第2話 これは夢だ!という展開は見飽きた
「陪審員の皆さん、評決に達しましたか?」
「はい裁判長」
「それではお願いします」
「陪審は、全員一致で、被告人、鈴木史哉を、第一級殺人で、有罪とする」
この瞬間、弁護側から出た少数のため息は、傍聴席から上がったいくつもの声で全てかき消された。
駆け足で退廷するマスコミ関係と思しき者たち、泣きながら抱き合う彼らは被害者の親族だろうか?
三者三様の言動が見られるが、その方向性は全て喜びに分類されるものだろう。
「はいはいはい、やっぱ夢だよ! これ全部夢! さっさと覚めろ!」
数度鳴り響く木槌の音。
「静粛に! 被告人は評決確定時、十八歳以下と認められるため、更生法に従い受ける刑罰を選択することが可能です」
十八歳以下だから刑が選べる? 意味がわからん。
「被告人は終身刑と、異世界送り、どちらの刑罰を望みますか?」
異世界? 異世界って言ったか?
「すみません。異世界って何ですか?」
「……弁護人。これはどういうことですか?」
「さ、裁判長! このように被告人は著しく一般常識に欠け、精神的にも――」
「弁護人! もう評決は下っています。そのような主張は必要ありません」
まだ食い下がろうとする担当弁護士を見て、手抜きされてた訳じゃないんだな。
なんてことが頭をよぎった。
裁判長が続ける。
「被告人、異世界とは文字通りこことは異なる別の世界です。君はそこへ送られるか、この世界での終身刑か、どちらかを選ぶことができます。昔あった島流しに代表される流刑はわかりますか?」
「あ、はい。それならわかります」
「それと同じものと思っていいです。異世界へ送られた時点で刑の執行は完了。その後はどう生きようとも本人の自由です」
「わかりました。異世界送りでお願いします!」
ノータイムで答えると、少し驚いた顔をされた。
いーのいーの、わかっちゃったもん。もう間違いないでしょ。
もしもこれが夢でないならここが俺にとっての異世界なんだ。
つまり異世界に送られる、イコール元の世界に帰れる。
わかってるよ?
夢だってわかってるけどね。
俺は‘もしも’に備えられる男なのさ。
「本当に理解していますか? 何一つ保障はされませんよ?」
「大丈夫です。完全に理解できてます。異世界送りでお願いします」
「わかりました。では被告人、鈴木史哉を異世界送りに処す。以上!」
ひときわ大きい木槌の響きをもって、裁判は終了した。
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「鈴木史哉、移送の時間だ。準備はできているな。出ろ」
「大丈夫です。お願いします」
裁判の日から二日が経った。
俺はこれから元の世界に送られる。
手錠をされ外に出ると、窓が無い小型のバスらしき車が停まっていた。
どうやら今日拘置所から移動するのは、俺だけじゃないらしい。
目の前で何人かが乗り込んでいる。
「よし、次。名前は?」
「鈴木史哉です」
「よし、乗り込め」
座席は、地下鉄のように互いに向かい合う造りになっていた。
座席の下にはそれぞれ足錠というのか? そういったものが設置してある。
席に着くとしっかり両足を固定された。
同時にあることに気づく。
先に乗り込んでいた全員が、もれなく俺を見つめていたのだ。
皆同年代の子供のように見える。
「問題ありません。出発してください」
いくつかのチェック項目をクリアし、バスは走り出した。
「おい、あんた」
出発と同時に左隣の男が話しかけてきた。
「あんたあの《三十人殺し》の鈴木さんだろ?」
「いや、確かにそう呼ばれてるみたいだけど、俺は何も――」
「やっぱりか! こりゃとんでもない大物と一緒になっちまったな」
同じ服を着せられた集団が騒ぎだす。
「うっわ、今からでも取り消せないかな?」「……意外と普通の人」「ちっ」
「アホ、普通てのが一番やべぇってわかんねぇのかよ!」「少し騒ぎすぎだぞ」
「どうしよ目合っちゃった」「カルト教団の話ってホントなの?」
「おいお前ら! 黙らんか!」
看守の一喝で、すぐに騒ぎは収まり、車内を走行音が支配する。
だがしばらくすると、最初に話しかけてきた男がまた話を振ってきた。
「(すまねぇ、ちょいと興奮しちまった。あんた有名人だからよ)」
「(有名人ねぇ。さっきからやたらと視線を感じるのもそのせい?)」
「(ああ、でも多少の無礼は許してくれよな、ここにいる奴は全員、あんたの裁判が終わるまで待たされてたんだからさ)」
「(?? どういうことだ?)」
「(あんた捕まってから裁判終わるまで一ヶ月もかかっただろ? そのおかげで俺らの異世界行きが遅れたってことさ)」
ん~~~? 一ヶ月も? 俺らの異世界行き?
「(ちょっと聞きたいんだが、裁判に一ヶ月って長いのか?)」
「(おいおい何言ってるんだよ、殺しの場合、逮捕から評決まで平均五日っていわれてる。それが一ヶ月だぜ? 長すぎだろ)」
なんてこった。
気が付いたら見知らぬ場所で、身に覚えのない罪で捕まっていたこと。
三十人も殺した設定にしてはあまりにも早すぎるこれまでの流れ。
それらが現実感のなさに繋がって、俺の‘全部夢でした説’に真実味を持たせていたのに……。
いや待て、もう一つ気になる点が。
「(そっかそっか、それは悪いことしたな。ところでさ、今乗ってる全員が異世界送りにされるわけじゃないんだろ?)」
「(さっきから随分おかしなことを聞くじゃないか? もちろん全員が異世界行き希望だよ。今回はこの十一人だな)」
まずい。
「(ははっ、‘今回は’十一人か。てことはあれだね、前例がさ、結構あったりなかったりね、うん。知ってる知ってる)」
まずいまずいまずい。
「(今まで何人くらいが異世界送りになったのかなぁ?)」
「(あ~どうだろうな、異世界送りが制定された当時は、希望者がかなりいたらしいから、詳しくないが千人くらいじゃないのか?)」
「千人!?」
「おい誰だ! 痛い目見なきゃわからんか!? あぁん!?」
薄々感じてはいたさ、でも信じたくなかったんだ。
どうやら夢じゃないらしい。
そしてこれから向かう異世界ってのも、元の世界じゃないようだ。
だって千人だよ?
元の世界に今まで千人もやって来ていたなら、誰か気づいただろ?
世界的なニュースになってたはずだろ?
三十人も殺すような、限られた罪人だけが受ける刑だと思っていた。
それがまさかこんな……。
バスは走り続ける。十一人の子供たちと数人の大人を乗せて。
俺の口は半開きで、目はただただ中空を見つめていた。
誰かの声が聞こえる。
「やっべーよ、あいつやっぱマジやっべーよ」
マジやっべーのが自分のことだとわかっても、何かをする気は起きない。
いいじゃないか、全身の力を抜いてさ、考えるのもやめてさ。
きっとそれが許されるのも、このバスが止まるまでなのだろうから。
法律関係については日本と海外のものを混ぜています。
実在しない世界だからということもありますが、何より楽だからです。
調べてわかったのですが日本の裁判所にはガンガン鳴らす木槌がないそうですよ。
意外でした。