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ローズマリーへようこそ  作者: みるくてぃー
夢のはじまり
25/63

第25話 ある村の女神伝説

 ローズマリーを開店から早三ヶ月、年末の忙しい時期を終え迎えた新年。


 ディオンたち全員に数日のお休みを与え、私とエリスはインシグネ領にあるというエレンの祖父母が暮らす村へ向かっていた。

 理由は二つ、エレンの祖父母へのご挨拶とカカオの取引について。


 正式に取引をするには輸送の問題上商業ギルドを通さなければならないが、生産者と直接取引をするからには挨拶は最低限の礼というもの。


 先にエレンが着いて私たちの事を話してくれているとはいえ、大事なお孫さんを預かる身としては少々身が引き締まる思い。

 『お嬢様をください!』って言う男の子の気持ちがわかるわ。


 インシグネ領まで乗り合い馬車で約半日、そこから更に数時間かけ祖父母が暮らすゴカショ村まで向かう。

 当初グレイが馬車を借りて御者をすると言ってきたのだが、働きづめのグレイを休ませたかったのと、流石にお正月ぐらいは息子夫婦のところに顔を出すようにと推したので、渋々ではあったが引き下がってくれた。


 この世界、野生の獣や盗賊と言った分類は存在するのだが、ある程度整備されている街道は比較的安全なのだ。

 もっとも襲われたとしても、私たちには心強い精霊たちやシロがいてくれるので然程さほど心配することもないのだが。


 インシグネの街から村へと向かう道中、一緒に乗り合わせた人達と世間話をしながら、若いご夫婦が抱く赤ん坊に興味深々のエリスとリリー。

 二人にしたら初めてみる赤ん坊はさぞ可愛い存在なんだろう。


「この子なんて名前なんですか?」

「カタリナって言うんですよ」

 ご夫婦とすっかり意気投合したエリスは、一生懸命笑かそうと変顔をしたりほっぺを突っついたりして、赤ん坊に夢中になっている。

 そう言えばエリスが生まれた時、私もよくほっぺを突っついたりしてたっけ。


「若いもんは元気じゃのぉ、この歳になると長旅は腰にきてなぁ」

 笑顔が素敵なご老人が、赤ん坊と遊ぶエリスたちを見ながら話しかけてきた。


「ずっと馬車に乗っているのも大変ですよね、よかったらお体を摩りましょうか?」

「いやいや、気を使わなくて大丈夫ですよ。若いのに気立てが良いお嬢さんだ」

 ん〜、そう言われるとなんだかやりずらいなぁ。


「シロ、お願いできる?」

「みゃぁー」

 シロの鳴き声と同時にお爺さんが白い光に包まれた。


「な、なんじゃこりゃ」

「ご心配なさらずとも大丈夫です。ただの癒しの魔法ですから」

 最初は驚かれていたが、徐々に腰の具合がよくなったのか馬車の中でストレッチを始める始末。

 あれ? 癒しの魔法って痛みを無くすだけだよね?


 その後赤ん坊がシロの尻尾を捕まえ食べようとしたり、馬車が揺れた際にリリーが蜂蜜の瓶に落ちたりしたけれど、馬車の旅は概ね順調に進み日が徐々に傾きかけてきた頃、ようやく目的地であるゴカショ村に到着した。






 熱帯地方とはいえ冬場はそれなりに寒い。馬車駅に降りた私たちは待っていてくれたエレンに案内され、祖父母が暮らす家まで向かう。


「アリス様、わざわざ遠いところまですみません。お疲れではございませんか?」

「大丈夫よ、エレンこそ迎えに来てくれてありがとう」


 案内されたのはどこにでもあるような木造平屋の家、前世で田舎に暮らしていたおばんちゃんの家みたいで少し懐かしくもあった。


「おばあちゃんただいま、お嬢様たちをつれてきたよ」

 いつものメイドとしての言葉遣いではなくこれがエレンの素なのだろう、幼い頃は私にもこんな風に話しかけてくれたっけ。


「まぁまぁ、遠いところよくおいでくださいました」

「はじめまして、アリスと申します。この度は急に押し掛けてしまい申し訳ございません」

 玄関まで出迎えてくれた祖父母とご挨拶をし、中へと案内してもらう。



「お祖母様、たいした物ではないのですが……」

 居間へと案内していただきみんなが座った頃を見計らい、王都で買ってきたお土産を差し出した。

 この村では宿がないため今夜はこちらに泊めていただく事になっていたし、大事なお孫さんを預かる身としては雇い主の誠実さをお見せする良い機会だ。


 お土産として買ってきた物は落ち着いた色の防寒着が二着、もちろんエレンのお祖父様とお祖母様の分。

 本当はお菓子とかの方がいいかとも思ったのだけれど、この世界では贈り物の風習は貴族間にしかないため、売っている物は全て高価な物ばかりなのだ。


 流石に高価なものは逆に気を使わせてしまうと思い、別の物をと考えたのだけれど、いざ探すとなるとこれがまた中々いいのが見つからない。庶民向のお土産としてのお菓子屋などはあるのだけれど、当然箱詰めなどされているはずもなく、街を彷徨さまよっているとたまたまディスプレイされていた服を見つけ、これをお土産にと選んだのだ。


 エレンから聞いていたのだけど、この辺りは温暖な気候には変わりないが、冬場の朝と夜は霜がおりるほど冷え込むと言う。

 王都や大きな街の一般家庭には大概たいがい暖炉が必ずあるのだけれど、祖父母の家には小な囲炉裏いろりがあるだけと言うことなので、防寒効果のありそうな服を選んだと言うわけ。


「いいのかしら、こんな高そうな物を頂いて」

「そんなたいした物ではございませんので。私、祖父母にプレゼントした事が無く、何を買っていいのか迷ってしまいお気に召していただけるか心配だったんです」


 アンテーゼ領で暮らす祖父母から私たち姉妹は嫌われている。恐らく私たちが王都の屋敷から出た事すら知らないだろう。いや、知っていたとしても他人である私たちには無関心なんだと思う。


 その後もエレンと叔母夫婦を交え王都での話やお店の話をしていると、気づけば外がだいぶん暗くなっており、そろそろ夕食の準備をと話題が変わったころで、家の外から慌ただしい声が聞こえてきた。



「何かあったのかしら?」

 外の慌ただしい雰囲気を心配していると突然一人の男性が訪ねてきた。


「すまない、こちらに王都から来られている姉妹がいないだろうか」

 家に飛び込んできたのは先ほどまで乗り合い馬車で一緒だった若いご夫婦の旦那様、走って来たのか息が途切れ途切れだ。


「どうしましたか?」

 私はただならぬ雰囲気に男性の元まで近づき話を聞く。


 私の顔を見て少し安心したのもつかの間、急ぎ次の言葉をつづける。


 何でも馬車駅で別れた後無事に実家にたどり着いたのだが、家の外で飼っている牛の様子がおかしいのに気付き見に行くと、四本足の獣たちが飼っている牛を襲っていたため近くにあったくわで追い払ったそうだ。だが運が悪いことに畑の手伝いから戻ってきたご婦人と出くわしてしまい、襲われてしまったとの事。


 騒ぎを聞きつけ駆けつけてくれた近くの住人のお陰で、獣たちは逃げ去ったらしいが、ご婦人は大きな怪我を負ってしまい危険な状態なんだそうだ。

 だけどこんな小さな村には医者がおらず途方に暮れていると、ふと思い出したのが乗り合い馬車でご老人の腰痛を治したシロの存在、もしかしたらと藁をも掴む思いでこの家を突き止め訪ねてきたと言う。


「すみません、ちょっと行ってきます」

 話を聞き終えた私はエレンの祖父母に断りを入れエリスと共に家の外へと駆け出す。


「お嬢様、私も行きます」

 慌てて追いかけていたエレンと外で合流し、緊急事態のため移動魔法を発動させる。


「急ぐから魔法を使うわ、私から離れないで。風膜ふうまく! 風流ふうりゅう!」

 私たちの周りに風の膜を貼り、更に風で空気の流れを作る。


 私が今使った風膜ふうまく風流ふうりゅうのコンビ魔法は一定の方向にしか飛べないし移動距離も短い。四人もかかえているから地面すれすれでしか移動する事が出来ないが、風流ふうりゅうを繰り返し唱えることで走るよりは数倍速くたどり着けるだろう。

 以前エリスを影から見守る時、エレンと一緒に屋根の上がった方法がこの魔法。二人ぐらいまでなら二階建ての屋根まで飛ばす事ができるので、昔はよく怒ったグレイから逃れるために使ったものだ。あの頃は私も若かったなぁ。


「な、なんですかこれ!?」

「風の移動魔法です、方向はこちらで合っていますか?」

 初めての体験で驚いておられましたが、指し示す方向に目的地が見えてきたので驚きより安堵感が出てきたご様子。


 このまま風の膜をまとったまま突っ込んでしまうと、集まっている村の人を思いっきり吹き飛ばしてしまうので、一旦近くで魔法を解除し走って人ごみの中へと駆け付ける。私だってちゃんと考えてるわよ。


 人ごみの中心には敷物に寝かされた傷だらけのご婦人。

 肩から首筋辺りに引っ掻かれた傷と、左足には噛み付かれたと思われる傷跡から痛々しく血が流れていた。

 幸いにも意識まだあるようだが早く処置をしないと危険な状態。


「エリス」

「はい、お姉さま……聖光せいこう

「みゃーん」

 この場にそぐわない可愛らしい声と子猫の鳴き声が響き、ご婦人が光に包まれたかと思うと傷跡がみるみると塞がっていく。


 光が収まった頃を見計らい手首の脈と傷の治り具合を確認する。


「とりあえずこれで心配はないと思います。ですが、かなり血を流されているようなのでしばらくは安静にしてください」

 癒しの魔法はあくまで傷や痛みを治すもので、失った血液や破れた服なんかは元に戻せない。

 そのため例え助かったとしても血液不足はどうしても否めない、しばらくは栄養のつく食事でも食べ安静にしていた方がいいだろう。


 旦那さんは何度も私たちにお礼を言って、数人の村人に手伝ってもらいご婦人を家まで運んで行かれた。


「それにしても、村の中に獣とかよく出るんですか?」

 王都や大きな街では外壁や警備兵に守られているが、小さな村ではそれらがない。


 ならどうやって獣から村を守っているかというと幾つかの防衛方法がある。

 例えば村の若者が集まり自警団を組んで見回りをしているのはよくある話。他にも獣が嫌う花を育て、その絞り汁から作り出す匂い袋を村の入り口のいたるところに設置しておく等、その村々で対策方法が異なる。


 この村では獣が嫌う花を育成しているそうなのだが、今年は例年より花の育ちが悪かったそうで、一つ一つの匂い袋の臭度しゅうどが低くなってしまったそうだ。


 春先から秋までは、山の中に食べ物があるのでそうそう獣は降りてこない。だが冬場はそうはいかず獣は食べ物を探しに山を降りる事があるのだ。

 つまり今の時期は非常に危険というわけ。よく冬場は冬眠してるから大丈夫と思っている人がいるが、それはある意味間違いだ。

 冬眠するのはごく一部動物だけ、狼や猪といった凶暴な獣は冬眠する事はない。

 前世で田舎にいくと獣対策のフェンスなどがされているのがその証拠で、特に冬場の被害が最も多いのだ。


「すみません、その花畑に案内してもらってもいいですか?」

 村の人たちの話を聞き終え臭い袋の元となる花畑に案内してもらう。


「ここちらですが、花は春にしか咲きませんから今は何もありませんよ?」

「あ、いえ、大丈夫です。もし花が咲いたら匂い袋を作る事って出来るんですか?」

「それは出来ますが、肝心かんじんの花がありませんから」

 エレンの祖父母が暮らすこの村をこのままにはしておけないからね。


「リリー、お願いできる?」

「はい、ママ」

 リリーは風と弱い土の属性を持っているが本来は花を咲かせる事ができる花の精霊、季節外の花でも一時的に花を咲かせる事ができるのだ。これはリリーの特性であり私が魔法で花を咲かせる事はできない。


「お花さん咲いてください」

 リリーが何もない花畑に囁きかけると土から芽が生え、みるみると成長していきやがて花が咲いた。

 頻繁に同じところで花を咲かし続ける事はできないが、まぁ、春までまだ期間があるから、それまでに土の中でゆっくりと球根が眠りについてくれるだろう。


「これは!」

「これで匂い袋を作れるでしょうか?」

 驚く村の人たちをよそに近くにいた村人Aさんに花の量を尋ねると、匂い袋を作るのには問題ない量との事だったので、全員で花の収穫を始めた。

 春に咲く花なので、すぐに収穫しないと寒さで枯れてしまう。そしてすべての花を刈り終えた頃にはすっかり暗くなっていた。


 その時は何も考えていなかったけれど、次の日に咲かせばよかったと思い至ったのはずいぶん経っての事。エレンに呆れられそうだったからこっそり自分の心の中だけにしまっておいた。




 翌朝、村にある商業ギルドの出張所に顔をだし、カカオの輸送の手続きしていると昨日お会いした村人Aさん(実は村長さんだった)が私のもとに訪れ、村を救ってくれたお礼にと、今後カカオを優先的に取引をしてくださるとの事(元々人気がなかったらしいけど)。

 村長さんのご好意をありがたく頂きギルドを後にした。



「それではお世話になりました」

「何もおもてなしが出来ずごめんなさいね」

「いえいえ、こちらこそ泊めていただいた上、美味しいご飯まで頂いてありがとうございました」

 昨夜家にもどった後、エレンのお祖母様たちはわざわざ夕食を作って待っていてくださったのだ。

 どこか懐かしい田舎のおかずに、私は思わず前世の事を思いだしてしまい気づけば涙が出ていた。


 私が泣いてしまった事でエレンや祖父母を慌てさせてしまい申し訳ない事をしてしまったが、両親を亡くした私にとってはそれほど温かい食事だったのだ。



 祖父母にお礼のご挨拶をすませ、一緒に帰る事になっているエレンと三人で馬車駅へと向かった。


 馬車駅に着くと、そこには私たちを見送りに来てくれた大勢の村の人たちが待ち構えており、各々が持ち寄ってくれたお土産をたくさんもらった。

 そして村の人たちに見送られながら王都への帰路に就いたのだった。


 余談だが、持ち寄ってくれたお土産の中に牛がまるまる一頭あったのは流石に驚いた。『女の子三人でどうしろというのだ』とはエレンの言葉。もちろん丁重にお断りしたのは言うまでもあるまい。





 後日、ゴカショ村に白い聖獣を連れた、女神の姉妹が現れたと噂になるのはもう少し先の話である。


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