第4話 サドンデス
目を開けると、そこは異世界だった。
ごめん。そんな実感は欠片もないです。
目を開けると、そこはただの森だった。
視界には草木と空と土、それだけ。
まずは手錠を外そう。
くそっ。鍵穴を手前側にされてる。開け難くて仕方がない。
外した手錠をリュックにしまい、周りの様子を窺う。
すでにいくつかのグループができ始めているようだ。
俺も積極的に話しかけよう。この状況で孤立はまずい。
「ごめん! ホントにごめん! 俺無理なんで!」
笑顔で近付いただけなのに、光の速さで後ずさり、謝られた。
「待って! ちょっと話したいだけだから! 怪しい者じゃないから!」
「ひぃ! ごめんなさい! 許してください!」
もう声が届かない距離まで遠ざかってしまった。
聞く耳さえ持ってくれない。
他の九人も、露骨に目を逸らしながら少しずつ距離をとっていく。
気持ちはわかるけどね。
《三十人殺し》こんな二つ名を持った人間、俺だって関わりたくないよ。
拘束され、監視がついていたさっきまでとは違うもんな。
それでも独りになりたくない俺は、可能な限り近づいて、彼らのやり取りを見ていることにした。
「全員に確認したいことがある。更生狙い以外の奴はいるか?」
背が高い短髪の男が問う。皆、首を振った。
更生狙いって何だ?
「今後もずっとこの‘十人で’協力しようとは言わない。おてて繋いで仲良くゴールは現実的じゃないからな」
ははは。十人ですか、俺は含まれてないのですね。
「それでも帰還系のスキルだけは調べたい。そこで四期法を提案したいがどうだろうか?」
短髪男の言葉に場がざわめく。
先ほどとは打って変って、意見が割れているようだ。
また知らない言葉が出たな。
「私は遠慮させてもらうわ。素直に更生の道を探ることにする」
「俺もパス」
「聞いた話じゃ圧倒的に死ぬ確率のほうが高いらしいよ? ソースはテレビな」
「ハイリスク、ハイリターン。チップが命となるとさすがに……」
出てくる意見は否定的なものが多い。
反対意見が多勢を占めるのを確認し、短髪男は自分の提案を撤回した。
「わかった。スキルチェックは各自で。そのあとこれからについて話し合おう」
スキルチェック? この世界に来ただけで何か使えるのか?
帰還って言ってたな。
帰還! 帰る! リターン! 跳べよぉぉぉ!
全身に力を入れ、ちょっと腕を前に出してみたりしながら念じる。
しかし なにも おこらなかった!
声に出す必要があるのかな?
白衣のおじさんは無言だったしそれはないか。
火を出したり、水を出したりもイメージし念じるが反応はない。
どちらかというとこれらは魔法に含まれそうな気がするけど……。
スキルと魔法の違いって何なんだろうか?
スキルと聞いて思いつくものを端から試していく。
が、何も起きない。
やはりこちらの常識を知らず、情報収集すらできないのは不利すぎるぞ!
相手の思考を探ったり、テレパシーみたいなスキルはどうだ?
(ふっ、聞こえてるんだろ? わかってるぜ?)
…………。
あっかーん!
想像を超える破壊力。
これはかなり来るモノがあるな、恥ずかしすぎる。
自分なりに試行錯誤していると向こうで動きがあったようだ。
「よっ! ほっ! こりゃおもしれー」
バスで話しかけてきた男が、自分の身長と同じ高さまで飛び跳ねている。
軽く地面を蹴ってるだけに見えるので、違和感はかなりのものだ。
あれがスキルによる効果なのだと予想はできるが、一体どんなスキルなのだろうか?
足がバネになる。やけに限定的だが……。ありえるのか?
風関係。操作? それだと跳ねずとも飛べそうな気がするな。
重力関係。これだったらアタリだよなぁ。
重力系の能力って強キャラの匂いがするもん。
「うっし、わかってきたぞ! この力ならもっといけるはずだ、せーのっ!」
そう言って力強く踏み込んだ。
「なっ!?」
思わず声が出てしまう。
平面と違い、比較対象のない空。
うまくメートルで表せない。
百七十センチくらいある男が豆粒大になった。
そういう高さまで飛んでいった。
「うおっ! 俺も空飛んでみてぇなぁ~」
「でも自由に飛び回れないならあまり使い道なくない?」
「力を調節できれば色々できそうじゃないか?」
それぞれスキルについて感想を口にしている。
いいスキルを持つ人は、重宝されるんだろうな。
俺はそれこそ帰還系でもなきゃ、きっと候補にすら入れない。
切なさと彼らの首の角度が、どこか花火大会を思い出させた。
「……ねぇ、あれって大丈夫なのよね?」
豆粒が少しずつ大きくなっていく。
「(ゥァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――)」
何か聞こえる。
「皆、散れぇぇぇ!!」
誰かが叫んだ。
明らかにコントロールできていない。
自分の意思ではなく、物理法則に従い落下しているだけだ。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――」
ずどごちゃっ。
クレーターができたりはしない。地面は頑丈だ。
代わりに真っ赤な華の地上絵が描かれている。
グロ耐性に自信があったわけじゃないが、今のところ吐く心配はしなくてよさそうだ。
とはいえ会話したことがある人間の変わり果てた姿である。
十分に精神は揺さぶられており、頬はピクピクと許可なしに動く。
お花はすぐそこで咲いている。
元々距離があったので危険はないとたかをくくっていた。
危ないかも。と思った時にはすでに逃げ出す猶予などなかった。
角度か、風か、落下姿勢か、何にせよもっと危機に敏感でなくてはいけない。
平時意識しない種類の恐怖が形になって転がっている。
この世界の死は、元の世界の死より現実的だった。
避難していた者たちが再び集まり遠目にこちらを観察している。
惑星と一体化した彼の様子が気になるけど俺には近付きたくないのだろう。
少しへこむ。
「あいつ死体見ながらニヤニヤしてるぞ」
「完全に私たちとは別の生き物よね」
違うよ。全然違うよ。引きつってるだけだよ。
かなりへこむ。
俺は気をつかい用を足すフリをしてその場から離れた。
振り返ると何人かが状況の確認をしている。
中には手を合わせている者もいた。
すでに日は傾きだしている。
今日、彼らはここで夜を明かすことにしたようだ。
村と町の位置情報は得ているが、徒歩でどのくらいかかるかわからない。
甘く見て夜の森を動き回る事態は避けたいのだろう。
彼の死を目の当たりにして、積極的にスキルを探ろうとする動きはなくなった。
結局彼のスキルって何だったのかな?
本人はわかったみたいなことを言っていた。
使うことで自然と理解できるのかもしれない。
気になることはもう一つ。スキル名ってどうなってるんだ?
自分で付けるのか? だとしたらセンスを問われるぞ。
試しに彼のスキルに名を付けてみようか。
一瞬で、ジャンプし、いきなり死亡。
《瞬間少年ジャンプ(サドンデス)》
何故だろう?
事実を並べただけなのに訴訟のかほりがする。
余計なことは考えず、俺も夜に備えるとしよう。