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Survivors War  作者: ノイジー
第二部
8/23

ログアウト

 森の都フォリーナ。

 周りを森林に囲まれ、常に新鮮な空気が町全体を覆っている。旅人の中で密かに人気が高い町だそうだ。また、自然から調達できるキノコや新鮮な空気をたっぷり吸って育った野菜は世界的にも美味らしく、世界3大美食の町としても有名……ってマップの説明に書いてありました。

「カナメさん、短い間でしたけどとても楽しかったです!」

 ゼノが町に入るなり頭を下げる。ずるずると一緒に行動させてくださいと言われないか心配していた俺にとっては良い誤算だった。

「おう、俺もまぁ楽しかったよ。ゼノは中々腕が立ってたし誰か他のやつを誘ってグループを作ってみたらどうだ?」

 ゼノの腕が良いのは事実だし何よりこの先自分より年齢的にも精神的にも幼い少年がどれ程の力を自らのものとして身に付け、どのようなパフォーマンスを披露してくれるのか、それがただ単純に見てみたいという気持ちにかられた結果に出た言葉である。

「カナメさんは……ずっとソロでプレイするんですか?」

 その言葉には暗にあなたを誘うことは可能ですかと尋ねられているのは俺にも分かっている。本心を言えばとても嬉しい誘いだ。だが今この言葉に甘えてしまったら自分は間違いなくゼノと一緒に攻略の最前線で、まだ誰も見ていない景色を自分を尊敬してくれている可愛い年下の仲間と見ることが出来るだろう。

 しかしそれをするにはあまりにも自分勝手が過ぎる。何もゼノだけが自分を、決闘での姿だけじゃなく、恐らく本心から慕ってくれているであろう仲間は他にもいる。

「悪いな、俺はあくまでソロで活動する気しか持ってないんだ」

 だからこそここは断らなくてはならない、数時間とは言え確実にこのゲーム内で1番長く言葉を交わし、共に戦いバカをしているノイを裏切るわけにはいかなかった。

「……そうですよね。すみません面倒な質問しちゃって」

 隠しているつもりなのだろうが、ゼノからは残念の表情が僅かながら漏れている。

「まぁ……なんだ。ソロって言ったってボス戦まで1人でやるつもりはねぇよ。俺は最前線しか目に入ってないしそれはお前だって同じだ。だったらいずれ一緒に戦う時だって自然と訪れるものだ。その時までに実力付けとけよ?」

 右の手を拳の形に変えてゼノに向ける。すぐにその意味を理解したゼノが鏡のように左手を拳にして高さを合わせる。

「今度会う時はいつになるか分かりませんが、必ずカナメさんに少しでも近付いていると認めさせます」

「ははっ、そのいきだ」

 空中でぶつかる2つの拳。リックとはまた違う同じ土俵に立つ男プレイヤーに、どこか嬉しさと共にゲーマーとしての負けられない意地の炎がガソリンをかけられたかのように勢いを増したのは言うまでもないだろう。

 ゼノはまだ先に進むらしいのでここでお別れ、最初より少しだけ大きく見えた背中を俺に向けて走り去っていった。

「一応この町を1周しておくか」

 キャフノルを出てから2時間が経過していて空からはすっかり優しい陽射しが降り注ぎ、まさに気持のいい朝となっている。それに加え、そよぐ風の中には青葉の若々しい匂いが薫っていて少し疲れを感じてきている身体の古い細胞が活性化されて復活しているような感覚が心地よい。

 ここフォリーナは中央に巨大な塔があり、その周りをぐるっと囲むように商店が軒を連ねている。住人も自然に囲まれているお陰が表情が柔らかく親切そうだ。

「そこのあんちゃん!」

 丁度半分、入口の反対側を歩いていると右手にある露天屋の若干肥満体型のオジサンに呼び止められた。

「あんちゃん甘いのは好きかい?」

「まぁ好きか嫌いかで言えば好きだけど」

「そうか、ならこいつを食べてみろ」

 そう言って差し出されたのはスプーンにすくわれた赤いどろっとした液体。正直あまり口に入れたいとは思わない見た目だ。でも改めて考えるとここはダメージも状態異常もない町の中、例えこれが猛毒入りだとしても問題はなかろう。

「そんじゃ……いただきます」

 男に言われるがまま怖いもの見たさでそれを頬張る。そして舌の上を転がして味わうことに集中する。

「━━━ッ! これは!」

 味は何かと尋ねられるとこれはまさしくイチゴジャム、だけどそれにしてはやや酸味が強く感じるがそれがまたいい。ただ甘ったるいだけの大量生産品とは違い、いかにも手作り感が素人の俺でも分かるほどの違いを確かに感じ取れた。十分に堪能したと思い喉を鳴らして飲み込むと追い撃ちとばかりに鼻腔からほのかな果実本来の香りが脳にまで達する。

「どうでぇ美味いだろ。これは俺の曾爺さんから受け継いでる伝統の味だ」

 確かにこれは伝統の言葉に嘘偽りはなさそうだ。美味いに始まり美味いに終わる。こんなジャムは生まれて初めてだ。

「おっちゃん、これいくらだ?」

「おっ、あんちゃん物分かりが早いねぇ。この美味い木苺のジャムがタップリ入ったこれ、一瓶250cfだ」

「買った!」

「売った!」

 勢いが全くなかっとは言えないがこのジャムにはついつい買ってしまう魅力が秘められていると思う。他にもミカンやラズベリーと種類があったのでそれぞれ1つずつ購入して露店を後にした。

 ぐるりと一周してみるがやはり美食の町だけあって食べ物の露店が多く見受けられた。特に山の果物を使ったタルトやクレープとノイが来たら間違いなく食べ回りを提案する姿がありありと脳内で再生される。武器屋も覗いてみたのだがパラメーターはキャフノルのものと大差はなくわざわざ買うほどの物ではなかったのでスルー。

「あれ……」

 ゼノと別れた場所に戻ってくると先ほどは見かけなかった馬車がさも当たり前のように居座っているのを確認した。

「よう、乗ってくかい?」

 たまらず声を掛けようと近付くと御者が向こうから声を掛けてきた。

「これは、どこ行きですか?」

「キャフノル行きだよ。もしかしてあんた初めてか、だったらこれにサインしてくれ」

 御者台から出てきたのは粗く見るからに安物の紙で作られたノートだ。それに添えられてるのは中世を彷彿とさせる羽根ペン。手書きだとはすぐに理解出来たのだがクエストの時とは違って何とも原始的な登録方法に思わず笑みがこぼれてしまう。まぁ世界観にはピッタリなので文句はない。既にインクが染み込まれている羽根ペンで自分のアバターネームを書いて羽根ペンを御者に返えす。

 荷台は上から大きな布で覆われていて人を専門にしているのか5,6人程度の大きさしかない。切れ目から中に入るの外からの光は殆ど遮断されているが熱が籠っていて外より数℃暑い。1人でこれなのだから満員になるとどうなってしまうのだろうと想像してみたのだが、想像の時点で暑苦しさが倍増して早々に頭の中を真っ白にリセットした。

「うおっ……」

 何の前触れもなく発信した馬車に慌てて席に座り、キャフノルに着く前に見た目を元の姿に戻し、もちろん武器もブレードからクロウボウガンに変える。

 本物の馬車での道のりなら相当な時間が掛かるだろうがご都合主義なことにここはゲームの中、ものの5分と掛からずに町から町へと移動を完了する。馬車代100cfを払ってノイ達がログアウトした場所に向かう。1度ログアウトすると次にログインする時は同じ場所からのスタートになる。

 ログアウトボタンを押すと足元から感覚がなくなっていき、腹、腕、肩、そして頭まで完全に光に包まれるとジェットコースターに乗った時に感じる浮遊感が身体を襲い俺の意識は一瞬深淵の闇に落ちていった。



※※※※※※※※※※※※※※※



 ハッと目を開くと黒色の半透明なミラーコート越しに見慣れた自室の天井が広がっていた。

「ん……あぁ」

 身体を起こすと襲い掛かる気だるい感覚、こう…寝たはずなのに安眠出来ていないような、そんな感覚だ。まぁ脳はずっとフル活動しているので当たり前と言ったら当たり前なのだが身体は十分に休息出来ているので脳と身体とで疲労感が異なり、大きな違和感として胃の中に鉛玉が入っているような重さを感じずにはいられなかった。

 時計を確認すると針は8:30を指している。予定より若干早いログアウトとなったが誤差の範囲だと思い、Shvel Kaiserの電源を落としてリビングへと向かう。

「……何やってんだよ親父」

 昨日、会社の飲み会で帰りが遅かった親父はろくに着換えずスーツのままソファーに四肢を投げ出して高鼾をしていた。寝ている親父をスルーして俺は母さんの仏壇へ挨拶に向かい、30分ほどShvel Kaiserでの出来ごとを話してから親父を起こしに再びリビングに。

「おい親父、何時まで寝てるんだよ。会社はいいのか?」

 既に出勤する時間は過ぎてしまっているがこのまま無断欠勤なんてされるのは流石に駄目なので身体を揺すって親父を起こしにかかる。

 だが親父は息こそしているものの死体のように寝返りすら打たない、ただ相変わらず雑音としか表現しようがない鼾だけが彼がまだ生存しているのだと俺に教えてくれている。

 母さんが亡くなってから俺と親父は男同士、親子関係ももちろんだがそれに加えて親友のような、普通ではまずあり得ないであろう特殊な関係性をもってお互いをサポートしながら暮らしてきた。なのでこんなことだってしたりする。

「こうすりゃその内起きるだろ」

 濡れたタオルを親父の口の鼻の部分に被せる。母さんの亡骸の影響でかは定かではないが顔全体を覆うという発想は自然と湧き出てこなかった。

 陽気な鼾が一転、身体が酸素を求めてより大きく呼吸をしようと横隔膜を使うのだがそれをタオルに染み込んだ水が完璧に妨害。求めているのに与えられない苦痛から筋肉が暴れて親父の手足が水中で溺れている人のように激しく上下を始めた。

「そろそろかな?」

 親父が目を覚ますだろうと顔を上から覗き込むと閉じられていた瞼が突然開かれる。それはもうホラー映画と遜色ない目の血走りように自分で陥れたというのに思わず1歩足を後退させずにはいられなかった。

「ぶはっ!」

 恐らく人の筋肉が生み出せる最大限の速度でもって親父はアルコールが抜けきっていないであろう身体を勢いよく起こし、念願の酸素を肺臓一杯に吸い込んだ。

「やっと起きたか酔っ払い」

「てめぇ要、俺を殺す気か!」

 息が整っていないというのに親父は俺の胸ぐらを掴んで今にも殴り掛かりそうな気迫の籠った表情で俺を睨み付ける。歳も相まってか肩は大きく上下していて、これではどちらが襲う側でどちらが襲われる側か一瞬理解に苦しみそうだ。

「それより仕事は大丈夫なのか?」

「おうよ、最近仕事に集中出来てなくてな。負のスパイラルに陥る前に有給を使ってやったぜ」

 態勢は変わってないが会話内容はそれはもう仲の良い友人のそれに限りなく近い。

「そっか、じゃあ着替えついでにシャワー浴びて頭をスッキリさせてきな。その間にあっさりした朝飯作っといてやるよ」

「おっしゃ任せろ」

 返事と同時に手から力を抜いて軽い足取りで親父は自室に着替えを取りに向かった。俺はと言うとキッチンへ向かって冷蔵庫から昨日の余り飯と漬け物、それと醤油と味醂で味付けされた干物とキンキンに冷えた緑茶を出す。

 親父は年齢のわりに精神は少し幼い……ってのは語弊を生むが、プライベートの時は若々しいものだ。「おっしゃ任せろ」なんて言葉を使う40代のおっさんを俺は親父以外に確認したことがない。それも俺と親父の特殊な関係の一因になっている。

 干物はトースターで焼き、同時にレンジで冷え切っているご飯に再び熱を蘇らせる。烏の行水で上がった親父に熱々のご飯が入った茶碗と箸を渡す。

「茶漬けか、二日酔いはしてねぇけど疲れ切った胃からしたら大歓迎だな」

 用意された物だけで朝食を見破った親父が席に座り、俺の分のご飯が温まったらところで干物が焼けたとトースターが知らせた。小皿に干物をのせて自分の分のご飯と緑茶も運んで席に着く。

「いただきます」

「おう、たんと食え」

「いや用意したの俺だからな?」

 お約束と言ってもいい小ネタを挟んでから俺はご飯に緑茶を掛けて箸を手にする。

「お前はもう夏休みか」

 遠い昔を思い出すように虚空を見つめる親父、だけど口からはキュウリの浅付けを噛む高い音が鳴っていて違和感しか感じない。

「頑張れ社会人」

「嫌味にしか聞こえねぇっての」

 実際に嫌味を言ったのだがそんなのは些細な問題である。

「そう言えばお前昨日は何でヘルメット被って寝てたんだ? しかも夜の22時って早い時間に」

「あ~」

「まぁどうせお前のことだからゲームだろうとは思うけどな」

 親父は俺がかなりのゲーマーだと知っている。中学の頃から始まった俺の良い子ちゃん計画は実のところ効力を発揮してはいない、てっきり口うるさく勉強しろと言うと思っていた親父は結構放任主義、と言うよりかは、自分のことは自分で決めろ。手に負えないことをサポートするのが親であってそれ以上を求めるな。と言う考えの人なのだ。だけど今更日常生活の深層部まで行き渡っている半分性格と言える振る舞いを正すことは出来ず、今も昔同様に良い子ちゃんを演じているのが現実だ。

「ホント、変なところが真由子に似たもんだな」

 真由子とは俺の母さんの名前。実は母さんもゲームが好きだったらしく、幼かった俺を膝に抱えながらゲームをしていたらしい。その遺伝子は確かに俺の中にも存在していて現に俺もゲーマーだし、ゲームを始めた切っ掛けも母さんがいなくなった寂しさを紛らわす為に行った感じだ。幼い記憶の片鱗に母さんの温もりを無意識の内に感じ取っていたのかもしれない。

「お前そんなんだと彼女出来ねぇぞ?」

「何言ってんだ。目の前にゲーマーと結婚した男がいるんだから世の中どうなるか分からねぇよ」

 親父はゲームに疎い。だけど目を輝かせてゲームをする母さんに惚れたそうだ。出会いはゲームセンターだったかな……惚気を聞く趣味はないのでよく覚えていない。

「それに俺、昨日彼女できたし」

「なん……だと」

 俺としては一応の報告のつもりだったのだが、親父は箸を落としてしまうレベルに衝撃的な言葉だったようだ。いまだ信用しきっていない親父を無視して俺は魚の身を食べる。

「お前……何で黙ってた」

「黙ってるも何もわざわざ昨日言わずとも今日言えばいいかと思ーー」

「バカ野郎! そう言うのは真っ先に親に報告するものだろう!」

 それはかなりの偏見だと思う。まぁまだまだ世の中を知らない俺にとってはどうでもいい情報だから聞き流すけど。

 ピーチクパーチクうるさい親父を適当な返事でやり過ごしているといつの間にか嘉穂を家に呼ぶことになってしまい、慌ただしい朝食を終えた俺は再び自室に戻った。

 嘉穂が時間を作れるのは多分12時~15時の僅かな時間。たった3時間の時間が待ち遠しくて暇潰しに始めたゲームも集中出来ない。そのくせSurvivors Warをしている時だけは忘れているなんて我ながら酷い性格をしていると思う。

 集中していないせいで過去最悪のスコアを叩き出していると俺の携帯がメールではなく電話の着信音を鳴らした。表示されている名前は言うまでもなく嘉穂だ。

「もしもし」

『要くん、今から会える?』

「えっと大丈夫だけど?」

 挨拶すら吹っ飛ばした嘉穂の言葉に一瞬驚きはするもののすぐに平静を取り戻して返事をする。

『じゃあ、今から向かうから、駅で待ってて』

 そう言い残して嘉穂は一方的に電話を切る。マイペースと言うか何というか、実に嘉穂らしいと俺は思った。

 時間はあまりないが、若干汗をかいていたのでシャワーで汗を流してから着替えて家を出る。今日も猛暑日となるのかお日様は元気に熱を放出している。これだけ暑いと髪は駅に着く寸前に乾いた。

「あ」

「やっ、昨日ぶり」

 先に着いていた嘉穂を発見し、軽く手を挙げる。するとトテトテと可愛らしい走りで嘉穂が近付いてくる。そして周りの目を気にする素振すら見せずに俺の身体に抱き着いた。

「ち、ちょっと嘉穂?」

「はぁ、要くんの匂い」

 止めて! 公衆の場でそんな危ない発言しないで! 俺にとったら住み慣れた地元なんです!

「ど、どうしたの嘉穂」

 何とか抱擁を解いて嘉穂に尋ねる。大胆な行動の割には照れているのか若干頬が赤くなっている。

「か、要くんに会えたのが……嬉、しくて」

 拝啓天国のお母様。俺の彼女が自由人過ぎて困っています助けてください。

 なんて思いつつも彼氏としてとても嬉いので頬の筋肉はだらしなく弛緩される。このまま駅前にいるのもあれなので昨日行けなかったファミレスに入って落ち着くことにした。

「ごゆっくりどうぞ」

 ドリンクバーを頼むと店員が頭を下げてバックヤードに戻っていく。一緒に席を立ってお好みのドリンクを選ぶ。俺はジンジャーエール、嘉穂はカルピスとオレンジジュースをミックスさせていた。

「まさかあそこで抱き着かれるとは思ってなかったよ」

 席に戻って先ほどの話をぶり返す。余程恥ずかしかったのか嘉穂は頬を膨らませながら俺を睨む。だけどそんな表情も俺にとってはむしろご褒美なので笑顔を返す。言っとくけどMだとかそんなんじゃないからね。そんな顔も可愛いって意味だよ?

 このまま苛めるのも悪くはないのだがそれは今度のお楽しみとして置いておく、代わりに親父が会ってみたいと言っていたと伝えてみた。

「嘉穂が嫌なら無理にとは言わないよ。親父には適当に嘘吐いてこのままでもいいし」

「……ううん、会う。挨拶は、大事」

「電話で挨拶しなかった人が何を仰る」

「……それは言っちゃ、駄目」

 とにもかくにも嘉穂は俺の親父に会うことに問題はなさそうだ。

「今日も15時くらいには家に帰ってた方がいいの?」

「うん、ごめんね?」

「いやいや、嘉穂が悪いとかそんなんじゃないよ。でも折角の夏休みなんだから何回かは1日使ってデートしたいなぁとは思ってるけどね」

 嘉穂とデート、生憎と今まで恋愛経験は0だったので不安が頭を過るが、それ以上にきっと楽しい日になる気がしてまたしても頬が緩む。

「私も……デートしたい」

 嘉穂にしては珍しく強い肯定の言葉。だがそれだけ俺とデートしたいという気持ちがこちらにも伝わってきてまた頬がって緩みっぱないしだなおい。

「要くんは、行きたいところ、ある?」

「ん~嘉穂はないの?」

 何となく、本当にぼんやりとだが嘉穂が言いたそうな答えが想像できている。もしかしたら……そんな淡い期待を胸に嘉穂の顔を覗き込む。

「私は、要くんと一緒なら、どこでも」

「ははは、そっか」

 答えは予想通りだ。だけどいざ言葉として言われると予想以上の恥ずかしさがあり、笑ってジュースを流し込むことによって誤魔化す。

「じゃあさ、隣町の水族館なんてどう?」

 ここら一帯では最大の規模を誇るその水族館は大きな大水槽が人気で、それをアピールポイントとしてテレビでも何度か紹介されている割と有名なデートスポットだ。

「うん。水族館、行きたい」

「じゃあそこにしよっか」

 取り敢えずデートの約束を取り付け俺と嘉穂は30分ほど話してから支払いを済ませてファミレスを後にした。

 クソ暑いと言うのに嘉穂は俺の腕を抱いて離さない。これまでリア充爆発しろなんて言ってごめんなさい、リア充最高です。

 親父と会うことに嘉穂は緊張していないように見える。と言うより今日は昨日に増して積極的だ。俺の方がペースを崩されてしまっている。

 折角流した汗が再び溢れ出してTシャツを湿らせ始めると俺の家に到着した。

 流石に緊張してきたのか俺の腕を掴む力が強くなっている。少しでも緊張を取り除いてやりたかった俺は嘉穂の頭を撫でてやる。最初は不安気だった嘉穂の顔がほにゃあとだらしのない顔に変わっていく。

「別に気を使わなくてもいいからな?」

「うん、分かった。ありがとう」

 嘉穂が頷いたのを確認し、指の1本1本に絡む嘉穂の髪の毛に名残惜しさを感じながらも親父が無駄にはしゃがないよう心の中で祈り、施錠されていないままの玄関の扉を開けた。

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