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Survivors War  作者: ノイジー
第二部
9/23

嘉穂の家庭訪問

「ただいま~」

「おじゃま、します」

 玄関を開けると冷房のお陰で冷えた空気が露出している腕と脚から身体を冷やしていく感覚が全身に伝わっていく。

 親父の返事は返ってこないがいつまでも玄関にいてもしかたないので嘉穂をリビングに案内する。

「親父~いないのか~?」

 嘉穂の手を引きながらリビングへ続く扉を開けるも親父の姿は見当たらず、親父の部屋にも俺の部屋にもいない。となると残っているのは母さんの仏壇がある和室のみになる。

 和室の襖を開けると正座をして手を合わせる親父がいた。完全に母さんと自分だけの世界に落ちているのか襖を開ける音にすら気付いていない。

「要くんの、お母さんって」

「うん、10年前に事故でね」

 俺と嘉穂の会話に親父は後ろに俺達がいるのをやっと確認した。

「おう、お帰り。その子が?」

「あぁ、不知火 嘉穂。俺の彼女だよ」

「初め、まして」

 礼儀正しく頭を下げる嘉穂を親父はしげしげと、まるで今は亡き母さんとの間にできたかもしれない娘を見るような優しい視線を向けている。それは母さんの仏壇以外で俺が初めて見る親父の顔だった。明るく振る舞ってはいてもはやり最愛の人を失った傷の癒えは遅いようだ。

「これはご丁寧に、要の父の鉄平です。気兼ねなくお義父さんと呼んでくれたまえ」

「調子に乗るな」

 いつもの親父に戻ってしまったので頭を叩いてみる。だが一昔のテレビとは違い人間は相当複雑に出来ている。しおらしい親父に戻ってはくれなかった。

「お前な、仮にも父親を殴るとはこの親不孝者が!」

「うるさい酔っ払い! 誰が皺の付いたスーツをわざわざクリーニングに出すと思ってるんだ!」

 お互いに胸ぐらを掴み、額がぶつかって鈍い音が響く。慣れていない嘉穂はどうしたらいいのか分からずに俺と親父の顔を交互に見遣っているがこれは俺と親父のいつものコミュニケーションでありこれこそ城沢家の日常である。

「………取り敢えず飯にするか」

「そうだな」

 突然始まり突然終わる。全てが突然の中に収縮されているアドリブが織り成す殺陣に嘉穂は開いた口が塞がらないようだ。

「あ、嘉穂ちゃんも食べていくよな。というより食べていってくれ、俺が腕に寄りをかけて美味い昼飯を作るから」

「親父の料理は大体が酒のつまみだから過度の期待は禁物だけどな」

「お前は一言余計なんだよ!」

 乱暴に襖が閉められこちらにまで響くほどの大きな足音はリビングの方向に消えていった。

「ってことで、お昼ここで食べれるかどうか親に聞いてみてくれる?」

「分かった」

 ポーチではなくズボンのポケットから取り出されたピンクのガラパゴス携帯を開き、俺から少し離れて通話を始める。昨日嘉穂が報告したかどうかは不明だが、これで俺が嘉穂と男女交際をしていることが嘉穂の親に伝わる。それだけで俺の心臓は異様な心拍数とともに身体全体に血液を循環させる。

「うん……それは、まだ早いから」

 そう言って嘉穂は通話を終えると今度はポーチに携帯を入れた。何故か頬が若干赤いのは多分俺の気のせいではないと思う。

「どうしたの?」

「な、何でもない」

 何でもなさそうにはどうしても見えないのだがこれ以上詮索するのもあれなので喉まで出てきていた言葉を強引に呑み込んだ。

「そ、その、要くんのお母さんに、お香をあげてもいい?」

 かなり強引な話題の変更だと思ったが、俺としては例え話題替えに使われたとしても嘉穂にお香をしてもらえることに喜びを感じていた。

「うん。母さんも喜んでくれるだろうから是非」

 常に置いてある線香とライターを手渡して線香立てに線香を刺したのを確認してから鈴を鳴らす。耳から脳にまで響く甲高い音は自然と背筋の筋肉を緊張させる効力を持っていると、何度目になるか分からない理解を重ねた。

 嘉穂と一緒に目を瞑って合掌。終わってから目を開けると嘉穂はまだ目を閉じたままだ。以前キス顔は見たのだが普通に目を瞑っている顔も拝見したくなった俺は息を殺し、出来るだけ畳が軋み音を出さないよう嘉穂の顔を覗き込んだ。

 長いまつ毛、スッと通った鼻筋に小さくて潤いが保たれている唇。本当に可愛い。こんな子が俺の恋人だなんて少し信じ難いが、これは紛れもない事実だ。爪先が整えられた手も、俺よりだいぶ小さい足も、その全てが愛おしくて抱き締めたい欲望が俺の中で段々増幅される。

 だが嘉穂の真剣な顔を見ていると煩悩だらけの自分が少し恥ずかしく思い、目を開ける前にとそそくさともとの位置に座り直す。

それと同時に嘉穂が目を開き、優しく微笑んだ。

「要くんのこと、よろしくって言われた」

「そっか」

 残念ながら俺の持つ母さんの記憶は多くない、だけど僅かに残っている記憶の片鱗から導き出す母さんの性格を考えると案外生きていても同じことを言うんじゃないかと容易に想像出来た。

 母さんへの挨拶を済ませた俺と嘉穂は親父が上機嫌で料理をしているダイニングキッチンへ移動する。入った途端にチーズが香ばしく焦げた匂いが鼻腔をくすぐった。多分ギョーザの皮で作るミニピザでも作っているのだろう。

「おっ、まだ時間掛かるから適当に時間潰しといてくれ」

「へいへい」

 と、親父の発言と同じように適当に返事をしてみたものの家の中で時間を潰せと言うのは中々難しい。そりゃ嘉穂と2人っきりならリビングでイチャイチャしたい放題なのだが生憎と親父が邪魔だ。

「どうしようか、ソファーにでも座って待ってる?」

 俺の提案に嘉穂は首を横に振って拒否、その代わりに俺の裾を軽く握って特殊攻撃上目遣いで俺の思考を読み取るかのごとく瞳の奥底を見つめる。

「えっと」

 親父が背中を向けているとは言え同じ空間に親がいる中でこうも近距離で見つめられるのはとてつもなく恥ずかしい、 嘉穂の表情からしてあの言葉を期待しているのだとは思うけどそれもまた恥ずかしくて唇は上手く動いてくれやしない。

「あ~」

 親父は、料理に集中してるし油を多く使っているからか焼いている音は結構大きい。小声なら大丈夫か?

「要、くん」

 なおも追い打ちを掛けるように嘉穂が俺の名前を口ずさむ。分かった、分かりましたよ。

「お、俺の部屋に、行く?」

「……うん」

 嘉穂は待ってましたと言わんばかりにほにゃ~と頬を緩める嘉穂、この顔が多分だけど俺だけに向けられてるんだと思うと心から嬉しくなってしまう。

「あ~でも今散らかっちゃってるから、ちょっとだけソファーで待っててくれる?」

 嘉穂の背中を押してソファーに座らせてから自室へ向かう。ホントは散らかってるレベルには至っていないのだがShvel Kaiserくらいは隠しておきたい。まさか彼氏が根っからのゲーマーだと知るとショックを受けるんじゃないかと思ったからだ。

 コンセントを抜いて何か入れようかと思っていた空の大きめの引き出しに本体とヘルメットを丁寧に押し込み、出しっぱなしにしていた携帯ゲーム機は机の上に移動させた。

「これで大丈夫か」

 部屋を1周見回してから嘉穂を呼びにリビングに戻る。

「お待たせ」

「早い、ね」

「散らかってたのを押し込むだけだからね。ほら行こう」

 嘉穂の手を引いて自室へ、たかが2,3Mの距離だが口角を上げてニヤついている親父に見られているのが癪だったのでそそくさとリビングから逃げ去る。

「あんまり入っても面白くないよ?」

 念のために保険の言葉を口にしてから扉を開いて嘉穂と同時に入る。俺にとっては散々見慣れた部屋なのだが嘉穂にとっては興味の宝箱なのか忙しなく視線をあちらこちらに向けていた。立っているのも何なのでいつも座布団代わりにしている薄いクッションに嘉穂を座らせた。

「ご感想は?」

「普通、だね」

 普通……か、オタクっぽさは見られないと、その言葉が聞けて心底安心出来る。

「でも」

 珍しく言葉を続ける嘉穂に「ん?」と返事をする。

「要くんの、匂いがする」

 いやそりゃそうでしょ。俺の部屋なんだから。と言うか人に、ましてや彼女に自分の匂いのこと言われるのってこんなに恥ずかしいんだね!

「あはは、汗臭かった?」

「ううん。要くんの匂い、好き」

 これは不味い非常に不味い。このままだと嘉穂にペースを奪われたままどんな暴露話を強要されるか分かったもんじゃない。

 どうやら俺の彼女は匂いフェチのようです。

「俺も嘉穂の匂い好きだよ」

 本能的に危険を察知した俺は自分のペースに巻き込もうと大胆な行動に出る。

 はいはいで嘉穂の後ろに回り込むとそのまま腕の中に抱え込む。俗に言うあすなろ抱きってやつですな。

「ふぁ……」

 俺が少し力を入れると空気が抜けるように嘉穂の甘い声が漏れる。さっきはペースを奪還しようと嘉穂の匂いが好きって言ったけど実際嘉穂からはスイーツとはまた違ったいい匂いがしていた。呼吸をする度に髪の毛から我が家とは違うシャンプーの匂いがして、首筋に顔を埋めると肺の中が幸せで一杯になる。

「はぁ、好き」

 身体中に幸せが満ち、溢れてしまったそれが口からもれて愛の言葉に変換される。決して狙っているわけではない、極々自然に、まるでそうしなければならないと脳が指令を出すように俺はそう口にしていた。

 あぁ……前からもいいけど後ろからってのも素晴らしい。こう、嘉穂の自由を奪いつつ自分の手中に留め続け、親ですら知っているか定かでない嘉穂の温もりや香り、心臓の鼓動までも知ることが出来ている独占感……自然と俺の鼓動はその速さを増していく。

「私も……大好き」

 嘉穂の小さな手が俺の手に重なりより一層温もりを共有する。少し慣れたのか嘉穂は俺に体重を預けてきて、柔らかい嘉穂の身体がより密着状態になる。

「えへへ」

 笑みを作りながら俺の胸に頭を擦り付け始める嘉穂、何をしているのかと尋ねるとーー

「要くんに、マーキングして、るの」

 だってさ、何だこの可愛い生き物は親父に頼んで家で飼うか?

 なおも嘉穂のマーキングは続き、俺の中で徐々に現実味を持ち始めている嘉穂ペット化計画を理性の剣でもって撃退しながら嘉穂の絹糸にも劣らない手触りのいい髪を撫でる。

 このまままったりと過ごして料理の完成を待つのも悪くないと思った矢先、突然腕の中で嘉穂が小さく動き始める。言葉より行動で示すことの方が多い嘉穂を自由にさせるため渋々腕の力を抜く。

 すると嘉穂は何故か立ち上がって俺の手を握る。何をされるのか想像もつかないが取り敢えず操り人形になろうと俺は自らの足で立ち上がる。嘉穂は俺の手を引いたままベッドに向かってぇぇぇ!?

「ちょ嘉穂何してーー」

「えい」

 言葉を紡ぎ終える前に俺と嘉穂の身体はスプリングのきいたベッドに身を埋める。いつもは上から見下す形になるのだが今は目の前に嘉穂の顔がある。中々新鮮だ。

「びっくり、した?」

 それはもう。少なくとも今すぐ嘉穂を襲いたい衝動にかられる程度には驚いてますです。はい。

「んふふ」

 あすなろ抱きしようがベッドに隣り合って寝転ぼうがそんなのは関係ない、今日の嘉穂はテンションのメーターが振り切ってる。その証拠にさっきからやたら表情が多彩だしよく喋る。これが2人っきりの時の嘉穂なのかもしれない可能性も否定しきれはしないが、こんな豊かな感情表現が出来るのなら学校でも親しい女友達がいてもおかしくない。なおのことハイテンションの可能性は濃厚になる。

「甘えん坊だな~嘉穂は」

「こんな私は、嫌?」

「まさかどんな嘉穂だって大好きに決まってるだろ」

 まぁそんな姿も可愛いからいいんだけどね。てかこれって惚気か……ふへへへへ。

 部屋の中に聞えるのは俺と嘉穂の息遣いだけ、強いて言えば心音がお互い痛いくらい鳴り響いているのだがそんなもの幸せを増大させるスパイスにしかならない。

 ベッドの上で手を握り合ったり頭を撫でたり、とにかく付き合いたての今しか味わえない甘酸っぱい青春模様を全力で味わっていると意図してそうなったかのように嘉穂と視線がぶつかった。

 別に先に逸らしたら負けなんてルールはない、2人して視線を逸らしたくないのだ。

「要、くん」

 はっきりと耳に届いたわけではない、だが嘉穂の唇が僅かに動き俺の名前をなぞったのだ。もしかしたら声なんて出していなかったのかもしれない、だがそんなのは本当に些細な問題に過ぎない。

 静かに目を閉じる嘉穂。これ以上言葉をかわす必要はない。可愛い彼女のキス顔を堪能しつつ俺の唇は一直線に嘉穂の唇との距離を詰める。

 段々と息遣いが輪郭を現わす程の距離にまで近付いていく。そこまで近付いてやっと俺も目を閉じる。これで嘉穂とキス出来ーー

「要~嘉穂ちゃ~ん。料理出来だぞ~!」

「どわぁ!」

 遠くから聞こえた親父の声に俺は持てる全力の反射でもって嘉穂から離れた。それは嘉穂も同じだったようで2人の間に部屋で寛いでいるにしては不可解な距離が生まれる。

「す、すぐ行く!」

 親父に聞こえるよう大声で答える。折角良い雰囲気だったのが一瞬にして台無し、後で親父にはキツイお説教をしなければ。

「また、おあずけ?」

 嘉穂から怒りと言うよりか残念だと感じる声が漏れる。

「う、うん。ごめんね」

「いい」

 口ではそう言いつつもやっぱり落胆の気持ちの方が上回っているようだ。

「行こ。おじさんが待ってるから」

 このまま部屋にいると気持ちが落ち込む一方だ。言葉に出さずとも俺にはちゃんと嘉穂の心の声が聞こえてきている。

「ちょっと待って、髪の毛整えてあげるから」

 寝転んだせいで嘉穂の髪の毛は若干ながら形を崩してしまっていた。向かい合いながら胸くらいの高さにある嘉穂の頭を撫でるように整える。さっきまでの雰囲気なら俺の胸に顔を押し付けてるであろうに今はただただ立っているだけだ。もともとストレートな髪質なのか2,3回撫でるだけで嘉穂の髪はもとの姿を取り戻した。

「はい終わり」

「うん、ありがと」

「それじゃ仕上げに」

 仕上げの言葉に違和感を覚えた嘉穂は僅かに視線を上に向ける。だが俺はそんなのお構いなしに仕上げを続行する。

「あっ……」

 俺の唇は嘉穂の額をとらえる。確かにキス出来る雰囲気ではなくなってしまった。でも、だからと言ってこのまま放置してしまうのは彼氏の名が廃るってもんだ。

「今は、これで我慢……な?」

 照れ臭くてしょうがない。だけど俺だけじゃなくて嘉穂も照れているのか顔が熟れた林檎にも負けないほど紅潮していた。

「僥倖」

 嘉穂はそんな顔を隠すように俺の胸に顔を押し付けてきた。親父から早く来いと催促の声が飛んできたのでしかたなく部屋を出る。昼食をとっている嘉穂は言うまでもなく上機嫌そのものだった。



「おじゃま、しました」

「また来てね嘉穂ちゃん」

 15時には帰らなくてはならない嘉穂に合わせて手早く昼食を終え、これから俺は嘉穂を駅まで送る任務を遂行することになった。彼氏として当然ですね。

「そんじゃ洗い物は任せたから」

「おうよ」

 親父の返事を聞いてから扉を閉めて容赦なく照り付ける太陽の下に身体を踏み出す。

「おじさん、いい人だね」

「まぁ悪い人じゃないよ」

 他人から親を褒められるのは意外と恥ずかしくて心がムズムズする。それが最愛の嘉穂にだからなおさらである。

 俺は左手の、嘉穂は右手の指どうしを絡めながら他愛もない会話を広げて駅までの短い道のりを行く。

「明日も会えるかな?」

 僅かな幸せを味わうともっともっと、と欲張りになってしまう。もっと嘉穂と一緒にいたい、もっと嘉穂と話していたい、そんな欲望が俺の中で激しい豪雨を貯めるダムのようにいずれ決壊してしまわないかと心配になる。

「明日は、駄目」

「そっか」

 一応Noの返事も予想していたがこれは想像以上にキツイ。表には出さないけど心の中ではなんでだと叫びたくなる。

 沈んだ心のまま駅に着いてしまう。終わり良ければ全て良し、ならば終わり悪ければ全て悪しだ。さっきまでの幸せな思い出が急に稀薄で弱々しい存在になってしまった。

「それじゃあ、気を付けてね」

「うん。あのね、要くん」

 俺の手を握る力が少し強くなり俺はどうしたのかと嘉穂の瞳を覗き込む。

「デ、デート楽しみにしてるから」

 何かと思ったら水族館デートのことだった。わざわざ嘉穂に言われなくても俺の脳内では既に水槽の中で優雅に泳いでいる魚を興味津々に眺めている嘉穂の横顔まで妄想は完成されている。

「うん、初めてのデートだもんね」

 俺の言葉に何故か嬉しさとは別の笑みを作る嘉穂。そしてこれまた何故か突然顔を赤く染め始める。摩訶不思議だ。

「そ、それじゃあね!」

「えっーーあ」

 唐突に嘉穂との逢瀬の時間は終わりを迎える。 あまりに突然過ぎて駅から家までの道のりは俺の記憶から綺麗サッパリ消え失せていた。


「ただいま」

「お~送り狼にはならずに済んだようだな」

「送り狼ねぇ。あっ」

 まだそんな関係ではないと口にしようとした瞬間、親父にキスを妨害されたのを思い出した。途端に幸せな気持ちが一転して怒りの感情一色に塗り替えられる。

「親父、そこに正座しろ」

「い、いきなり何言ってーー」

「黙って正座!」

「はい……」

 有無を言わせずフローリングの上に親父を正座させ、俺はソファーで足を組みながらログインしなければならない15時まで延々と親父へ理不尽な説教を続けた。



 親父への説教を終え、自室に隠していたShvel Kaiserを出してコンセントを挿し込む。

 俺がゲーマーってこともいずれ話さなきゃならないんだよなぁ。

 今は夏休みで嘉穂も理由は知らないけど時間を作れるのが12時~15時までと決まってるからいいけど、学校が始まって平常授業が始まるとどうなるかは分からない。放課後は一緒に帰りたいし休日はデートもしたい。家に帰ってからメールのやり取りもしたい。

 そうなると必然的にゲームに割ける時間も限られるし嘉穂との関係も中途半端なものになってしまう可能性がある。それに彼氏がゲーマーだと後々になって発覚して別れたいなんか言われたら……駄目だ想像しただけで絶望感が押し寄せてくる。

「はぁ」

 今まで何度か告白されたことは正直ある。だけどその時はゲームが優先順位の第1位だったから全て断ってきた。恋愛経験はギャルゲーの選択肢さえ間違えなければ負けることのない出来レースだけ、本物の恋の駆け引きなんて中学生以下だという自信がある。

 今までゲームを理由に告白を断ってきたが、いざ自分が恋に足を踏み込んでみると自分がしてきた行為に罪悪感を感じずにはいられない。恋が終わるも始まるも全て俺の返事次第、そんな大博打を行うのにはどれだけの勇気を振り絞らないかは今痛いほど分かる。

「はぁ」

 2度目の溜息を吐き、時計はもうすぐ15時を指そうとしている。約束を破るわけにはいかないし、これは個人的な悩みであって周りに迷惑を掛けるのは自分の未熟さを見せつけているだけ、そんなことは俺はしやしない。そんなことすら出来なければ学校での姿とゲーマーの姿を使い分けるなんて器用な真似、最初からしてなんかいない。

 取り敢えず夏休みが終わるまでの約1ヶ月、これだけの時間はある。その間に嘉穂に秘密を打ち明けて負い目なしに嘉穂の恋人になってやる。

 まだ漠然とした道筋しか立っていないけど何も考えないよりかは幾分マシだ。そう自分に言い聞かせてヘルメットを被ってベッドに横たわる。Shvel Kaiserがディスクを読み取る音だけが静かな室内に響き渡り、それは子守唄のように俺の耳を経由して脳に催眠作用に似た効果を及ぼす。

 まぶたが閉じ切る瞬間まで俺の頭の中は嘉穂にどうやってショックを与えないように打ち明けるか……そのことだけが頭を支配していた。

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