表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Survivors War  作者: ノイジー
第一部
1/23

プロローグ

 灼熱の太陽が躊躇いなく自己主張している青空に、ガリオン船のごとく優雅にそれでいて堂々と入道雲が漂っている。しかしいくらなんでも自己主張が強すぎやしませんか太陽さん、これじゃ倒れてしまいそうだ。

 だが俺はこんなところで立ち止まっているわけにはいかないんだ。俺が今日という今日をどれだけ楽しみにしていたのかを説明したいところなのだが、生憎それをしてしまうとテレビ局に今から5時間ほどチャンネルを譲ってくださらないかと交渉しなければならなくなるので、ひじょ~~~に残念ながら省かせてもらう。

 7月23日。この日を境にゲーム業界には天変地異ならぬ転変地位が起きる。

 今日は俺が愛して止まないゲーム会社『ヘブラトク社』が革命的なゲームを発売する日なのだ。

 ヘブラトク社は1991年に創設されたゲーム会社で、ファンタジー系からサスペンス、恋愛シュミレーションものと幅広いジャンルのゲームを発売している。そのどれもが本業のゲーム会社と同等の、一部はそれ以上の難易度やハマり要素を含んだ神ゲームと称するに申し分ない物ばかりだ。

 だがこの素晴らしさをしっかり理解出来ているゲーマーは……残念ながら少ない。その理由は何とも複雑なもので、ゲームに力を入れ過ぎるあまりクリア出来ないものが多過ぎるのだ。ラスボスほどの力を持つ敵が3体同時に出てきたり、専門的な知識を知らなかったら絶対に謎が解けない、自分の名前を『あああああ』に設定しないと攻略出来ないヒロインがいる等と、とにかくえげつないのだ。その為多くのゲーマーはクソゲーだと罵るだけ罵って悪評のレビューを付ける。その為ゲーム会社としてはあまりメジャーな名前としては定着していない。

 確かにそれは酷いと俺も思う。その証拠にいまだクリア出来ずにしまいこんだままになっているソフトが両手では足りないほど眠っている。しかし今一度考え直してもらいたい、それほどのゲームをクリアした時……一体どれほどの感動が待ち受けているのかと。

 実際俺がクリアした『デビルクライシス』はラスボスを倒した後、なんと仲間の1人が裏切り者で背後から攻撃されLP 1から戦闘再開なんて予想だにしない展開が待っていたのだ。

 俺は驚愕したね。だって自分が1番気に入っていたキャラに裏切られたーー後から知ったが、この裏切り者は主人公との親密度が最も高いキャラに設定されているそうだーーのだから。

 もちろん何度も何度も倒されたさ。しかもボスを倒さないと出られない部屋でセーブしてるからレベル上げも出来ない始末。戦略を練り、自分の必勝パターンでさえ白紙に戻して挑み続けた。そんなのが1週間ほど続き、俺はやっとの思いでデビルクライシスのエンディングを見たのだ。

 するとどうだろう。自然と目からは熱い涙がツーっと頬を伝い言葉にならない感動の嗚咽を気が付けば2時間も垂れ流していた。

 おっと話が逸れてしまった。つまりヘブラトク社のゲームはその攻略難易度相応の感動を与えてくれる素晴らしいものだということだ!

 そんなヘブラトク社がここ数年、新しいソフトを出さなかった。毎日毎日公式サイトを見てみるものの新しいソフトの発売予告すらない。俺はとうとう経済的に追い込まれてしまったのかと半ば諦めていた。

 だ・が!

 やはりヘブラトク社は俺を裏切りはしなかった。

 7月16日ーー半分日課になっていたーーヘブラトク社の公式サイトを覗き込んでみた。するとそこにはこう書かれてあった。


『7月23日の13時に我々は革命を起こす』


 一般人やそこらのゲーマーが見れば何言ってんだと一蹴するだろう。だが日本…いや世界中でも1番ヘブラトク社を愛しているだろうと自負している俺はその下にある詳しくはコチラを全力でクリックしたね。もう力強く押しすぎてマウスが壊れるんじゃないかと思ったわ。

 とにもかくにも尊敬してやまないヘブラトク社が革命を起こすと言ってるのだから俺は詳細が書いてある文を一字一句逃すまいと目を皿にして読んでいった。そして……

「ふぅ……あちぃ」

 とあるビルの前で足を止める。噴き出した汗を手で拭い、陽射しを撫でるように視線を上へと向ける。

 どこにでもあるような10階建てのビル。だが知っている者にとってはここはイスラエルのパレスチナよりも聖地として自らの心にここの住所を刻み込んでいる。ここは俺達に強大な試練を与えその先に待っている達成感を教えてくれる物が生み出されている場所。ヘブラトク社本部だ。

 既に心臓はオーバーヒート寸前にまで高まっている。手足が震えているのは決して怖いのではない、これは紛うことなき武者震いだ。この不透明なガラス1枚に隔たれた向こう側に…俺はどれだけの感動を知ることが出来るのだろうか。そう思っただけで昇天してしまいそうになる。

 ゴクリと口の中にたまった唾を飲み込み、俺はまだ見ぬ世界への一歩を踏み出した。

「うへぇ~」

 中に入って開口一番に出たのは感嘆の声だった。ここはやはり聖地だと改めて実感させられる。

 天井に大きなスピーカーが吊るされていること以外はよくある会社のロビー。そこは全国から集まったヘブラトク社ファンで溢れかえっていた。大半は俺から±5くらいの人だが、中には30~40代のオジサンまで紛れ込んでいる。そして皆が皆大手から蔑まされている鬱憤を晴らすかのごとく会話に華を咲かせていた。

 しかし、俺が到着するとほぼ同時に天井に吊るされているスピーカーから機械音。そして丁寧な口調の女性の声が流れる。

『皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせいたしました。ただ今よりヘブラトク社の維新を賭けた新型ゲーム機、Shvel Kaiserとその専用ソフト第1号となるSurvivors Warの商品説明を始めさせていただきます』

 アナウンスの言葉を聞き「うおおおぉぉぉ!」と周りの人々が興奮のあまり腕を高らかに上げながら歓喜の雄叫び。俺は表にこそ出さなかったが内心は同じ気持ちだ。

 鼓膜が破れてしまうのではと思うほどの雄叫びは再びアナウンスの声が戻るとピタリと止む。戦争中の日本人もこのようにラジオに食らい付いていたのではと勝手な想像を膨らませる。

『まずはShvel Kaiserについてご説明いたします。Shvel Kaiserはプレイヤー自身がゲームの中に入り込み、自らの身体を使ってゲームを進める全く新たなゲームとなっております。仕組みとしましては首輪のような特殊な機械をはめ、それが脳からの電波信号を読み取りゲーム内の身体を動かす仕組みとなっております』

 次元を超えると言う意味からDimension Over technologyーー通称DOTと呼ばれるこの技術。ゲーマーとしては夢のような、自分自身が主人公となってゲーム内を動き回れる技術。今まで数多くのゲーマーがこれを望んでいたことだろう。コントローラーによって制御された動きではなく、無限と言っても過言ではない動きが出来る。この魅力を味わえないゲーマーには少し申し訳なくなってしまうほどだ。

 だが、ここまでは公式サイトでも説明されていたものだったので皆テンションは上がっているが、本当に待っているのはその次の説明である。

 淡々とShvel Kaiserの説明は続く、途中専門用語が出てきたが何となく理解は出来た。これもヘブラトク社のゲームを続けた為無駄に貯め込んだ知識のお陰だ。

『続いてSurvivors Warの説明です』

 ブワっと場の空気が一変する。もちろん俺もその一員だ。何せソフトの説明は着いてからのお楽しみとして公開されていなかったからだ。

『本作は人の力を遥かに凌駕するモンスターを倒しながらその元凶であるラスボスを倒すアクションRPGゲームです。大手様の作品名を拝借するなら━━』

 ゲームのジャンルを聞いた途端に僅かながら落胆の溜息がチラホラと聞こえた。恐らくその人達は恋愛シュミレーションゲームなどを期待していたのだろう。俺は落胆などしてはいない、3DアクションRPGは俺の最も好むジャンルだからだ。

 約10分の説明が終わりを迎える。

『以上でShvel Kaiser とSurvivors Warの説明を終えさせていただきます。ご意見や問題等々は電話ではなく公式サイトのメールフォームへご連絡いただきますようにお願いいたします。確認後こちらからお電話させて頂き問題解決まで親身にアドバイスさせていただきます。

 それでは皆様、これよりShvel KaiserとSurvivors Warの販売を始めます。なおご値段につきましては……この場にいる皆様に限り本機とソフトを無料配布させていただきます。公式サイトの詳細をクリックされた方の分ご用意しておりますので数は十分にございます。慌てず1人1つずつお持ち帰りください。

 本作は我が社初となるオンラインゲームです。その為本格的な始動は明日の21時からとなります。それまでは起動いたしましてもアカウントの登録しか出来なくなっておりますのでご注意ください。

 それでは皆様……』

 アナウンスの言葉に合わせて奥の扉が開かれ、その奥にはスタッフが扉の数だけいて、その隣にはShvel Kaiser とSurvivors Warが入っている箱が山積みにされている。

『ご存分にゲームを楽しんでくださいませ』

 その言葉を最後にアナウンスは終わり。我先にゲームを手に入れようとするゲーマーがドドドドドッと全速力で走り出した。俺はと言うとわざと人の波から外れて後方で待機している。どうせ数は足りるんだしゲームが出来るのは明日の夜から。つまり急いでShvel KaiserとSurvivors Warをもらう必要性は皆無。人がいなくなってからノンビリもらいに行きましょ。

 出遅れたと血眼になって全力疾走する人を横目に隅にポツンと置かれている1人用の肘掛け付きの椅子に腰掛ける。

「ん……?」

 するとまるで見計らったかのように携帯が振動してなんらかの着信を俺に知らせた。

「ほいほい誰ですか~?」

 後ろポケットから携帯を取り出すと待ち受けの上部に小さなLIMEのアイコンが出ていた。素早くパスワードを解いてLIMEを起動する。

 通知はクラスの女子グループの中でも上の立場にいる子からだった。

『明日から夏休みだし~皆で海に行くんだけど城沢くんも来るよね~?』

 ………正直面倒。と言うか夏休みはニートばりにゲームにのめり込む予定だ。皆で海に行くのは確かに魅力的だし楽しそうだがShvel Kaiser&Survivors Warと天秤に掛けると判断に苦しむことはない。

 パパパッとキーボード入力を済ませる。

『ごめん、夏休みは親に勉強しろって言われてるからパス。俺の分も楽しんできてくれ』

 面識のない親を引き出すことで相手に強制的に連れていく選択肢をなくさせる。我ながらよく考えられている……まぁそれと同時にそこまでして行くのを拒否するのは些か良心が痛むのは自らが犯した罪への罰として受けるとしよう。

 思惑通り相手の女の子はこれ以上誘ってくることはなく無事難を逃れた。いや、決して皆と海に行くのが嫌なわけではないぞ? 今年はタイミングが悪かっただけであって……ほ、ほら去年はちゃんと参加したし!

 携帯を出したついでに朝から溜まっているメールをチェックしていく。メルマガに携帯会社からのお知らせ等々…まぁ非常にどうでもいいものばっかりだった。

 まだまだ人が減る気配は微塵も感じられない。仕方ないので携帯にダウンロードしてあるゲームで時間を潰すことにする。流石に携帯ゲーム機を持ってきて外でする勇気は俺にはない。周りからの視線が辛すぎるだろ。

 パズルゲームで集中しだすと独りの世界に入ってしまう癖がある俺の耳には周りの雑音はシャットアルト、行き交う人の姿などもちろん眼中にない。目の前のバラバラに崩されたパズルしか入らない。

 流石難易度MAXのパズルは時間が掛かる。まぁヘブラトク社のに比べたら可愛いものだ。通常3×3の9ピースなのにヘブラトク社は5×5の25ピースともう解かせる気など毛頭ないと言っているようなものだ。

 最近パズルをやってなかったからか時々詰まりながらも全体的に見ると玄人レベルくらいの速さでピースは見事揃った。

「もう他にいらっしゃいませんか~!」

「へ……?」

 奥から聞こえる社員の言葉に俺は咄嗟に反応出来なかった。そして周りを見渡してみると人がいないとこれだけ広かったの思うほどガランとしていた。

 ヤバッ、集中し過ぎた!

「は~い! いますいます!」

 慌てて椅子から立ち上がり小走りで唯一開いている扉向かう。社員さんがクスリと笑っているのを遠目で確認した。あ~恥ずかしい。

「すみません」

「いえいえ、それではこちらをどうぞ」

 そう言って社員さんは部屋の奥に手を向ける。

「あの、何をするんですか?」

 俺の質問に社員さんは慣れたように笑顔のまま説明を始める。

「Shvel Kaiserで行うゲームは全てプレイヤー様本人が主人公です。そのため従来までの決められたパーツでの組み合わせの設定は行いません。その代わりとして……」

 社員さんに促され部屋の奥に入るとまたしても扉が待ち構えている。その扉の奥にあったものとは……

「おぉ…」

 大きな医療現場などで見かけるCTのような機械。今までの説明と照らし合わせて俺はこれが何に使われるのか瞬時に理解した。

「こちらでお客様の身体をスキャニングし、よりリアルに近付けるようするため導入したものでございます」

 いつもは他社との競争での部分しか見たことなかったが、その勢いが自社オリジナルとなるとここまでの力になるのだと実感させられた。

 だが俺はここで一抹の疑問を抱いた。

「あの、Survivors Warってオンラインゲームですよね。オンラインで顔出しするのが嫌な場合はどうするんですか?」

 オンラインゲームの長所として上げられる中に顔出しは控えたいが他の共通の好みを持つ人と仲良くなりたい、そう思う人だって少なくないだろう。だがこの方法だとどうしてもそれを避けれない現実がある。

「その事でしたら問題ありません。アバター作成の時にここで作った自らの姿を使うもよし、作ったアバターに装飾品を足して顔を隠すもよし、またこちらで用意したパーツを組み合わせてもよしと対策は万全にしております」

 流石ヘブラトク社と言ったところだろう対策に余念がない。

「じゃあよくある目に布を被せて目だけを隠すってことも可能なんですね?」

 もちろんでございます。と、社員さんの表情は自信に満ち溢れている。

 そうと分かればこちらとしても異論はない。早速取り掛かってもらいたい。

「それではスキャニングを始めさせていただきますので、服を脱いでもらえますか?」

「はい、了か………はい?」

 をい、今何て言ったこの人。服を脱げだぁ!?

 社員さん曰く、よりリアルとの違いを小さくするために出来るだけ露出を出した方がいいそうなんだけど……

「よかったらお手伝いいたしましょうか?」

「イエ、ケッコウデス」

「そんな遠慮なさらずに」

 この人すんごい食らい付いてくるんだけど、何、そんな人肌恋しいの!?

「あら、意外と筋肉質で……」

 違う。これはただの痴女だ。

 社員さんの猛攻を何とか逃れた俺は無事トランクス1枚の姿になった。いや~手をワキワキさせながらズボンを掴まれた時は真剣に貞操の危機を感じたよ。

「それじゃあ始めますね」

 CTに寝転んだ部分が上に上がっていく。あっという間にCTは終了。後はCTで取ったデータを読み込む為のパスワードを作成して全行程は終了を迎えた。

「ありがとうございました~」

 あの痴女っぷりはどこへやら、社員さんは見事な営業スマイルで俺を送り出してくれた。

 ビルを出ると上からの直射日光、下からのアスファルトによる反射熱でムワッとした空気が漂っている。だけど今の俺にはさして大きなダメージとしては感じなかった。手に持っているShvel KaiserとSurvivors War、早くこいつらをプレイしたい。その気持ちが脳に麻薬のような働きを掛けているからだ。

 そんなふわついた気持ちのまま、俺は自宅への帰路に就いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ