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Survivors War  作者: ノイジー
第三部
16/23

夜明け前

 カラッケムの町からフォリーナに移動し、空いていたホテルの一室を借りて部屋の椅子に座って対峙している。これからアリス(狂)をどうするかを2人で考えるのにはフィールドは相応しくないからだ。

 アリスはなんとか気持ちを落着けられて今は随分顔色が良くなっている。ただ泣いている姿を俺に見られたせいか顔が若干赤く染まっているが、まぁそこは見て見ぬふりをしておこう。

「じゃあ早速なんだけど、アリスが知っていることを可能な限りでいいから教えてくれ、どんな些細なことでも構わないから」

 真剣な表情で肯くと、まずアリスは自分の中でアリス(狂)が初めて現れた時のことを話し始めた。所々詰まって言葉が出てこないのは多分初めて他人に自分の悩みを打ち明けるからだと思う。

 1番最初にアリス(狂)が表に出てきたのは小学校3年生の頃、その頃アリスは学校で虐められていたそうだ。

 もともと引っ込み思案で暗い性格だったアリスはまだ幼い精神の小学生には恰好の的だったようだ。

 毎日が嫌で嫌でしかたなくて軽い不登校になってしまうレベルだったらしい、そんな日々の中で時々なのだが目の前が暗くなり、気が付いたら僅かに部屋にある物の配置が変わっていたりと小さな変化が起こったと言う。

 始めは自分1人の時だけの短い間の意識喪失だったのだが、徐々に時間も変化も大きくなってクラスメイトが大勢いる学校の授業中にもそれは起こり始めた。

 これは明らかにおかしいと親に打ち明けて病院に向かった。医者は意識障害の一種だろうと診察し、医師から薬を出され、それでも意識喪失が起こるのならまた来てくれと言われた。

 だが薬による改善は兆しすら見せず、それどころか症状はより一層酷くなるばかり。僅か1週間ほどで再び病院へ行くことになった。

 アリスが行っていたのは予防注射などでお世話になっていた小さな総合病院で、そこでは手に負えないとのことで医師から知り合いがいるの専門病院と精神科がある病院を紹介させられる。

 その日の内に専門病院へ行き、精密検査を行ってみるも特に異常は見られない。アリスとアリスの両親は最後に残された頼みの綱である精神科へ焦る気持ちを抑えて向かう。

 だがそこで突き付けられたのはアリスにとっては受け入れ難い診察結果だった。

 アリスに精神的異常は見られなかったのだ。

「その時、お母さんは心底安心したような顔をしたんですよ。私にとってはそれが1番キツイとどめでした」

 自分の必死な助けの声よりもお母さんは医師の診察結果を信じた。何よりもそれが1番辛かった。

 精神的苦痛がアリスの眉間に深い皺を作らせる。

 アリスの気持ちは分からなくもない、虐められてクラスの皆どころか先生すら信じられず唯一心を許せていた親まで結局は自分ではなく医師を信じた。自分は何を信じたらいいのか、何を支えにこれからこの不安と戦わなければならないのか、地面がひび割れして深淵に落ちていってしまうような……正直考えたくもない感覚だ。

 だけど親の気持ちも分かる。自分の子どもが何かの病気かもしれない、いつもの病院では手に負えないほどのものだ。だが結局医師からは何も以上はないと言われた。安堵の表情をしても無理はないと思う。

 お互いがお互いを大切に思っているがあまりに起こってしまった悲しいすれ違い。言葉で説明するのは簡単だけど実際にそれを実行出来るかどうかはアリス自身の問題だ。俺がとやかく言える立場ではない。

「それ以来あまり人を信頼出来なくなって、中学校は小学校の面子がそのまま上がってくることもあって1週間に1回登校すればいいところ……みたいな生活をしてました」

 人を信頼出来なくなった。その言葉で俺はアリスが説明する時に言葉が若干詰まった理由を知った。人に説明するのに慣れてないのではなく、人が信じてくれるのか分からなくて恐怖していたのだとーー

「高校は通信制の学校で……」

「そっか、俺が言うのもあれだけど、大変だったな」

 これまでの人生で虐められたことがない俺が軽々しく大変だったな、なんて言うのはおこがましいというくらいは分かっている。だけど今ここでアリスに何か言わなければいけない、そんな使命感にかられた俺は自然とそう言葉にしていた。

「い、いえ。こうやって話をちゃんと聞いてくれているだけでも大助かりです。本当にありがとうございます」

 深々と下げられたアリスの頭を見て俺はより一層アリスを助けなければならないと気持ちを改める。

 長く話していたせいもあってアリスの顔に若干ながら疲れが見えたので少し休憩を挟むことにした。

「ふぁ」

「眠いのか?」

「あはは、ちょっと疲れちゃいました」

「どうせ俺は次の日まで潜りっぱなしだし、時間さえ言ってくれれば落ちてもいいぞ?」

「そんな! 私だけ甘えるなんて出来ませんよ!」

 頭を激しく横に振って否定するアリスの姿はなんとも幼い。今までは抑えていたが、もしかしたらこれがアリス本来の姿なのかもしれない。だがそんな明るい言動だからこそ服装の黒色が違和感を与えてしかたない。

「ん~じゃあ気晴らしに町に出てみるか?」

 カラッケムはあんな町だったけど他の町は夜だろうとNPCが灯りを灯しているので女性プレイヤーが行っても安全だろう。それにそろそろブラッティミノタウロスに壊されたクロウボウガンの代わりを探さなければならない、折角のスペシャルスキルを使わないなんて宝の持ち腐れだからな。

「はい、行きましょう」

 アリスの同意も得たので早速ホテルをチェックアウトして馬車に乗り、折角なのでジムフットへ向かうことにした。



※※※※※※※※※※※※※※※



 馬車に揺られること約5分、馬車を降りて1番始めに聞えてくるのは野太い男の笑い声、続けてまた野太い笑い声、もちろん男のだ。

 ここジムフットは別名祭りの町。毎日祭りでもしているのではないかと思うほど活気に溢れているのが特徴だ。連日夜店が軒を連ねていて、情報屋のリック曰くごく稀にレアアイテムが紛れ込んでいるらしい。

「わぁ~」

「昼の時間も来たことがあるけど相変わらずうるさい町だな」

 目を輝かせてあっちを見たりこっちを見たりと忙しそうなアリスの隣で俺は頭痛を堪えるように目頭を指で指圧する。

「お祭りなんて久し振りです」

 何気ないアリスの言葉。だがそれには多重人格のせいで人がたくさんいるところに迂闊に出歩けないという意味が隠されているのを俺は見逃さなかった。

「だったら楽しまないと損だよな!」

「きゃあ!」

 アリスの手を引いて人の波に自ら乗り込む。アリスが後ろで文句を言っているが、その顔は俺と会った中で1番輝いていたのは言うまでもないだろう。

 手始めに足を止めた店はリアルでいうところの射的屋台だ。ただし、リアルとは違って使っているのはオモチャの銃ではなく弓矢、しかも距離は軽く10Mはある。完全にアーチャー専用の店になっている。

「いらっしゃい、1回500cfだ!」

「馬鹿みたいに高いですね」

「まぁ景品が景品だし、そんなもんじゃないのか?」

 壁にはポーションセットだったり10000cfと書かれた札がぶら下がっている。中には装備アイテムや武器まで揃っている。1等はレアとは言い難いがノーマルプラスくらいの短剣となっている。

「うわっ、俺エグイこと考えちまった」

「えっ、何か言いましたか?」

 俺の誰にも向けていない一言はアリスには完全に聞き取れていなかったようだ。

「あ~う~、取り敢えずやってみるか」

 屋台のおっちゃんに500cf払って弓と矢を手に取る。

「何が欲しい?」

「ふぇ?」

「だから、どの景品が欲しいって」

 早くと催促するとアリスは慌てて適当に景品の書かれた札を指差した。

「3等のアクセサリーね。了解した」

 矢を弦に引っ掛けてはるか先の的を狙い定める。

「やっぱりか」

 俺の予想通り、視線の先に黄色くて丸いカーソルが現れる。説明するまでもなく俺がクエストで会得したスペシャルスキルであるパーフェクトシュートのスキル挙動だ。

 的は波紋のように中心から複数の円で区切られている。狙いは内から3つ目の緑の枠。決して大きくはないが狙えないほど小さいわけではない、呼吸を整えながらカーソルが赤く変色するまで狙いを定め続ける。

 周りの喧噪とした空間と自分の身体を切り離して完全な自分だけの世界を形成する。聞えてくるのは自分の呼吸音と鼓動の音、それに弦が軋む音だけ。次第に視界の色は狙い続けている的の緑の色だけが鮮明に映りだす。

「ふっ」

 カーソルが赤になると同時に矢じりを挟んでいた指の力を抜く。若干右上に向いていた矢先がスキルの影響で僅かながらその軌道をずらした。

「お、大当たり~!」

 当たると同時に自分だけの世界は素早く崩壊する。おじさんの声が聞えると後ろからいつの間にか集まっていたギャラリーから盛大な拍手が起こっていた。

「カ、カナメさん凄いです!」

 隣のアリスが拍手に負けないほどの大きな拍手とともに称賛の声をあげている。

「あ~うん、ありがと」

 まさかスキルを使ったなんて口が裂けても言えない俺はなんとも複雑な気持ちと少しばかりの罪悪感に苛まれながら苦笑いで応える。

 景品を受け取ると俺を酒の席に誘う人をなんとか振り切って人が少ない路地裏へ一時避難。

「はぁ~やっぱり目立つ行動は避けないとな」

 多くがNPCだっただろうが何人かは野次馬スピリッツを滾らせたプレイヤーも混じっていた。多分グループへの勧誘だろうけど生憎と俺は今の状況で満足しているのでごめんこうむる。

「何言ってるんですか、もっと皆に自慢するべきですよ」

「やだよ面倒臭い。大体、何が悲しくて野郎と席を一緒にしなきゃならないんだよ。友達とならまだしも相手はNPCだぞ?」

「なんだか今の発言だと女の人なら全然OKって聞えちゃいますよ?」

 うん、まぁ……ね。そう聞えちゃうのも無理ないというかその~だって俺男だもん! それくらいの煩悩があって当たり前だろ!?

「そ、そんなことより! ほら、景品のアクセサリーだ。俺が持っててもしかたないし、もらっとけ」

  アイテムを取り出してアリスに投げてパスする。危なっかしくキャッチしたアリスはそんな高価な物でもないのに嬉しそうだ。

「どうですか?」

 早速アクセサリーを首に掛ける。白のアクセサリーは服装の黒に冴えて見事なコントラストとして調和している。

「はいはい似合ってますよ」

「あ~今の全然気持ちがこもってません」

「残念ながら俺はファッションにはこれっぽっちも興味がないからな。それより腹へった。何か食おうぜ」

 親父曰く女を褒める時は数多の可能性を全て想定してどんな返しだろうと余裕を持って受け答えるべし。まぁ要約するとちゃんと考えて褒めないと痛い目に合うぞってことだ。

 生憎と俺は今現在そんな余裕を持っていないので話題を変えるのが精一杯の行動だ。

「なんだか上手く話を逸らされたように感じるんですけど」

「ソンナコトナイサー」

 疑いの眼差しで俺を見るアリスに渾身の作り笑いでなんとかその場を脱した俺はアリスの疑いが大きくならない内に焼き鳥の屋台へ移動して串を2本買ってアリスに渡した。

「ゲームの中で食事をするのってなんだか不思議ですよね」

「確かにな。実際胃袋には何も入っていないのに満腹感を得られるなんて摩訶不思議だ」

 2人でそんなどうでもいいことを話しながら人の波に乗って屋台を見て回る。

「あっ」

「ん、どうかしたか?」

「い、いえ何でもないですよ?」

 歩いてる途中、アリスはこのような行動を何度かしている。最初こそ俺もスルーしていたのだが流石に3度もこんなことをされると気になってくる。

「あっ」

 ほらまた。

「どの店だよ」

「な、何がですか?」

「とぼけるなって、さっきからどこか行きたいところがあるんだろ?」

「ソ、ソンナコトナイデスヨー?」

 なんだそれ。あぁ、俺の真似か。

 どうも口を割りそうにないアリスが見ていた方向へ視線を向ける。てっきりアクセサリーとかそんな類の物を扱っている店だと思ったらそれは全くの見当違いだった。

「い、居酒屋?」

「へ、変ですか?」

 い、いや変じゃないと言うか、何と言うか。

「ア、アリスは、酒飲むのか?」

「え、えぇ。あんまり強くないですけど、たしなむ程度には」

「あ~人の考えに意見したくはないけど」

 可愛らしく首を傾げながらアリスが俺の言葉の続きを待っている。あまり間をとるのもあれなので、俺は意を決して口を開く。

「酒は20歳になってからだぞ?」

「んなっ!」

 アリスの表情がテレビのチャンネルを変えるように怒りのものに変わる。口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返して何か言葉を言おうとしているのだが上手くいっていない。

「わ、私はーー」

 あぁ、怒られる。覚悟を決めた俺はビンタの1つくらい飛んでくるだろうとギュっと目を瞑る。

「私はこれでも23歳ですよぉ!!」

「へっ?」

 今なんて言った?

 頭の処理能力が追いつかない。アリスの言葉の意味が上手く理解出来ない。

「え、えええぇぇぇぇ!!!」

 たっぷりと数十秒のタイムラグの末、俺はジムフットの喧騒を上から掻き消して町全体に響くほどの声をあげてしまった。



※※※※※※※※※※※※※※※



「はいこちらラム酒とジンジャーエールになります」

 店員のNPCが俺達が注文した飲み物を運んできてくれた。俺は言うまでもなくジンジャーエール、アリスは、うん、言わなくても分かるよね。

「何か私に言うことはありますか?」

「ハイ、タイヘンシツレイイタシマシタ」

 俺は素直に頭を下げて謝罪をする。

 Survivors War内ではドリンクにアルコールも取り扱っている。確か装着しているヘルメットから人間がお酒を飲んだ時の酩酊状態を疑似的に起こす。とかなんとかだ。

 しかしいくら本物の酒を飲んでいないからとは言え、未成年に酩酊状態の快楽を覚えさせて現実でお酒に手を出さないようあらかじめアカウント作成時に年齢確認を義務付けている。それによりゲーム内で未成年プレイヤーがお酒を注文することを阻止しているのだ。

 万が一アカウントに嘘の情報を入力していた際はヘブラトク社のメインコンピューターがアカウント情報とリアルの情報を照合し、問題がない範囲内のものなら警告メールを送るのだが、年齢詐称等の問題がある時はアカウントの強制削除に加え正しい情報を再入力しないとゲームをプレイ出来ないようにしてある。

 長ったらしくなってしまったが、要はアリスは正真正銘20歳を超えている立派なレディということだ。

「まったく、失礼しちゃいます」

「いやでもアリス俺に対してずっと敬語だったし!」

「いくらゲーム内とは言え他人に敬意を払うのは当然のことです」

「だけどその顔は反則だ! 童顔にもほどがある!」

「なっ!」

 アリスの顔が真っ赤に染まる。これはラム酒の影響ではない、間違いなく怒りからくるものだ。

「大方、リアルでもお酒を買うときに未成年者の購入は禁止されてますって毎回言われてるんだろ」

「そ、そそそそんなことないですよ!」

 はいダウト。

「と言うか、自分の方が年上ならいい加減敬語は止めてくれ、身体がむずむずする」

 リアルでは優等生を演じている手前年上より自分は下だと無意識の内に思っていて、こういうのには慣れていない。まぁゲームだから自分が敬語を使わないのは割り切れているがこれだけは譲れそうにない。

「ふんっ、そのつもりですよ~だ。もうカナメくんに敬語なんて使わないもんね~」

 子どもっぽくあっかんべーをしたかと思えば喉を鳴らしてラム酒を一気飲み。子どもなのか大人なのか分からない。

「んっんっ、ぷはぁ! 店員さ~んラム酒お代わり!」

「それじゃただのおっさんだ!」



※※※※※※※※※※※※※※※



「きゅ~」

「ったく、酒弱いのに飲むなよな」

 結局アリスは2杯目を飲み終えた瞬間に顔面からテーブルにダイブして酔い潰れてしまった。その内起きるのかと思ったが30分経っても目を醒まさないので、しかたなくおんぶをしてホテルに向かっている。

 ついさっきまでバカ騒ぎしていた商店通りも朝を迎える準備を始めて今では随分と大人しくなっている。とは言っても昼夜問わず酒を呷っているNPCの声だけは勢いの衰えを見せる素振すらない。

「ん?」

「ん~」

 ホテルの前に到着するとアリスの腕に少し力が入った。

「はぁ〜」

 盛大に溜め息を吐き、すぐ目の前にあるホテルの扉に名残惜しい視線を放つと踵を返して歩みを再開させる。

 帰路に就くNPCとすれ違いながら俺の足は迷うことなくフィールドへ続く道へ進んでいる。そして目の前が一瞬暗転してフィールドに移動を完了した。

「おい、起きてるんだろ?」

「…………」

「さっきから軽くだけど頸動脈を圧迫してるのも寝たふりをしてるのもバレてるんだから早く起きろ」

「あっ、バレてたのかよ」

 背中の重みがなくなり後ろを向く。

「ちぇ~もうちょっと歩いてたらいきなり絞めてやろうと思ってたのに」

「バカ、だからフィールドを出てすぐに足を止めたんだよ。流石のお前も町中では危険な行動はしないと思ってな」

 容姿は先ほどと変わらないアリスだ。だが今身体の主導権を握っているのはもう一方の人格であるアリス(狂)である。

「ったく、油断も隙もあったもんじゃねぇ」

「目ぇ覚ましたら目の前に人の首がある。そりゃ当然絞めるだろ!」

「そんな当然があってたまるか」

「あひゃひゃひゃ! って、こいつ酒飲んだな?」

 人格が変わろうと身体は同じものを共有している。酔って寝てしまうのだからアリスの身体は立ってるのもやっとの状況だろう。

「オプションの下の方。酩酊解除ボタンがあるだろ」

「んぁ?」

 頭をふらふらと安定させないままアリス(狂)はウィンドウを開いて俺が言ったボタンを押した。

「ん? おぉぉ!」

 酩酊解除ボタン。その名の通り疑似的に作り出した酩酊状態を解除するためのボタンだ。酒を飲んだらリアルと一緒で抜けるまでに時間が掛かりますなんてことを避ける。それだけの為に作られたボタンである。

 酩酊状態。つまり酔いが醒めたアリス(狂)はその場でジャンプして身体の快調っぷりを頼んでもいないのに披露している。

「それで酔いは醒めただろ。だったら俺の話を聞け」

 ふざけやからかいを含まない俺の声に流石のアリス(狂)も真剣な眼差しーーとは言ってもその目に含んでいる色は殺気なのだがーーを向けた。

「俺なりにお前のことを考えてみたんだ」

「俺のことを?」

 俺は大きく肯いてから、これはあくまで俺の想像に過ぎないと言ってから言葉を紡ぎ始める。

 多重人格の原因となったのはほぼ間違いなく学校での虐め、自身を護るべく無意識の内に作り出されたのがアリス(狂)だろう。

 アリス(狂)のは極めて扱い辛く攻撃的。出現のタイミングはアリス(狂)自身の意思、もしくはアリスの精神・身体的危機ーーボーンソルジャーとの戦闘から推測ーーが迫った時と思われる。

 アリス(狂)の1番の特徴と言えるのは狂気的な性格だろう。虐めによって蓄積されたストレスや怒りがそのまま新しく作られた人格に反映されている。

「一言で言えばお前は暴力や戦闘に快楽を覚える戦闘狂ってことだ。より強く、より困難な敵に立ち向かい勝利することに最上級の快感を感じる違うか?」

「はっ、だったら何だよ。そんな説明して俺がどうにかなるとでも思ってんのか?」

 いやいやまさか、そんな程度でこいつが大人しくなるなんて微塵も思っちゃいない。あくまでここまでは前置きで、本題はここからだ。

「お前が求めているのはその快楽であって、普段のアリスの生活には正直これっぽっちも魅力を感じていないんだろ?」

「だからさっきから何言ってるんだよ!」

 俺のまどろっこしい説明に怒りを覚え始めたアリス(狂)がついに怒鳴り声を上げる。

「だから~」

 わざと怒りを増幅させるような言葉遣いをしながら俺は腰に提げてあるブレードを鞘から抜き出す。

「俺がお前の壁になってやる」

「は?」

「まだ分からないのか、俺がお前の倒せない壁になってやるって言ってるんだよ。自分が何度戦っても倒せない敵を倒す。それって最っっ高に気持ちいいと思わないか?」

 暫しの沈黙。次に聞えてきたのはアリス(狂)の大人が子どもの戯言を嘲笑うかのような笑い声だ。

「あひゃひゃひゃ! 何お前、俺に勝てるとでも思ってんのか?」

 腹を抱えながら侮蔑のこもった高笑いを続けるアリス(狂)に、俺は鼻で軽く笑ってから口を開く。

「じゃあ逆に聞くけど、お前ごときが俺に勝てるとでも思ってるのか?」

「んだと」

「お前みたいな戦闘狂が俺に勝てるのかって聞いてるんだよ」

 ブレードの切っ先をアリス(狂)に向け、チラチラと揺らしながら挑発する。そして空いてる手でウィンドウを開いてアリス(狂)にPvPを申し込む。アリス(狂)の目の前にPvPを受けるかどうかのYes/Noボタンが書かれたウィンドウが出現する。

「ほら、お前の言った言葉が本当なら受けろよ。まぁやっぱり勝てませんって素直に言うなら許してやっーー」

「ざけんな!」

 俺の言葉を遮り、怒りをあらわにしたアリス(狂)が叫ぶ。

「上等だ。お前のその減らず口、2度と叩けなくしてやる!」

「はっ、そういうのは俺に勝ってから言ってみろよ」

「ぶっ殺してやる!!」

 アリス(狂)がウィンドウのYesボタンを迷いなく押し、俺達の周りをモンスターや他のプレイヤーが邪魔出来ないようバリアが張られる。

「お前をぶっ殺して俺の奴隷にしてやる!」

「いいねぇ、じゃあ負けた方は勝者の奴隷だ。まっ、負ける気なんてサラサラねぇけどな」

 アリス(狂)がレイピアを装備して刃先に殺気をまとわせる。

 若干だが気温が上がってきている。

 夜明けはもうすぐそこに来ている。

次回更新がもしかしたら遅れるかもです。

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