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仮初の精霊術師のジレンマ  作者: 粟崎ヒロ
第一章 邂逅 
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第一章8 イギリスからの来訪者

 燎里が入院している病院は姫野宮市のど真ん中に位置する萱浦町(かやうらちょう)にある。淡白な白い外観の七階建てで内科と整形外科があり祓魔術師とは関係のない人たちも当然のことながら普通に診察を受けていたり、入院していたりするがその事を一般人は知らない。

 ここの院長は元祓魔教会特別医療官(いりょうかん )のエリートだったらしくこの姫野宮市に住む祓魔師なら一度はお世話になったことのある人物だ。俺が入院した時に一度だけ話したことがあるが、底意地の悪そうな小太りの中年のおじさんで正直苦手だと思ったのを今でも覚えている。

 それから祓魔教会姫野宮支部の支部長が入院していたらしくえらく厳重な警備がされており肩身の狭い思いをしたものだ。と言うのも瀬那さんが絶対にやつとは顔を合わせるな。十中八九、厄介なことになる。と物凄い形相で釘を刺してきたからである。

 もちろん俺も厄介事には関わりたくないので、素直に言いつけを守っていると支部長の方が先に退院していったためその顔を拝むことはできなかったのだが。


 魔族や悪魔に襲われた人たちや祓魔師が入院している病室は五階、六階だと決まっている。七階は知らない。でも入院している患者さんは祓魔師以上に厄介な人たちであることは容易に想像できる。

 だいたいの予想はつくがあまり考えない方がいいだろう。知らされていないということは知る必要性がないということである。下手に詮索して厄介事に巻き込まれるのだけは避けたい。



 病院に着き、どの階に燎里がいるのか分からない事に気づき受付へ向かう。必要な手続きを済ませていると看護婦さんがちらちらとこちらを見ておりその視線がこそばゆい。しかしそれもそのはず、何せ慌てて出てきたものだから傘なんて持ってきているはずはなく病院前のバス停から走ってきたが、服がへばり付いてしまうほど濡れてしまっていた。全身びしょ濡れの人が目の前に居たらそりゃ気にもなるだろう。

 まだ四月が始まったばかりで寒さが抜けきっておらず正直言って寒い。とても寒い。このままでは風邪をひいてしまいそうだ。

 看護婦さんから何階にいるのか聞いている間もぶるぶると震えていると見るに見かねたのかおずおずと問いかけてきた。


 「あの~大丈夫ですか?もしよろしかったらタオル貸し出せますけど……使いますか?」


 思いもよらない言葉に狼狽しつつなんて優しい人なのだろうと感服し、好意を素直に受け取ることにした。柔軟剤の心地よい匂いが鼻孔を(くすぐ)る。いつも我が家で使っているごわごわのタオルなんかよりも肌触りも良くこのまま持って帰りたかったがぐっと堪え拭き終わったタオルを返却する。

 そして燎里のいる六階へ向かうためエレベーターに乗り込んだ。

 


 ◇


 燎里が入院しているという六階は受付のあった一階と比べて空気が重い。不快ではないが常に威圧されているように感じてしまう空間だった。エレベーターを降り白い回廊を真っ直ぐ進む。靴が雨に濡れたせいでキュキュと耳障りな音が響く。

 突き当りまで進むと左右に分かれており、そこを左に曲がる。曲がった先の廊下の最奥に位置する部屋の前のベンチがあり、そこに腰掛ける見慣れた女性の姿がある。その整った綺麗な顔には陰りがあり、疲れているようだった。俺が近づいても全く気付く素振りがないのは心配だ。


 「瀬那さん。顔色悪いですけど大丈夫ですか?」


 「あ、ああ、来たか晃成。大丈夫だ。心配ない」


 腰まで伸びた長い茶髪を掻き分けながら瀬那さんは立ち上がったが、その足取りはどこか覚束ない。髪を掻き分けた時に一瞬ではあるが髪の隙間からピアスが覗いた。百七十後半ですらっとした身長が良く似合う白のポロシャツの上に白の白衣を羽織ったいつもの格好をしている。膝上までしか丈のない黒のタイトスカートも相変わらずだ。

 大丈夫だと言っていたがお世辞でもそうは見えない。恐らくろくに寝ずに看病していたのだろう。それなのに俺は呑気に寝ていたと思うと申し訳なくとても腹立たしかった。自己嫌悪に陥っていると疲れ切った声が耳に届いた。


 「では、晃成。早速で悪いんだが着いて来てくれ。……それとあのお喋りを起こしてくれ」


 瀬那さんはゆっくりと歩き出す。そして数歩進んだところで


 「中に私の古い知人がいるが、上手くやってくれ。他の奴なら殺してでも追い出すんだが派遣された特派の犬があいつとはなんて質が悪すぎる」


 苦々しく告げ、扉を開け部屋の中に姿を消した。それを追って部屋に入ると真っ白なベッドの上に横たわる黒髪の少女が真っ先に目に入った。古い知り合いがいると言っていたが人影は少女以外見当たらない。トイレにでも行っているのだろうか。瀬那さんはどうゆう訳か奥に入ろうとせず入れ口付近の壁にもたれていたが、そんなことはすぐに気にならなくなった。

 少女の腕には注射が刺されており顔には人口呼吸器が付いていて痛ましく、腹の底からこみ上げる得体の知れない感情が胸を覆う。誰も口を開こうとせず時が止まってしまったような錯覚が襲う。

 必要最低限の必需品しかない病室には生存を知らせるホルター心電図の無機質な機械音だけが鳴り渡る。何もない寂しい空間だ。

 枕元まで近づき燎里の顔を見ようとした時、静寂を打ち破る優美な声が響いた。


 「ふーん。君が瀬那が言ってた解呪師(かいじゅし)の少年なの?ちょっと頼りないわねー」


 失礼な声の発信源の方を見る。いつの間に現れたのか俺の真横に長い金髪を右手でクルクルと絡ませている人形を連想させる美しさと可愛さを兼ね備えた女がいた。俺が入って来た時には間違いなくいなかったはずだが何か隠密系の祓魔術でも発動していたのだろうか。

 服装は春だというのに祓魔師特有の黒のロングコートとスカートを身に着けている。瀬那さんと同じくらいの身長と黒の制服は彼女の金髪に妙に映え不覚にも美しいと思ってしまった。

 しかし初めて見るはずの女の顔はどうゆう訳か見覚えがあり、記憶を辿る。そして思い出されたのは昨晩バイトの帰りに見掛けたこの田舎には不釣り合いのナイスバディの女性であるということだった。


 「あなたが瀬那さんの知り合いですか?」


 「なーんだ。驚かそうと思ったのに瀬那から聞いてたのね。そうよ。エマ・ゴールドレインよ」


 よろしくねと綺麗な白い手を差し出してくる。どうやら握手をしようということらしい。特に断る理由もないので応じることにした。

 握った彼女の手は柔らかく少し力を籠めれば折れてしまいそうなほど華奢だった。

 そして彼女が俺の手を握った瞬間、平和な時間は瞬く間に崩れ去った。

 勢いよく握った手は振り払われる。


 「あなた、人間?」


 突然発せられた確信を突く言葉に背中が凍えるのを感じる。

 あれほど柔和だった顔も見る影はなく、碧眼の鋭い双眸がこちらを捉えて離さない。

 何がまずかったのか祓魔術に関してろくな知識がない俺が考えてもさっぱり分からない。分かっているのは一つだけ。敵意を隠そうとしない女は俺の正体について何やら気付いているということだけだ。

 しかし正体がばれるほどの致命的なミスを侵したつもりはない。彼女としたことと言えば握手をしたくらいだ。もしかしたらカマをかけているだけなのかと思い

 

 「何を、言ってるんです!?」


 とぼけてみたが全くの無駄だった。殺意すら滲ませて俺を睨みつけている。ここに侑李がいなければ今頃俺の首は胴体から離れていたかも知れない。

 瀬那さんはやっぱりこうなったかと嘆息し口を開く。


 「やめろエマ。こいつの正体は後できちんと話す。今は一刻も早く侑李にかけられた呪いを解呪したい」


 「……だったらもっと早く私に話すべきだったと思うのだけど。私の立場は知っているでしょ?」


 エマが苛立たし気に吐き捨てる。


 「だからだ。お前がイギリス祓魔教会の特別派遣捜査官なのは知っている。本国に情報を持ち帰れば晃成の命はないからな。それはお前が一番分かっていると思うんだが」


 「イギリス祓魔教会・・・」


 思いもよらない組織名が飛び出し警戒心が跳ね上がった。特別派遣捜査官というのは始めて聞いたが燎里とした昨夜の会話が思い出される。イギリス祓魔教会と言えば人間以外は抹殺してしまえという狂った思想の元に統一された危険な組織であり世界の祓魔師を束ねる祓魔の総本山である。

 そんな危険な組織の祓魔師がどうしてこんな所にいるのかさっぱり分からない。まさか俺や燎里を殺しに来たのだろうか。


 あれこれ不吉な考えが浮かんでは消えていく。せっかく拭いた体も汗で濡れてしまっている。俺が思案している間もイギリス祓魔教会の女は鋭い視線を向けて来ている。それどころか未だに隙あらば俺を殺そうとしているような物々しい雰囲気がある。

 しかし、瀬那さんの言葉を聞いてから逡巡しているのかその雰囲気は落ち着き始めているように思えた。


 「それにだ、エマ。こいつは曲がりなりにも私の弟子だ。君が嫌うような奴じゃない。だから懐に隠し持っている(ベレッタ)を収めてくれ。君とやりあうのは私の本意ではない」


 高圧的な物言いで瀬那さんが言うとエマと呼ばれた女は納得したのか渋々といった様子で両手を挙げた。それと同時に彼女が纏ってた鋭い刃のような空気が和らいだような気がした。

 とりあえず俺を殺すのは諦めてくれたことにホッと胸をなで下ろす。あのまま戦闘になっていたかと思うと正直笑えない。

 エマという女はイギリス祓魔教会の特別派遣捜査官。特別というからにはかなりの実力者に違いない。対して俺は少々、身体が丈夫なことが取り柄で武術なんて学んだことはない。ちょっとした祓魔術が使える程度だ。どちらが勝つなど目に見えている。

 己の幸運に感謝しているとエマが口を開いた。


 「で、瀬那。とりあえず大人しくはしとくけどこの子は何なんなの?あたしの眼の事は知っているでしょ。ちゃんと説明してくれるんでしょーね」


 「それはもちろんだ。だがその前に晃成にはやらればならない事がある」


 エマの釘刺しにそう答え瀬那さんは俺の方に向き直る。その黒い瞳には俺の右手がしっかりと映し出されていた。


 

 






 


 

 


 


 

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