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Survivors War  作者: ノイジー
第三部
22/23

捕食者Queen Crab

 ウォックとの追いかけっこを一頻り楽しんだ俺は逃げる進路をノイ達が待つ叢に変更してウォックの追跡から逃れた。

「お前、後で絶対殺す」

「はいはい、ボス戦が終わったらね」

 何があったのか知らない3人が首を傾げているが、今の俺には少し向こうにいるボス蟹ーーQueen Crabーーしか見えていない。

「それじゃあ、行きますか!」

 俺の言葉を合図に一斉に叢から出て走り出す。それを確認したクイーンクラブが女性の悲鳴に似た、頭に直接訴えかけるような声を発する。

「リックは脚を! 他の皆はハサミを狙って! ノイは私についてくる!」

 皆の了解の声が重なり、俺とノイだけ池のある左側に逸れ、他の3人がクイーンクラブ目掛けて走る速度を上げる。

「ノイ、多分俺、最初から“あれ”でいく」

「“あれ”をするんですか?」

「あぁ、そうじゃないと僕カニを倒すのに手間取るからな。ノイは俺が戦っている間に少しでもクイーンクラブの弱点を見極めてくれ。シューティング好きならパターンとか見分けるの得意だろ?」

「任せてください!」

「いい返事だ」

 俺とノイの間で交わされた言葉の中にまじっていた“あれ”とは俺の新しい戦闘スタイルのことだ。ノイと2人で攻略している間に思い付き、実戦でも使えると判断して特訓したのだ。それを使えば僕カニーーCrab Workerーーを倒すのなんて造作もない。

 なんて考えている内に池からクラブワーカーがぞろぞろと湧き出てくる。これから俺に瞬殺されるとも知らずに。

「さぁ、狩りの時間だ」

 ウィンドウの武器欄を開き、1人で使うには多過ぎる短剣達の中から適当に8本選び、ウィンドウを閉じる。すると空中に複数のポリゴンが現れ、それが色と輪郭を浮き彫りにして俺の腰に鞘へ収まった状態で出現する。

「相変わらずバカみたいに持ちますね」

「バカとはなんだバカとは」

 大きさも形も異なる短剣達が何かに切りつきたいと懇願するようカチャカチャとぶつかり合う。

「6匹か、3本だな」

 右手に1本、左手に2本短剣を持ち、こちらの出方を伺っているクラブワーカーと対峙する。

 向こうから攻めてこないのはこちらからしたら好都合。スキル、パーフェクトシュートで手前にいるクラブワーカーのハサミに照準を合わせる。

「ノイ、ちゃんとパターンを見ーー」

「…………」

「聞くまでもないか」

 既にノイには俺の言葉は届いていない。ブツブツと脳処理を助けるように口からはクイーンクラブの攻撃パターンがポロポロと漏れ出している。

「さて、俺は俺の仕事をしますか、ねっ!」

 左手の1本を放つ。何度も見た通り、狙った部分に短剣は一直線に進む。それを追うように俺も走り出す。

 1㎜も狂うことなくハサミの付け根に短剣がめり込む。それを握ると同時に右側にいたクラブワーカーに短剣を放ち、握っていた短剣でハサミを切り落とす。左から攻めてきたので蹴りでハサミを打ち払い、唯一穴となっている口に短剣を投げ入れる。

 いくら外側が硬くとも内臓まではそうはいかないらしい、致命傷を与えたことでクラブワーカーはポリゴンとなって粉々に粉砕される。

「1匹目」

 今際の姿を見届けるのを途中で止めて地面に転がった短剣を回収しながら片方のハサミを切られたクラブワーカーを足払いで地面に横たえる。

 無抵抗になったそいつを蹴りで吹き飛ばすと、偶然俺に襲い掛かろうとしていたやつにヒットし、重なるように倒れ込んだ。

「3匹目」

 回収した短剣を上にいるクラブワーカーの口に差し込み、体重を乗せて2匹同時に貫く。カニだからか悲鳴らしきものは聞こえなかった。

 放置していたクラブワーカーは短剣が口に刺さっていたからかは知らないが既に瀕死の状態だ。短剣を抜いて踏み付けるとポリゴンとなる。

 残り2匹となると最早倒すのは赤子の手をひねるよりも簡単なことだ。1匹は投擲で、もう1匹は一瞬で間合いを詰め息の根を止めることに成功した。

「カナコさん!」

 丁度ザコの掃除が終わると同時にノイが嬉々の表情で俺に走り寄ってきた。

「カナコさん! クイーンクラブは甲羅をハンマーで強打されると、一瞬ですが動きが止まるようです!」

「へぇ、他には?」

「攻撃パターンは多過ぎたので脳の許容範囲を超えてしまって見極められませ痛い痛い痛い! なんでこめかみをグリグリするんですか!?」

「そんなの皆とっくに知ってるから」

 あの口からこぼれていた攻撃パターンの言葉は脳処理を助けるものじゃなくて蓄積出来ずに廃棄処分されていたものだったのだと知る。あの時の俺の感嘆の気持ちを返せこの野郎。

「うぅ、まさか味方からダメージを受けるとは」

「ダメージとしてカウントされてないだろあれくらい」

 お詫びだと言って頭を撫でてやったら機嫌が治った。単純な奴だ。

「さてと、それじゃあ俺も戦闘に加わるから。ノイは雷属性以外の魔法でサポートしてくれ」

「は~い。グラッツェ!」

 ノイが唱えたのは土属性の中級魔法グラッツェ。地面から硬い棒状の土で作られた槍がクイーンクラブの口に向かって空中を駆ける。

 見事にヒットしたはいいものの、タゲがノイに向いてしまったので慌てて短剣を投げてタゲを俺に向ける。

「どんな感じ?」

 丁度ハサミに攻撃を加え着地してきたトウコに声を掛ける。

「流石に硬いな。斬撃や突き攻撃はほとんど弾かれてしまう。やはりリックに頑張ってもらうしか、っと!」

 クイーンクラブは話をさせてくれる暇すら与えてくれないようだ。大きなハサミが俺とトウコを狙い地面に大きな亀裂が生まれる。身体で受けずともどれだけの威力があるのかを思い知らされる。

 ブラッディミノタウロス以上の攻撃力に加え硬い甲羅で覆われた身体。厄介どころの問題ではない、こんなモンスターをどうやって倒せというのか。全くーー

「これだからヘブラトク社のゲームは止められない!」

 気持ちは萎えるどころか闘志を倍増される結果になる。

 クラブワーカーの時とは違い両指の間に、計8本の短剣を同時装備する。そして左右の手を地面と並行に前へ突出し、手首のスナップを効かせて一瞬下に下げて元の位置に戻す。すると短剣が薄い青のオーラを纏う。ブラッディミノタウロスとの戦闘の前に取得したアーチャーのスキル、ブレイカーショットだ。

 更にパーフェクトシュートを使い、狙いを全て右ハサミの関節部分に定める。

「はぁッ!」

 狙いが定まると同時に両腕を鞭のようにしならせて短剣全てを指から解放する。

 でたらめに放った短剣達が狙った場所へと方向転換するのを確認した俺はすぐさまウィンドウを開いて、新たな短剣8本を取り出す。

 1度に同じスキル初動をすれば全ての剣に同じスキル効果を与えられることも、同時に出現出来る武器の数が武器欄全てだと言うことも、更に放った武器を拾えばーー腰にその武器の鞘が残っている限りーー再利用可能だということも、全て検証済みだ。

「らぁ!」

 さっきと同じスキル、同じ数の短剣を今度は左ハサミの関節に放つ。

 距離があるせいでまだ右ハサミに放った短剣は届いてはいないが、これだけのスキルと短剣の数、そして唯一柔らかい関節部分への攻撃が重なればーー

「ギュピィィィ!!」

 ハサミを撃ち落すことが可能となる。

「ウォック、短剣を回収して!」

「はいよぉ!」

 野を走るチーターの如く誰もついていけないスピードでウォックは俺の短剣を回収し、ボールを回収した犬よろしく俺のもとへかけてくる。ネコ科なのかイヌ科なのか、どっちかにしろってんだ。

「ご苦労様。初のボス戦はどうだ?」

「かてぇ!」

 うん、予想通りの答え。

 短剣を鞘に直しながらウォックがピーチクパーチク言っているのを右から左へ聞き流す。

「ま、その内何かしらチャンスが訪れるだろうからその時まで我まーー」

「ギュウィィィィィ!」

 俺の言葉を遮るように耳障りな声が雲を貫くように空へ響く。そして身体を襲う痺れのような麻痺、まごうことなきボスの咆哮によるものだ。

「な、なんだよこれぇ!」

「クイーンクラブが何かしらのアクションを起こしてるんだよ!」

 直ぐ近くにいると言うのに大声をあげないと会話すらままならない状況の中、俺の双眼は自然とクイーンクラブを射貫いている。

 クイーンクラブの身体が少し大きくなったかと思えば同じ姿形をしたクイーンクラブが服を脱ぐように後ろから出現する。

「脱皮?」

「あいつハサミが復活してやがる!」

 なるほど、脱皮をすることによって損傷箇所の回復をするのか、脱皮?

「そうか脱皮か!」

「どわっ! 急に大声を上げーー」

「ウォック行くぞ! 今が攻め時だ!」

 ウォックの声を切って俺は走り出す。状況が飲み込めていないが取り敢えずついて行こうとウォックも隣に来て並走する。

「おい説明しろよ!」

「脱皮した直後の甲殻類の身体は酷く柔らかいんだ! 多分これが唯一あいつにダメージを与えられるチャンスだ!」

 手短に説明を終えるとリックとトウコにも攻撃の指示を与え、4人一丸となりクイーンクラブに攻め寄る。

「動かないで、ねっ!」

 右手に持っている短剣にパラライズショットのスキル効果を付与させ、大き過ぎる的に向かって投げる。

 俺がアーチャーのジョブに備えた固有スキル“状態異常付与率上昇”×4本の短剣、これが重なればーー

「ピギィ!?」

 相手を麻痺状態にすることが出来る。

 麻痺によってクイーンクラブは自らの力で立つことすらままならず、脚を折り畳む状態にして地面に落ちる。

「ノイ! 今なら雷属性魔法が通用する!」

「了解です!」

 返事と同時にノイが詠唱に入る。恐らく放つのは習得させた上級魔法スキルだろう。下級や中級とは違い上級魔法には詠唱が必要となる。詠唱中は攻撃を受けるといくら詠唱の最終部分を唱えていたとしても全てが台なしになってしまう。まぁ今はノイを邪魔するもんすたはいないし、大丈夫だと思われる。

「ウォックとトウコは相手の機動力奪って! 私とリックはダメージ優先で!」

 各々に指示を飛ばすとウォックは俺を置いてクイーンクラブの脚目掛けて弾丸のように飛んだ。

 加速と一転集中の攻撃によってクイーンクラブの脚が糸も簡単に吹き飛びぶ。トウコは覚えたスキル“一閃”で豆腐を切るかのように剣の残像だけを残して脚を切り落とす。

 リックはと言うとひたすらに背後へ回って甲羅をぶん殴っている。シンプルながら力強い攻撃は確実に防御力が低下しているクイーンクラブのHPバーを削り続ける。

 皆のここぞとばかりの攻撃に俺も参加する。

 両手に合計8本の短剣を持ち、片方をポイズンショットに、もう片方をブレイクショットと効果を付与させ、両腕をクロスさせてから放つ。もちろん全て命中させる。

 ポイズンショットは効果を付与した武器が刺さっている間のみ効果を発揮するスキルだとは検証済み、なので、1番地面から離れた場所に刺さった短剣に向かって俺は飛躍する。

 飛躍の力をそのまま利用して短剣の尻を力の限り足の裏で蹴り付ける。足の裏から短剣の剣部分が肉を割く嫌な感触が全身に広がっていくのを感じながら俺の身体は落下運動を開始する。

 俺はあえてポイズンショットの短剣をクイーンクラブの身体に縦になるよう放った。その結果落下途中に短剣が待っていたかのように目の前に現れる。2本目は掌底、3本目は爪先蹴り、そして4本目はもう1度足の裏で短剣を捉え、蹴る力を利用してバク宙をしながら距離を置く。

「エレキテルバリスタ!」

 地面に着地すると同時に背後からノイの綺麗なアルト声が俺の背中にぶつかる。間違って当たってしまわないよう態勢を低くしてノイの方を見遣る。

 本来ならば空気中に逃げてしまう電気が魔法によって巨大な矢となって形を成し、その矢先はクイーンクラブの中心部を捉えている。

「いきますよぉ!」

 ノイが手を後ろに引くと、それに応じて矢も見えない弦をしならせるように空中を移動する。

「皆離れて!」

 俺の声に反応した3人はノイの魔法を見てすぐさま感電しないであろう程度の距離に離れる。一瞬俺とノイの視線がぶつかり、俺は大きく頷いて見せた。

「いっけぇぇ!」

 ノイの手が弓の通り道を示すように前に伸びる。

 雷属性だけあって属性魔法の中でも魔法速度はトップクラスである。発射の瞬間と同時にエレキテルバリスタはトップスピードへ加速する。

「ピギィィィィ!!!」

 視界からエレキテルバリスタが消え去り、行方を追うどころか瞬きすら許さぬ僅かな時間で、エレキテルバリスタはクイーンクラブの中心部分を射貫いていた。それは間違いなく相手に致命傷を与える攻撃となる。

「いぇい!」

 魔法が無事に命中し、ノイはオリジナルなのかポーズを見せつける。俺は苦笑いを浮べながらもサムズアップで答える。

 クイーンクラブのHPバーは既にイエローゾーンの終盤、限りなくレッドゾーンに近い部分にまで削られた。俺達の攻撃とノイの魔法によって勝利は目前にまで迫っている。油断は禁物だと分かってはいるのだが胸の高鳴りは間違いなく興奮によるものだと確信を持って言える。

 だが、何事も、特にヘブラトク社のゲームというのはことごとく俺達の希望を奪っていくものだ。

 背筋が凍るほどの寒気が俺の身体を襲う。先ほどまであったはずの興奮の熱が一気に奪われる。俺はこれを前にも感じたことがある。ブラッディミノタウロスがリミッターを超えた動きで俺達を攻撃した時のと、それは全く同じものだ。

 クイーンクラブの様子が激変した。黒だった瞳が血のように赤々しく光り輝き、力なく項垂れていた脚に力が戻り仰々しく立ち上がる。そして雄叫び、再び身体の自由が奪われてしまう。

 俺達が動けないのをいいことに池からクラブワーカーがぞろぞろと姿を現す。その数5。

 てっきりこちらに攻撃してくると思っていたのだが、意外も意外、クラブワーカーはクイーンクラブの方へ迷うことなく進んでいく。

「ーーッ!」

 一体何が始まるのか、そんな疑問を抱くと同時に俺は言葉を失った。既にクイーンクラブは雄叫びを上げていない、つまり俺達は身体の自由を取り戻している。にも関わらず皆も俺と同じように言葉が出ていないのに口を半開きにしたまま固まっている。

 それもそうだ。誰がこんな風景を想像しただろうか、一体誰がカニがカニを食べる共食いのシーンをボス戦で見ることになると想像しただろう。

 バリボリと硬い甲羅が砕ける音が空中に逃げる。目の前で同種が喰われているというのに、逃げ惑うどころか自ら命を献上しに近付いている光景は“異常”の言葉を脳に焼き付けられるような気分にさせられる。

「カナコ!」

 リックの声で我に帰る。

 1番近くであの衝撃的な光景を見ていたはずなのに、リックが真っ先に声を上げた。ここらへんにリックと自分の差を感じさせられる。大人と子ども、社会人と高校生、年齢的にはそんな変わりはない、なのに歴然とした差がある。リーダーなんて言われていても所詮は高校生のガキなのだと感じずにはいられない。

「皆距離おいて!」

 取り敢えずの指示を出して、皆ノイがいる場所まで離れて集合する。

「なんかヤバそうな雰囲気だなぁ」

 あのウォックが額に冷や汗を流しながら言う。いつもの狂気的な笑みではなく引きつった笑みが浮かんでいる。余裕がない様子がありありと見てとれる。

「カ、カナコさん」

 ノイに袖を引っ張られてノイが指差す方向に目を向ける。

「嘘」

「マジかよ」

 クイーンクラブのお腹にさっきまでなかった複数の丸い半透明な物体が付着していた。その数5つ。嫌な予想を立てさせるには十分な数だ。

「あれって」

「卵だな」

 卵と言ってもその大きさは狂ったように大きい。1番想像しやすい大きさで言うと、大玉転がしの玉だ。

 不意に卵にヒビが入る。落ちて枯れかけの枝を折ったような気持ちのいい音が鳴る。だが、俺達には悪魔が人間界と魔界の間に隔たる門の鍵を開いたような、そんな音に聞こえた。

 そして悪魔はとうとう人間界に、その姿を現した。

 産まれてきたのはクラブワーカーより1.5倍ほどの大きさのカニだ。

「クイーンクラブが産んだ5匹のカニ、あいつら絶対に強いぞ」

「あぁ、見るからに硬そうだし、何よりハサミが異常に大きい」

 身体の半分以上の体積を持っているであろう大きなハサミ、月光に照らされた刃の部分にはなんの汚れもない。自分が持った細胞の群青色のハサミは美しくすらある。だけどその美しさが同時に不気味さも持ち合わせているのだと本能的に俺達は知る。

 鈍色に光る甲羅は丸みがあるのにこれっぽっちも柔らかい印象を受けない。それどころかその緩やかな傾斜に全ての攻撃をいなされてしまうのではないかと思ってしまう。

「ど、どうするんですか?」

 不安の色を瞳に揺らしながらノイは俺の瞳を射抜く。

 素早く作戦を立てるために俺は目まぐるしく眼球を動かし、クイーンクラブと生まれたてのカニーーGuillotine Scissorsーーを隅々まで観察する。

 クイーンクラブの身体は戦闘前と全く同じ、要はHPバーも俺が撃ち抜いたハサミも生え変わっている。戦闘前と変わっているところと言えば瞳が赤々しく変色したことくらいだ。それがクイーンクラブの攻撃力や防御力にどれだけの影響を与えるかは分からないが用心するに越したことはない。

 ギロチンシザーズの戦闘力は未知数。計りたくても計れない、戦闘で何より怖いのは相手の力や能力が分からないことだ。予測を立てようにも立てられない。これほどの脅威は他にないと俺は思う。

 作戦。なんて立派なものではないが、ある程度の戦闘の流れが頭の中で形作られる。

 俺が未知数の力を持つ5匹のギロチンシザーズを引き付け、クイーンクラブを4人で相手してもらう。恐らくこれが1番チーム的にバランスが取れて被害も最小限に抑えられるフォーメーションだろう。

「取り敢えず私がギローー」

「駄目だ」

 俺の言葉はリックの静かながら力強い言葉によって掻き消される。驚く俺をよそに今度はトウコが口を開く。

「どうせ私がギロチンシザーを引き寄せるから、皆はその間にクイーンクラブに少しでもダメージをーーとでも考えていたのだろう?」

「うぐっ」

 何も言い返せない。まるで未来の世界でその言葉を聞いてきたかのように言おうとしていたことを自分に言われると喉にまで出掛かっていた言葉が胃の最下層にまで急降下してしまう。

「確かに今まではお前が戦っている間に俺達が態勢を立て直す場面は何度もあった。だけど今回はいくらなんでも無茶だ」

「私達はお前に比べたら荒い部分が多いかもしれない。だけど、少しは頼ってくれてもいいんだぞ?」

 そんなつもりはなかった。頼っていないどころか、頼っているからこそボスとの戦闘を離脱していたのに、そんな風に思われているとは想像もしていなかった。

「カナコさん」

 左手にノイの右手がスッと滑り込む。一瞬、あまりにも自然で、さもそれが当然のように感じられて、手を握られるまで俺は反応どころか気付いてすらいなかった。

「カナコさん、1対5と4対1じゃありませんよ。5対6です!」

「……うん、そうだね」

 ノイの小さくて熱い手を握り返す。

「感動のシーン悪いんだけどさぁ」

 今までは黙っていたーー正確には口を出せなかったーーウォックがここにきて口を開く。

「そろそろ再開しないとヤバくない?」

 首を捻って周りを見てみろとウォックがジェスチャーするのでそれに沿って視線を移す。

「あらら」

 いつの間にか俺達はギロチンシザーズに囲まれていた。そして正面にはボスの風格を見せ付けるようにクイーンクラブが鎮座なさっている。

「カナコさん」

 ノイがこんな危機的状況の中にも関わらず笑顔で俺に話し掛ける。

「今、凄くワクワクしてるんですけど……私おかしくなっちゃいましたか?」

 興奮しているのか若干普段より口調が早い。

「ううん」

 俺はゆっくりノイの言葉を否定し、指の間に短剣を握り締める。

「それで正解だよ!」

 俺の放った短剣がギロチンシザーズによって弾かれ、甲高い音が森に消えていった。

 第2ラウンド開始のゴングだ。

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