対のギロチン
船頭が町長に門を開くよう頼みに行ってくれてからそろそろ10分が経とうとしている。俺達はその間ずっと未知の相手がどんな姿をしているかどうかを議論しあっている。
「絶対にイカさんです」
「い~や、絶対海龍だ」
訂正。ノイとリックが言い争っている。
「大体イカなんて陸上じゃ動けないじゃないか」
「そんなの海龍も同じじゃないですか」
「いや、あいつは地面を這いずるように動いてる。間違いない」
どっちもありそうでギリギリなさそう。そんな中身のない議論に終わりの3文字は果てしなく遠いものに感じられる。
「こっちはこっちで話を進めようか」
「そうですね」
てな訳でうるさい2人は放置してこっちで正真正銘の議論を開始する。
「カナコさんは何か思い付きますか?」
「ん~」
正直ありすぎて困っている。数多のゲームをこなしていると自然と多くの敵を見ることになる。半魚人だったり宙を浮いてる魚だったり、本当に様々なだけに選ぶに選べない。
「トウコはどう?」
「私か?」
俺とアリスの自然が集まる中、トウコはお盆から水をこぼすように澱みの欠片も見せない様子で言葉を発する。
「カニ……じゃないか?」
「カニ、ですか?」
「あぁ、カニなら水中も陸上も移動可能だし、何より両手のハサミは十分な武器になる。その上身体は硬い甲羅で覆われているのだから私がゲームを作る側の人間だったら間違いなく利用すると思ったんだ」
率直ながら完璧な推理だと思う。攻守共に優れていて水陸両用、これはほぼ間違いないだろう。
「仮にボスがカニの姿をしているとなると、正直厄介ね」
「どうして?」
「硬い甲羅に覆われてるってことは、基本斬撃や突きは大したダメージを与えられない、それに加え何らかの雷系魔法の対処法は考えられてると思うの」
「確かに」
「1番有効なのは甲羅を割れる打撃なんだけど、うちにはその条件を満たしているのはリックだけ、どうしても攻撃の手数が足りないの」
もちろんリックをフル活用するのも手だけど、そうすると相手がリックにだけタゲを捉え続ける可能性は大いにある。そう言った危険性は出来るだけ回避するに越したことはない。
「今更ジョブチェンジするわけにもいかないし、かと言ってリックから予備のハンマーを借りるにしても筋力値が足りなくて上手く扱えないのは目に見えてる」
「中々、辛い戦いになりそうだな」
「はふぅ」
既に戦闘前から意気消沈な俺達3に比べてーー
「イカさんイカさんイカさん!」
「海龍海龍海龍!」
あっちはずっとバカやってるし、誰か止めてくれよ。
「お~い!」
と、ここに正に助け舟が現れる。船頭がこちらに大きく手を振りながら自慢の船で水を切って颯爽と近付いてきた。
「どうでしたか?」
「二つ返事でOKだ。それどころかこちらから正式にお願いするってさ」
そう言って船頭が依頼の紙であろう物を胸から取り出す。それと同時にウィンドウが出現した。内容はご丁寧にボスへ挑みますかと《Yes》《No》ボタンがあった。
「ほら、会議はお終い。皆集まって」
ピーチクパーチクうるさいノイとリックも集めてウィンドウに視線を戻す。
「白黒はっきりさせてやります」
「こっちのセリフだ。違ってた方は相手にスイーツ奢りだからな」
こんな時にまでスイーツとは、こいつらの頭の中では多分蟻が巨大な巣を作っているんだ。うん、間違いない。
また議論が始まる前に俺は《Yes》ボタンを押して未然にそれを阻止する。
「よっしゃ、そんじゃ船に乗ってくれ門の前まで案内するぜ」
言われるまま船に乗り込み再び波に揺られ始める。
皆ボス戦を前に集中しているのか自然と口数は少なくなっている。かく言う俺はと言うとボス戦とは違ったことを考えていた。
1番最初に戦ったボスはブラッディミノタウロス、次はジムフットで戦った翼の折れたドラゴン、そして今回のボス。俺が、と言うかSurvivors Warが運営を始めてからまだ10日ほどしか経っていない、なのにボスとの戦闘はこれで3回目となる。
普通のゲームならこれくらいの数なんてことはない、やろうと思えば1日でストーリーを終わらせることだって可能だ。だがこのSurvivors Warは自らがゲームの中に入るという今までにないゲーム、どれだけの時間を要するのかは未知数だ。
これがヘブラトク社が予想していた本来通りのスピードなのか、それを俺が知るのは不可能だ。
だがプレイヤーとして言えることは何点かある。例えばこのゲームはボスとの戦闘間隔に比べてレベリングする機会が少ないということだ。
ボスにせよMobにせよしっかりと弱点攻撃をすれば大ダメージを与えられるしMobに関してならワンパンも可能だ。だけど相手から受けるダメージに関してはどうしてもステータス的要素が必要になる。防御力だったり固定ダメージを耐えるためのHP数値、こればかりはこちらからどうこう出来る問題ではないのだ。
地道なレベリング、その末のボス攻略。これこそがゲームで1番の楽しみなのに、Survivors Warではそれがやや不足がちだ。もちろんかつてない、自身がプレイヤーになれることによってその考えは軽視されているものの、決して手を抜いてはいけないポイントだ。
そしてこれが1番のクレーム、ではないが不可解な点なのだが、ヘブラトク社にしてはこのゲームは簡単すぎるという点だ。
ヘブラトク社製RPGゲームの売りはゲームなのに深すぎる専門知識の必要性、そして理不尽の塊と言っても過言ではないモンスターの強さにあると俺は思っている。硬すぎる防御力、削れないHP、そして少しタイミングをミスれば連続攻撃により手の打ちようがなくなる強制ゲームオーバーへの片道切符。
それでこそヘブラトク社でありヘブラトク社最大のアイデンティティなのだ。
それをSurvivors Warは失ってしまっている。これまでの作品とは打って変わって平凡なRPG、製作者が総入れ替わりしたのだと言われても納得してしまうほとにだ。
そしてついでと言っては何なのだが、俺のアバターのバグ。
かつて俺の知る限りではヘブラトク社のゲームにバグ要素があったなどと言う話は噂ですら聞いたことがない。なのに謎に包まれた俺のバグ、しかも今のところプレイヤーにとってマイナスな点が1つも出ていない。謎が謎を生み出し、混沌のように謎が入り混じったSurvivors Warというゲーム。まぁこの程度で俺のヘブラトク社スピリッツがどうこうなるとは思えないのだが引っ掛かるものは引っ掛かってしまう。奥歯にゴボウの繊維が詰まったかのような違和感を拭い去ることは出来そうにない。
「カナコさん!」
「えっ」
ノイの高いアルト声に呼ばれて我に返ると皆船から降りて、未だ船に腰をおろしたままの俺を心配そうにみつめている。
「あ、あぁごめん、ちょっと考えごとしてたから」
「もぉ、しっかりしてくださいよ?」
差し出されたノイの手を握って船を降りる。
考えるのは自分1人の時でも十分に時間は足りる。今は目の前のボス戦に集中しよう。そう気持ちを切り替える意味も込めて自分の頬を両手で挟むように軽く叩いた。
「俺はここでまってるから勝ったにせよ撤退したにせよ戻って来いよ?」
「えぇ、ありがとう船頭さん」
船頭にお礼を言って、俺達はビルの三階建分くらいはありそうな巨大な門を見上げる。よく見ると何枚もの正方形のパーツーーパーツと言っても四方数Mもある大きなものーーが組み合わさって出来ている。ところどころ新しいのか色が変わっている部分は恐らくモンスターによって破壊されたのを修復した痕なのだろう。
「下の扉を開けたら向こうは命の保証はねぇからな」
「下の扉?」
あまりの大きさに上ばかりに視線が向いていたが、普通に前を見ると人サイズの扉が備え付けられている。
まぁ普通に考えて一々この門を開けるわけがないよな。
「気ぃ付けてな」
しつこいくらいに俺達を心配してくれる船頭にサムズアップで応え、モンスターがはびこるフィールドへ俺達は足を踏み入れる。
町へ入る時はよく人が通るからか木々が伐採されて道が作られていたのだが、こちら側は自然のまま何も、手を付けられている痕跡すら見えないほど鬱蒼と草木が茂っている。
人が通る道どころか獣道すら存在しない、道に迷ってしまったら帰ってくるのに苦労しそうなので、ポーチからリンクストーンを取り出して門を出た直後のところに設置する。
「カナコちゃん、ボスの居場所って見当が付いてるの?」
アリスに尋ねられる。
「ううん、全くこれっぽっちも」
俺の言葉にアリスは開いた口が塞がらないと本当に口をあんぐりと開けている。思わず拳を入れてみたい衝動に狩られたが何とか踏み止まった。
「まぁどこにいるのかは分からないけど、どこらへんにいるのかぐらいは分かるよ?」
明確な場所は分からないが、いるだろうと思われる場所は分かる。その発言で察しのいいトウコはそうかと言って俺の思っていることを代弁する。
「水辺、もしくは身を隠せるくらいの湖、だな?」
「ご明答だよ」
「は~い、質問で~す」
「どうぞ?」
「何でそんなことが分かるんですか?」
ホントこの子はおバカさんと言うか自分で考えることを知らないというかーー教育係としてこの先が心配だ。
「1番の理由はボスが魚類、もしくは両生類の可能性が高いから。魚類も両生類も水は他の陸上モンスターより必要だろうし大きな身体を隠せるポイントは必要不可欠だから。分かった?」
なんで同じゲーマーなのにここまで説明せにゃならんのだ。
「でもよ、その水辺か湖はどうやって探すんだよ。結局そこが分からないとボスを見付ける以前の問題だろ?」
「もちろん手掛かりは示されてるよ。このフィールドの中にね。アリス、何か分かる?」
「えっと」
何かしらのヒントを得ようと周りに視線を飛ばすアリス。ぐるりと1週見回そうと後ろを向いたと同時にアリスの目はその手掛かりを捉えた。
「そっか川だ。川を辿れば少なくとも水が貯まってるところに行ける!」
「そう、サムノビンの方角から外に向かって流れている川を探せば、その先にはいずれ貯まり場が存在するってわけ」
あぁ~と皆が納得したところで止めていた足を進める。第一の目標は川を見付けだすこと、次にその川を辿って行ってボスを見付け、最終ボスを倒せばこの町で行うべきことは全て終わりとなる。
「あぁっと悪い、俺夕方から仕事があるから昼に一旦抜けて仮眠を取りたいんだ。だから出来れば昼までにボスを見つけて、その時点で1回攻略はストップしてくれねぇか?」
俺達学生は夏休み期間で時間の融通はかなりきくのだが、やはり社会人で職があるとなるとそう上手くいかないらしい。そう考えるとリックは中々ハードな生活を送っていると言える。
「えぇ~仕事なんてサボればいいんですよ」
「バカ言え、仕事を休むって言うのはなそれだけ自分の信頼を失くすってことに直結してるんだよ。一応有給は貯まってるけどゲームの為に使うってのは流石にな」
「じゃあ、取り敢えず今回はボスを見付けたらそこで終了ね。続きはリックが仕事を終わらせてまた潜ってきてからってのとで」
「悪いな」
「ブ〜ブ〜」
うるさいノイを眼力で黙らせ、限られた時間を有効に使う為に俺達は2,2,1と3つに分かれて川を探すことにした。話し合いの結果アリスとリック、ノイとトウコ、そして俺が1人となった。
「それらしき川を見付けたらメッセ飛ばしてね。じゃあくれぐれも気を付けて」
この言葉を合図に皆別方向へ歩みを進め始める。俺の担当は門から真正面の直線的な方向だ。
索敵スキルを使用して周りへの警戒を怠ることなく、腰にある2本のブレードの重さを感じながら歩みを進める。そして俺はまたこのゲーム、Survivors Warについて考えるために脳細胞の一部をそちらへ回す。
オートリカバリーとジョブの2つ持ち、正直これだけあればどんなゲームだって攻略可能だ。オートリカバリーによって俺がゲームオーバーになる可能性は限りなく0に近い数値しか生み出さないだろうし、ステータスも、もう一方が存在する限りジョブチェンジしても多分引き継ぎされると思われる。ブラッディミノタウロスのような相手が現れようと怖くも何ともない。
今の俺、パラディンとアーチャーをジョブとしている状態だと、近・中・遠距離攻撃に加え魔法すら使える。更にはヒーラーいらずときたもんだ。俺自身が仲間を集めずとも1つのパーティーとして成りなっているこの状況は完全にこの世界ではイレギュラーな存在と認知されているだろう。なのに運営側からもゲームのプログラムからもバグとして弾き出されることはない。
「バグ、か」
1人呟いた言葉は誰にも届いていない。当たり前のことなのに何故か孤独感を感じるのは心の持ちようなのか、それすらも俺には分からない。
誰かに、せめてノイ,リック,トウコ,アリスには打ち上げるべきなのだろうか、彼らは俺が隠していた秘密を知って俺から離れていかないだろうか、母親の死別を切っ掛けに孤独と仲間が離れていくのを恐れがちになっているのは俺自身よく分かっている。だから隠す、学校でも極度のゲーマーだと言うことで友達が少しでも離れていってしまうのを恐れているから、親にゲームを止めさせられるのと自分自身に建前として言い聞かせているのかもしれない。
「おっ」
かなり深層心理にまで入り込んでいた俺を呼び戻したのはメッセを受信した今の俺とは正反対の明るくポップな着信音だった。
宛先はノイからで、なんとボスの姿を捉えているとの文章だった。
そのままボスに気付かれないように待機するよう返信して、リック組に門の前で落ち合うようメッセを送って来た道を全速力で走り戻る。俺が戻った頃には既にリックとアリスが待っていて、皆無言で頷くとノイとトウコが向かった方向へ走り出した。
「カナコさん、こっちです」
走り出して1分も経たないところにノイとトウコが川のほど近くにある叢に身を潜めているのを見付け、ノイが小声でこちらにくるよう手を招いていた。
「敵に動きは?」
「全然ないです。こちらに気付くどころか何もせずジッとしています」
視線をノイから前へと移すと森の中なのに人口的に作られたかのような広い空間があり、その中心に湖、そして俺達から見て湖の奥、そこにカニの姿をしたボスが堂々と立っている。
「イカさんじゃありませんでした」
「海龍じゃねぇのかよ」
落胆しているノイとリックは置いといて、ここをまた見付けるのは正直簡単なのだが、念の為にリンクストーンを設置しておく。
「カニ、だったね」
「うん、正直最悪のケースだね」
アリスとトウコと話していたのが的中してしまった。
「リック、落ちるまでまだ1時間くらい余裕あるよね?」
「あ、あぁ大丈夫だが、お前もしかーー」
「そのもしかして、だよ。相手がこっちにとって厄介な敵だと分かったからには少しでも情報が欲しい、別に倒さなくてもいいし、多分だけどあいつはあの範囲内からは出てこないと思うから逃走も出来るし」
皆の、おいお前正気かという心の叫びが視線を通して俺に伝わってくる。そんな皆に俺は満面の笑みを浮べながら大きく頷いて答える。
「ボスにちょっかいかけに行くよ」
フォーメーションはアリスとリック、そしてトウコが近距離でのかく乱と攻撃、俺が中間地点でアイテムの受け渡しと攻撃ーーアーチャーにジョブチェンジしたと皆には伝えてあるーーそしてノイは後方からの魔法攻撃。
後方が狙われたり、前方のバランスが崩れたりすると危険性は何もない時の数倍にもなってしまうが、その時は俺がボスのタゲを預かると言って半ば強制的に皆を納得させた。
「それじゃいくよ?」
皆が力強く頷いたのを確認し、俺は木の陰から改良したの弓を装備し、弦をこれでもかと強く引く。狙いはカニボスの口、スペシャルスキルのパーフェクトショットの挙動であるカーソルがボスの口元で俺の心臓とリンクするように拡大収縮を繰り返す。そしてカーソルが黄色から赤へと変色すると同時に右手に入れていた力を抜き、矢を撃ち放つ。
「Go!」
それを合図に叢から一斉に飛び出す。
矢は加速直線運動をしながら目標に目掛けて一直線に進む。スキルの効果で狂いなく口へヒットし、ボスが俺達の姿を捉えてカニの定義を根本から覆し、前向きに歩き出した。
「アリス、作戦通りにね!」
「分かってる!」
アリスには少々危険だが相手のタゲを取り続けてもらうよう指示を出している。お得意の素早さで翻弄してもらう為だ。
「せいっ!」
アリスの鋭い突きがカニの腹を直撃するのだが、やはり高い防御力を持っており簡単に弾かれてしまう。
「おぉりやぁ!」
続いてリックが脚に強烈な一撃を加えると、カニのタゲがリックに向いてしまった。だがそれをいち早く察知したトウコがリックが攻撃したところと全く同じ部分へ連続攻撃をしてリックのタゲを外す。
「サンダー!」
間髪入れずにノイがサンダーを繰り出す。距離があるため電撃が当たるまではほんの数秒だけだが時間が空いてしまう。だがこのタイミングなら当たるだろうと俺も他の皆も予想していた。
だがしかし、相手はそんな簡単に自分の弱点属性攻撃を受けてくれるわけはなかった。
ノイのサンダーが出現するとほぼ同時にボスは口から泡を吹き出し、そして大きなハサミで地面をエグりながら空中に細長い風塵を作り出した。
巻き上げられた風塵と泡が混ざり合い、湿った塵が生み出される。するとノイの放ったサンダーは、まるで最初からそこを通るようにプログラムされたがごとくカニではなく上へと逃げていった。
「嘘おぉ!!」
驚きを隠さないノイと、隠せずに表情が曇る皆を余所に、俺だけはやっぱりかと顔を引き攣らせる。
「カナコちゃん!」
「なっ!」
ノイのサンダーが当たらないという受け入れたくない事実に追い打ちを掛けるがごとく湖から通常モンスターであろうカニが群となって陸上に上がってきた。
硬く弱点属性攻撃を回避するボス、ボスの僕として湧き出したカニモンスター、この状況下で俺が指示出来ることはただ1つ。
「皆、撤退するよ!」
敵に追われながらリンクストーンのあるところまで全力走り、何とか門の前まで戻ってこれた。
「ん~今回はかなり手こずりそうだね」
「そうだね」
「なんでなんですか! なんで私の攻撃は当たらなかったんですか!」
どうやらノイはあの攻撃が逸らされたことがかなりご立腹のようだ。
「あれはね」
何故泡と粉塵だけでノイのサンダーが逸らされたのかは簡単に説明出来る。
そもそも皆は勘違いしがちだが、地面や土は電気を通す導体である。それを利用したのが車などに搭載されてある地面に電気を逃がして中の人を雷から守るアースだ。地面が電気を通さなければアースの意味はない。
だがこれだけでは電撃を逸らすだけの力はない、そこでキーとなるのは泡だ。
泡を形成するのは水だ。水は電気を通すと言うのは周知のことだが、何故通しやすいのかと言うのはいまちい理解が足りていないだろう。化学的に証明することは出来るのだが、多分ノイの頭が耐えられそうにないので簡潔に説明すると、水は中に不純物を多く含むほどより電気を通しやすくなるのだ。
更に空気中は非常に電気を流しにくい特性を持つ。その特性を無視した現象が自然現象の雷だ。あの時ボスとボスが出した泡は僅かながら隙間があった。つまり電気を流しにくい空気が存在していたのだ。
「って、ノイ大丈夫?」
「ふぁい、ノイはよゆーなので、続きを」
全然大丈夫に見えないけど本人がいいと言っているので続ける。
泡という水の中に導体である粉塵が大量に含まれた泡粉塵、ボスとの間にあった空間この条件によりノイの電撃はボスへは届かず泡粉塵の方へ流れるというわけだ。
「プシュ〜」
「ノ、ノイちゃん!?」
小難しい話を理解しようとしたせいでノイの頭は許容量を大きく上回りオーバーヒートしてしまった。
「更に言えば、最初に説明したアース。アースとは電気を地面に逃がす役割りがあって、カニは甲殻類で、周りに硬い殻を持っている。殻の主成分はカルシウム、カルシウムは電気を通しやすい通しにくいで分ければ通しやすい部類に入るの。つまり、仮にノイの電流が泡粉塵から漏れてボスに流れたとしても殻から地面に電気は逃げて大きなダメージは与えられなーー」
「鬼かお前は! なんで倒れたやつに追い打ちを掛ける!!」
なんでも何もノイが説明しろって言うからしただけだし。
「そ、それにしてもそんな専門的なことをよく知っているなカナコは」
自分も理解しようと試みたのだろうか指で眉間を押さえつけているトウコが言う。
「私って根っからのヘブラトク社ファンだからね。ヘブラトク社って無駄に知識必要だから必死に覚えたの」
それにしても、ヘブラトク社のゲームを攻略する為に覚えた知識で相手の、自分達にとって不利になる状況を説明出来るなんて、皮肉なもんだな。
「どうしたもんか」
「まぁ今考えたところでいい案は浮びそうにないし、ここは一旦落ちて、戻ってきてから考えるのはどうだ?」
「うん、その方がいいと思う。ノイちゃんもこんな状態だし」
「ふぇりほれは」
駄目だこりゃ。
「じゃあ皆ここでログアウトしよう。リック、仕事が終わるのって何時くらいか分かるかしら?」
「あ~どうだろう。結構時間が伸びたり縮んだりって面倒な仕事だからなぁ。でも、夜の9時には潜れるはずだ」
「了解、それじゃあ21時になったらここに集合ってことで」
「ふぁい」
「分かった」
「了解~」
女性陣は早々とログアウトしていき、俺とリックだけが残された。
「はぁ、やっと男口調に直せる」
「ははは、大変だな」
「全くだ」
リックに慰めの言葉をもらうもやはり男からでは効果は半減以下だ。慰めてもらうには女の子に限る。
「おい、お前今とんでもなく失礼なこと考えてなかったか?」
「ソンナコトナイサー」
「ったくそうだカナメ、お前Survivors Warに新システムが付いたの知ってーー」
「詳しく説明してくれ!」
「お、おう」
新システムの言葉に身体が無条件に反射してしまう。
「まぁゲーム攻略自体には全く関わりはないんだけど、パソコンを中継して携帯とShvel Kaiserを同期させると、Survivors War内でのメッセが携帯にメールとして受信されるんだ」
「ってことは、相手がログインしてなくてもゲーム内から伝えたいことを送れるようになるのか」
「そういうことだ。また、その逆もしかりだ」
確かにゲーム攻略には使えそうにないが便利になることに越したことはない、早速リアルに戻ったらしてみよう。
「で、リアルからゲーム内にメッセを送る時や逆にゲーム内からリアルに送る場合に新しいアドレスが必要になるんだ。ウィンドウ開いてみろ」
言われるがままウィンドウを開くと下の方に《New》の文字が表記されていていた。
「そこからアドレスの作成や変更が出来るんだ。そんで、これが俺のアドレスだ」
リックからメッセが飛んでくる。
「Sweets Paradise」
脳みそまで糖分で出来てるんじゃねぇのこいつ。
「覚えやすいだろ?」
「うん、まぁな」
「落ちたらそのアドレスにメール送ってくれ、そんじゃな」
そう言い残してリックもログアウトしていった。1人残された俺も何もすることがないのでアドレスを作成してログアウトボタンを押した。
※※※※※※※※※※※※※※※
「んぁ」
流石に長時間潜っていたせいで身体が痛く、背中をストレッチするように伸ばすといい音が身体の中で響いた。
「さて」
いくら身体が痛かろうとことゲームのこととなるとそんなもの些細な問題である。
パソコンに携帯を接続させ、同じ要領でShvel Kaiserにもパソコンを繋げる。
すると早速新規アドレスの情報があるというウィンドウが開いたのでコピー保存し、そのデータを携帯に送信する。
携帯のプロフィールに新しく先ほど作ったアドレスが追加されていた。それをタッチして新規メールで宛先をSweets Paradiseと入力する。内容はちゃんと届いているかの確認だけの簡素なものだ。
返信は1分と経たず返ってきた。とは言ってもこれ以上話すことはないので俺から再送信することはない、ケーブルを輪ゴムで止めて机の引き出しに直す。
「しかしまぁ、これわざわざ追加するほどのことか?」
正直あってもなくても問題ないような新システムに疑問が晴れない。
確かにリアルのメアドを教えるのには些か不安があるが、これだと悪用しようにもSurvivors Warでは特にリアルに関することは出来ないので安心といえば安心だが、やはりなくてもいいと俺は思う。
「はぁ、どうすっかなぁ」
もっと長く潜っている予定だったのでログイン前に睡眠は嫌というほど取ってある。故に眠気もないし、かと言ってソロプレイする為に戻っても特にやることがない、要するに暇なのだ。
「ふぁ~~~あ?」
大きな欠伸をすると携帯が着信を知らせる。メロディで通話だとディスプレイを見ずに判断出来た。
「はいはいっと」
机の上に置いてある携帯を取って通話ボタンを押す。
「もしもし、急にどうしたの?」
電話の相手なんて予想しなくても誰だかはっきり分かっている。
「ごめんね、今大丈夫?」
愛しの彼女、嘉穂だ。
「うん、全然大丈夫だよ」
「よかった」
「大袈裟だなぁ。それで、何か伝えたいことがあるんでしょ?」
「あ、うん。要くんは、この後予定ある?」
「予定?」
ない。と言うか先ほど狂いに狂って時間は余っている。
「うん、今日の分の宿題は終わらせたから暇してるよ」
あくまで優等生を演じる。
「じゃあ、ね」
一瞬別れの言葉に聞えたが文脈的におかしいので、これは次の言葉を紡ぐ為の言葉だと理解し、嘉穂の言葉を待つ。
「デート、しよ?」
長く感じられた待ち時間の末、嘉穂はそう俺に伝えた。




