プレイ前に…
日付は変わって7月24日。制服に身を包んだ俺は何時ものエナメルバッグではなく小さなポーチを肩に掛けて登校している。今日は皆が待ちに待った終業式。授業もなくて昼までには終わるため持ち物は筆記用具くらいなので俺のように何時もとは違う鞄の生徒が多く見られる。
無事に登校し終わると早速終業式が始まる。本当は校庭で行うはずだったのだが、気温が29℃にまで上昇したので各教室への放送終業式に変更になったそうだ。
終業式恒例の校長先生の長~い話には今日も今日とて需要などない。ただでさえ聞く人がいないと言うのに今日は先生の目がそこまで光っていないのだ。周りを見まわすと夜更かしでもしたのか寝ている生徒が多数見受けられる。
俺も寝たいところなのだが学校での態度が悪かったりすると懇談の時に先生が報告して親にゲーム禁止なんて言われかねない。ゲームが出来ないなんて俺にとってそれ即ち死刑宣告だ。その為俺の学校での態度は先生も太鼓判を押すほどの優等生っぷりだ。だが見た目が優等生だとしても中身までではない。校長の話に興味はねぇしテストだって欠点さえ取らなければいいと思ってる。まぁ点数はそこそこ取ってるし先生受けもいいから皆は俺を委員長って感じで見てるけど……
校長の話が終わったら今度は生徒指導部からの夏休み期間の生活について、続いて保険委員からの注意、最後に今学期賞を取った部活や個人への受賞。これをもって終業式は終了だ。
「よ~し今から大掃除を始めるぞ。掃除の担当は各自くじ引きで行うから怨むなら自分を怨めよ」
我先にとくじを引きに行くやつ、最後まで待ってから行くやつとここらへんで人の性格が露わになるものだ。俺はどちらかと言えば最後の方に行く派だ。基本的に人混みが嫌いなんだから当然といえば当然だ。
適度に人がバラけたので俺もくじを引く。4番とはなんとも縁起が悪い。
「皆引いたな~」
担当はそう言うと黒板に仕事の名前を書いてその隣に番号も書き始める。皆自分が当たらないように祈りながら目を皿にして黒板に食い入っている。
「ほいほいほいっと」
軽快に数字を書き連ねる担当。何故だろう胸騒ぎがする。
「最後はやっぱこいつだよな」
最後の担当ゴミ捨てに選ばれた番号は32と……4。
「当たったやつはサッサと諦めて仕事にかかれ~」
ブーイングを散らす者にガッツポーズで当たらなかったことを喜ぶ者。まぁ比較的楽な仕事だったので文句は特にない。気になると言えば担任が言った最後はこいつだよなって言葉くらいだけど、どうせ好きな数字が4ってだけだろう。
掃除が終わるまでは正直暇だ。そこで俺は学校の中でも1番のお気に入りの場所で時間を潰すことにした。他のクラスの生徒の間を糸を縫うようにすり抜けながら階段を降りて1階へ、そして昇降口を通り過ぎて校舎の1番端にある部屋にノックもせずに扉を開ける。
「ヤッホー」
「あら、いらっしゃい要くん」
迎え出てくれたのは養護教諭のいわゆる保健の先生である橘先生。年齢は28と学校内でも若く、グラマーなスタイルから学校中の男子に大人気の先生だ。
何故保健室がお気に入りの場所なのか、それは橘先生が生粋のゲーマーだからだ。
以前俺が怪我をして保健室を訪れた時のこと。消毒液の染み込んだ綿球を傷にチョンチョンと当てていた時に橘先生が「はぁ、こんな傷ホイミさえ使えたら一発なのにね」と口からこぼしたからだ。そこで俺達は意気投合。それ以来暇がある度にゲーム談話に華を咲かせに来るようになったのだ。まぁ…引き換えに男子の評価が大暴落してしまったが些細な問題である。
「どうしたの? 今は大掃除のはずでしょ?」
缶コーヒーを手渡しながら尋ねる橘先生。
「担当がゴミ捨てになって暇なんですよ。だからここに」
プルタブを開けて1口、微糖なのか少し苦いがそれがいい。
「なるほどね。それで? どんないいことがあったのかしら?」
椅子に座って足を組む橘先生。短いスカートから露出しているムチムチの太腿がいやらしく見えてしかたない、ごちそうさまです。
「え~何のことですかぁ~?」
「とぼけないの、あなたの顔入室してから緩みっぱなしよ?」
ニヤニヤと微笑む橘先生。どうやら同じゲーマー同士隠し事は通用しそうにない。
「実はですね~」
誰かに話したくてしかたなかった俺はここぞとばかりにShvel Kaiserの魅力を話まくる。最初は俺の勢いに軽く引いていた橘先生だったけど話を聞いている内にゲーマーの血が騒いできたのか椅子から腰を浮かせて食らい付いてきた。
「どうですか、これがヘブラトク社の本気ですよ」
「それは……素晴らしいわね」
ドヤ顔の俺に橘先生は目をキラキラと輝かせている。てか橘先生は気付いてるかどうか知らないけど食らい付き過ぎて距離が近いのね! これ後ろからトンッて押されたらキス出来る距離だぞ!?
興奮覚め止まぬ中、橘先生はゆっくりと椅子に座り直した。ちょっと残念って思っちゃうのはしかたないよね……俺だって男の子だもん。
「Shvel Kaiserだったかしら……それって今度はいつ一般販売されるのかしら?」
買う気満々の橘先生はポケットからスマホを取り出してヘブラトク社のホームページを覗き始めた。俺も何か情報がUPされていないか気になったので後ろから覗き込む。だが前回のUP以降何も変化はないようで、最新の更新を綺麗に整えられた指先でタッチした。
「……これはゲーマーとしてほっておけないのは納得ね」
「でしょ?」
俺が得意気に言ったその時保健室のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアが開けられて現れたのは同じクラスの……
「不知火さん、どうしたの?」
不知火 嘉穂。小柄な体系と誰とも深い関わりを持たないクールな雰囲気から男女問わず猫っぽいと言われている。
「城沢くん……仕事、だよ」
ふと時計を確認すると既に保健室に来てから20分も経ってしまっている。好きなことになると羽目が外れてしまうのは人間誰しもそうだろうと好都合な解釈をする。
「了解。じゃあ橘先生失礼しますね。コーヒーごちそうさまでした」
手を振りながら橘先生は俺と不知火さんを送り出す。こんなところ男子に見られたら俺の存在がサンドバッグになるのは目に見えている。
「ごめんねわざわざ呼びに来てもらっちゃって」
「ううん……大丈夫」
こちらを見ずに返事をする相変わらずクールな不知火さん。隣に立つと彼女の小柄さよく分かる。頭のてっぺんが俺の肩ぐらいまでしかない。
ショートに整えられた髪が首をくすぐるように揺れている。
教室に戻ると大きなゴミ袋が3つあり、内1つはプラスチックのゴミが入っているようだ。不知火さんは小柄だし何より女の子だ。女の子に重いものを持たせるなんて男が廃るってもんじゃねぇか。プラスチックの入った袋を不知火さんに手渡し、俺は両手に重い普通ゴミの袋を1つずつ持つ。だがこれが予想以上に重く、利き手ではない左腕が早速悲鳴を上げていた。
「大丈夫?」
心配そうに尋ねてくれる不知火さんに大丈夫アピールをしようと袋をグイっと持ち上げようと試みるも左腕にそんな力はなく、持ち上げるどころか床に落としてしまった。
「あ、あははは」
「全然大丈夫じゃ、ない」
「ほ、本当に大丈夫だって。ゴミ捨て場まではそんなに距離もないし」
「……駄目」
何故か不知火さんの言葉には重みがある。普段無口だからだろうか?
「でもゴミ袋は3つあるし手伝うのは無理だよ」
改めて持ち直し丁寧に不知火さんの好意を断った。はずなのに……
「こうすればいい」
「えっ?」
突然重ねられた不知火さんの小さな手。小さいのに熱いくらいで……いや違うな、熱くなってるのは俺の手だ。
「……ね?」
上目遣い+首を傾げる不知火さんはとても可愛らしくてとてもじゃないけど断るには俺の心は未熟過ぎた。
結局そのままゴミ捨て場に向かうことになってしまい、廊下をすれ違う生徒全員に嫉妬やら好奇な目や冷やかすような視線に晒される羽目になった。だがそれ以上に不知火さんの手に触れているのが嬉しかった俺にとってダメージはさほどない。
まさかのドキドキイベントを無事終えた俺は教室に戻ると同時にクラスメイトに囲まれる。不知火さんに群がらないのは無口な彼女より俺の方がポロリと真実をこぼてくれるだろうと踏んでのことだろう。
だが俺に皆が求めているような情報は持ち合わせていない。その証拠に俺と不知火さんは学校でも、ましてプライベートでも接触している事実などほとんどないのだ。それを皆分かっているので俺が何もないよと言うと蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの席に戻っていった。
先生が戻ってきて本日最大のイベントである通知表返却が始まる。思ったよりいい成績に喜ぶ生徒、その逆で悲鳴を上げる生徒、十人十色の反応があって中々見ていて面白い。因みに不知火さんはやはりクールに受け取り、リアクションをとらず鞄の中にしまった。俺は全体的に中の上の成績でこれなら誰にもとやかく言われないと安堵の溜息をこぼしす。
後は終わりのHRを残すのみだが我がクラスの担任は面倒臭がりなので「青春を謳歌しろ若者達よ!」と一言残して教室を去っていった。セリフだけならカッコいいのだがいかんせん容姿がよろしいとは言いがたい担任なので効果は半減だ。
早速夏休みの予定を話し合う生徒にこれから部活だと勢いよく教室を飛び出す者。これもまた十人十色だ。俺はと言えばもちろんこのまま直帰して21時までに終わらせられる宿題をしてゲームに打ち込む予定である。しかしそんな俺の前に立ちはだかる壁が現れた。
「城沢くん、ちょっといいかな?」
壁……には訂正を入れておこう。サイズ的に壁より塀の方がしっくりくる身長を持つ不知火さんが俺の進行方向に立っていた。
「な、何ざんしょ?」
やばい、さっきのがあるから皆の視線が凄く痛い。見ずともニヤニヤしているのがありありと想像出来る。視線に耐えられそうにない俺はどこでもいいので場所を変えようと不知火さんの背中を押して教室を脱兎のごとく出ていった。
「ここなら大丈夫だろ」
で、非難場所に選んだのはつい30分前に立ち寄った保健室。お昼前、この時間帯は橘先生が理由は知らないが出払っている。万が一の為に鍵は掛かっていないので難なく中に入ることが出来た。
「えっと、それでどんな用かな?」
ここまで勝手に連れてきておいてそんな言葉はないだろうとは重々承知なのだが何分俺は家にShvel Kaiserが待っているので落ち着いてられないのだ。
「うん……」
と、この言葉を機に不知火さんは約5分間俯き黙り込んでしまう。呼び出された手前どうしたのと尋ねても文句は言われないだろうが、不知火さんにはどうもそれを許さない雰囲気が漂っていて俺も言葉を待つしかない。
「その、ね……」
再び紡がれた不知火さんの声には緊張感が含まれているように聞こえて俺まで緊張してしまう。
うん、と返事をしようとした瞬間不知火さんは下に下げていた視線をグワッと前に戻し俺との距離を詰めた。
赤く染まっている頬、少し荒い息遣い。これじゃあまるで……
「好き、なの」
「告白みてぇじゃーーえっ?」
つい聞き返してしまった。聞き間違いでなければ、もしかして告白された?
不知火さんに尋ねようにも不知火さんの潤んだ瞳がそれを許さない。瞳は潤んでいるだけではない、不安と恐怖、そして若干の期待の感情が読み取れる。
「あの、その」
この世に生を授かり10と7年。初めての告白に俺はどうしたらいいのか反応出来ずにいる。くそぉ! 何でギャルゲは突然告白ルートが少ないんだ!
なんてギャルゲを怨んでも今の状況を打破出来ないのは目に見えてるので早々に諦める。そして大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「あ~俺のこと、好きなの?」
をい、何聞き返してるんだ俺のヘタレ!
ビクッと電気ショックでも受けたように不知火さんの身体が反応する。そしてゆっくりと不知火さんは首を縦に振った。これでもう俺に逃げ道は存在しなくなった。
「その、俺なんかでいいの?」
「……城沢くんじゃ、ないと駄目」
「うっ……」
そこまでストレートに言われて断れる男子なんているのだろうか、いるのなら今直ぐ精神科に行くことをお奨めしたい。
「……いいよ」
「えっ」
見開かれる不知火さんの目。漆黒のその瞳に吸い込まれてしまうのではと錯覚しそうになる。
もう1度言ってほしい。そんな不知火さんの心の声が聞こえたような気がして、俺はもう1度嘘偽りのない本心を不知火さんに伝える。
「俺も不知火さんが好きだよ。だから、俺の彼女になってください」
恋は突然訪れるなんてよく聞くけどあれは事実だ。この前までクラスの女の子の1人に過ぎなかった不知火さんがこうも愛おしく感じられるのだから。彼女への思いが溢れてきて俺はたまらず不知火さんを抱き寄せた。
「あっ……」
無意識に漏れる不知火さんの声、華奢な身体なのに感じられる温もりと柔らかさ。ほのかに香る匂い。そのどれもが俺の興奮を上昇させる。
「好きだよ」
耳元で囁くと不知火さんの腕が背中に回る。それが嬉しくて俺はまた強く不知火さんを抱き締める。そしてどちらともなく抱擁を解いて視線をぶつける。
すると不知火さんは瞳を閉じて唇を尖らせる。キスの要求。どうやら考えている事は同じようだ。
不知火さんのキス顔が可愛くて頭を撫でる。そして俺も目を閉じてゆっくり顔を近付ける。目を開けずとも温もりで不知火さんとの距離を感じられる近さまで接近、これで俺の初キスが奪わーー
「外はやっぱり熱いわね~」
「ーーッ!」
「……あら~?」
何でこのタイミングで帰ってくんだよ橘先生! バッチリ見られてるよな! うわぁ身体中から油脂が大量に混ざったやたら粘着質のある汗が大量に流れてるよ!
「ごゆっくりどうぞ~」
静かに閉められたドアの音がやたらと大きく聞こえ、何とも言えない淀んだ重苦しい雰囲気が保健室に充満する。
「……ねぇ、キスはまだ?」
こんな状況でもブレない不知火さんだった。
結局キスはせずに一緒に帰ることにした俺と不知火さん。 だがどうもキスしてくれなかったのが気に入らないのか学校を出てから不知火さんはずっと不機嫌なままだ。でも手はしっかりと恋人繋ぎをしているので嫌われていないとは分かっているので一安心。
「もう機嫌直してくれよ」
「ふん、だ」
ソッポを向いてしまう不知火さん。これではらちが明かないので本当は恥ずかしくて言いたいないが俺は口を開いて言葉を紡ぐ。
「その、キスはちゃんと思い出として残したいから……もっと雰囲気がある時にしたいんだよ」
言ってからとてつもなく恥ずかしくなる。だがいい加減恋人になれたのだから拗ねられてるのも嫌なので後悔はない。
「……ホント?」
「あぁ、本当だよ」
不知火さんに見つめられて今度は俺がソッポを向いてしまう。あ~顔が熱い!
「じゃあ、許してあげる」
恥ずかしさの甲斐あって不知火さんは機嫌を取り戻してくれた。その証拠に握られていた手は離れ、代わりに腕を強く抱きかかえられている。
不知火さんは電車通学だそうで、駅でお別れとなる。本当はこの後ファミレスにでも行って話したいと思っていたのだが生憎とこの後用事があるそうで断られてしまった。
「あのね、城沢くん」
駅に到着すると同時に不知火さんは何故か申し訳なさそうに口を開いた。
「私、普段はあまり時間がないの……だからしょっちゅう、連絡取り合ったりとか出来なくて」
「あぁ、そうなんだ」
ショックな発言ではあるが申し訳ないことに心の中で少し喜んでしまっている自分がいた。
告白されるまで夏休みはゲーム三昧と気分を完全に切り替えてしまっていたのでどうしようかと悩んでいたところだったのだ。
「でも、出来るだけ時間、作るから」
「ありがとう。でも自分の時間も確保ないと駄目だよ?」
「うん……分かった」
お互いの連絡先を交換したところで不知火さんが乗る電車の到着アナウンスが小さく聞こえた。
「それじゃあバイバイ、気を付けてね嘉穂」
「ーーッ、うん……要くんも気を付けて」
俺の囁かなサプライズにクールな嘉穂が少し驚いていた。小さく手を振ってから嘉穂は急いでホームへと姿を消していく。
「はぁ」
全てが初めてのことなだけあって心臓がずっとフル稼働している。
溜息を吐くと幸せが逃げる? バカ言え、これは溢れた幸せを皆にお裾分けしてるんだよ。
新しくアドレス帳に登録された嘉穂の名前を見てついニヤけてしまう。今までにない軽い足取りで俺は自らの家に足を向けた。
「ただいま~」
家の扉を開けるも返事は帰ってこない。俺は靴を脱いで着替えを済ませずに我が家に唯一ある和室の襖を開ける。
「……ただいま母さん」
俺は母さんの遺影写真に向かって帰宅の報告をする。
母さんは俺が小学校2年生の時に事故で亡くなってしまった。幼かった俺は毎日毎日泣き明かす日々を送っていた。だけど何時までもそのままだと天国で母さんが落ち着いてくれないと思い、2週間が経った頃から涙を流さぬよう努めた。
それ以来毎日の挨拶とその日の出来事を母さんに話すのが日課になっている。母さんが亡くなってもう10年になる。心に負った傷は完治どではいかないが、もうほとんど治っている。流石に母さんの命日は気分がどんよりしてしまうが、言ってみればそれ以外は大丈夫なほどにまで回復している。
線香をあげ、手を合わせて黙礼。そして今日の報告を始める。
「母さん、とうとう俺にも彼女が出来たよ」
やはり最初の話題は自然とこれから始まった。
「突然告白されちゃってちょっと困ったんだけど、俺が好きだって気持ちが伝わってきたんだ。それに滅茶苦茶可愛いんだよ母さんも会ったらきっと気に入るよ」
多分ここまで喜びながら母さんに話すのは初めてだ。それほど嘉穂と付き合えたのが嬉しいんだと気付かされる。
今日の報告は随分と長くなってしまった。でも母さんも喜んで聞いてくれている。そんな確信めいたものを俺は感じていた。
母さんへの報告を終えた俺は制服を洗濯籠に押し込んで自室で着替えを済ませる。それと同時に携帯がメールの着信を知らせた。
「おっ、嘉穂からだ」
初メールに心が弾むあたり自分の恋愛経験の無さを痛感させられる。
『無事に帰ったよ〜今日は3時までしか連絡出来ないけどそっちは大丈夫かな?』
直接話している時とはまた違った文脈で思わず笑みがこぼれてしまう。
『無事に着いてよかった。俺は暇してるから全然大丈夫だよ』
送信してから直ぐに返信がくる。離れていても嘉穂と繋がっていると感じられてたった2,3分の返信を待つ時間がとても長く感じる。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。時計の針が15時に差し掛かろうとすると嘉穂から終わりのメールが届く。
『それじゃあ今日はここまでだね……自分勝手でごめんね。多分次に時間を作れるのは明日のお昼だと思うから。じゃあバイバイ要くん。大好きだよ』
俺も大好きだと最後に書いてメールを送信。その後携帯が着信を知らせることはなくなり、充電器を挿して遅めの昼食を作りにキッチンに向かう。
母さんがいないので家事は俺と父さんが2日交代で行っている。今日の当番は父さんなので昼食を食べ終えると万全な体調でゲームに臨みたいので19時まで仮眠をとるためアラームをセットしてベッドへ横たわる。
この日の為に少しずつズラしていた体内時計がタイミングよく眠気を誘ってくれる。意識を失う寸前、横目で昨夜セットしたShvel Kaiserをチラ見し、俺は眠りに就いた。