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仮初の精霊術師のジレンマ  作者: 粟崎ヒロ
第一章 邂逅 
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第一章5 闇の住人

 私の気配を察知したのか、最初から気付いていたのかは知らないが突然現れた私に対して余り驚いた様子はなかった。

 

 「あらあら。せっかくのお楽しみの時間でしたのに無粋な方もいたものだわ」


 対峙した女は嫣然とした様子でそう言った。青色にカラーリングされたであろう髪色と適度に赤らんだ頬、堀の深い顔は違和感なく、むしろ淫靡な雰囲気すら漂っている。


 今の私の行動を先輩が見ていたのならどうしてお前はそう自分から危険な場所に足を突っ込んでいくんだと怒っていたと思うし、瀬那さんなら未熟者だと笑うだろう。

 自分でも馬鹿だと思うし、何より祓魔師なんて致命的に向いていないことは明らかだ。

 そもそも祓魔師という生き物は全を生かす為に個を犠牲にすることを美徳としている。

 だというのに、私は我慢できずまた動いてしまったのだ。あの泣き喚く少年の姿を放っておくことなんてできなかった。

 手遅れなのは私が一番、良く分かっている。分かっているけれど。

 今彼を見殺しにしたらそれは自分の主義に反してしまう。私という存在が死んでしまう、そんな気がする。

 だからたとえ怒られても、笑われても私は助けを求める声を無視することは出来ない。

 全身を嘗め回すような気持ち悪い魔力が鼻につく。だが、流れてきた魔力の臭いとはどこか違う感じがした。

 眼前にいる青髪の女は手を顎に当て嫋やかに笑っている。その姿は育ちのいい異世界のお嬢様を連想させた。顎に手を当てる動作一つとっても気品さが溢れだしている。

 その優雅さはこの死臭漂う異界の中であっても損なわれることはなく、それがかえって映えているのが恐ろしく感じる。

 路地裏を覆うむせ返るような死の臭いはいくら嗅いでも慣れることはないし、一生好きになることはないだろう。

 女の後ろにいる少年をちらりと見る。ぽかんと口を開けていて、意識は在って双眸はしっかりと私を捉えている。首筋には赤黒い染みができていて、そこを起点に肉がうにうにと蠢いている。案の定、劵族化は始まっていた。あの様子だと進行度は七割、今も肉体変質の最中だろう。


 でも大丈夫。少しだけだけど時間は残っている。


 ならば助ける価値は充分にあると思う。

 彼を蝕んでいるのは呪いと呼ばれている術式で魔族が扱う呪いのほとんどは人間を魔族に創り変えるものだ。少し前までは魔族にかけられた呪いが解呪できる可能性は二パーセントにも満たなかったが、今はちがう。

 それに人間として産まれたのなら最後まで人間としてあるべきだ。決して他者に歪められていいものではない。

 だが、その前に女の言葉を無視し聞かなければならないことを問う。


 「これは、あなたがやったのですか?」


 そんな事は分かりきっていたけれどどうしても聞いておきたかった。紅く濡れたコンクリートを見ながら静かに問う。

 女の赤い瞳は血の海を見ながら平然として様子で答えた。縦にロールした青髪が風で揺れた。


 「半分正解で半分外れといった所ですわね。半分は最近ご無沙汰だったからついついやっちゃって。でも彼らだって悪いのよ?大勢で押しかけて来て私の身体に触るんですもの。玩具(おもちゃ)の分際で私に触るなんて殺してくださいと言っているようなものでしょう?半分は今のお気に入りの坊やにあげたわ。本当はもうちょっとあげるつもりだったのだけれど。そんなことよりも私はあなたに興味があるわ。普通、人間がこんなにも血で濡れた空間を目にすると情けない姿を見せてくれるのだけど。あなたはどうやら違ったようね。祓魔師さんだったのかしら」


 私が女の問いを無視したことなど気にする素振りは微塵もないどころか、笑みを絶やすことなく言葉を紡ぐ女の在り方はひどく不気味だと思えた。

 それに私が覗き見していたのはばれていたようだった。壊れる姿を見て楽しむ。だから気付いていても無視をする。異常を目の当たりにした人間が独りでに壊れていくのを肴に法悦に浸る。筋金入りのドSで外道のようだ。

 女はじりじりとこちらに詰め寄ってくる。隠すことのない明確な敵意を滲ませながら。まだ五メートル程離れているがこれ以上近づかせてはならない。

 彼女の放つ威圧感とねじまっがった魔力の波動は強敵だと判断させるに足るものだった。

 いつもの私ならここで飛び出していただろう。だが、何かがひっかかっている。

 彼女から漂う魔力と少年の首筋に刻まれた呪印からして彼女が魔族で間違いないのは初めて見た時から分かっていた。

 種族までははっきりと分からないが首筋に呪印を刻むのは大抵、吸血種だから恐らく彼女も吸血種だろう。

 ここまで分かれば対策の立て様はいくらでもある。

 ならばいつも通り切り伏せてしまえばいいのだが、本能がそれを良しとしない。

 まだ早計であると訴えている。

 女にはまだ何か秘密があるのだという気がしてならない。


 「どうして私が祓魔師だと思うのですか?」


 この得体の知れない不安を消す為に言葉を紡ぐ。足元にいる少年を見下ろしたかと思うとニタァと厭らしく口端が上がった。

 ゾクッと背筋が凍えるような寒気がした。

 裸の感情を垣間見た気がした。


 「あら。それで隠せているつもりだったのかしら。角にいらした時から殺気が漏れてますもの。そんな刺々しいものを向けてくるのは祓魔師さんぐらいのものでしょう?」


 瞬間。


 五メートルは離れていたはずなのに眼前に、しかも手と手が触れ合う距離に女が突然現れた。

 瞬間移動のように。


 「―――っ!」


 訳も分からないまま後方に跳ぶ。距離をとって今起こった現象について整理したかったが青髪の女がそれを許さない。瞬間移動でもしたのではないかと錯覚してしまう速さだった。これまで倒した魔族の中でもこれほどまでの身体能力を持ったものはいなかった。

 故にこの女の身体能力は化け物じみている。

 女はぴったりとくっついていて楽しそうに笑っている。

 

 「素敵だわ!実はまだ日本の祓魔師さんの血は頂いたことがなかったのよね。ええ、本当にちょうどいいわ。女性の血はあまり好みではないのだけれど貴方なら特別に頂けそう」


 そう言った青髪の女は右手を振り上げた。

 振り上げられた右手はいつの間にか禍々しい大鎌に変形していた。それは瞬きの内に変わっていて最初からそういう形をしていたのだとさえ思えてくる。

 私の斜め上に掲げられた真っ黒なソレは命を刈り取るだけにあるのだとそんな気がした。

 

 

 

 

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