第5話 それは恐れか優しさか
夜に備えるって具体的に何をすればいいのだろう?
用意もなく森で野宿した経験がない。仕方ないだろ普通ないよ。
イメージとしては葉っぱで寝床を作る。
火をおこす。
前者はどうでもいいが火は重要だ。
でも火おこしのざっくりとした知識はあるが、これまた経験はない。
彼らの行動を真似ればいいのでは? そう考えチラリと様子を窺ってみる。
しかし、木にもたれかかったり地面に座ったりしながら会話しているだけで、いっこうに動き出す気配がない。
もしかすると彼らの発展した世界は自然と接する機会がなくて、サバイバルの知識はむしろ俺のほうがあったりするのか?
そんなことを考えていると、前触れもなく激しい白光が目を突き刺さした。
予期せぬ現象に驚き身構えたが、この光には覚えがある。
世界を移動する直前に経験したあの光だ。
光はすぐに収まり視界が取り戻されていく。
するとそれまで何もなかったはずの空間に、いくつかの木箱が積まれていた。
「きたきた~」
「焦んないの、話し合ったでしょ?」
「わかってるって、ルール破って評価落とす気はねーよ」
彼らは突然現れた木箱を、まるでそれが当たり前だとでもいうように次々と開けていった。
木箱の中には服や食料、他にも様々な物が入っているようだ。
現れた状況や彼らの反応から、あの世界から送られてきたのは間違いないとみえる。
だが「数日分の食料とスキル以外に与えるものはない」みたいなこと言ってなかったか?
誰も驚いてない点を考えると俺の記憶違いかな。
このままで大丈夫なのか?
何が起きたのかは理解できた。が、眺めているうちにふと生まれた疑問で不安に駆られる。
俺の分は残しておいてもらえるのか?
国は特定の個人ではなく、俺たちに物資を送ったはずだ。
しかし受け手側がどんな動きをとるかまでは制限できないだろう。
力のある個人が、グループが、全て攫っていく。
ありえるんじゃないか?
俺は恐れられている。避けられている。
拡大すれば嫌われ者だといっていい。
他のどの感情より恐れが強いのなら問題はない。
敵対しないよう、こちらに気をつかって物資を残す可能性が高いからだ。
ところが嫌悪が勝っていた場合はわからない。
どうする? 近寄って主張したほうがいいか?
と、ここまで考えて根本的な間違いに気がついた。
彼らは犯罪者で、俺は勘違いで恐れられてるにすぎないただの一般人なのだ。
権利を主張する? 俺は何を考えていたんだ、危険なのは俺じゃなくて奴らのほうじゃないか。
話し合いが少しでもこじれれば、何が起きるかわからない。
そして何が起きるにしても、その時は一対九だ。
物資を諦め力なく集団を眺めていた俺の目に、どこか引っかかるやりとりが映った。
「くぅ~! やっぱジュースはヨントリーのイチゴ百二十パーセントに限るぜ」
「ふふん、なってないわね。ジパング生まれならこれを飲むべきよ」
ショートカットの女がゆっくりと掲げる。
「加藤院のホォ~ア茶ァ! この深い味わいと香りを、ペットボトルで楽しめる幸せを知りなさい」
「ほぅ、加藤院か」
「ヨントリーね……。悪くないんじゃない?」
お互いに手に入れた飲み物を褒めている。褒め称えている。
張り合っているように見えるが、何がしたいんだ? 自分のほうが味にうるさいとアピールしてるのか?
やたらと企業名を気にしているが、俺はこれまで飲み物を会社で選んだことなんてあったかな?
「おいおい、飛ばすのはいいが俺らの分も残しておいてくれよ?」
「あら随分と余裕ね、どうやら今回飲料は四社だけよ?」
それを聞いた何人かが木箱に殺到する。
「それよりこいつを見てくれ。この、コ、コ、(おい、なんて読むんだ?)」
「(コレマンだろ)」
「このコレマン社製のキャンプ道具一式! これさえあれば誰でも快適なキャンプが楽しめるぜ! 家族連れでも楽しめるぜ! オススメだぜ!」
やはり何かが変だ。
思ったことを無理やり口に出してる?
それにどっち向いて喋ってんだ? 誰もいないぞ。
その後も彼らはワイワイと騒ぎながら分配を済ませていく。
建てられた三つのテントに全員が入った頃には、太陽は完全に隠れていた。
俺は音を立てないように木箱へと近づく。
別に悪いことをしているわけじゃないのに、緊張で心臓が高鳴る。
テントと木箱の距離は二十メートルくらいだろうか、うっすらと彼らの話し声が聞こえるが、内容まではわからない。
何か残っていてくれ。
祈りながら蓋の開いた木箱の中を覗く。
空っぽだった。
次の箱も、その次の箱も空っぽだった。
身に覚えのない罪で異世界に飛ばされ、その先でも悪意に晒される。
俺が一体何をしたというのか?
不意に泣きそうになるがグッとこらえた。
この気温なら火やテントがなくたって死にはしない。
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせ、元いた場所に戻ろうとした時、視界の端に木箱が入り込んだ。
その木箱は他の塊から少しだけ離して置いてあった。
隠されていたわけではない。
日の光があったならすぐに見つけられただろう。
俺は、どうせこれも空なんだろ。知ってるよ。
そう心に予防線を張って近づいていく。
この箱も蓋は開いていた。
だけど空っぽなんかじゃなかった。
飲み物や食べ物、キャンプ道具などが箱いっぱいにぎっしりと詰まっている。
箱を開ける様子を見ていた俺は知っている。
食料は食料、道具は道具、木箱にはそういう風に分けられ物が入っていた。
つまりこの箱は、誰かが詰めなおして用意してくれたものだということだ。
わかってる。これは優しさじゃない。
これは恐怖が形になったものだってことくらいわかってる。
それでも俺は、少しだけ泣いた。
この世界で流した初めての涙は、ほんの少し温かかった。
今日も何作かあげます。よろしくお願いします。