ウォックの変化
更新かなり遅れましたm(__)m
嘉穂との初デートを無事終えることが出来た俺は家に帰るまでの間、必死ににやけるのを堪えていた。そして家に入ると同時にベッドまでダッシュしてダイブ、掛け布団が破れてしまうのではないかと思うほど強く抱き締めた。
ただ、今思い返してみたら俺はなんてアホらしいことをしていたのだろうと数分前の自分に全力でツッコミを入れたくなった。
このままだとゲームを始めるのを忘れそうだと思った俺は、約束より大分早いがログインして森の中でMobを倒して経験値と熟練地を地道に上げている。
出現するMobは全て同じカニタイプのモンスターで、そのお陰で何とかボスカニの僕を無効化する目途は立てられた。
丁度30体目のカニを倒したところで全員揃ったとのメッセが来たので以前ログアウトした地点に戻る。
「カナコさんどこ行ってたんです?」
「ん、ちょっと早くログインしちゃったから経験値稼ぎをね」
嘘は言っていない、何故早くログインしたのかの理由を言っていないだけで嘘は1つも吐いていない。嘘を吐いていないのだから神様だって許してくれるだろう。
「まぁそんなことはどうでもいいの、問題はどうやってボスを倒すかだよ」
経験値稼ぎをしながら俺自身考えていたのだが、やはりリックに頑張ってもらう以外の方法が思い付かった。アリスにタゲを取り続けてもらい、後ろからリックに攻めてもらう。時間はかかるが、これが1番確実な方法だと思う。
「皆は何か作戦考えてきてくれた?」
俺が質問すると同時に皆の視線があっちへこっちへ散乱する。あっそ、皆考えてきてくれていないのね……
「し、仕方ねぇじゃねぇか、俺は仕事だったんだから!」
「わ、私も私情が重なっていて」
「あっ、トウコさんそれ私が言おうと思っていたのに!」
「私は作戦なんて考えられませんから」
「シャラップ!」
鶴の一声でブーブー文句を言っている皆を黙らせる。
「え~皆何も考えていないようなので、今から作戦会議を始めます。最悪今日は戦えなくなるかもだけど、そのつもりでね」
皆から反論の色が見えたのだが眼力で黙らせる。普段なら臆しないだろうに、今回ばかりは自分に非があるのを理解しているのでそれ以上の反感は見られない。
「あの」
早速始めようかと思った矢先にアリスが申し訳なさそうに手を挙げた。
「出鼻を折って申し訳ないんですけど……ウォックがカナコさんと話したいそうで」
「ウォックが?」
そう言えば俺はウォックに課題を出していたのだ。決して忘れていたわけではない、ただこれだけ早くウォックが答えを出してくるとは思ってなかったのだ。
「おいカナコ、誰なんだよウォックって」
「あ~」
そうだ。まだリック達にはアリスが多重人格者だということを伝えてない。
「うん。まぁ簡単に言っちゃえば」
アリスに目配せすると強い意志を持った瞳で俺を見つめている。そして強く頷いた。彼らになら伝えてもいいよと、そう言っているように見える。
「アリスはね、多重人格者なの。で、ウォックっていうのはアリスのもう一方の人格のこと。アリス、ウォックと変わって」
「うん。分かった」
そう言ってアリスは自ら傍にあった木にもたれ掛かるように座る。そして目を閉じると、身体の筋肉が機能を失ったかのようにだらんと腕が力なく地面に落ちる。
俺にとっては目の前で人格が変わるシーンは何度か見ているが、3人には初めての光景なので皆目を皿にして食い入るようにアリスを見つめ続けている。
アリスが眠ったように身体を木に預けてから数分が経とうとしている。一向に目を覚まさないアリスに皆の表情には若干の焦りが見えているが、俺は至って冷静だ。
アリスとウォックが中で対話をしている間、身体には誰の人格も備わっていない。つまり今の身体はアリスもウォックも身体を操っていない、糸を切られた操り人形状態なのだ。
出来ることならアリスがウォックに、俺は理由があって女の子の恰好をしているのだと説明してくれているのを願っている。
「あ」
アリス……いや、ウォックの目覚めは突然のことだ。目が開かれると同時にむくりと立ち上がって俺を含めた4人の顔を見回す。
「ウォック?」
「お前」
俺の呼び掛けを無視してウォックはリックを指さす。
「大柄な緑髪、お前がリックか?」
「お、おう」
明らかにアリスだった人物の雰囲気が変わったことにリックは驚きを隠せないでいる。返事をするのがやっとと言った様子だ。
「で、赤髪で武士みたいなお前が、トウコ?」
「あぁ」
「でぇ」
さっきから見ていると、どうもウォック様子がおかしい。ウォックと言えば傍若無人で無茶苦茶を具現化したような奴だったはずだ。それがどうだ。今のウォックは借りてきた猫なんてレベルを超えてしまっている。最早別人だ。実は新しい人格が生まれたと言われてもなんら違和感を感じない。
そんな俺の驚きを露知らず、ウォックはノイに指をさしたまま何かを考え込んでいるように眉間に皺を寄せている。
「お前は、ノイ?」
「は、はい! ノイです!」
緊張しすぎて身体が鉄で構成されているのではないかと思うくらいノイはビシッと気をつけをしたまま大きな声で答える。
「そして、お前」
ウォックに指をさされただけで全身に電流が走ったように筋肉が無意識に反応してしまう。少し離れて話し合おうと提案するよりも先にウォックは次の言葉を口からボソリと、俺にだけ聞こえるように漏らしていた。
「変態」
「うぐっ」
「カナコさん?」
「な、なんでもないよノイ」
「ん?」
なんでもなさそうな返答にノイは疑いを完全には拭えてなさそうな表情をしている。別に疾しいことをしているわけではないのに、俺はノイから視線を逃がしてウォックの方を見る。
「久し振りだな“カナコ”」
「……うん、久し振りねウォック」
よかった。アリスはちゃんとウォックに説明をしてくれていた。それが分かった途端に身体の緊張が地面を這って解けていく。
「皆、彼女がウォック。アリスのもう一方の人格よ」
「ん。まぁ、よろしく」
以前のウォックからは想像さえ出来なかった自発的な挨拶に俺は内心で驚きつつ、顔は笑みを作る。
「なぁカナコ」
そんな俺に質問を飛ばしたのはリックだ。やたらと眉間にしわを寄せて見るからに文句言いたげな顔をしている。
「何?」
「別にそいつのことを受け入れないとかそんなんじゃねぇけどよ。いきなり入ってきた奴と上手くコンビネーションがとれるのかと思ってな」
確かにリックの言っていることは正しいし、誰もが思ってしまうことだろう。ウォックは言わば俺達グループに突然入り込んだ異物。それを、はいそうですかと簡単に受け入れるのは少々酷なものだ。
「ん~それは多分問題ないと思うよ?」
「何故だ?」
簡単に言ってのける俺にリックは再度尋ねる。注意して見ずとも先ほどより眉間のしわの彫は深くなっている。
「ウォックは強いよ。少なくともリックじゃ相性的に一撃も攻撃を当てさせてもらえないと思う」
「何ぃ?」
眉間のしわが違う意味を含んだものになった。明らかに俺とウォックに敵意を向けている。
「なぁなぁ」
俺とリックの間に不穏な空気が流れ出すと同時にウォックが声をあげる。俺とリックを含め、どうしたものかと動けないているトウコやノイの視線も自然とウォックに集まった。
「要は、俺が本当にこのメンバーで役に立つかどうかが知りたいんだろ?」
「あ、あぁそうだ」
「じゃあさ、俺とPvPしようぜ?」
それで負けたら俺はもうお前達の前には出てこない。頭に軽く血が昇っているリックにとったらこれ以上の挑発的な言葉は他にないだろう。
「カ、カナコ、止めなくていいのか?」
「大丈夫なんじゃない?」
「そんな簡単に」
言葉にするより行動してみた方が理解が早い時はよくある。多分女性ーーウォックも女性だが例外ーーには理解し難い部分なのだろうが、男の俺にはよく分かるので黙って成り行きを見続ける。
「ルールは時間無制限ハーフライフでいいよな?」
「なんでもいいからさっさと始めろよ」
ウォックの言葉にリックの顔にはしわに加えて青筋の装飾も付け加えられる。
リックがPvP申請をしてウォックが了承。了承と同時に頭上にカウントダウンを始めるタイマーと邪魔者が入らないようにバリアが張られる。
「カナコさん」
「心配ないって」
リックだって子どもじゃないんだからウォックを受け入れないなんてことはしないだろうし、このPvPでウォックが勝てば何も問題はない。
「ウォック」
「ん?」
既にカウントダウンが残り数秒のところで俺はウォックを呼ぶ。てっきり声だけでの応答かと思ったらウォックは視線をわざわざ俺に向けてきた。夕暮れの陽射しで、どこかウォックの表情には哀愁がただよっている。
「ここで眠っている間に考えた自分の欠点を補えてたら。今回のボス戦、アリスじゃなくてあなたを使ってあげる」
「へへっ、断然燃えてきた」
ウォックがリックに視線を戻すと同時にカウントが0になる。
俺の予想を反して、ウォックは見の構え。それどころかレイピアはいまだ腰にぶら下げたままだ。先にリックが攻撃を仕掛ける。
重戦士としては中々素早い動きでウォックとの距離を縮め、ウォックを地面にめり込ませようかと思うほどの勢いでハンマーを上から叩き落とす。
地面が割れ、地響きが起き、砂塵が視界を奪う。そこへ木の下風が吹き、砂塵を茜色の空へ逃がしていく。
「どこ見てんだよ」
「ちっ、やっぱり当たってなかったか、道理で手応えがないはずだ」
呑気に欠伸をしているウォックと恨めしそうにそれを睨むリック。リックから一方的に放たれる闘気の視線を風に遊ばせるように笑みを浮かべるウォック、お互いまだ本気ではないことが伺える。
「てかよ、お前レイピア抜けよ。逃げてるだけじゃ勝てねぇぞ?」
「そんなの俺の勝手だろ?」
挑発を挑発で返す。
「はぁ、ウォック。あなたの回避技術は見たから。そろそろ攻撃に移ってくれないかな?」
そうでもしないと隣の2人が目の前の殺陣に興奮して勝手にPvPを始めかねないほどの興奮が隣から漏れている。
「はぁ、もうちょっと遊びたかったんだけどなぁ。試験官様がそう言うんじゃ仕方ないか」
表情、態度、口調。感情を表現出来る全てを使い、渋々と言った感じでウォックは腰のレイピアを手に持つ。武器を手にしたことでウォックの表情が先ほどからは想像も出来ないほど集中したものへと変わる。それはまたリックも同じで、今までは持ち手の中頃を持っていた右手をハンマーのギリギリの部分に持ち替えた。
「なるほど、威力より攻撃速度に重点を絞ったんだな」
「だね」
「どゆことですか?」
こいつはホント。
「あのね、ハンマーみたいな先端が思い武器の手数を増やすには、力点の力が大きく必要な持ちーー」
「あ~もう! もっと分かりやすく言ってください!」
「あぁいう持ち方の方が攻撃に必要な力が小さくなるの」
「なるほど、です!」
まぁその分、余った持ち手の後方部分がどうしても身体に当たって邪魔になってしまうし、当然リーチも短くなってしまう。そこをどのようにカバーして戦うのか、リックの動きに期待せざるを得ない。
「そんじゃまずは」
身体を半身にし、レイピアの先をリックに向けてウォックが構える。
「半分の速度でッ!」
言葉通り、俺と戦った時よりかなり遅いーーとは言っても普通のジョブのプレイヤーからしたらほぼトップスピードの速さでウォックがリックに詰め寄る。
「おぉッ!」
「はッ!」
ウォックの突きのタイミングに合わせてリックが横薙ぎの攻撃をヒットさせる。
威力が落ちているのでレイピアが折れることはないにせよ、柔軟なレイピアは今にも折れそうなほどグニャリと原型とはかけ離れた姿をしている。
「ーーッ!」
次の攻撃を放とうと重心を後ろ足に預けたウォックの表情が険しくなる。それとほぼ同時に甲高い音とともに、ウォックの身体が何かに弾かれて吹き飛ぶ。
俺でさえ何が起こったのかその瞬間には分からなかったが、リックの姿を見て何をしたのか判明する。
リックは敢えて相打ちの形を作り、ウォックを自分の攻撃範囲内に留めたのだ。それもこれも、ハンマーの持ち手で攻撃するためにだ。
相打ちになり、ウォックの姿が眼前に迫ると、リックは右手を逆手に持ち替え、ハンマー持ち手の後方を握っていた左手をハンマーに添え、重い扉を押すがごとくハンマー部分に力を加えたのだ。そうすることによってリックの左後方を向いていた持ち手の先端が時計回りに高速移動して、攻撃態勢に入っていたウォックを弾いたのだ。
「あ~びっくりした」
吹き飛ばされはしたが、ウォックは平然と着地をしてみせている。あの甲高い音は恐らくリックの意表を突いた攻撃をレイピアでガードした音だろう。
「よくガードしたな」
「まぁな。意表を突かれた分反応が遅れたけど」
1回、2回とウォックがその場でジャンプをする。そして3回目の着地と同時に、ウォックの姿が忽然とその場から消えーー
「あれくらいじゃ、俺の速さにはついてこれないな」
次にウォックの声が聞えたのは、リックの懐だった。
「なッーー」
「遅い!」
リックが驚きの声を上げるより早くウォックのレイピアがリックの左腕を貫いていた。
「まだまだぁ!」
1,2,3撃と瞬きをするのを忘れてしまうほどのスピードでリックの身体に小さな風穴が空く。ウォックを引き離そうと闇雲に放ったリックの1撃は簡単にかわされ、スライディングでリックの股の下を抜けると、ゆっくりと立ち上がりながら後上に向けていたレイピアの先端がリックの心臓部分を貫いた。
《WINNER Alice》
相変わらずトリッキーな攻撃で戦いを制したのはウォックとなった。リックはいまだ自分が何発攻撃を受けたのかすら理解が追いついていないようだ。
「なぁカナコ、俺の動きどうだった?」
勝負に勝ったことよりもそちらを心配しているあたり、余程余裕があったのが伺える。
「うん、ちゃんと回避もガードも出来てたし、何より無茶な攻撃がなかった。合格よ」
「っしゃぁ!」
アリスと入れ替わって初めて見たウォックの感情にどこかホッとした気分になる。
「って待て待て、何だよ最後の急加速はよ! いくら何でも速過ぎだろ!」
そうだ。ウォックの瞬間移動とも見て取れるあの動き、消えたかに見えたあの動きは最早反則技と、って俺が言える立場じゃねぇか。ジョブ2つ持ちだし、オートリカバリー最初から付属してるし。
「あぁ、あれはスキルだよ。ジャンプする度に初速が速くなる“ホップ”ってスキル。まぁ速くなるのは最初の移動だけだし、発動から少ししたら硬直状態になるから多様は出来ないけど」
「だからっ、あぁくそぉ!」
よほど悔しかったのか年甲斐もなくその場で地団駄を踏むリックは見ていて哀れと言うか滑稽というか、とにかく落ち着けよと声を掛けたい衝動にかられる。
「んなことよりぃ、俺はこのチームの前に出てきてもいいんだよなぁ?」
ウォックはちゃんとこのPvPの意図を覚えていた。そう、このPvPはウォックがチームの中で皆の足を引っ張らずに戦えるかを見定めるーーとは言ってもリックが勝手に言ってただけだがーーためのものなのだ。
「あぁ、悔しいがお前は強い。カナコが大丈夫って言った時から信じてればよかったよ」
悔しいと口にしながらもリックの表情は晴れ晴れとしている。なんだろうこう……熱血スポコン的な、昨日の敵は今日の味方的な、リックってこんなやつだったのかとイメージの改変を余儀なくされる。
まぁ何はともあれ、無事にウォックの参加が認められたところで俺達は集まった本来の目的の為作戦会議を開く。
「リック、ウォック、ノイの仕事は前回と変わらないけど、トウコにはアイテム補給の仕事を頼みたいの」
「それは構わないが」
「それはお前の仕事だっただろ?」
「カナコさんは何をするんです?」
「サボりか」
まだ説明の途中だと言うのに皆して好き勝手なこと言いやがって。
「私は、周りの僕カニの駆除。邪魔者を排除して皆の戦闘の邪魔にならないようするの」
前回の撤退原因となった僕カニの出現。どれだけの力を持っていて、どれだけの数が同時に現れるか不明な点を考えると俺が排除するのが効率的に1番早いと判断したのだ。
「ノイだとMPの関係上限界があるし、トウコだとどうしても接近戦に持ち込まないといけないから時間が掛かる。その点、私のアーチャーだと消費するものはないし遠距離から素早く狙うべきモンスターを狙うことも可能だからね」
「うん、まぁそれは分かるけどよ。お前抜きでボスと挑むってのはなぁ」
「何言ってるの。皆なら私がいなくても戦えるでしょ?」
と言うか、俺なしで戦えるようになってもらわないと困る。俺は一応この中ではリーダー的ポジションにいるけど、あくまでチームとして活動してはいない、個人の集まりの段階ではいずれソロプレイヤーとして活動する可能性も見定めてもらいたい。
別にリーダーが嫌と言うわけではないのだが、俺に依存して皆が思い切ったプレイを出来ないようにしてしまう。それが1番恐れていることだ。
「カナコがいるだけで私達は安心して戦うことが出来る。それだけ君の存在は大きなものなのだ」
そう思ってもらえているのは素直に嬉しい反面、思った以上に依存性が高まっていて俺は不器用な笑みを作るので精一杯だった。
「とにかく、私も余裕が出来たらボスと戦うけど、最悪私抜きで倒すかもしれないって覚悟だけはしておいて」
そう言って俺は立ち上がる。つられて皆も立ち上がった。言わずともボス戦に向かうと分かっているのか表情が引き締まっている。
「っと、私はウォックにボスについて教えるから。皆先に行ってて」
かなり雑な言い訳だと思ったのだが、臨戦態勢に入っている皆にはそれだけで十分だったようで、何も疑うこともなく背中を向けて歩き始めた。
「で、お前なんでそんなキャラ演じてるんだよ」
「あ、やっぱりバレてたか?」
鎌をかけたつもりだったのだが、本当に演技だったようだ。
「まぁ何と言うかさ、俺って色々こいつに迷惑掛けてたわけじゃん」
こいつと言って自分を指さす。恐らくアリスのことを言っているのだろう。
「今までは好き勝手なタイミングで出入りしてたけど、今回初めて自分の意思で眠ってたらよ」
「申し訳ないことしてたなぁ。ってか?」
「あ~まぁそんな感じだ」
この言葉がウォックの真意かどうかなんて俺には分からないし知る由もない。だけどなんとなく、信じてみたいと思った。
アリスでもなく他の誰にでもない、俺にだから打ち明けてくれた。単にそれが嬉しかったのだ。
「何にやついてんだよ」
「え、俺にやついてた?」
「してたしてた。この人児童ポルノ物大好きですって言われても信じるレベル」
「それは言い過ぎだ!」
「あひゃひゃひゃひゃ!」
「はぁ」
これじゃあ、いつボロが出るか分からないなと不安に思った俺の口からは盛大な溜め息が漏れる。
「まぁでも」
「うわっ、何すんだよ!」
「何って、頭撫でてるんだよ」
「んなこたぁ分かってんだよ! なんで撫でてるのかを聞いてるんだタコ!」
なんで、なんだろうなぁ。俺にも分からない、ただ、無性にウォックを褒めたくなった。それが素直な行動理由だ。
今まではアリスが被害者で、ウォックが加害者。この図が頭の中で成立していたのだが、思えばウォックだってある意味では被害者なのだ。
アリスに勝手に生み出され、ウォックからしてみればアリスを守るという存在意義の行為をただしただけなのに悪者扱いされ続けていたのだ。自分が正しいと思っていたことをして、自分が存在した上で当然の行為をしてきて疎まれる。これほど辛いことは他にないだろう。
「ちょ、お前いい加減にしろよ!」
「そんな照れるなよぉ」
「て、照れてねぇよ!」
「女の子は素直な方が男受けはいいぞ?」
「何中年おっさんが言いそうなこと言ってんだ!」
「ウォックは可愛いなぁ」
「だぁ! 可愛いとか言うんじゃねぇぇ!」
口ではそう言いながら本気で嫌がっているわけではなさそうだ。本当に嫌がっているのならレイピアを抜けばいい話だし、第一頬を赤く染めてそんなこと言われても説得力の欠片も感じられない。
はははっ。何だかんだ言って、こいつも普通の女の子なんだ。ウォックは確かに戦闘狂かもしれない、俺だってそう思っていた。だけど今日のウォックを見てその考えは一変させられる。
「なぁウォック」
「……んだよ」
「楽しいな」
「んなわけあるかぁ!」
「はははっ!」
ボス戦を前にして俺は高笑いを森の中に響かせる。そんな俺を笑うかのように風が吹き、枝葉が笑う。それにつられて、俺はまた笑う。ただウォックだけが怒りの形相で俺を睨んでいる。
「お前も笑えよ。折角可愛い顔してるんだからさ」
「てめぇまだそんなこと言うか!」
とうとうウォックが怒りを行動に移し始める。腰のレイピアを抜いたのだ。
「ちょ、武器は反則だろ!」
「んなもん知るかぁ!」
俺は逃げる。ウォックは追いかける。枝葉は笑う。そんな俺達を夜に近付き暗くなり始めた空に浮かぶ薄い三日月が、空が笑っているように見せている。
自分で書きながら物語の進行スピード遅いなぁと思いながら書きました。




