死の少女
ブラッディミノタウロスとの死闘から1週間が経った。グループを作っているわけではないが、皆攻略を進める時は自然と集まるようお互いに声掛けをしている。だったらグループで行動すればいいのにと思うかもしれないが、何となくグループを作ってしまうと自分だけの時間が減るような気がして誰もその話題を口にすることはなかった。
俺とノイはほぼパートナーとして常に一緒に行動しているが、生憎と今日はリアルで用事があるらしく久し振りのソロとしてのプレイを楽しんでいる。
俺が今いるのはフォリーナから2つ離れた町カラッケムだ。
大きさも町の賑わいもフォリーナと然程変わらないのだが日が暮れると昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、町全体が死んでしまったかのように人の気配すら失せてしまう。俺やリックなら夜に出歩いても問題ないのだがトウコやノイに、つまり女、子どもが出歩くには不向きだ。
本来ここは攻略の道からは逸れた場所にある。Survivors Warを攻略するなら1つ前のジムフットで北西へ向かうのだが、ここカラッケムは北東に位置している。最前線に立つと言っておきながら何故俺がこの町を訪れているか、それはとある情報屋ーーまぁリックのことなんだがーーがここにパラディンだけが装備出来るレアアイテムがあると教えてもらったのだ。
攻略が進むにつれてレベルもそうだが装備品も精度を高めていかないと付いていけなくなる。パラディンの俺としてはどうしてもここでレアアイテムを取る必要があるのだ。
時刻は夕方の18:00、次々と合図を出したかのように店仕舞いが行われ、気が付くと殆どの店が無人の廃墟と化す。
ジムフットの鍛冶屋で強化した初期装備のブレードを腰あたりで鳴らしながらほぼ無人となった町中を散策し始める。ちらほらとプレイヤーの姿は確認出来たのだが皆町の雰囲気に呑まれているのか自然と姿を見つけるなりそそくさと離れていく。
「つけられてるな」
索敵スキルを使うまでもなく後ろから一定の距離を保ちながら誰かの足音が俺の足音に混じっている。今更ながら俺はソロプレイをしているので姿は男の姿をしている。つまり女の姿ーーそれでストーキングされるなんて嬉しくもなんともないけどーーならいざ知らず男を尾行しても誰にも得がない。と言うことは俺がフィールドに出たのを見計らって攻撃を仕掛けるのか、はたまた誰かに頼まれたのかは不明だが俺個人を狙ってのストーキングとなる。
わざと気付いていないフリをして歩き続ける。途中で小道を見つけたのでそこへ入り込み右へ左へあてもなく奥へ進む。足音が消えないと言うことはまだ尾行されている。ならば、と右へ曲ると同時に足を止めて息を殺す。
足音が段々大きくなり距離が近付いているのを耳で確認する。そろそろ索敵スキルで探知出来るだろうと思い意識を集中させる。
壁や地面にまるで自らの手で触れているような不思議な感じももう慣れたものだ。
手に取るようにストーカーの容が分かる。身長は低いから多分女性プレイヤーか、装備はレイピア。あくまで容姿か分からないのでこれくらいしか情報は得られなったが女性となると正直面倒だ。
付きまとわれるのは面倒この上ないし対戦になるのも女性ってだけでどうも気後れしてしまう。
なんて考えているとストーカーが角を曲がって目の前に姿を現した。俺の胸ほどの高さの身長、少し膨れた胸部、間違いなく女性だ。俺が目の前にいることに驚いたのか目を見開いている。
「こんばんはストーカーさん」
ファーストコンタクトは、どうやら失敗のようだ。敵意むき出しの視線で睨まれて右手がレイピアを握ろうかどうかと空中でグーパーされている。まぁ町中ではダメージ与えられないしそれに属する行動をしたらペナルティで暫くログイン出来ないだろうから攻撃してくることはないだろう。
「何で俺をストーキングしてたんだ?」
黒ずくめの格好は暗闇に乗じて存在感を上手く消しているが腰にあるレイピアの鋭い反射光が唯一彼女の存在を教えてくれている。
だが存在だけでは相手の考えていることを理解するのは不可能だ。残念ながら人間はそこまで進化していない。
なおも口を開かない女の子に俺はどうしたものかと首を捻る。現時点ではストーキングされているだけで実害はないに等しい、何故付いて来るのかを無理矢理聞き出すのも気が引けるしーー
「えっと、俺に何か用?」
色々と考えるのが面倒になった俺はもう1度女の子に尋ねる。今度は出来るだけ声に優しさを含ませてみた。
「あ、の」
「うおっ」
まさかこれだけで返事が返ってくるとは思ってもみなかった俺は素っ頓狂な声をあげてしまう。
女の子は月光で光っている涙を瞳にためて俺を上目遣いで覗き込んでいる。それだけでこちらがストーカーの被害者だというのに悪いことをしているような気になってしまう。
俺の声に驚いた女の子が身体を強張せたので、謝罪をしてから言葉を紡いでもらうよう促した。
「えと、その」
緊張と焦りと不安、色々な畏れの感情が入り混じっているのか中々言葉が続いてくれない。だけどさっきの反応を見る限りここで俺がまた声を掛けてしまうと女の子は口を閉ざしてしまうだろう。なので根気よく待つ、待てと命令された賢いワンちゃんのようにひたすら待つ。
「あの、怒らないでくださ、いね?」
それはあなたが話す内容によるから早く喋ってくれ。
無駄に長い予防線を張り続け、俺の顔に青筋が浮き出る寸前でやっと女の子は本題に差し掛かった。
「わ、私とフレンドになってください!」
「……はい?」
「ひぅ! お、怒らないでください!」
腰にあったレイピアがいつの間にか俺の頬に添えられていてヒンヤリと冷たい。
いや怒ってないんですけど。
人を待たせた割にはなんてことないお願いに俺は言葉を返せない。一方女の子はいまだ俺が怒ってるものだと勘違いして怯えた表情を作っている。
蛇に睨まれた蛙。いや違う、狼に見つかったウサギか、とにかく凄い保護欲が掻き立てられる。
「あ~うん、取り敢えず怒ってないから安心して。それと手に持ってるレイピアはしまってくれ頼むから」
いくら町中ではダメージがないとは言え刃物が顔に当たってるのは恐怖心を増大させる。非常に心の臓に悪うございます。
俺へ疑惑の眼差しを送りながらレイピアを腰に戻してもらう。
「えぇっと、フレンドになってくれ、って要件でいいんだよな?」
「はいぃ」
どうするか、トウコみたいに女性仲間が欲しくての頼みなら断るんだけど今の俺を見ての場合は何とも断りにくい。見たところ俺のPvPを見ていたってわけでもなさそうだしーー
俺が女の姿をしているのはあくまでもPvPを見たプレイヤーに囲まれるのが嫌だからであって、決して完全なソロプレイがしたいからではない、それは既にノイと一緒に攻略を進めていることで立証されている。
つまるところ俺には目の前の女の子の頼みを断る理由がないのだ。もちろん嫌だと言えば女の子は引き下がるだろうし俺も女の姿をしていることを隠し通せることが出来る。だからと言って理由もなしに断わるのは何とも後味が悪いと言うものだ。
「あ……す、すみません」
俺が思考の底に沈もうとしていると女の子が申し訳なさそうに謝罪をした。何のことだと視線で尋ねる。
「め、迷惑ですよね。いきなりフレンドになって、くれだなんて」
そう言い残して女の子は踵を返して俺に背を向けた。ただでさえ暗闇の中黒い装備をしているその背中は残念オーラによって闇よりも深い色に染まってしまっている。
「あぁもう!」
つくづく自分の性格が嫌になってしまう。
「待った待った待った!」
「ぇ?」
大声をあげて女の子を呼び止める。今更何をと表情で訴える女の子に大股で近寄ると逃げようとしたので腕を掴んでそれを阻止する。
「分かった。フレンド登録する。だからそんな寂しそうに歩くな」
ポカーン。今の彼女の表情とーー俺の予想でしかないがーー気持ちを表すならこれほどぴったりな言葉は見つからないだろう。
思わず指を入れたくなるような少し開いた口、言葉の真偽を確かめるように俺の目を覗き込む瞳、そして聞き間違いではないと自分自身に言い聞かせるように握られた拳。彼女は俺の言葉を待っている。もう1度誘いの言葉を言ってくれ、このどうしようもない不安を身体にこもった熱を吹き飛ばしてくれる風のように追い遣ってくれと。
俺は言葉の代わりにウィンドウを開いて目の前の女の子にフレンド登録の申請をする。
「ほら、早く押せよ」
「あっ」
まだ上手く頭の理解が追いついていないのか女の子の腕は上に上がる兆しすら見せない、まどろっこしい気持ちに勝てなくなった俺は握っている女の子の手の人差し指を強引に伸ばして《承諾》を押した。
「ったく、ボタン押すのにどれだけ時間掛けてるんだよ」
「……だって」
何かぶつくさと文句を言っているけど、生憎俺に人の文句を聞く趣味は持ち合わせていないので無視する。その間に相手の情報を見させてもらう。
名前はAlice、ジョブはAGIが高いことが魅力なライトファイター、短剣やアリスが持っているレイピアを装備出来る。一発の威力こそ弱いものの、相手を翻弄しつつ速い連続攻撃は何かと役に立つ。
「だいた、って私の話聞いてますか?」
「んにゃ、聞いてない」
「む〜」
頬を膨らませていかにも不機嫌顔、だけど俺は日々誰かさんの理不尽な文句や痛くない暴力に堪えているからアリスの不機嫌面なんて痛くもかゆくもない。
「まぁそんなことより、アリスには最初に説明しなきゃならないことがあるんだ」
「何です?」
周りに人がいないのを確認してーー確認するまでもプレイヤーなんていないのだがーー俺がキャフノルでPvPを行ったことや、それが理由で女の姿をしているのだというのを簡潔にだが説明した。始まり出しに普段は女の姿をしているんだと言ってしまったのは失敗だったなぁ。危うく逃げられかけた。
「で、これから何か予定でもあるのか?」
俺がカラッケムに来ているのはパラディンだけが装備出来るレアアイテムをゲットする為、出来れば力量を見るついでに手伝ってもらいたいと思って言った。
「いえ、特にないですけど」
なら決定だ。リックからもらったアイテム入手方法のメッセをアリスに見せる。目的地は神殿アランカルトだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
リックの情報によるとアランカルト神殿があるのはフィールドに出て北西の方角だそうだ。出現するモンスターは主にアンデッド系モンスターで、アイテムをドロップするドラゴンゾンビまでそれほど時間は掛からないと書いてある。
「そう言えば何でアリスはそんな全身黒で染めてるんだ?」
髪も装備も武器も銀で染まっている俺が言うのも何だがこれはしかたないだろう。髪はともかく武器はブレードで銀なのは当然、装備も初期装備のままだから無難な銀だし、うん、やっぱりしかたないよな。
「えっと、その、あまり派手な色だと目立っちゃいそうで」
「黒だけだと逆効果だと思うんだが」
「そ、そうですか?」
改めてといった感じでアリスが自分の服装を見直す。
今は夜だからあまり気にはならないがこれが朝や昼になるとどれほど目立つことだろうか、思わず葬式帰りなのかと尋ねたくなってしまうほどだ。
他愛もない会話の合間にモンスターとの戦闘を繰り広げていると遠目にアランカルト神殿らしき建物が見えてきた。
お出迎えはブレードと盾を装備した骨だけの身体に鎧をまとったいかにもって感じのモンスターが3体だ。何故か3体とも俺を狙ってブレードを振りかざしてきた。骨に好かれても嬉しくもなんともない。
「アリス、俺が引き付けておくから背後から攻撃してくれ」
「………」
「アリスっぅお!」
俯いて返事のないアリスの方に意識を集中させていると危うくボーンソルジャーのブレードの餌食になるところだった。1つかわしても残り2つのブレードは相変わらず俺を狙って空を切り裂いている。
「おいアリーー」
「あひゃひゃひゃ! テンション上がる~!」
「……ス?」
呆気に取られている俺を横目にアリスは走り抜け、狂ったような笑い声をあげながらボーンソルジャーに向かってレイピアを突き刺そうと身体を縮こませる。
「えいっ!」
アリスの攻撃は流石に速い、だがそれも真正面からだと盾でガードされてしまう。
よくは分からないが取り敢えずアリスは放っておいても大丈夫だろうと勝手ながら判断した俺は先ほど俺を襲ってきたボーンソルジャーにブレードを放つ。
右からの攻撃も左からの攻撃もガードされてしまったがすぐさま地面を蹴ってドロップキックで吹き飛ばす。それが調度アリスに攻撃しようとしていたモンスターに当たってすっかり変貌してしまったアリスがサムズアップする。
「おい、お前どうしたんだよ!」
「何が、てかアンタ誰?」
両端から襲いくるブレードをかわし、いなして今アリスが言った言葉を理解するために意識の半分ほどをそちらにもっていく。
好きなキャラに仮装した人がそのキャラになりきると言うのはアニメ好きやラノベ好きな人には珍しくない、だけどアリスの場合はあまりにも変化が大き過ぎる。これはなりきりなんてレベルをはるかに超えてしまっている。これは、まさかーー
「ひゃっは〜!」
「多重、人格?」
前にテレビで見たことがある。何年も前の番組だったのにすぐに思い出せたのはそれだけインパクトが強かったからだろう。
カメラマンにすら怯えていた人が急に俯き、次の瞬間には口調から仕草までーー怯えから落ち着かず動きが止まらない瞳が、突然獲物を睨み付ける獣のような飢えた瞳に変貌するほど細部までーーが全くの別人のように変化したのだ。今のアリスはそれに酷似して……いや、まさしく俺の目の前で人格が変化したのだ。
このまま1人で考えていても真相を知ることは不可能だと早々に思考を断ち切った俺は一瞬の隙を突いてボーンソルジャーの頭蓋骨をブレードの腹でもって粉砕する。ほぼ同じタイミングでアリスもモンスターを倒したのだが、人格は戻っておらず突き刺した頭蓋骨をクルクル回して高笑いをしている。
「おい」
「あひゃひゃひ、あ、何?」
「何じゃねぇよ。お前、アリスだよな?」
「この姿見て疑うとかアンタ目がイカレてるんじゃないの、良い眼科紹介しようか?」
うん、口こそ悪いけど多分アリス、だよな。うん深く考えないようにしよう。
「俺の目事情はどうでもいいんだよ。アリス、お前多重人格者なのか?」
「ピンポンピンポンピンポンピンポ~ン大正解~!」
やっぱり……と言うかこいつの話し方ムカつくなおい。
手に持っているブレードを何とか鞘に納める。アリス(狂)もあきてしまったのかレイピアに刺していた頭蓋骨を興味なさげに捨てる。耐久値がなくなった頭蓋骨は地面に触れると同時に鮮やかなポリゴンとなって消滅した。
「俺のことを知らないってことはお前と変わる前のアリスとは記憶の共有はしてないんだな?」
「んにゃ、ちゃんと共有してるけど?」
「はぁ? でもおまーー」
「考えろよバカたれ、1人の人間に2つの人格があるんだぞ。いくら同じ身体使ってるからって記憶まで全部共有なんて出来るわけねぇだろ」
確かに、もし自分がそんな状態になったらプライベートな部分は隠したいに決まっている。たとえ同じ身体を共有しているとしてもだ。
「つまり、お前とアリスが共有している記憶はお互いにどうでもいいことってことか?」
「まぁ要約すればそんな感じだ。てかいい加減お前呼び止めろよ。俺の名前は、ってそう言えば名前なんて考えたことねぇな」
「どういうことだ?」
「あぁ、なんつ~か俺は自分がいつからこいつの中にいたのかなんて分からねぇからな。気が付いたらこいつと話してたし人格が変わってた」
……こいつと話す?
アリス(狂)の言葉に疑問を抱いた俺は話すとはどういうことかを尋ねる。
「感覚の話になるけどこう……姿は見えねぇけど声は聞こえる…みたいな。そんな感じだ」
うん、わけ分からん。
「俺も分からねぇって言ったろうがバカ」
「さっきから人のことをバカバカと、俺のことはアリスから聞いてねぇのかよ」
「だってこいつが記憶の共有しねぇんだから知るわけないだろバカ」
またバカと。
「分かった分かった。俺はカナメ、少し前にアリスとフレンド登録したんだよ」
「フレンドぉ? こいつとぉ? あひゃひゃひゃ!」
何がおかしいのかアリス(狂)は腹を抱えて笑い出す。
「お前こいつのこと何にも知らねぇだろ。こいつが裏で何て呼ばれてるか分かるか?」
そんなもの俺が知っているわけがない、素直に聞いてみるとまたしても高笑いをしながらアリス(狂)は答えた。
「こいつは少し前からDeath Girlって呼ばれてんだよ。これくらいの英語、分かるよな?」
Death Girl。死の少女。
別に俺としてはどう呼ばれていようと正直どうでもいい。それより何故そんな不名誉な名で呼ばれているのか、そっちの方が何倍も気になってしかたがない。
「その顔はなんでそんな名前で呼ばれてるか気になってる顔だな。ん?」
「だったらなんだよ」
「しょ~がないから俺が説明してやるってことだよ。心して聞けよ」
アリス(狂)は相変らずの自慢げな顔で腕を組み始める。俺に選択肢なんてない、黙って聞くだけだ。
「まぁこいつ自身は何もしてねぇんだけどな。俺があの牛のバケモノ倒した時一緒にプレイしてたやつらを全部ぶっ殺したんだよあひゃひゃひゃ!」
あぁ、そうか、だからアリスはあんなに怯えていたのか。こいつの、せいでーー
「さてと、なんかここらへんにモンスターいないし、俺は眠るわ」
自分勝手ここに極めり、アリス(狂)はそう言うと黙り込んで視線を地面に向けた。そして数秒後、顔を上げたのは俺が知る元のアリスだった。
「……ごめんなさい」
開口一番に謝罪の言葉、多分アリス(狂)のことだろう。
「私、大事なこと。カナメさん、に、黙ってました」
「あぁ、そうだな」
「酷い、女ですよね。迷惑、ですよね」
自虐的で控えめな笑い声を漏らすとアリスはウィンドウを開いく。ウィンドウは半透明なので俺からもアリスが何をしようとしているのか筒抜けになっている。
アリスはフレンド登録の解除を行おうとしていた。
「待てよ」
後は《YES》ボタンを押すだけ、だが俺はその行為をアリスの腕を掴んで制する。
「離してください! これ以上カナメさんに迷惑を掛けたくないんです!」
アリスの悲痛の叫びが原っぱに広がる。遮るものがないここではゆっくりと草木に溶け込むように声は自然消滅する。
「俺がいつ迷惑だなんて言った。自分の物差しで人の感情まで計るなよ」
「そんなの関係ないですよ! 誰がどう考えたって迷惑じゃないですか! あの子は狂ってるんですよ!? 私は、私はレッドプレイヤーなんですよ!?」
レッドプレイヤー。ゲーム内で他のプレイヤーを直接手をくだしゲームオーバーにしたプレイヤーに付けられる最上級の不名誉な称号だ。
ゲーム毎にペナルティや判別方法は異なるが、ここSurvivors Warでは1週間名前が赤くなるペナルティが課せられる。
別にそれ自体が何かゲーム内でペナルティとしてデメリットがあるわけではない、しかしプレイヤーからは自然と侮蔑を含んだ蔑んだ目で見られ、キツイ場合だと迫害すら受けてしまう。
「アリスがプレイヤーを殺したんじゃないだろ? 殺したのはあいつであってアリスじゃない」
「あの子が殺したってことは私が殺したと同じなんです! あの子を止められなかった私の責任なんです!」
残念ながら俺には多重人格者であるアリスの悲しみや苦悩は理解出来ない。そこはどうしても埋められないものだ。だけどこれだけは言える。
「誰にも助けを求めずに周りを拒絶するのは間違ってる」
「ーーッ!?」
ずっと下を向いていたアリスの顔が人格が戻って以来初めて俺の方を向いた。
目には大粒の涙がもういつ流れてもおかしくないほど溜まっている。嗚咽を我慢しているのか口の輪郭はふにゃりと曲がりくねって息も早く浅い。
「今まで何があったかなんて聞く気はない、でも少なくとも今は違うだろ。もしかしたらこれまでの全てを覆せる可能性があるんじゃないか、それをみすみす自分から逃して、今までと同じままで……悔しくないか?」
俺が言葉を言い終えると同時に、アリスの目から涙がこぼれた。
我慢の柱を俺が折ってしまった。強い自分でいようとしていたアリスを俺が、俺の言葉で弱くしてしまった。それは何よりも勝手で酷いことだとは俺だって重々理解している。
でも、だからと言って目の前で苦しんでいるアリスを見捨てられるほど、俺は人間が出来てやいない。まだまだ未熟で青二才の子どもだ。
後先なんて考えるより先に身体が、気持ちが先走る。
それでアリスが一層苦しむかもしれない、その決め手を俺が刺してしまうかもしれない。だけど、まだ一抹の希望があるのなら、アリスが不安から解き放たれるのなら、俺はそこに向かって全力疾走したい。
「俺にアリスを助ける手伝いをさせてくれないか?」
「ひっ……あぅ、ぅ」
アリスに言葉を発するほどの余裕はまだない。だけど目の前の女の子は、確かに肯いた。俺に助けてくれと手をさし伸ばした。
月夜に、初めて会った時と同じように腰のレイピアが光っている。そしてアリスの頬にも、涙の軌跡がアリスの心の闇を照らすように輝いていた。