第23話 幻の夢
我が名は白銀、天界に仕える聖獣である。
我の役目は地上界の様子を監視すること。
別に地上に降りたり人間と関わりを持つ事は禁止されてはいないが、わざわざ行くのも面倒くさいので天界からただ眺めている。
まぁ、天変地異でも起これば話は別だが、今のところそんな気配や予兆も無く日々ゴロゴロするのが日課となってしまった。気になることと言えば最近ちょっと太った事ぐらいか。
そんな我にもある好物がある。
見た目は白く毛並みの整った地上界で言う大きな虎。子供が一目見れば誰もが恐れ怖がるこの姿とは裏腹に、甘いものには目がない。
ある日いつものようにゴロゴロしながら地上界を覗いていた時だった。人間の貴族が酔狂なことにスイーツショップなるものを始めた。
まぁ、ここまでなら気にもしなかったがその店に並ぶケーキとやらに頗る目を奪われた。多種多彩な果物を乗せたものや、カスタードなるものを内に秘めたシュークリームという食べ物。そして雪のようなやわらかなクリームをのせたケーキという食べ物。
それを見た時、我は一度食してみたと思いこの身で地上界へ行こうかと考え、止まった。
我は聖獣、ゆえに人間の街に行くには目立ちすぎるし、地上に漂う魔力では我の魔法量が供給が出来ないのだ。
滅多にない事だが、魔法を使いすぎ地上界で魔法量を使い切ってしまった場合、我は消滅してしまう。まぁ、そんなドジな事はしないがな。
仕方なく諦めるかと思っていた時、間抜けなことに足を滑らせ地上へと落ちてしまった。
本来魔力で空を駆ける事が出来るのだが、最近甘いものの食べ過ぎと運動不足が祟ったせいで上手く足元が制御出来ず、魔力を強引に使い辛うじて落下の衝撃を抑えるのがやっとだった。決して太ったせいで自分の体を浮かせなかった訳ではない。
幸いにもダメージは無いが衝撃を防ぐため大量の魔力を使ってしまった、その為どうしても魔法量を回復する必要があった。何度も言うが太ったせいではない。
辺りを見渡し近くにあったお誂え向きの木箱で休む事にした。うむジャストフィットだ。
しばらく休めば魔法量も回復するだろうと思っていたが、どうやら想像以上に魔力を使っていたようでずいぶん長い間寝ていた……そんな時だった。
何者かが我に近づいてくる気配を感じ意識を覚醒させた。愚かにもそれは人間の子供、我の姿を見れば怯え立ち去るだろう、今はまだ魔力が回復していないのでもう少し休む必要がある。
だが人間の子供は我の姿を見ても逃げる事はおろか怯える様子さえ見せない。
ならば一吠えすれば流石に立ち去るだろうと思い雄叫びをあげる。
「みゃぁー!」
へ? みゃぁー?
今のは我の声か? ありえん、我の声はもっとこうカッコよかったはずだ。
あれだけ寝ていたのに魔力がまったく戻っていないのか? そう思い我が姿を見てみると。
「みゃ、みゃぁー?」
(あれ? なぜこんな小さい?)
その時思い出した、地上では我の魔力は回復しない事に。
「みゃぁー!」
(しまったぁーー!)
このままではマズイ、いずれ魔法量が尽き消滅してしまうではないか!
どこかで魔法量を回復させねば、だがどうする? 一番手っ取り早いのは人間と一時契約することだが、聖獣である我と契約できる魔法量を持つ人間などいるはずがない。
そんな我の葛藤も知らない人間の子供が、手に棒切れを持ち意気揚々に近づいてくる。
「みゃぁー!」
(我は聖獣だぞ!)
そんな時だった、一人の人間の娘が我を助けようと現れたのだ。
幸いにもこの娘には精霊を三人も従えている姉がいたようで、なんとか無事に危ないところを回避することができた。
だが依然と我の魔法量を回復する術がない、三人も契約しているこの姉に一時的な契約を頼みたいところだがそれでも少々難しいようだ。
この姿のままでは娘たちに我が身を委ねるしか方法はなく、抱きかかえながら見守るしかなかったが、どうやら助けてくれた妹のほうが魔法量が多いと言うのだ。小さき者と思いよく見ていなかったが、たしかに姉以上の魔法量を感じる。
これならば今のこの小さな姿であれば契約もできるであろう。
姉が我に問いかけておるが異議などあろうはずがない。
魔法量回復するまでの間ではあるが小さき者と契約することにした。
……契約を望む者、我が名はエリス、
契約を求む者、汝の名は……白銀!」
契約は無事完了し、我の名前を預けた。
「よろしくねシロ」
「みゃぁーん」
(まて、シロはないだろう!)
数日後の夜、いつものように我が主人と共に寝ていると、姉の方が我を抱きかかえ部屋から連れ出した。
これは我がこの家に来てから毎夜この姉がおこなっている事で、弱っている魔法量を外部的に補充してくれているのだ。
中々気持ちの良い魔力についウトウトしていると姉が話しかけてきた。
「お前は本当に何者なんだろうね」
そう囁きながら我に尋ねてくる、だが残念な事に今のこの姿では話す事もままならない。
「いずれここを出て行くんでしょうが、エリスが悲しむような別れ方はしないでね。シロ」
この娘の言う通りいずれ別れの時はこよう、だが我が身の魔力が満ちるまでもうしばし此処に居座ってもいいだろう、何年何十年になるかはわからぬがシロを演じる事も案外悪くないのかもしれん。
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「……なんて夢を見たんだけど、シロ、今のどう思う?」
私はいつものようにシロに魔力を与えながら話しかける。
いくらエリスの魔法量が多いからって、出会ったシロの魔法量がほぼ0だったので私は毎夜こうやって外部的に供給していると言うわけ。
エリスには内緒だよ。肉球を独り占めしてしたいわけじゃ決してない。
「みゃぁー」
「やっぱただの夢かぁ、そんなはずないもんね。そうだ! 今日あまったケーキたべる?」
「みゃぁー!」
「うふふ、いい返事ね。今持ってきてあげるからちょっと待っていてね」
「みゃぁー」
うちの新しい家族に肉球が……コホン、もふもふが加わった。




