本と世界
好きなものを選んでいいと言われたから、分厚い表紙の本を手にした。ページをめくれば、紙魚がなめた後のように薄くなったところがある。
軽く振ってみると、文字がはがれて床に落ちた。かすかな音が立って、文字は床を滑っていく。文字を読み上げると、文字達は順番に壁に並ぶ。お行儀のよい子どもみたいに、整列して、背伸びして、待ってくれる。りんご、猫、魚、名詞ばかりだ。
ページの中から、動詞を選んで、ふっ、と息を吹きかけて文字を落とす。ことんと違う物音がして、動詞が床を歩いていく。笑う、歌う、泣く、叫ぶ。動詞が、床の上で首を傾げる。名詞はまだ、背伸びをして待っている。
本を開き直して、助詞も払い落とした。助詞が走っていって、動詞の手を取る。名詞に抱きつく。猫が笑う、となったとたんに、本棚の上にいた猫が笑い声をあげた。魚が叫ぶ、となれば、水槽の中の魚が陽気な声で水を揺らす。
振り返ると、難しい顔をしていた眼鏡の教授が、苦笑して私の頭を撫でてくれる。魔法を教えてやろう、君は確かに魔法使いのようだから。
こうして私は魔法使いの弟子となって、今も世界を旅している。
次の本へ、ようこそ。