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仮初の精霊術師のジレンマ  作者: 粟崎ヒロ
第一章 邂逅 
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第一章4 燎里侑李という祓魔術師

 /燎里侑李(かがりゆうり)


 先輩の家を出た頃には既に零時を回っており、九日が始まっていた。

 訪れる時は顔を覗かせていた月も今は厚い雲に覆われてしまって見ることが出来ない。 

 雨でも降るのだろうか。

 スカートのポケットからスマホを取り出し天気予報を見てみると生憎の雨マークが表示された。

 しかもあと一時間もすれば降水確率は七十パーセントを超えというおまけ付きで。

 現時刻の降水確率も決して低くはなくいつ降ってきてもおかしくない天候だ。


 うっわあ、早く帰らなくちゃ、傘持ってきてない・・・。


 急がなければと静かな夜の町を速足で歩く。

 夜の姫野宮市は車の排出音も羽目を外した男女の喧騒もない完全な静寂で満ちている。

 出歩いている人は皆無であり、まるで町が死んでしまったかのように思う。

 もちろんそんなはずはないのだが・・・。

 町中の方まで行けばちらほら朝まで営業している居酒屋などの夜の店もあるが、ここは中心地から外れ総面積の七割を田園風景占める田舎の田舎だ。要するに郊外である。

 住宅街を抜ければ建物らしいという建造物は途端に姿を消してしまう。このあたりの住人がよく活用しているコンビニにしろスーパーにしろ住宅街にあるくらいだ。


 でも、確か先輩のバイト先の雑貨屋は住宅街から少し外れた場所にあるんだったけ。


 記憶の片隅にある些細な情報がふと脳裏に浮かんできた。

 一度だけ遊びに行ったことがあるが、外観からしてみすぼらしく本当に営業しているのか疑ってしまったのを今でも覚えている。

 中に入っていいものかと店先で十分程悩み、おろおろしているのを見るに見かねた先輩によって店内に連れられたのは思い出すと今でも顔が赤くなってしまう。

 あの時の先輩は苦虫を噛み潰したような微妙な顔をしていて、それがまた恥ずかしさに拍車を掛ける。

 店内は外観よりしっかりしていたが、普通の雑貨屋では見たことのない品物が所狭しと並んでいた。

 動く蝸牛(かたつむり)の殻みたいなものから始まり、 目が付いている時計、喋る刀・・・まだまだたくさんあったのだが、正直な話気味が悪くって早々に視線を切ってしまったのである。

 これらの怪しい物は一体何なのかと聞いてみても先輩は知らん、店長に聞いてくれの一点張りで、ちゃんと従業員なのかと突っ込みたくなってくる。


 あれ、そう言えば店長さん結局見なかったな。


 そんな今更なことを思い出しながら歩を進めているとゴロゴロと空が哭いた。

 がさがさと住宅街に植えられた木々が揺れた。


   ◇  


 天候は更に悪くなる一方で、薄寒い風が肌を撫でる。

 全身を舐め回されるような気味が悪く妙に臭う風だった。


 この、臭いは・・・。


 鼻腔の奥に不快な臭いが充満するのと同時に不気味な気配を感じた。

 それは本能的に拒絶したくなる悪臭で、嗅ぎ慣れた臭いだった。

 自宅に向かう足を転換し、漂ってきた方角へ気配を隠し足を踏み出す。

 そこは路地裏で、機械的な光がちらほら見えるくらいで全体的には薄暗い。よくみると街灯のいくつかは点滅しておりそれのせいで不気味さが助長されている。五十メートルほど真っ直ぐ進むと直角に曲がっている。臭いはそこから流れてきているようだった。

 明らかに事後の臭い。瀬那さんに電話しようか迷ったけれど、この時間はもう寝ている時間帯だしわざわざ起こすのも悪いと思い取り出しかけたスマホをポケットへ戻す。

 歩を進めるごとに強くなる激臭。その元凶はまだ確認することは出来ないが今にも消えてしまいそうな微かな声が聞こえた。

 

 「お・・・す・・で・・・か・・も・・・・・・・さい」


 まだ距離があるのかはっきりと聞き取ることが出来ない。

 ゆっくりと、不気味な空間を進み曲がり角に突き当たった時それは目にこびり付いた。

 

 曲がり角の先には電灯があり、その無機質な光は慎みも遠慮もなく凄惨な空間を照らし出している。

 そこは赤黒い海だった。海の上にはゴミのように人が転がっていた。

 数秒の間、息をするのも忘れてしまって一番手前にあった死体を見つめていた。

 大きく目と口を広げ、こちらを恨めしそうに睨みつけている。いったいどれほど怨みながら死ねばこんな顔になるのだろうか。


 ここまで凄惨に人を殺すのは人間だけだ。

 魔族が人間を殺すときは餌としか思っていないから必要以上にいたぶらない。目的は食事であって、過程で殺しているだけなのだから。けど、人間が人間を殺すときそれは残酷で凄惨なものになる。

 人間というのはルールに縛られ道徳の中で生きている。社会には人を殺してはいけないという確固たるルールがあり、それを破ったものは社会という歯車から外される。廃棄される。人間はこの歯車から外れる事をひどく恐れるが故に、狡猾にもバラバラにし隠蔽工作をする。


 だから死臭と魔力が絡み合い結界と化していたこの路地裏の惨劇も営利目的で祓魔術を行使する悪徳祓魔師の仕業かと思ったけれどその考えはすぐに否定された。

 なぜなら死体たちの少し奥には跪く少年とそれを見下ろす女の姿があったから。少年の方は人間っぽいが女は明らかに別格だった。


 あれは人間ではない。魔族(まぞく)だ。直感的にそう思った。

 そもそも魔族の見た目は人間と変わらない。鬼種、吸血種、人狼種、様々な種類の魔族がいるがそのほとんどが普段は人間社会に溶け込んでいて魔族特有の能力を見ない限り判別は不可能に近い。

 ふと女の青色の綺麗な髪が風で流れた。


 女の奥に位置する少年は黒の短髪で清潔感があった。正確な表情ははっきりと分からなかったが、上下に揺れる肩を見れば泣いていることは明白だった。

 先ほど聞こえた何かにすがるような声は恐らく彼のものだろう。

 いつの間にか乾ききっていた唇を舐めながら、ポケットから再度スマホを取り出そうとした。

 応援を呼ばなくてわ。私一人の手には余り過ぎる。

 画面をスライドさせ着信履歴から電話を掛けようとしたとき甲高い悲壮に満ちた声が耳朶(じだ)に響いた。


 「ごめんなさい。ごめんなさい。もう許してください。耐えられられません。お家に帰してください。もう人を殺したくないんです。ごめんなさい。ごめんなさい」


 それは懸命な命乞いであるのと同時に罪の懺悔だった。この死体の山を積み上げたのは私だと、もう殺すことはできないと。そして良心を痛め泣いている少年に殺せと命じたのは悠然と佇んでいる女であると。

 自分の中の血が沸騰するのを感じた。私は面倒事が嫌いだ。人と関わるのが嫌いだ。そして何よりこれまで傍観し続けてきた在り方を良しとした自分が嫌いだ。

 傍観するということは加担するということ。黙認するということ。そしてそのツケは自分ではなく誰かが払うことになる。かつて私が私と言う存在の在り方を傍観し続けた故に亡くなった命があった。大切な人を失った人がいた。それでも許してくれる人がいた。

 私はチャンスを貰った。チャンスを貰ったからには挽回しなくてはならない。それがどっちつかずの私に課せられた責任であり義務なのだ。

 だから私は救わなくてはならない。助けを求める人ならだれであれ。そして何より殺人を他人にさせて喜んでいるような外道は断じて許すことなどできない。

 

 目線の先にいる女は許しを請う少年の頬の揺れこう言ったのだ。

 

「ダメよ。もっともっと壊れてくれないと。私はまだ満足してないのよ?」

 

 気が付いた時には私は少年に向かって颯爽と歩き出していたのである。スカートの中に式紙(しきがみ)を隠しながら。



 ―――ぐるりと女がこちらを向いた。

  

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 

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