第一章3 不法侵入者2
―――吸血鬼。厳密に言えば吸血種だったか。大した違いはないと思うのだが、吸血鬼という呼び名はメディアによって大衆向けに呼称された別称であり正しくない。
とはいえ吸血鬼も吸血種も血を吸う魔族に変わりはなく出来れば聞きたくない存在の名を聞いてしまったせいか知らないうちに眉間に皺がよっていた。
あれだけの出来事は時間でもそう簡単には解決してくれないらしい。
「先輩は一度、吸血鬼と遭遇しているので知っているとは思いますが、吸血鬼は劈主と呼ばれる大本の吸血鬼と眷族と呼ばれる元人間の吸血鬼に分けられます。今回、姫野宮市に現れたのは前者の劈主だそうです」
吸血種がどういった存在なのかはよく知っている。主治医であるのと同時に精霊術の師でもある天崎瀬那から嫌と言うほど聞かされた。
人間の血を啜り、生きながらえる魔性の存在。日本でも馴染みの深い魔族での吸血鬼を取り扱った数多くの書籍や映像作品がその証拠だ。曰く、彼らに血を吸われれば瞬く間にお仲間になってしまう上に心臓を杭で打ち付けなければ死なないといったチート野郎。
これが多くのメディアで語られている吸血鬼像だが正解率は半分といったところだ。
実際のところ肉も食べられるし野菜だって全然いける。見た目だって人間とそう変わらない。杭を刺されなくても致命傷を受ければ呆気なく死ぬし、不死身ですらない。
ただメディアの吸血鬼像と一致していることもある。
その一つが血を啜ることであり、吸血する理由は大別すると二つあるらしい。
一つは眷族と呼ばれる従者をつくるため。
二つは快楽のため。
他にも理由はあるのだが吸血種は最も人間に近い魔族と呼ばれるほど個体数が多くその分だけ個性がある。
なので一体一体の吸血衝動を事細かに調べるのは不可能だそうだ。
だが、物事には例外は付き物でこの二つに関しては吸血種という種族の特性を鑑みれば師匠曰く馬鹿でも分かるらしいのだが、俺はそんな簡単な事すら分からなかったために嘲笑されたのは記憶に新しい。
「晃成。君は馬と鹿を交配させた、いわゆる馬鹿という奴なのか」
思い出すだけで悔しいが見た目は正直なところドストライクなので辛うじて我慢できる。しかし、一々長ったらしい説明はどうにかならないものか。
・・・いや、今はそんな事を考えている場合ではなかったと冷静になり、口を開く。
「もちろん。吸血種については知っているさ。なんせ殺されかけたんだからな。ただどうして劈主なんて吸血種がこんな何もない町にやって来たんだ?自慢じゃないがあるのはコンビニとスーパーくらいなもんだぞ?そこんとこ師匠は何か言ってないのか?」
「・・・姫野宮に来た理由は分かりませんが日本に来た理由は想像がつくそうです。なんでも吸血鬼にも私たちと同じように規則があり社会があり、道徳があるそうなんです。昨今の吸血鬼社会の風潮は眷族を生み出すことがご法度なのにも関わらず今回現れた劈主は眷族遊びが激しかったそうなんです。だから長老たちの逆鱗に触れ追放されたたため魔族にとっても比較的治安の良い日本に来たのでは、とのことです」
うーん。さしずめ吸血種界の犯罪者といったところだろうか。
それにしても眷族遊びという聞きなれない単語が引っ掛かった。
何かのメタファーなのだろうか。
「なぁその眷族遊びっていうのは何なんだ?全く想像がつかないんだが」
「あー、そうですね・・・」
上手い例えが浮かばないのか顎に手を当て考え込む燎里を静かに眺めていると
「SMプレイ、ですかね」
そう呟いた。
・・・考えてそれかよ。
突っ込みたいがあえて無視することにしよう。話が進まない。
「眷族遊びっていうのは初々しい眷族を弄び、這い蹲わせ、乞わせることで自分好みの奴隷を作り出すことです。いくら体は魔族でも心は人間のままですから反発も生まれますけど眷族の身分は下僕。下僕に歯向かわれたとあっちゃ主人としての面目が潰れてしまう。だから心を壊し調教するんです。従順で気品ある自分好みの眷属へと。
そして出来上がった眷族は品評会に出品され高得点を獲得した眷族の飼い主のポテンシャルになるって訳です。今回の吸血鬼はやたらめったら眷族をつくるので祓魔教会の方でも前々から目は付けらていたらしいんですけど」
「なるほど。自分の快楽のためだけに血を啜る吸血鬼種か・・・。会いたくないな」
ここで言葉をきる。
ここからが俺にとっての本題だ。
ため息交じりに言葉を紡ぐ。
聞きたくはないが聞いていなければ後で死ぬほど後悔することになるだろう。
「・・・で、瀬那さんは俺に何させようって魂胆なんだ?」
だが、返ってきたのは予想だにしていない言葉だった。
「いえ、今回に限っては何もするな。とのことです」
「は?」
耳を疑った。
あり得ないとさえ思った。
じゃあなぜ師匠は伝言を寄越したのかと。
その答えは燎里の口から明かされた。
続きがあったのだ。
「本来ならいつも通り魔族狩りを行ってもらうところですが・・・イギリス祓魔教会が直々に出向いて来ています。彼らは真っ当な人間以外は殺しても構わないと思っていますから。彼らが日本を去ったらまたこき使ってやるから大人しくしていろだそうです」
イギリス祓魔教会というのが実際にそんな危なっかしい奴らなのかは会ったことがないので分からないが、師匠がそこまで言うくらいなのだから本当に危険な連中なのだろう。
それにしてもあのドSが単純にこちらの身を案じてくれたというのは素直に信じがたく全身がむず痒く感じた。
イギリス祓魔教会くらい潰してしまえ。などど真顔で言いそうなものだがどうやらそこまで無茶を言う人ではなかったようだ。
ちょっとだけではあるが自分の中での師匠の評価が上がったように感じた。
そんな事を一人で考えていると燎里が立ち上がった。
「では、伝えることは伝えたのでもう帰りますね。あ、私もしばらく隠れなくちゃならないので心配しなくても大丈夫ですよ」
「そう・・・だったな。お前も気を付けろよ」
玄関に向かう背中を追いかける。
「言われなくても気を付けますよーだ。でも私が殺されそうだったらまた助けてくれるんですよね?」
と言いながらドアを開け出て行った。
いつもと変わらない安心する笑顔を浮かべながら。
――ドアから覗いた空には輝いていた月や星は一切見えず厚い雲が立ち込めていた。