ゲーム開始
アラームのけたたましい音が強引に俺を夢の世界から現実世界へと戻す。時刻は言うまでもなく19時、スヌーズ機能が作動すると面倒なので直ぐにoff設定にする。
LINEのアイコンが表示されていたので起動させると親父からだった。内容は至ってシンプルで飲み会があるらしく晩飯は要らないとのこと。そうなると晩飯に力を入れる必要性がなくなったのでインスタントのラーメンで済ませた。
ん~と身体の筋肉を簡単なストレッチで伸ばす。体調良好気分爽快。3時間ほどの睡眠だったけど思ったより熟睡出来たようだ。
「うわぁ……」
熟睡は出来たがその分寝汗が半端なかった。現在7時30分を少し回ったところ。これだけ余裕があればゆっくり風呂に入れそうだ。
湯船を洗ってお湯張りスイッチをポチッとな。これでお湯が張れたらアラームで知らせてくれる。
お湯が張れるまでの僅かな時間で昼と夜に溜まった洗い物を済ませる。途中でお湯が張れたので勝手にお湯の投入が止まりその数分後に洗い物も終わった。
着替えを持って脱衣所で素早く生まれたままの姿になる。ドアを開けるとムワッと湯気が立ち上っていて一瞬目の前が真っ白に塗り替えられた。
「う……あぁ~」
熱々のお湯に入るとどうしてもオッサンのような声が漏れてしまうのはしかたないと思う。だって風呂って気持ちいじゃん?
風呂で俺がよくするのは今日1日の出来事を振り返ることだ。
いやぁ~今日はとてつもなく濃厚な1日だった。嘉穂の告白もそうだけど1番驚いたのはそれを承諾した自分自身だ。
多分その場の勢いもあったと思う。だけどあれは相手が嘉穂だからだったと今なら胸を張って言える。前に他の女の子にもスキンシップをされた経験があったけど嘉穂の時ほどドキドキもしなかったし何と言うか友達の延長線上の関係としか考えられなかったからだ。
「……ぬがぁ~~~」
駄目だ駄目だ駄目だ。思い出すとすんげぇ恥ずかしくなってくる。
このままだと色んな意味で逆上せると悟り、早々と湯船から出て頭と身体を素早く洗って半分逃げるように風呂場をあとにする。
まだ9時には程遠い。何時もなら携帯ゲームでもするんだけど今はSurvivors Warに集中したいから却下。と、ここでふと思い出したのだが、俺はまだSurvivors Warの取り扱い説明書を読んでなかった。本当なら8時30分くらいから読んで時間調節するつもりだったんだけど……この際しかたない、読んじまえ!
男の戦士キャラと女の魔法使いキャラが描かれているディスクカバーを開けて取り扱い説明書を取り出す。
4ページまでは諸注意が書かれているので飛ばす。その次、5ページにはSurvivors Warのあらすじが書かれてある。
150年前平和な世界だったドゥウィーナに突如現れた災害とも言うべきモンスター。人々は次々とモンスターの餌食となってしまい世界人口は1/3にまで減ってしまった。このまま野放しにしておけないと生き残った僅かな人々は再び平和な世界を取り戻す為反撃の狼煙を上げ始める。
時は流れモンスターと人間の力が均衡し始めた頃、最前線の町キャフノルにまた1人新たな勇者が現れる。果たして勇者は世界の平和を取り戻すことが出来るのだろうか……それはあなたの手によって大きく変化する。
望むな、欲しいモノは自分の手で勝ち取ってみろ!
「ふむふむ…」
これは……何と言うか王道中の王道だ。大衆受けはよさそうだけど一部のマニア達には果たしてどこまで通用するか、そこだけが一抹の不安だな。
次のページを捲ると普通ならコントローラーの絵があって操作方法がのっているのだが、Shvel Kaiserを使うこのゲームでは簡素な人の身体が描かれていて動作によってメニュー画面表記のしかたが載っている。
これは熟知しておいた方がいいだろう。まさかゲームを始めてからメニュー画面開けねぇ! なんて嘆くのとかバカだろ。
説明書を片手に実際に手を動かして動作の練習をする。傍目から見れば頭がおかしくなったと見られそうだが決してそんなことはないからな。
一通り覚えたところで次のページへ進む。
アバターを選ぶ際にジョブを選べるようだ。武器を得意とするナイト、魔法に特化したマジシャン、武器と魔法を両立させたパラディン、武器を持たず己の拳のみで戦うファイター…etc。これはゲームをする上でかなり重要な選択になる。一応ジョブチェンジがあるにはあるんだけどその場合そのジョブで手に入れた能力とかそのジョブでしか上昇しないパラメーターや熟練度はリセットされると中々重い設定となっている。そんな事をすると皆よりプレイ時間を無駄に消費してしまうので出来ればジョブチェンジは回避したいところだ。
暫く考えた後、俺は武器も魔法も使えるパラディンにすることにした。パラメーターも物理と非物理のどちらにも対応しているので追々役立ちそうだと思ったのだ。
その次はよくある熟練度やパラメーターの上げ方などで、正直既に他のゲームで熟知しているから流し読み。簡略化すると熟練度は使えば使うほど上がっていき、一定のボーダーを超えると必殺技スキルを習得できる。パラメーターは完全分配制で自分好みのキャラに育てられるとプレイヤーの気持ちをよく理解しているものとなっていた。
その他にも説明は書いてあるんだけどさして大切な事は書かれていない。強いて上げるとしたらゲームオーバー、つまりHPが0になってしまうと所持金と持ち物、預けてあるもの含めアイテムが全て消滅してしまい初期装備に戻ってしまうことぐらいだ。一応復活アイテムを持っていたら即復活ってなるらしいけど多分入手難易度やアイテム存在数は限りなく高く少なくなっていると予想される。
最後のページには大きな赤文字で注意文字が書かれていた。
これはあくまでゲームではありますが脳とリンクしているためダメージが蓄積されますと脳にも僅かながらダメージが起き、現実世界にも影響を及ぼす可能性があります。くれぐれもゲームだからと言って無茶をし過ぎないようご注意ください。
これがゲームオーバー時のリスクの高さか、こりゃ思ってた以上に厳しいゲームになりそうだ。
時計に目を遣ると8時30分を指していてかなりの時間読みふけていたらしい、多分ジョブを決めるところで相当考え込んでいたのだろう。
「少し早いけどまぁいいか」
予定より早いが俺はShvel Kaiserを起動させることにした。電源を入れると緑のランプが小さく灯り、付属されている首輪とヘルメットを丁度1/4にカットしたようなものーーここから特殊な電波を出して脳に疑似的な感覚を感じさせるらしいーーを頭に被る。そして細長い隙間にSurvivors Warを入れてベッドに横たわる。
静かな部屋にディスクを読み取る機械音が小さく鳴り響き、俺の意識は少しずつ眠気に似たような感覚によって遠退いていく。いよいよ始まるんだ……Survivors Warが。
その思考を最後に俺の意識は深淵の中に落ちていった。
※※※※※※※※※※※※※※※
目を開けるとそこは小さな小屋サイズの部屋だった。壁は真っ白に塗られていて何も置かれていない。
『ようこそSurvivors Warの世界へ』
突然頭に直接響いてくる機械的な声、周りに人の気配はなくテレパシーのような感覚に俺は胸の高鳴りを感じていた。
『セーブデータが存在しません。新規にセーブデータを作成しますか?』
目の前に半透明のパネルが現れて《YES》《NO》と表示される。コントローラーとかはもちろんないし……指で押すのか。
自分の右腕を前に突き出すように意識すると目に映ったのは取り扱い説明書にあった簡素な人の腕だった。自分の腕が取り替えられたような感覚に思わず目を逸らしてしまった。だが前を見なければパネルをタッチ出来ないので根性で《YES》を押す。
「はぁ……なんかもう疲れてきた」
『セーブデータを作成しました。続いてアカウントの作成を行います。IDとパスワードを設定してください』
前のパネルが切り替わり下からパソコンのキーボードが現れる。IDもパスワードも他のオンラインゲームでも使っているものを引用した。
『他のプレイヤーが使用していないか確認中です………………他のプレイヤーは使用していません。ID、パスワードともに受理いたしました。
続いてアバターの設定です。スキャニングデータがありますが使用いたしますか?』
……まぁ俺がこのゲームしてるなんて誰も思わないだろうから大丈夫だろう。
数秒考えてから俺は《YES》をタッチ。すると円形の光が俺の足元から頭部にかけてを覆って円柱になる。
「おぉ」
光が消えるとリアルとの違いが分からないほど再現度が高い俺の手が確認出来た。しかも目を凝らせば指紋まで確認出来るほどだ。
『読み込み完了。アクセサリー等の設定を行ってください』
前に俺の身体全部を見渡せる程の大きな鏡が現れ、パネルにはそれぞれパーツ毎に分かれて番号が書かれている。今のままだと数字はすべて0になっている。
「まぁ髪くらいは変えておくか……」
髪の毛を肩甲骨あたりまで伸ばし、色を銀色に変更した。ゲームでしか出来ない髪型だよなこれは……
パネルを下にスクロールさせて《OK》をタッチ。画面は遂にジョブ設定に切り替わった。
「ってあれ?」
俺はここで異変に気付く。俺のジョブ選択画面が左右2つあるのだ。
なんだこれバグか?
バグかどうか確認しようにも今ログアウトすることは不可能だしバックしたところで多分同じ光景が広がるだろうと予想出来た。しかたなく俺は片側にパラディンを選択し、もう一方を決めるため腕を組む。
同じパラディンを選択したらパワー倍増の可能性があるけど万が一ただ単にパラディンのパラメーターが2つ出来るだけだと残念この上ない。取り敢えず他のジョブを確認する為に横にスクロールさせて1番端へと移動させた。
「……………おっ」
俺は適当にスクロールしている中にアーチャーのジョブを発見した。説明が下に載ってあって弓やボーガン等の遠距離攻撃武器が装備出来ると書いてある。
パラディンで近距離攻撃と魔法、アーチャーで中・遠距離攻撃と、攻撃面において俺に死角はなくなった。
次の画面には固有スキルの選択が現れて……もちろんと言っていいのか分からないがこれもパネルが2つだ。
パラディンの方は異種武器同時装備、文字のごとく異なる武器を二刀流として同時装備できるものを選択。そしてアーチャーは状態付与率上昇を選択した。
これで全ての設定を終えたのか再びあの機械的な声が頭に響いた。
『アクセサリー等の設定はゲーム内でも変更出来ます。最後にプレイヤーの名前を入力入力してください』
おっと、俺としたことが肝心の名前を入力していなかったことを忘れてしまっていた。老化はしたくないっすね。
名前はとっくに決まっている。俺は素早くキーボード入力をして《OK》をタッチした。
『これで全行程は終了です。それではKaname様、存分にSurvivors Warをお楽しみください。』
何もない部屋の前方の壁に突然4つの扉が現れる。扉にはキャフノルの文字が刻まれている。掌から伝わってくる鉄独特の冷たさ。ここは現実世界だと言われたら疑うことなく信じてしまいそうなほどのリアルさがここにあった。
絶対攻略してやる。
この言葉を胸に刻み俺は重い扉を開いた。目に飛び込んできたのは目を覆っていても眼球に直接刺激を与えるほどの強い光。あまりの強さに俺はその場にうずくまってしまった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ん……」
目の痛みが取れ始め俺はゆっくりと瞼を持ち上げる。
「お、おぉ……」
無意識の内に漏れてしまった声。だがそれはしかたのないことだろう。今俺の眼前に広がっているのはとてもゲームとは思えないリアリティな光景だった。
中央広場らしきこの場所には多くの露店が立ち並び、それ以上の数のプレイヤーやNPCがごった返しているのだ。
ふいに突風が前から髪を後方に持っていった。肌にぶつかる風の感触、髪の毛に引っ張られる頭皮、とてもコンピューターによる脳への電波信号だとは信じられなかった。だけどこれは間違いなく俺自身が感じている感覚なんだ。
「っと、何時までも感動してる場合じゃねぇ」
そう、俺はDOT技術の凄さを体験しに来たのではない。あくまで俺はSurvivors Warをプレイしに来たのだ。
さっそく手を下から上に振る動作でメニュー画面を表示させる。今俺が装備しているのは初期装備の灰色を基調とした上下セットの服とパラディン専用のブレードに魔法の使用を可能としたプログレッシブマジカルソード。左手の装備欄があるのは異種武器同時装備の固有スキルを取得したからだろう。
パラメーターは全て100で統一。その下には俺が会得したスキルが入るであろう欄、が……
「って、なんだこれ!」
俺が持っているスキルは異種武器同時装備と状態付与率上昇の2つだけのはず。なのに俺の会得スキル欄には更にもう1つスキルが存在していた。
「オ、オートリカバリー……しかも熟練度MAXだと!?」
周りの視線など関係なしに俺は大声を上げる。これは完全なるバグだ。そうでなければ考えられない現象が今目の前で起こっている。
これはヘブラトク社に報告すべきか……いや早まるな。まずは本当にバグかどうかの確認が先だ。
ここキャフノルの中心である広場は大きなギルド━━ここで任務などを依頼する━━を前に構え、右に消費アイテムを売っている露店、左に装備品を扱う露店、そして後方にプレイヤーがプライベートな時間を確保するための簡易ホテルが建っている。そのホテルと装備露店の間にモンスターが存在するフィールドへ行くための道がある。
俺は一目散にフィールドへ続く道を走り抜ける。一瞬目の前が暗転したかと思ったら全く違う草原の光景が広がる。
ゲームが始動してからまだ5分と経っていないせいか周りには他のプレイヤーの姿はない。この機を逃がすまいと走る勢いそのまま敵を探す。僅か数Mで敵がポップ、改めて周りにプレイヤーがいないのを確認してからモンスターに近寄る。
「グルル……」
モンスターの頭の上にアイコンがあり更にその上に名前が表記されている。
「ゴブリンか……まぁ定番中の定番だな」
プレイヤーより少し小さい身体を持ち鋭利な爪で攻撃するモンスターだ。てか無駄にリアルだから口から垂れてる涎が気持ち悪くてしかたない。
とは言え今ぐらいしか機会がないのでここは我慢しなければならない。
ゴブリンがこちらの様子を伺っているかと思うと突然不格好に走り出し、俺の横を通過すると同時に爪で太ももを引っ掻いて攻撃した。攻撃された部分が赤く跡のように残り数秒したら元に戻った。
「さて、HPはどうなってるかな……」
肩から45度前方にある自分の名前とHPが表示されているステータスバーを見る。最初のモンスターなのでダメージはほとんどないがバーが少し削られている。
オートリカバリーの説明文には、ダメージから5秒後にHPの50%を回復すると書かれてあった。となるとHPはーー
「回復してやがる」
オートリカバリーはバグではなかった。もちろん他の部分で何か起こるかもしれないがスキルとしては正常に作動しているのが確認出来た。
「グルル……」
ゴブリンは攻撃後の攻撃間隔のせいで動かずにこちらを見ていた。
「……取り敢えず倒すか」
説明書に攻撃方法は特に表記されていなかった。つまりSurvivors Warでは特に攻撃方法が定まっておらず、自由な動きで戦闘を行えると解釈出来る。
次の攻撃間隔がきたのかゴブリンがさっきと同じ動きで俺に向かって走り出した。
先ほどと同じ右手による引っ掻き攻撃。俺は他のゲームで主人公がする構えを見様見真似で取り、ゴブリンをギリギリまで引き寄せる。
「……ふっ!」
ゴブリンが一気に間合いを詰めると同時にがら空きの左側へダッシュし、居合切りの要領でゴブリンを攻撃した。
ブレードには本物ほどの重さはなく俺でも簡単に振り抜くことが出来た。更に現実ではあり得ないようなダッシュ、自転車で坂道を下っているような空気の厚みを感じる。これを俺が自分の脚で動いた。
「うわぁ……ヤバイヤバイヤバイ!」
俺の中のテンションゲージが振り切ってしまった。あのゲームの中でした見たことなかった動きを俺がしたのだ!
嬉しさや興奮やらが入り混じって手がガクガクと震えだしてしまっている。
「っていけね、アイテム回収しねぇと」
モンスターを倒すともちろんアイテムを落とす。その数やレア度はモンスターによって異なるがゴブリンのような小型モンスターだと1つであろう。
倒されて身体が少し半透明になっているゴブリンの上に掌をかざす。するとゴブリンからまるで魂が抜け出すように光の玉が俺の掌の中に入っていった。敵と戦い倒すそしてアイテムを回収する。これがバトルの一連の流れだ。
「なるほどなるほど、これはかなり楽しめそうだ」
ニヤリと口元が緩む。多分生まれてここまでいやらしい笑みをしたのは今が初めてだろう。
もう2,3匹ゴブリンを倒した後俺は装備を弓に変更する。背中に弓矢が入った筒が装備され手にはブレードの代わりに弓が持たれている。
「えっと、確かこんな感じだったよな……」
こちらも見様見真似で弦に弓を引っ掛ける。すると弓先から少し太めの赤く遠くなるほど広い円柱が現れた恐らく弓の通過域だろう。それを確認すると同時にゴブリンがポップしたのでそちらに弓を向ける。
ブレードの練習の時、ゴブリンは全て一発で倒してしまった。だがいくらなんでもそれは弱過ぎると言うものだ。これには何か裏があるはずだ。そう思った俺は弓先をゴブリンの脚に向ける。ゴブリンの攻撃を身体を横にすることでかわし、そのまま硬直しているゴブリンの脚に矢を放った。
「グギャァァ!」
細いゴブリンの脚は無残に吹き飛ばされ、ゴブリンは地面にうずくまった。そして俺はここである確信を得る。
ブレードでの攻撃では首を跳ねたり身体を真っ二つにしたりと致命傷の攻撃しかしていなかった。だが弓先で脚を攻撃するとゴブリンは消滅することなく倒れ込んだ。つまり、現実世界と同じように致命傷となる攻撃をされると瞬殺、逆にそれを外すとその攻撃に応じたダメージが与えられる…となる。
「……ははは、相変わらず手の込みようが半端ねぇよヘブラトク社は」
動かない敵を射抜くなど造作もない。俺は背中から矢を取り出しゴブリンの頭を射抜いた。
※※※※※※※※※※※※※※※
一通り攻撃,回避,防御の動きを練習した俺はLvが3になったところで中央広場に戻ってきた。途中複数モンスターがポップして攻撃を受はしたがオートリカバリーのお陰で苦しむことはなかった……がーー
「このスキルどう考えてもチートじゃねぇかよ。ゲーマーとしてはこうもっと苦労に苦労を重ねてだな」
「あの……」
「いやでもヘブラトク社だからな、これくらいしないとラスボスを倒せないようにしてるとか…」
「お、お~い」
「あり得るな。なんたってヘブラトク社だしな…」
「こらぁ!!」
「どわぁ!」
突然後ろから大声をあげられて俺はその場から大きく飛び上がった。
「さっきから呼んでるのに無視とは何様のつもりですか!!」
へ、呼んでた? 俺を?
どうやら考えごとに集中し過ぎて無視をしている形になってしまっていたようだ。
「ご、ごめん。ちょっと考えごとしてたんだ」
身体を180°回転させ手を合わせながら頭をペコリと下げる。
「ん~まぁ悪気があったそうじゃないから許してあげます」
どうやら許しをもらえたようなのでゆっくりと視線を上げる。
「初めまして」
目の前に立っていたのは小柄な女の子だった。髪の毛は茶色で女性用の俺と同じような服を着ている。
「あっ、うん初めまして」
「突然で申し訳ないですが、あなたはこのジャンルのゲームって得意ですか?」
このジャンルとは恐らく3DアクションRPGのことだろう。
「まぁそこそこやり込んでるとは思うけーー」
「お願いします、私に色々教えてください!」
俺の言葉を遮って今度は女の子が頭を下げた。しかも大声で頼むもんだから周りの視線が……
「わ、分かったから取り敢えず頭上げてくーー」
「ホント!?」
てめぇ最後まで言わせろや!
「あぁ、ホントだからもうちょっと声のボリュームを下げーー」
「じゃあ善は急げです。頑張ってホテルの部屋を取ってあるのでそこでゆっくりと!」
急に手を引かれたので俺はつんのめりながら女の子の背中を追いかける。バグといいこの女の子といい……俺に安泰のゲームライフは存在しないのか!?
俺の心の叫びを露知らない女の子はホテルにズンズンズンと歩みを進めていく。