第1話 物語のはじまり
長編二作目になります。
別作品の主人公と被っておりますが別物となります。
「ディオン、ケーキの準備は整っているわね」
「大丈夫です、すでに店頭のケースに準備しております」
「グレイ、試食用のケーキは大丈夫?」
「はい、お嬢様。食べやすいよう小さく切り分けております」
「エレン、お持ち帰り用の小箱の数は大丈夫かしら」
「バッチリですお嬢様、無理を言って沢山作っていただきましたから」
「エリス、今日はエレンのサポートをお願いね」
「はい、お姉さま」
「スイ、エン、リリー、みんなも準備はいい?」
「「おう(よ)」」
「まかせてママ」
「それじゃ、お店を開けるわよ」
『 いらっしゃいませ、ローズマリーヘようこそ』
——これは私と、私に関わる人たちの物語——
ここは、いえ、この世界は精霊や魔法が存在するいわゆる異世界。
私の前世での記憶で例えるなら景色・街並み・技術の発展レベルを含め、中世ヨーロッパの雰囲気に何処となく似ている。
初めまして私の名前はアリス・アンテーゼ、このお店ローズーマリーの店長です。
このスイーツショップの開店は、私の前世との記憶を合わせて三十九年越しで叶った大切なお城。
三十九年と言っても今の私は花も恥じらう十六歳、亡くなったお母譲りの白銀の髪に、エレンとメイド隊による努力のお蔭でぷにぷにのお肌、当然日焼けなどは一切なく、男性を魅了する(かもしれない)煌びやかに光るキュートな唇(グロス使用)。
自慢じゃないけど自分でもそれなりにレベルの高い容姿だと思っている。(美人だと言い切れないところは、奥ゆかしい(元)日本人の性だと分かってほしい)
前世の私は毎日夜遅くまで続くパティシエの修行で、メイク&お洒落とは無縁だった為、容姿のことを思い出すと今でも少々悲しくなる。あえて今の私が負けている処を挙げるなら胸ぐらいか? いや、私はまだまだ成長期! きっとこれから大きくなるんです!
先ほどから前世がどうのと言ってるのは実は私、前世の記憶があるんです。前世ではよくネットに上がっている転生物の小説を読みふけっていたけれど、まさか自分がなるなんて思ってもいませんでしたよ、憧れたことはあったけど。
前世の記憶は、ハッキリと憶えている処もあれば靄がかかったように思い出せない処もあって、例えば自分の名前や両親の事はどうしても思い出せない。妹はいた気がするけれど正直自信はないんだよね。
だけどパティシエを目指していて、いつか自分のお店を持つのが夢だった事だけはよく覚えている。
二十三歳の誕生日を迎えた日、ようやく予定の資金と値切りに値切って勝ち取った小さな店舗。
長年の夢が今正に叶おうとした処で記憶が途切れている。たぶん何かが原因で死んでしまったんだろう。
そんな私の記憶が戻ったのが丁度一年前。
大雨が降ったあの日、両親は祖父母がいる領地から帰る途中、馬車が道を踏み外し崖から落ちて亡くなってしまった。
葬儀の時、泣き崩れる妹のエリスを支えながら私は急に頭を殴られた感覚を味わい、気を失った。
そして気がついた時、私の中に別の私が生まれていたというわけだ。
まぁ、生まれたと言っても説明が難しいから例えただけで、別に二重人格や別の誰かが住みついたと言う訳ではない。そんな事になれば怖くて私自身にぜひ入院をお勧めしたい。
残された私とエリスは幸いにも父が伯爵だった為、住み慣れたお屋敷と信頼できる大勢の使用人、そして伯爵領であるアンテーゼがあった為生活に困ることはなかった。いや、はずだった……。
「キミとこうして会うのは初めてになるかな? 私はカーレル・アンテーゼ、君の父親の弟、つまり叔父にあたると言う訳だ」
葬儀の日の翌日、突如屋敷に訪ねてきた叔父夫婦。
十五年間愛情いっぱいに育ててくれた大好きな両親を亡くし、当時の私は誰かに優しくして欲しかったんだと思う。その結果、私は叔父夫婦の笑顔を信じてしまい、後見人として二人の子供と一緒に伯爵家の屋敷に住み着くこととなった。
葬儀が終わり数ヶ月、少しずつ両親の事や自分の記憶の事が理解できるようになってきたある日、メイド長のノエルが私の部屋に訪ねてきた。
「アリス様、少々よろしいでしょうか?」
「どうしたのノエル?」
本来ノエルの仕事はこのお屋敷奥方であるお母様のお世話と、メイド達の指導教育の立場にあるが、お母様が亡くなってからはお屋敷全体の指示と私のお世話をしてくれている。
本来なら私の後見人である叔母様の専属メイドになるはずなんだけど、あの方は自身の専属メイドを連れ込んでいるのよね。元々お屋敷には必要最低限の使用人しか雇っていなかったのに、これは自分たちの生活のためだからと言って勝手に連れ込んでしまったらしい。それでお給料などの支払いが伯爵家から出ているのだから、もう少し遠慮してもらいたいところだ。
「大変申し上げにくい事なのですが、カーレル様とマグノリア夫人の件でございます」
人払いをした上、部屋の扉の方をもう一度確認しながら言いにくそうに私に話し掛けてくる。
「私のような者が言うべき事ではございませんが、あの方達を信用なさってはいけません。私共の耳に入ってくる噂は正直どれも褒められたものではなく、特にお金に関しては黒い噂が付き離れません。更にお二人のご子息方もあまり良くない内容の噂ばかりです」
叔父夫婦には私と同じ年の双子の兄妹がおり、先日伯爵家出資の下、私が通う王都でも最高級とされる学園に転校してきたばかりだ。
「ありがとうノエル、心配してくれて。私の方も注意しておくわ」
このお屋敷に残ってくれた使用人は、全員私が小さな頃からお父様に仕えてくれる信頼のできる人達ばかり。だからノエルの言葉は本当に心配してくれての事だと思う。
最近私もようやく今の生活が落ち着いてきて、叔父夫婦の行動が怪しいなとは思っていたんです。伊達に前世で水曜サスペンス劇場を録画までして視聴はしていません!(この辺の記憶はバッチリです)
「それと差し出がましいとは思ったのですが、念のため奥様がお持ちだった目立たない宝石類をいくつかお部屋から持ち出しておきました。もし困った事があればこちらをお金に換えてお使いください」
そう言いながら宝石が入っていると思われる革袋を渡してくれた。
確かにもしもの事を考えておいた方がいいかもしれない。私にはエリスの生活もかかっているのだ。妹にだけは不安な思いはさせたくない。
「ありがとうノエル、助かるわ。あなた自身の事も注意はしておいてね。今後叔父夫婦が何を言ってくるか分からないのだから」
「ご心配ありがとうございます。それでは私はこれで」
そう言うとノエルが部屋から出ていったのと入れ代わりに、私の専属メイドでもあるエレンが入ってきた。
エレンは私が七歳の時からお屋敷に仕えてくれており、年齢も私と同じ十五歳だった事から、友達同然の存在としていつも一緒にいてくれる。
本人は恐れ多いとか言って中々フレンドリーには接してくれないけど、私にとっては無くてはならない一人でもある。
「エレン、お茶を入れてくれるかしら、あなたの分を含めた三人分ね」
「もう、断っても諦めてくださらないんですよね」
「ふふふ、分かってるじゃない」
エレンは部屋に設えてあるチェストから二つのカップと、小さなミルクポットを一つ取り出しお茶の準備を始めてくれる。
就寝前のこの時間、三人で夜のお茶会をするのが日課となっている。最初の頃はエレンも断り続けていたけれど、最近では私のあまりのしつこさに諦めてくれた様子。小さい時はいつも一緒に遊んだりしてたんだけどなぁ。