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仮初の精霊術師のジレンマ  作者: 粟崎ヒロ
第一章 邂逅 
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第一章6 降り出した雨

 振り上げられた大鎌が一切の躊躇(ためら )いもなく脳天めがけて真っ直ぐ振り下ろされる。その余りの速さに回避は出来ないと判断する。

 それでも冷静かつ迅速にスカートのポケットに手を突っ込み現状を打破出来ないか試みる。そしてポケットの中から紙切れを取り出したかと思うと自分の命を刈り取るべく振るわれた大鎌めがけて紙を掴んだ腕を振り上げた。 


 間に合うか!?


 そう思ったのもつかの間、路地裏にけたたましい金属音が(どよ )もした。

 コンマ一秒反応が遅ければ間違いなく、私の身体は真っ二つに切り裂かれていただろうが寸での所で刀で受け止めた。彼女の見た目からは想像が出来ない重い一撃だった。

 

 「獲ったと思ったのだけれどあなた、変わった術をお使いになるのね」


 大鎌に込める力を一切緩めずに静かに囁いた。どうやら式紙術(しきがみじゅつ )のことは知らないらしい。 もしかしたらやり様によってはこの異様な吸血種の隙もつけるかもしれない。

 ―――式紙術。予め紙に組んでおいた術式を使い戦う術。日本に住む祓魔師なら誰もが最初に習う基本術式。何もない所から日本刀を呼び出したのもこの式紙術を応用したものだ。


「式紙術と呼ばれている祓魔術ですよ。この国では一般的なものですが」


 青髪の女はそうと小さく頷いたが力は緩まることはない。

 刃と刃が擦れる音がする。少しでも気を抜けばコンクリートにめり込んでしまいそうなほどの怪力は化け物じみている。これが吸血種なのだと今更思い知った。


 隙をつくにもまず距離をとらなければ始まらない。このまま大鎌を受けていれば間違いなく私は殺される。そう判断を下し私は大鎌を受け流し右足で腹部に蹴りを入れる。が、女はびくともしない。

 岩のような頑丈さ。

 すかさず他の式紙をぶちまけ後方へ飛ぶ。式紙は女にへばり付き淡く光り始める。それを見て私は短く、そして力強く起動式を唱える。

 「燃えて!!!」

 ただ一節。それだけはへばり付いた式紙は赤々と燃え始めた。流石の吸血種もこの炎には多少の効き目があるだろう。現に女は歩みを止めて何やら呟いている。少年を保護するのなら今しかない、そう思い燃え盛る女の上を飛び越える。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 人と話すのは苦手だが出来うる限り優しく尋ねる。もちろん少年が大丈夫ではないことなど百も承知だったけれど、他に何て言葉をかけたらいいのか思いつかなかった。

 少年は怯えているのか頷くだけで何も喋らなかった。


 ・・・唐突に背後で魔力が爆発した。振り向くと先ほどまで燃え盛っていた炎は見る影もなく火傷の痕跡すらない女が立っていた。


 「あら。それでお終いなのかしら」


 圧倒的力量差。自分にどれだけ有利に見繕っても勝てる気がしない。殺せる気がしない。

 だが、少年は保護した。無理に戦う必要はないが、すんなり見逃してくれるはずもない。ならば倒すしかないが、今のままでは倒せない。それに時間もない。このまま少年を放っておいたら完全な眷族となり二度と人間には戻れなくなってしまう。

 それを回避するためにはやはりこれしかないだろう。先走り過ぎなのかもしれない。私の育て親であり祓魔術の師匠でもある瀬那さんには絶対に使うなと釘を刺されていたけどこの状況じゃ仕方がない。少年を巻き込まないように極力威力は押さえなくてはならないけれど。

 そう結論付けると体内にあるありったけの魔力をかき集め、刀身に力を籠める。凝縮した魔力の奔流は空気中を漂う魔力も巻き込んで更に増大していく。光が生まれる。それは魔を祓う聖なる光のようだった。

 これは私にしか出来ないチート業。他の祓魔師には決して真似はできないだろう。本来、体外の―――自然が生み出した魔力を操れるのは魔族だけだからどう取り繕っても自分は人間ではないのだと思い知らされる。それは辛い事だけど、何年も前に気付いていて諦めていたことだから今更どうこう思うことはしない。しないのだ。

 

 まずいと判断したのか青髪の女はあれほど力を籠めていた右腕を引っ込め大きく後ろへ飛んだ。人間には真似ができない跳躍力。けれど私にはできてしまう。流石に腕を鎌に変化させることはできないけれど。

 収束された魔力は臨界点を迎え、放たれるその時を今か今かと待ちわびている。放たれた魔力の威力は心配だけれど集めた魔力量はかなり抑えたから辺りの家が巻き込まれることはないはずだ。

 

 「あなた真っ当な人間じゃないわね・・・いや、この力、そう・・・あなたあいつの」


 女は気になること言っていた気がしたが、雑念を振り払い収束された魔力を解き放つ。光線一閃。光に覆われる殺人現場。光は女の元へ一直線に伸びていき直撃した。

 土色の煙が路地裏に立ち込めていく。女の姿は見えないが依然として絡みつくような不気味な気配は消えていない。威力を押さえたとはいえ全く堪えた素振りも見せない強靭性には恐れ入る。

 気を抜くことはせず式紙を取り出し次の動作に備える。

 次第に煙は晴れ、女の姿が明瞭に確認できる。


 「これはいい出会いだわ。運命だなんて調子のいい言葉は嫌いだったのだけれど、えぇ今日ばかりは運命という言葉信じてみるのもいいかもしれないわね」


 訳の分からない言葉を譫言(うわごと)のように呟いているが、一々気にしていられない。仕切り直しには成功したのだからこの機会を生かさない訳にはいかない。少年も無事に保護した。ならば仕掛けるのなら今しかないと判断する。少年を自分の背後に回し匿うように女と再度対峙する。女は愉快そうにくつくつと笑っている。


 「気が変わったわ。私の可愛い坊や。我慢しなくてもいいのよ」


 刹那。

 背中に鋭い痛みが走る。急激に遠くなる意識を必死で繋ぎ止め振り返る。そこにはもちろん少年がいて、どういう訳か少年のか細い腕がわき腹にめり込んでいる。血が流れていく。私の血が。止めどなく流麗に。

 

 「ど、うして」


 掠れる声。戸惑いから声が零れるも上手く声が出ない。せめてどんな顔をしているのか見なくてはいけないと思い少年の顔を見ると整った美麗な顔は涙で濡れていた。


 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 遠のく意識の中で聴いた懺悔の声は胸をこれでもかというほど締め付けた。

 どうして上手くいかないのだろう。後悔は際限なく沸き上がる。

 

 「終わりましたか・・・レベッカさん少しばかりやり過ぎですよ。これでは特派の・・・」


 消えていく意識の片隅で少年のものではない男の声を聞いた。

 ここで初めてまだ敵がいたことに気が付いたけどもう身体は動かない。



 ―――私はまた救えなかったのだ。

 

 一粒の雫が燎里侑李の頬に降れたのを皮切りに大粒の雨が降り出した。

 

 


 


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