第一章7 不穏な目覚まし
翌朝。七時過ぎ。
リリリという無機質な機械音が自分の頭上で鳴り響いていたせいで、俺の意識は緩やかに不機嫌に覚醒した。雨が降っている音がする。寝る頃はまだ雨は降っていなかったが、いつ降り出したのだろうか。
まだ布団から出るのは億劫なので手だけで音の発信源を探る。
・・・違う、これは昨日寝る前に読んだ漫画本だ。もっと右の方だな。
パタパタと床を叩きながら音の鳴る右の方へ腕を持っていくと携帯電話があり、どうやら鳴っているのはそいつのようだった。
音を切ろうと携帯に目を向けると画面上には天崎瀬那と表示されている。
電話嫌いで有名な師匠自らかけてくるなんて珍しい事もあったもんだと思いながら出る。
ちなみにどのくらい嫌いかというと電話するくらいなら師匠自ら会いに行き伝えるか、伝言を寄越すくらいの嫌いっぷりだ。
なんでも耳元で声だけが聞こえるのが気持ち悪く吐き気がするのだそうだ。まるで責められているようで寒気がするだとかなんとか。
正直なところ理由に関してはいまいち分からなかった。
「もしもし。おは―――」
しかし朝の挨拶は知り合って二年も経つ中で一度しか聞いたことのない切羽詰まった声によって遮られた。
そして同時にどういった趣の電話か分かってしまい意識が強制的に微睡みの底から引っ張り上げられた。
だって、その厳かな声は死にかけている俺に選択を迫った時の声と全く同じだったのだから。
「やっと起きたか、晃成!・・・侑李がやられた。詳しい話は病院でする。お前も世話になったあの病院だ」
一方的に話す師匠に何て答えたらいいのか分からない内に通話は終了していた。ツーツーというお決まりの機械音がリズムよく鳴り響いているが音はやけに遠く感じる。
それは脳髄を直接ハンマーで殴られたかのような衝撃だった。
痺れは一呼吸の間に全身を駆け巡り心臓に深く突き刺さった。
異様なまでに躍動するポンプは懸命に冷静さを保とうとする思考を悉くかき乱していて、ノイズが止めどなく鳴り続けているようだ。
だが、これから何をしなければならないのかは混乱した頭でも理解できた。理解したというよりかは直感的に感じたと言った方が正しいだろうか。
おぼつかない足取りで布団から出て玄関へ向かう。
とてもじゃないが着替える気分にはなれなかった。
ドアノブに手を掛けた時ふと、昨夜燎里とした会話がフラッシュバックした。それは彼女が帰る間際の風景で邪気が全くない笑顔を浮かべていた。そして彼女はこう言ったのだ。
「私が殺されそうだったらまた助けてくれるんですよね?」
ああ、そうだな。こんなところで取り乱している場合じゃなかったなと今更ながら我に返る。
師匠が俺を呼んだからには何か俺にしか出来ないことがあるのだろう。
ならば一刻も早く病院に向かうべきだろう。
俺は左右違う靴を履いているのにも気づかず雨なんかもお構いなしで家を飛び出していた。