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Survivors War  作者: ノイジー
第三部
20/23

隣のあなた

更新遅れて申し訳ないです。

 まだまだ夏休み序盤、照り付ける太陽は力強くここ日本に1年で1番の暑さをもたらす。今日も今日とて太陽は元気一杯でいらっしゃる。

「あ~うめぇ」

 1人誰にも聞えないように言葉をこぼす。間もなく来るであろう人を待っている間、俺は改札の柵にもたれながらコンビニで人気の高い、挽きたての香りを売りにしているアイスコーヒーを飲んでいる。

「要くん」

「ん」

 後ろから声を掛けられる。姿を確認せずとも俺が待ち合わせをしている人物は1人しかいない、思わず笑みが作られてしまうのはしかたがないと言えるだろう。

「ごめんね、待った?」

 振り返ると、控えめなフリルをあしらっている白を基調としたワンピースを着て、手にこ洒落た小さな鞄を持った嘉穂が額に少しばかりの汗をしたたかせて笑みを向けていた。

「ううん、俺も今来たところ」

 待ち合わせに彼女より先に到着していた時に使いたい言葉第1位、まさか俺が実際に使う日がこようとは、人生何が待っているのか分からないものだ。

「嘘。要くんが持ってるコーヒー、氷がかなり溶けてる」

「あ」

 思わず手に持っていたコーヒーを恨めしく睨む。って買ったのは俺だから恨んでもしかたがない。

「ま、待ったと言ってもほんの5分くらいだよ」

 これは本当のことだ。シャワーを浴びて着替えて、コンビニでこのコーヒーを買って駅に到着。この時点で約束の時間よりほんの少し早かっただけ、5分もあればプラスチック容器の中の氷なんて溶けてる当たり前だ。

「ほ、ほらそんなことより早く水族館に行こうよ」

 前々から約束していたデートがお互いの時間が空いたことによってようやく実現することとなった。行き先は既に決めてあった隣町の水族館、何分突然のデートだったのでプランとかは考えていないけど、まぁなるようになるだろう。

 残っていたコーヒーを胃に押し込み、ゴミ箱に捨てる。いつ何時でも電車でどこかへ行けるようチャージしてあるICカードを使って改札を通り嘉穂の隣に立つ。

「ほら、行こ」

 右手を差し出して微笑む。

「うん」

 せっかくのデートだ嘉穂だって純粋に楽しみたいと思っているだろう。素直に俺の手の指々の間に自分の指を絡ませて握る。世に言う恋人繋ぎである。

 夏休みとは言えそれは学生に限った話である。社会人は自分で有給を取らなければ平日である今日もせっせと会社にお勤めしている。結局何が言いたいかというと、車内にほとんど俺達以外乗客がいないということだ。

 他に乗っているのは腕組みをして爆睡している体格のいいスーツ姿の男性だけ、この電車は環状線だから、もしかしたら何周かしているのかもしれない。

 水族館がある隣街までは途中3駅を通過することになる。何故隣街までなのにやたら駅が過密しているかは謎だ。

 で、無事電車に乗り込んで座ったはいいんだけどーー

「んん」

 お隣の嘉穂さんが気持ち良さそうに眠っちゃってるんだよね。

 可愛らしく寝息を立てて、俺の腕を抱き枕のように抱きしめている。取り敢えず携帯で寝顔を撮らせてもらいます。

「寝不足なのか?」

 寝ている嘉穂に話し掛ける。もちろんちゃんとした返事が返ってくることはない、だけど返事の代わりと言わん代わりに俺の腕を掴む力が強くなった。

 目的地の駅までは15分弱と言ったところだ。だが15分とて侮るなかれ、授業中なら5分寝ただけで気分はスッキリするものだ。

 嘉穂は何かしら原因があって寝不足なのだろう。勉強をしていたのか、それとも夜更かしをしてしまったのか、はたまたデートを言い出すのに緊張して寝るに寝れなかったのか、何がどうであれ寝てしまったのなら起こさずにこのままにしておいてあげよう。

 ポケットからスマホを取り出してメールやら未読のLINEメッセージの処理にかかる。

 耳に入ってくるのは電車が鳴らす音と時折聞こえる嘉穂の息遣い。車内は僅かながら冷房がきいていて涼しくすらある。

「かにゃめ、くん」

 キスしたい。そんな衝動が俺の身体の中を駆け巡る。それと同時に嘉穂が寝ている間にキスをするなんてしてはならないと脳が警鐘を鳴らしている。

「これは、試練か?」

 理性が勝つか本能が勝つか、あと10分強の決して多くはない時間が俺にはとても長く感じられそうだった。



 目的の駅に到着した俺と嘉穂。改札口を出て、まだ寝惚け眼の嘉穂をベンチに座らせた俺はジュースを買いに行くと言う名目で一時的に嘉穂から離れる。

「あ、危なかった」

 自販機に手を付いて息を荒くしている男なんて見られたら通報されそうだがそれでもそうせざるを得なかった。

 なんせあの後も俺達の車両には誰1人として乗客は乗り込まず、相変わらず男性は眠っていた。言ってしまえば俺と嘉穂の2人っきりだったのだ。そんな中でキスの色欲を我慢するのは拷問以外の他ならない。

 脳内ではキスしてしまえと囁く悪魔と俺を止めようと必死に叫ぶ天使に挟まれていた。そんな状況で暇潰しのゲームも集中出来るわけがなく、ただひたすら素数を数えることに没頭するしかなかった。

「っていつまでもこの状態はまずいな」

 周りを見回してみると腫れ物を見るような視線が突き刺さっている。だが生憎なことに俺にM属性は備わっていない、ただただ苦痛なだけだ。

 財布を出して硬貨を投入、お茶とオレンジジュースを取り出し口から出すと逃げるようにーー実際逃げてるーーその場から立ち去った。

「嘉穂、どっちがいい?」

 平然と何もなかったように嘉穂のもとへ戻り、買ったばかりのお茶とオレンジジュースを見せる。

「いい、の?」

「当たり前でしょ、ほらどっちがいい?」

「じゃあ」

 そう言ってオレンジジュースを手に取った嘉穂、確かファミレスの時もカルピスとオレンジジュースをミックスさせてたし、オレンジジュース好きなのか?

「ごめんね、眠っちゃって」

「いいよいいよ。眠気には勝てないもんね」

 お茶を飲みながら笑みを作る。

「ホントに、ごめんなさい」

 ひたすら謝り続ける嘉穂に俺はどうしたものかと頭を抱える。せっかくのデートだというのにこれではお互い面白くない。

「待ち合わせも、私遅れちゃったし」

「もう、本当に気にしてないから」

 ねっ、と念を押すと、やっと納得してくれたのか嘉穂が優しく笑みを浮べながら頷いた。

「よし、じゃあ行こう。水族館はすぐそこだよ」

 嘉穂の手を取って歩き出す。水族館は最寄駅のここから歩いて約10分。携帯でホームページを開きながらここに行きたいとかイルカのショーは絶対に見に行こうと、まだ見ない水族館への思いを募らせる。

 そんな道中はとても短く感じ、本当に電車の時と同じ10分だったのかと疑問に思ってしまうほどだった。

 着いたと同時にチケット売り場に向かう。

「高校生2枚ください」

「高校生2枚ですね」

 そう言った受付の女性スタッフは何故かチケットを取り出すのではなく俺と嘉穂の顔を交互に見合わせている。

「失礼ですが……お2人は恋人同士ですか?」

「え……えぇまぁ」

 突然の質問に驚きを隠せないまま、俺は中途半端な返事を返してしまった。だがそんな俺に反してスタッフの女性はそうですか、とにこやかに笑いながらチケットではなくパネルを俺達からは見えないスペースから取り出した。

「実は一昨日から1週間、当水族館は日頃の感謝の意味を込めましてカップルデーというのを設けているんです」

 パネルにはカップルデーの説明が簡単に書き記されていた。

 1,対象はカップル、もしくは婚約から1年以内の新婚夫婦に限る。

 2,館内では常に受付で渡されるバッチを着けてもらい、可能な限り手を繋いでいるもしくは腕組みをしていてもらう。

 3,こちらのサービスを受けてもらったカップルは館内飲食店でのお支払と当日券を半額とする。

 4,イルカショーにおいて特別席をご利用いただける。

 5,万が一、上記2で記載した状態が維持されておらず、相応の理由がなければその場でバッチを回収させていただき、それ以降のサービスご利用をストップさせていただく。

 見る限りかなりお得なものだ。断る理由が見当たらない。

「どうする?」

 隣の嘉穂に尋ねる。

「私は、別にいいよ」

「そっか、それじゃあそのサービス受けさせてもらいます」

「はい、ありがとうございます。それでは」

 まだ何かあるのかと疑問を抱くと同時にスタッフが満面の笑みを浮べながら言葉を発する。

「恋人同士である証として、この場で彼氏さんから彼女さんへキスしていただけますか?」

「はぁ!?」

 今なんて言ったこの人、キスってあのキスだよな。Kissだよな、接吻だよな。魚の鱚でしたってオチじゃないよな。

「えっと、それって絶対ですか?」

「はい、してもらわなければこちらとしてもサービスを提供することが出来ませんので」

 oh……これは困った。俺は別に構わないんだけどーー

 チラリと嘉穂に視線を向けると、まるで最初から何も恐れていないかのように真っ直ぐ俺を見つめていた。尋ねずとも分かる。嘉穂は受け入れるつもりだ。

 俺としては嘉穂が受け入れてくれるのなら問題はない、それどころか理由はどうであれ嘉穂にキス出来るのだから是が非でも受けたい気分だ。

「これって、頬っぺたでもいいんですか?」

「構いませんよ。額でも唇でも、彼氏さんのキスしたい場所で」

 それを聞いてホッと胸を撫で下ろす。これで唇以外駄目だなんて言われたら残念だけどこのサービスを断わらなくちゃいけないところだった。

 じゃあ、と口にしてから嘉穂の頬にキスを落とす。周りから感嘆の声やら羨む声やら嫉妬の声が聞えたがそんなの一切無視だ。無視していないとこっちが恥ずかしすぎてどうにかなってしまう。

 嘉穂の頬に触れていた時間は1秒にも満たない僅かな時間だったのに関わらず、俺には果てしなく長い間キスをしていた感覚に襲われている。

「はい、ありがとうございました。こちらバッチとサービスについての説明が書かれた用紙になります」

 バッチと用紙を可能な限り早く相手が不快にならないよう受け取ると、1秒でもこの空間から逃れたいと心の底から思った俺は頬を熟れた林檎のように真っ赤に染めた嘉穂の手を引いて本日2度目となる逃走をした。

 バッチと用紙を受け取った際、俺にすら微かにしか聞こえなかったが受付スタッフがとても客に言う言葉とは思えないものを口走っていた。

「リア充爆発しろ。か」

 嘉穂にすら聞こえないほどの小さな声で呟く。

 どうやらこの水族館のスタッフ配分を担当している責任者はもう少しスタッフと深く関わった方がよさそうだ。そんなどうでもいいことを考えながら俺は嘉穂の手を握り締めて入館した。



「わぁ」

「凄い、な」

 入館早々に俺達を迎え入れたのは壁と天井がガラスで作られていて、まるで水槽の中にトンネルを作ったような回廊だ。全面を水で囲まれる非日常的な景観に年甲斐もなく興奮する。嘉穂も同じ気持ちなのか握る手には力が入っている。

 様々な魚が同じ水槽内で泳いでいる。自然界ではあり得ない人口的なものに魅力を感じるのは俺もまた人間であることの証明であるように思われた。

 上を見て右を見てすぐさま左を見る。目を休める時間すら与えない、最初にこの水槽を置いたのはこの先への期待感を募らせる為かもしれない、そう1人思う。

 たかが数Mの回廊をゆっくりとした足取りで通り過ぎると次に待っていたのはこの水族館の1番の売りである巨大水槽だ。

 縦35M,横23M,深さ8M,水量6800t、日本でも五指に入る巨大水槽はまさに圧巻の一言に尽きる。

 テレビで見るよりも直に訴えつける圧迫感、それを感じさせつつも華麗さを備えた巨大水槽。息を飲むとか言葉が出ないというのはこのことなのかと身を持って味わう。

 だが、この大水槽の魅力はただ大きいだけではない、大きさに引けをとらないインパクトを持つのは水槽の中央で渦を巻くように泳いでいるイワシの群集だ。

 数多のイワシが小さな体を集わせ、誰もが決して群れから孤立しようなどとは考えず乱舞している様に俺は自然と視線を集めさせられ見入ってしまう。

「綺麗」

 嘉穂がそう言葉を漏らしたのも納得だ。イワシの持つ銀色の鱗が上から照り付けているライトに反射してキラキラと、まるでダイヤモンドを覗き込んでいるような錯覚に陥る。

 嘉穂の方が綺麗だよ。

 そう一瞬口にしてしまいそうになったが、喉まで出かかっていた言葉を強引に呑み込む。今はそんな言葉を言う雰囲気ではないし、何より少しでも長く嘉穂とこの光景を共にしたい、そんな気持ちが心から溢れていたからだ。

「もうちょっと見てる?」

 お互い無言で大水槽を見つめ続けていた。別にそれが嫌だったわけではない、だがいつまでもこうしているのもデートとしてどうなんだと、ふとそう思っての言葉だ。

「ううん、もう穴が開くくらい見たから、いい」

 そう言いつつも嘉穂の視線は相変わらず大水槽に釘付けとなっている。

「また最後に見に来よう」

「うんっ」

 その一言で嘉穂の瞳は大水槽から離れて俺へと移る。大水槽に向いていた漆黒の瞳が俺へと注がれる。それだけで俺の心臓はより一層血液を身体中に送り出す力を強くした。

 2人でどこに行こうかと話し合った結果、お互いお昼ご飯がまだだということが判明したので、順路から外れて館内に作られているフードコートへ向かうことにした。

 流石水族館と言うべきか、展開している店は海産物をメニューの主戦力にしているのがほとんどだ。バーガー店なら一押しはフィッシュバーガー、ラーメン店なら海鮮出汁のラーメンをメニューの1番上に、と各店手法は違えど似たり寄ったりだ。

「何食べようか」

「要くんは何が、いい?」

「俺は何でもいいよ。嘉穂に任せる」

 じゃあ、と嘉穂は視線をあちらこちらに飛ばして何を食べようかと考え始める。そして結果的に選んだのは無難も無難バーガー店を選んだ。

「いらっしゃませ~」

 見事な営業スマイルに迎えられ、何にしようかと上のメニュー写真を眺めながら2人で考える。

「俺はフィッシュバーガーセットで」

 店の一押しメニューなら外れではないだろうし、正直どれでもよかったのでそれにした。嘉穂はまだ悩んでいるのかメニューの写真を食い入るように見ている。

「決まりそう?」

 後ろに数人だが並んで短い列が出来ている。もしもまだ決まらないのであればずれておこうと思って声を掛ける。

「ううん、大丈夫。カニクリームコロッケバーガーセット、ください」

 丁度決まったのか、はたまた急いで決めたのかは定かではないが嘉穂もメニューを告げる。

 なんでも出来立てを提供するのがこの店のモットーらしく、番号札を渡された俺と嘉穂は空いていた2人用の席で待つことになった。

「えっと」

 本来ならば向かい合せの席なのだが、嘉穂はこれが当たり前でしょ。と言いたげな顔で俺の向かいにあった椅子を隣まで持ってきて、ちょこんと可愛らしく座って俺の手を握った。

 言わなくても分かっているだろうが、周りの珍しいものを見るような視線が俺達に集まっている。普通に考えて物を食べる際は手を離すものであって、ラブラブな新婚夫婦だろうがその日から付き合いだしたカップルだろうがここまでして手を繋ぐことはまずないだろう。

「か、嘉穂。いくらなんでもここまでしなくても」

「駄目。ルール、だから」

「い、いやでーー」

「ルールだから」

「…………」

 嘉穂さんは意外と自分の意見を曲げないタイプらしい。俺の中にある嘉穂絶対攻略本に書き足しておかなければならない。

 何かを訴えるように俺に視線を向け続ける嘉穂、残念なことに俺はエスパーではないので読心術が使えない、どうしたのかと嘉穂に尋ねる。

「要くんは、私と手を繋ぐの、嫌?」

「そんなことないけど、どうして?」

「だって」

 嘉穂はそう口にして俯いてしまう。

 嘉穂が何を訴えたいのかぐらいは俺にだって分かる。実際俺自身今すぐ嘉穂を抱き締めてやりたいしそれ以上のこともしたいと思っている。

 だけどそれはあくまで2人っきりの時に、誰にも邪魔されない状況での話であって、公共の場所では出来るだけイチャイチャするのは控えたいのだ。

「お待たせしました」

 重い空気のまま沈黙していると、店員が注文したメニューを運んできた。

「ごゆっくりどうぞ」

 店員が丁寧に頭を下げて去っていく。嘉穂は俯いたままだ。

 目の前には出来立てをアピールするようにポテトが冷房のきいている室内で湯気を放っている。

 俺はおもむろにポテトを指で摘まみ、息を吹き掛けてポテトを冷ます。

「嘉穂」

 俺が名前を呼ぶと嘉穂はゆっくりと下に向けていた顔を上げて俺の方を向いてくれた。

「はい、あ~ん」

 俺は冷ましたポテトを嘉穂に向ける。嘉穂は驚きの表情を貼り付けたまま固まってしまっている。

「嘉穂と手を繋ぐのが嫌なわけないよ。こうやってあ~んをしたり、腕を組んだり、もっと色んなことを俺は嘉穂としたいと思ってる」

 ポカンとした顔で嘉穂は俺を見つめている。その表情から得られる情報はただただ驚いて何も言葉がないということだけだ。

「ほら、ポテト食べないの?」

 クイッと口元に持っていくと、嘉穂の小さくて可愛らしい口がゆっくりと開かれ、ポテトを食べた。

「美味しい?」

「うん」

 すぐさま口を開いておかわりの催促。こうしているとヒナに餌を与えている親鳥の気分になったようで笑いを堪えるのが辛い。

「はい、どうぞ」

 さっきと同じようにポテトを冷ましてから嘉穂の口に近付ける。やり始めて気付いたがこれをいつまで続ければいいんーー

「はむ」

「どぅぉ!?」

 突如訪れた指先の感覚に俺は生きてきた中で最も変で情けないであろう声を上げてしまった。

 温かくやたらと湿っぽい、そして何より指先に形容し難い柔らかな感触が……

「ちょ、嘉穂、俺の指はポテトじゃないんですけど!?」

 俺の指は嘉穂に食べられていた。嘉穂の口に俺の指が入っている光景は、普段なら興奮ぐらいしそうなものなのに今は驚きのせいで興奮の「こ」の字も感じなかった。

 十分に堪能したのか嘉穂が俺の指から口を離し、いやに妖艶な表情を浮かべている。その表情を見て初めて俺は興奮と羞恥を感じた。

「仕返し」

「心臓に悪いよ」

 鼓動が全力疾走したように強く打っている。だけどそれが嫌なのかと言われると答えはNoだ。

 付き合いたての今だからこそ味わえる甘酸っぱい幸せなのだ。嫌なわけがない。

 とにもかくにも、嘉穂の機嫌は直ってくれたようなのでよしとしーー

「あ~ん」

「え」

「あ~ん」

 待て待て待て、これはもしかしてまた食べさせろってことなのか?

「要くんはわたーー」

「はいあ~ん!」

「はむっ」

「oh……」

 結局、嘉穂がポテトを食べる時は全て俺があ~んをしてやり、周りから入館時をも超える視線をいただいて俺達の食事は進んでいった。

 せつかく買ったフィッシュバーガーセットは残念なことに恥ずかしさやらで味わうことなく胃の中に押し込む結果となってしまった。



「今日は、楽しかった」

「そう、ならよかった」

 夕日を背中に感じる帰り途中、もう少し一緒にいたいという嘉穂のご要望で俺達は1駅前で降りて人通りが若干少ない住宅街を歩いている。

「俺も凄く楽しかったよ」

 食事の後、イルカショーの時間が迫り慌ててショー会場に駆け込み、カップルサービスの席に座ったはいいけど俺達以外に座ってるカップルがいなくて更に恥ずかしい思いをし、挙句の果てには俺だけがずぶ濡れになったりと、まぁ色々大変な思いはしたけど一緒にお土産を買ったりと楽しいこともたくさんあったのは事実だ。

「今度はどこ行こうか」

「遊園地」

「うん、じゃあ次は遊園地だね」

 手を繋いでいない左手で嘉穂の頭を撫でる。そうすると自然に俺は嘉穂と向かい合う形になる。

 潤んだ瞳、顔に滲み出ている若干の期待と緊張、きっと顔が赤いのは夕日のせいだけではないだろう。

 お互いの心が繋がっているかのように同じタイミングで手を離し、俺はは両手を嘉穂の肩に置く。

 ゆっくりと俺と嘉穂の顔の距離が狭くなり、途中で嘉穂は目を閉じる。やっぱり可愛い、そして俺は嘉穂が好きだ。その気持ちを伝えようとーー

「ん……」

 優しくキスを落とした。

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