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罪人転生 バッドマン・ショー  作者: 急造
第1章 そして少年は主人公へ
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第8話 決断


 異世界に来て初めての夜は、快適。この一言に尽きた。

 三、四人用の広いテント。暖かい寝袋。美味しいご飯。

 レジャーでキャンプに来てるのと何ら変りはしない。

 

 火はやめておいた。

 テントに寝袋、調理しなくていい食事。

 これだけ揃うとあまり必要を感じなくなったからだ。


 眠くなってきた。

 テントの床面は三層式になっていて暖かいし柔らかい。

 寝袋は手と足を入れるところが分かれていて自由に動ける。これは便利だ。 

 元の世界で足だけ分かれている寝袋を見たことがあるが、どうして手も分ける発想がなかったのか? 

 見た目でネタにされずに済んだものを。


 使用感に感心しながら、うつらうつらとしていると、ふとハジけた彼のことが気になった。


「埋めてあげたほうがいいよなぁ」

 

 彼はそのままの状態で放置されている。

 何も道具がなかったため穴を掘ることさえできなかったからだ。

 今は物資も追加された。

 もしかするとその中にスコップなんかがあったかもしれない。

 

 しかし、あったとしても所持してるのは向こうの誰かだ。

 出しゃばって揉める火種を作る気はない。

 手を合わせている人もいたし、任せておけば明日にでもやってくれるさ。




 俺はこういう人間だ。


 善悪で自分を語るとき、善の側でありたいと思っている。

 思ってはいるのだが、自分の利が犯されそうな場合簡単に悪のほうへと流されてしまう。


 学校でそれはどう見てもいじめだろ? という場面に出くわしても、その後の自分を想像すると動けない。

 これはわかりやすい例えだと思う。


 あとはそうだな。

 竹やぶでバッグに入ったピン札帯付きの一億円を見つけました。

 そのまま持って帰っても絶対にバレないし、自由に使えるよ。

 交番に届ける? 持ち帰る? さぁどっち?

 

 なんて二択を迫られたら間違いなく持ち帰っちゃう。


 でも現実ではバレない保証なんてありえないし、自由に使える保証もない。


 持ち去るところを見られたら? 

 GPSみたいな追跡装置が隠されてたら?  

 通し番号が控えられてたら? 

 精巧な偽札だったら? 


 タラレバを熟考し、リスクとリターンを踏まえ俺は交番に行くだろう。

 

 そして人にはこう言う。

 ちゃんと届けたよ。正しいことをしたよ。

 世界で俺だけが知っている過程は告げずに。

 

 俺はこういう人間だ。


 だから物語の主人公は凄いと思う。

 善いことは善い、悪いことは悪い。 

 どんな不利益をこうむっても、自分の心が望む方向へ真っ直ぐに進む。

 俺には到底できないことだ。


 昔はそんな主人公に感情移入できていたと思う。 

 じゃあ今は?

 どこか冷めてしまう自分がいる。

 

 自分のことが好きか嫌いか聞かれたら、迷わず嫌いと答える。

 自分を好きだと言える人は、主人公のように生きられる人だと思う。  


 変わる努力をしたことはあっただろうか? 

 せめて変わりたいと思ったことは?


『助けて……』


 ああ、そうだ、確か……。


 元の世界の俺は、きっと自分で自分に妥協していた。




『助けて……。ふみちゃん!』




 ビグン!


 落ちる感覚で足が跳ね上がった。


「ふがっふ!?」


 いつの間にか寝ていたらしい。

 外は暗いままだからあまり時間は経ってないのかな?

 寝たら死ぬ雪山じゃないんだ。もう一度寝よう。 

  

「……うぐぅ」


 駄目だ。目が覚めてしまって寝つけない。

 

 俺はこの際だからトイレを済まそうと思い外に出た。

 歩ける高性能寝袋の見せ所だ。

 なんと、このとき以外に使う用途がない場所にチャックまで付いている。

 残念なことに中はつなぎを着ているのであまり活用できないが。

 

 女性はさすがに脱がなきゃ無理そうです。


 外に出て育てたい草木を探していると、寝る前に気になったことを思い出した。

 自然と彼がいる場所を目で追う。


 動いていた。


 彼がという意味ではない。何かが。だ。

 弱々しい月明かりの下、目を凝らすと徐々に形がわかってくる。


 動物だ。おそらく熊。

 とするとだ、さっきから微かに聞こえてるこの音。


 みちりっみちりっ。


 まさか……。


 みちりっみちりっ。


 食ってんのか? 


 んぐがじゅっちゃくちゅ。 


 異世界にマーライオンを初めて持ち込んだのはだーれだ?


 俺だよ。


 目の前で人が死に、視覚と嗅覚を攻められたときですら吐くことはなかった。

 しかし、聴覚から派生した想像力が俺に全てのストックを放出させた。 


「(はぁはぁ……)」


 ダメだ、ダメだダメだ。

 人の形を残したまま人が喰われる。

 それだけはダメだ。

 人として生まれた以上あってはならないことだ! 

 何かが崩壊してしまう!

 

 自分は殺して喰うくせに喰われるのはダメとか笑えるんですけど~。

 喰っていいのは喰われる覚悟のある奴だけだ!

 

 こういう意識高いです。みたいなセリフ今はどうでもいい。

 正しいか正しくないかじゃないんだ。


 もっと理屈じゃない深い場所で叫んでる。


「(すぅーーーぶふぅーーー)」


 呼吸を落ち着けよう。幸いこちらに気づいた様子はない。風下でよかった。

  

 これからどうすべきか。

 声を出して危機を知らせる?

 それだと無駄に刺激してしまう恐れがあるな。

 このまま様子を見るべきか?


 消極策を検討中にそれは起きた。




「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「なっ!」


 夜を引き裂く叫び声、おそらく九人のうちの一人だ。

 きっと俺と同じ理由で出てきたのだろう。

 あれを見た女の子に叫ぶなというのは酷な話か。


 声に熊が反応し振り向く。テントからも次々と人が出てくる。


「どうした!?」


「何あれ、熊? モンスター?」


「……どっちでも危険」 


「この状況で使えそうなスキルが出た奴はいるか?」


 誰も答えない。

 

「スキルがないんじゃどうしようもないって、逃げよう」


「じゃあテントに取りに――」


「そんなん逃げたあとで戻ってくればいいだろ! 今はとにかく離れるぞ」


 彼らが退却を選択した瞬間、熊が猛スピードで走り出した。

 

 速い! 熊ってあんなに速いのか!? 街乗りの車くらい出てるぞ!

 

 熊は三十メートル近くあった距離を即座に詰める。

 人に近づいたことで大体の体長がわかった。二メートル前後というところだ。

 皆、散り散りになって逃げ惑う。

 男も女も叫び声が交じり合い、逃げれているのか捕まったのか判別はできない。


 俺はすぐに自分のテントへ戻り、物資を詰めておいたリュックを持ち出す。

 着ていた寝袋は動きにくいので脱ぎ捨てる。テントも放棄だ。


 運がいい。

 もしも彼らに避けられていなかったら、今頃あの中の一人だ。

 この状況なら他を囮にして楽に逃げられる。


 テントから飛び出した刹那、目に飛び込んできたのは地面に倒れこんでいる少女らしき影と、そこに迫る熊の姿だった。

 

 よかった、あの子が襲われている隙に逃げよう。

 

 我ながら嫌になる。

 少女が襲われそうなのを見てホッとしているんだから。

 少女は地面を這って少しでも遠くへ逃げようとしている。


 俺は熊と逆の方向へ一歩を踏み出す。

 これでいい、俺は何も見ていない。

 

 今俺の中にある気持ち、助けたいとか思ってる余計な感情。

 あそこに倒れてるのが見知らぬ薄汚れたおっさんでも同じこと考えんのか?

 ないね。断言できる。

 じゃあなぜ? 女だから? 一緒に異世界へ来たから?


「んな立派な人間じゃねぇだろ……」


 俺はもっと自分優先な人間だったはずだ。  

 元の世界にいた自分を思い出せ。

 今の俺を見て笑ってるぞ!

 

 駄目だ。

 今思い出されるのは全然関係のないモノ。

 

 どんな人間か、どうなりたいのか、どうあるべきか。

 そんな入り組んだ思考ではなく、もっと単純なもの。 


 俺の頭に浮かぶのは元の世界のことじゃなく、この世界で経験したこと。

 

「だからあれはよぉ……」


 理由なんかどうでもいい。

 嬉しかったんだ。

 勝手に涙が流れるくらいにさ。


 最初の一歩は熊とは逆へ、次の一歩はそのまた逆へ。


「こんのクソ熊がぁぁぁ!」


 あーあ、やっちゃったぜ。

 どうか都合よくスキルなんかが目覚めますように。

 ハハッ。バーカバーカ。

 



 俺を馬鹿に変えたのは、蓋の開いた一つの箱。

   

 中身がぎっしりと詰まった木製の箱。


 開いたのはきっと――。 


 詰まっていたのはきっと――。



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