロ新作だよ。よしよしいい子ね」

 ニコニコ顔でシロと言われている子猫とじゃれあうアリス様、さり気なく肉球を触っているあたり確信犯なのは確かだ。


「(はぁ、私いったい何しに来たんだっけ……)」ぼそっ

 天を仰ぎ一人打ちひしがれる自分がいた。


「そうだわエスニア、今度浴衣デーを考えているから体のサイズを測らせてね」

「……スカートは長めにお願いします」

 神様、これは復讐なんて考えた私への罰なんでしょうか?


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