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「一番欲しいものは手に入らないと思っていた……いつも代わりを求めていたんだ。でも、あきらめることは慣れていたはずなのに、お前の代わりだけはどうしても見つからなかった。まだ信じられないよ、お前が俺のこと男として見ていてくれたなんて。だから……実感が、欲しい」

 尾崎さんの唇が、頬から首筋へと移っていく。その手が、私の胸のふくらみに触れて、反射的に声にならない悲鳴をもらしてしまった。こわばった私の体に気づいて、尾崎さんの手がとまる。ゆっくりと、起き上がった顔には驚愕の色がのっていた。

「……もしかして、初めて?」

「どうして、もしかして、なんですの」

「いや、すばらしく気持ちいい脱ぎっぷりだったから、てっきり……」

「あんまり頭にきて、他のことなんて考えていられませんでしたあ」

「そりゃあ、怒らせた俺に感謝、だな」

 くつくつ、と笑う尾崎さんの笑顔は、めちゃくちゃいい顔で。そんな笑顔も初めて見る。

「あいにくと、10年も思い続けた方はとんでもなく鈍感な方でしたの。こんなことなら、他に何人かボーイフレンドでも作っておけばよかったですわあ」

「でも、作らなかったんだろ?」

 からかうような声にむっとする。

「たまたまですわ。これでも結構、もてるんですのよ?」

「なのに、いまだに男の一人もいないわけだ。そんなに、俺のこと好きだったの?」

 普段のとぼけた姿からは、想像もつかないしたたかなセリフ。

 これが、この人の本当の姿。


 私たちが婚約する少し前、尾崎産業は傾きかけていた。それを盛り返して、今、尾崎グループの中心として盛んなのは、実はこの男の手腕だ。

 だけど、今のところ表舞台には、まだこの人は登場してはいない。決して表面には出てこず、裏でさりげなく業界を操って尾崎産業をここまで大きくさせてきた。それに気付いている人は、多分、そう多くはない。尾崎さんの父、尾崎信吾さんだって、そのことに気づいているかどうか。

 10年近くも、よくこの姿を隠していられたこと。

 私の愛した人は、とんでもない猫かぶりだわ。


「それは、わざわざ確認しなければいけないことなんですの?」

 本当に、憎らしいったら。

 ふてくされながらそっぽを向いた私の耳に、穏やかなつぶやき聞こえた。

「そうだな……。こんな愉快な気分は、本当に久しぶりだ」

 長い指が、そっと頬に触れて正面を向かされる。穏やかな表情の尾崎さんが、唇が触れるぎりぎりのところまで下りてきて、小さくささやく。

「誰も、触れてないんだな。お前の体」

「……尾崎さんが、初めて」

 心底嬉しそうに、尾崎さんが微笑んだ。

「ごめん。今ダメって言われても、もう止められない」

「望むところですわあ」

 色気も何もない私の戦闘態勢にも、尾崎さんは嬉しそうな表情を変えなかった。あまり近づくと、激しく鼓動を打つ心臓の音が聞こえてしまいそう。それはちょっと恥ずかしい。

「優しくするよ」

 聞こえるか聞こえないかの声でそういうと、私に深く口づけた。

 そして。


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