第6話 笑い声が合成だと気づいたときのしらけっぷりは異常
「五秒前、四、三――」
二。
一。
「レドゥィーーース、エーーーン、ジェントォメーーーン! 皆様大変長らくお待たせいたしました! 本日より、第十六期《バッドマン・ショー》開幕でございます!」
たくさんの歓声と拍手が鳴り響く。
派手なライトやスモークが場を盛り上げる。
MCの男が観客に向かって手を振ると、歓声がいっそうと激しくなった。
いかにも多くの人々が熱狂しているように感じられるが、実のところスタジオには演者とスタッフのみで一般観覧者はいない。
全部合成された演出だ。
「一五期終了から一ヶ月ほど間が空きましたが、どうです? 会えなくて寂しかったですか?」
「さびしー!」「寂しかったー!」「マコトー!」
もう一度言うが観客はいない。
「どうぞ安心してください。十六期もこの私、財前誠が番組MCを務めさせていただきますよ!」
きゃー。わー。ひゅー。
「まずは本日番組を盛り上げてくださるゲストの紹介です!」
その言葉を合図にセット奥から次々とタレントが登場し、拍手が巻き起こる。
放送中のドラマ○○で人気の~。と、よくある番宣目的の女優。
《今日のバッドマン・ショー》十六期のレギュラーに選ばれた芸人。
他にもバラエティ常連から売り出し中の新人タレントまで、多くの人たちが鳴り止まぬ拍手の中で紹介され、席に着いていく。
全員の紹介が終わるとスタジオの空気が変わった。
お祭りムードから徐々に張り詰めていく感じへと。
「では皆様。気になってますか? 待ちきれませんか?」
イェアアア!!
「いいでしょう! これより……。十六期メンバーの発表です!」
大型モニターに、十一人分のシルエットが浮かび上がる。
「おおっとこれは!? 十一人、今回は十一人のドラマが待っているぞぉ!」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
世間を騒がせるような事件の犯人は、すでに異世界送りを選択したかどうか知れ渡っていることが多い。
小さい事件でも、裁判に興味がある人間なら誰が異世界送りを選んだか知る術があるため、ネットなどではほぼ完璧に十六期メンバーの予想がついている。
一般人にはドキドキの瞬間。
コアなファンには答え合わせの瞬間だ。
「それでは一人ずつシルエットを開けていきましょう。順番は異世界送りが決まった順となっています。私の推しメン順じゃないですからね?」
どっ! と笑いが起こり、アップになった一人目の影が取り払われた。
「それでは一番。遠山蓮さんです!」
オレンジのつなぎを着た全身写真が映し出され、その横には簡単なプロフィールが表示されている。
No.1
・名前:遠山蓮
・性別:男
・年齢:18歳
・罪状:第1級殺人、他
・量刑:懲役20年
・更生達成:3500000ポイント
・当時恋人関係にあった女性を殺害。
遺体を遺棄しようと車で運ぶ際、テールランプ切れで警察官に停止を求められる。
焦って逃走するも運転を誤りガードレールに衝突。事件が発覚した。
「この事件はニュースにもなりました。被害者遺族の涙は今でも鮮明に思い出されます。宮野沢弁護士、更生達成まで三百五十万ポイントという点についてはどうでしょうか?」
弁護士と呼ばれた男性ゲストが答える。
「そうですね、現在投票権を持つ視聴者が約七百万人ということですので、半分の三百五十万という数字は妥当であると思います。過去の例から見ても――」
彼は様々なデータを持ち出して持論を展開するが、弁護士だというのに法的な話題は全く出てこない。
そうこうするうちにMCが相槌を打つのをやめ、急に立ち上がる。
「んん? ああっ! 私としたことがうっかりしておりました。今日から新たなシーズンが始まるというのに、視聴者様への番組説明をうっかり忘れておりました!」
「今どき見たことない奴なんておらんやろ~」
芸人が突っ込みを入れると、笑いが起きる。
敷かれたレールが透けて見えるわざとらしいリアクションで、無理やりトークの方向性が変わった。
スタジオ内のセットが変形し、MCと芸人の二人で番組の基礎知識を説明するコーナーがスタートする。
「皆様ご存知のとおり、《バッドマン・ショー》は更生支援番組であります。異世界でしっかり更生したと判断された人間は、再びこのジパングの土を踏むことができるのです!」
「ハイハーイ! 先生ぇ質問や! えー、異世界送りになった人は、どのような方法で、こっちの世界に戻ることが、できるのですか?」
カメラ脇のめくられた紙をそのまま読む。
「この世界に戻るには、とあるスキルを使用する以外方法がありません。ヒノモトテレビの社長である日源重吾氏は、この国で唯一世界を渡るスキルを有しています。その力のおかげでこの番組は成り立っているのです」
「行く時と同じように《ゲート》で帰られへんの?」
「不可能ですね。《ゲート》では上位世界から下位世界への移動しかできません。一方通行なんです。ちなみに上位世界とか下位世界が何なのかは聞かないように。そこは台本に説明がなかったので!」
スタジオが笑いに包まれる。
「でも勝手に連れ帰ってええんか? 裁判で決まったことやろ? ワシそういうとこ疎くてな、マコちゃん説明頼める?」
「それはいい質問ですね! 実は異世界送りの刑罰は向こうに送られた時点で執行終了なんです。だからその後何が起きても法的な問題は発生しないのです」
「なるほどなぁ。じゃあどうやって犯罪者が更生したか決めんのや?」
「くぅ~素晴らしい質問を、ありがとうございまぁす!」
「馬鹿にしとるん? さっきから馬鹿にしとるん?」
「コホン。ここで先ほどの宮野沢弁護士とのやり取りに戻ります」
「さっきのっちゅーと投票権とかいう話か?」
「はい。《バッドマン・ショー》では、Caution。Warning。Danger。という視聴制限放送を導入しています。順に、危険かもしれない。危険。深刻な状況。で使い分けられていますね」
「ほうほう」
「各家庭でCautionになったら画面が薄くモザイクになるとか、Warningになると黒塗りになって音まで消えるとか、そういう設定が可能なわけです」
「小さい子なんかに配慮しとるわけやな」
「そのとおりですね。そうした中で、Dangerモードだけは個人で自由に設定がいじれないようになっています。Danger中は強制でデモ画面と保留音になるのです」
「余程映ってしもうたらアカン場合やな」
「ええ、ですがこのDanger中でも制限を受けず、番組を楽しむ方法があるんです」
「な、なんやて!? 一体どんな方法なんや!?」
「よくぞ聞いてくれました! その方法がこちら! ドン!」
大型モニターに料金プランが映し出された。
「二十歳以上の方なら誰でも簡単にお申し込みいただけます。一月分から年間コースまで、あなたに最適なプランをお選びいただけます。今から三十分以内にお申し込みいただくとさらに割引が! 全制限が解除されるプレミアム会員をご希望の皆様、こちらまでドシドシご連絡お待ちしています!」
画面下に出ているテロップを指差しながら言い切った。
「おもいっきり宣伝やないかーい!」
「赤石さんスムーズなご協力、ありがとうございまぁす!」
「ええんやで、これもギャラの範疇やさかい。ってやかましいわ!」
コントのような説明なのか、説明のようなコントなのか、はっきりしないまま番組は続く。
「さて投票権についてでしたね。我が国ジパングの国籍を持つ方がプレミアム会員になると、更生したかどうかを評価する権利が与えられます。これが俗に投票権と呼ばれているものです」
「そうか、その国籍とか会員とかで条件に当てはまるんが、約七百万人おるっちゅーことやな?」
「はい。遠山蓮さんの場合だと更生達成が三百五十万ポイントです。なので視聴者の半数が更生したと認めた時点で、ジパングへの帰還が認められるのです」
「ん~でも人殺しといて半分が認めたら許される。ってのはなぁ~。正直甘ないか思うねん」
「確かにお気持ちはわかります。ですが意外とこの条件、達成が困難なんですよ。まず、投票権を持つ全員が必ずしも投票するとは限らない。この問題があります」
「おお、七百万人から三百五十万票集めるんじゃなく、六百万人から集めなあかんくなったら、そらキツなるわな」
「ええ、視聴だけが目的で投票には興味がない方もいますから」
「アカンで! 投票は大事や! ‘あなたの一票が世界を変える!’」
「急にどうしたんですか? あ、そういえば次の国政選挙キャンペーンキャラクターに選ばれたそうで……」
「ドッキーン! からのパァドゥーン?」
ワッハッハ!!
音声が差し込まれる。どこか笑うところだったのだろうか?
「素晴らしいキレですね! ドッキーンからの‘それが何か?’ 追い詰められていながら開き直るという一種のカタルシスですか? 言葉の響きも最高で――」
「やめて! 説明しないで! もぅ~、完全に潰しにきてるやんか~」
どっかーん!!!
今度は爆笑。バリエーションが豊富だ。
「そしてなにより! ……ほら、泣かないでください。先に進みますよ? そしてなにより! 第一級殺人などの重罪を犯した者への評価は、非常に辛くなりがちです」
「そうかー、何をして異世界送りになったか全部バレてるんやもんな」
「はい。仮に万引きで異世界送りになったAと、殺人でなったBがいた場合、同じ善行を重ねても圧倒的にAのほうが多く票を集めるでしょう」
「おーわかりやすいわ」
「ちなみに、第一級殺人で有罪になった者が更生達成した例はありません」
「よ~くわかったで。宮野沢弁護士の言うとおり妥当っちゅーことがな」
「続いて、更生支援番組の‘支援’部分について説明していきたいと思います」
「それやそれ! 更生した人間をこっちに連れ帰るんはわかったけど、そら支援とはちょっとちゃうもんな?」
「これは実に単純です。番組が支援するのは、物資になります」
「な、なんやて!?」
「《バッドマン・ショー》ではCMが一切流れません。にもかかわらず、世界中のあらゆる企業とスポンサー契約が結ばれています。ではCMがないのにどのようにしてスポンサー企業の宣伝を行うのか?」
「そうや! どうするんや!?」
「もうお気づきの方も多いでしょう。そうです、全ての宣伝は異世界にいる彼らが行うのです!」
「……え、えらいこっちゃー!」
「物資が届く。彼らが使う。その姿を一日平均二十億人が見る。これほど宣伝効果の高い番組は他にありません!」
「あのぉ。質問があるのですが?」
「どうしたんですか? 急に標準語でどうしたんですか?」
「いや、さっきから無視されてるような気がして……」
「ハハッ」
「否定せんのかーい!」
ワッハッハ!!
いちいち小ネタをかまさないと死ぬ病気なのだろうか?
「さっきから聞いてて気になることがあんねん。言い方悪いかもしれんけど犯罪者なわけやんか? ほらタレントでもイメージ悪なってCM降ろされるとかよく聞くし、そこんとこどうなんかな? って」
「心配はごもっともです。自社製品をイメージの悪い人物に使われると、製品どころか企業のイメージまで悪化しかねません」
「せやろ? 宣伝として成り立たんと思うわけよ」
「はい。ですがそれを解決する方法として、個人指定の物資輸送があります」
「個人指定の物資輸送?」
「難しい話ではありません。物資を受け取らせたい相手の目の前に出現させるだけです。複数人でまとまっている場合、宛名を書くこともありますね」
「そうか! イメージの悪い人間に商品使われるのを避けることができるんやな。番組内で人気が出てきた相手にだけ送ることも可能と」
「そういうことになります」
「あ、でも無理やり奪われることはないんか?」
「当然やろうと思えば奪えるでしょう。ですが忘れていませんか? 彼らの最終目標を」
「最終目標? そりゃこっちに帰ってくること……。あっ!」
「気づいたようですね。帰還には更生達成が必要。もし他人の物を盗むようなことをすれば……」
「せやな、まず強奪なんて起こらんわけや」
「そうです。‘まず’起こりませんよ」
「物資は好印象の人間にしか届かない。みたいな言い方をしてしまいましたが、実はそんなこともなかったりします」
「なんでやねん! 今までの会話どうしてくれるん!?」
ワッハッハ!!
「まぁまぁ。キーワードは慈善とギャンブルです」
「何か相反するイメージの言葉やな」
「まず慈善のほうから説明しましょう。彼らは異世界へ送られる際、ほとんど何の準備もなく異世界に投げ出されます」
「まぁ仕方ないわな。罰として送られるわけやし」
「ええ、しかし彼らを哀れに思い、世界に馴染むまでの短期間生きるための必需品だけは送ってあげよう。と考える企業が毎度何社か名乗り出るわけです」
「そういうことか、確かに慈善やな。でもそれ身を切るような演出しつつも、しっかり会社のイメージアップが考えられとるんちゃうか?」
「ンッフッフ。そのとおりです。でもいいんですか? そこらへんあまり突っ込むと今後のお仕事に……」
「おーっとぉ! カットやで! カニさんチョッキンや!」
「赤石さん、生です」
「ヒュ~~~」
どっかーん!!!
「次はギャンブルですね。時間が経ってから人気が出た人に製品を送ろう。こう考える企業は多いです」
「これも仕方ないわな。商売として当然と言えるわ」
「ですがその頃にはいくつもの企業から支援物資が集中してしまい、自社の製品が目立たなくなります。これでは宣伝効果がいまいちです」
「あ~ワシわかってもうたわ、ギャンブルの意味」
「本当ですか? では赤石さんの口から予想をお願いします」
「今後人気が出ることを期待して、早いうちから製品使ってもらう?」
「……ファイナル・レスポンス?」
「ブハッ! 何で知っとんねん! ワシのさらに爺さんの世代やろ?」
「温故知新。とだけ言っておきましょう! ファイナル・レスポンス!?」
「わかったわかった! ファイレスやファイレス!」
「…………………………」
「…………………………長いのぉ。ここもしっかりやるんかい」
「デレデレデレデレデレデレデレデレデレデレ――」
「口でドラムロールはいらんねん!」
「…………………………」
「…………………………」
「……正解!!」
「嬉しさ半減やわ!」
どっかーん!!!
「企業としては、自社の製品だけを使ってもらいたい。異世界の彼らは、必要な物を優先的に送ってもらいたい。そのためなら独占契約大歓迎。皆番組を見て知っていますからね。御社の製品一筋です! と猛烈なアピール合戦の開始ですよ」
「お互いに利害の一致があるんやなぁ」
一区切りついたところでスタッフから合図が出る。
「いや~長かっ、おもろい説明やった! こんだけ説明すれば初めての人でも楽しく見れること間違いなしやな!」
「本当はまだまだ説明することがあるのですが――」
「いやいや! もう十分やで! 後は見てのお楽しみってな!」
「そうですね、他のゲストの方々もいい加減ワイプの中から出てきたいでしょうからね」
「せやせや、それに時間も近づいとる。十六期の面々があっちに着く前に、全員の紹介終わらせなあかんとちゃうの? 皆も他のメンバー気になるやろ!?」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
「ふふふ。では番組説明はここまでにして、十六期メンバーの紹介に戻りましょうか。赤石さん。何も知らない体でこのコーナーを盛り上げていただき、ありがとうございました!」
「ちょ! そこは触れんといてよ!」
「放っておくと赤石さんが何も知らない可哀想な人だと思われそうで……」
「それこそほっといて!」
ワッハッハ!!
「番組レギュラーの話しきてギャラ聞かされた時に、記憶なんぞどっか飛んでったわ!」
どっかーん!!!
その後スタジオのセットは元の形に戻り、残りのシルエットが解禁され、プロフィールや更生達成ポイントについて言及されていく。
ひとりひとりに各ゲストからコメントが付け加えられていった。
そんな一連の流れで最後の十一人目が紹介された時、口を開こうとするゲストは誰もいなかった。
MCも言葉を慎重に選びながら必要な情報だけを伝えていく。
No.11
・名前:鈴木史哉
・性別:男
・年齢:16歳
・罪状:第1級殺人、他
・量刑:終身刑
・更生達成:6660000ポイント
・一夜にして《ゲート》関連の研究施設に勤めていた30名を殺害。
近年稀に見る大量殺人事件である。
弁護側は心神喪失を主張するも責任能力ありと判断され却下。
過去がない。戸籍、指紋、DNAサンプルなど全ての登録が確認できず。
複数の証拠が揃いながらも評決まで1ケ月を要する異常事態となった。
最終的に、年齢は頭蓋骨の縫合、手根骨、歯の摩耗具合などから16歳前後2歳。
名前は氏名不詳(通称・鈴木史哉)と起訴状に記載された。
「これは……。ねぇ」「さすがにちょっと……」「ひどい事件ですよ」
誰もが言葉を濁し、深く踏み込む者など皆無である。
積極的に絡みたくない。
早く別の話題に進みたい。
演者全員の意見が一致した気まずい時間は、突如として終わりを告げる。
「連絡が入りました! たった今、異世界送りが行われたとのことです! すぐに映像が届きますのでお待ちください!」
わずかな間を置いて上からのゴーサインが出た。
「お待たせいたしました! ついに第十六期、放送スタートです! 彼らの運命を決めるのは、テレビの前のあなたです!」
世界に一つだけのショーが始まる。
長い上に読みにくいという大惨事になってしまいました。
ですが皆読むの面倒になって流し読み。
おかげで設定について深く突っ込まれずに済む。
とプラスに考え続きを頑張ります。
ではまた夜に。