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立ち上がった私は、生まれて初めて、声を荒げた。荒げずにはいられなかった。
「私の気持ちは、どうなるんですの?!」
「君の……気持ち?」
尾崎さんが、きょとんとしたように繰り返した。
「私の本当の気持ちも確認しないうちから、可哀そうだなんて勝手に決めつけないでください! 16の誕生日に大事な話があるといわれて、きっとプロポーズしてくれると期待して……そんな私の気持ちは、どうしてくれるんですの?!」
少したれ気味の細い目が、これ以上ないくらい大きく見開かれた。
言いながら、ぽろぽろと涙がでてくる。
んもう、泣きたいわけじゃないのに。激昂しすぎて、涙が止まらない。
「ど、して……」
かすれた声が尾崎さんの口からもれた。ゆっくりと立ち上がると、目線が私より上にくる。
どうしてですってえええ? この、とうへんぼくっ。
「あなたが好きだからに決まっているでしょお!」
見上げて怒鳴っても、迫力なくてしまらないわ。
「だって……こんな、歳も離れているし……義理の婚約者で……」
「初めて、私たちが会った時のことを覚えています?」
なんだか煮え切らない尾崎さんの言葉を遮る。
「あの時のあなたの笑顔が、本物だったから」
「本物? でも、あの時の僕は……」
かすかに尾崎さんの顔がゆがむ。
「わかっています」
幼いころから、私の周りの大人といえば、父や祖父にご機嫌をとろうとする人たちばかりだった。一人娘ということもあって、二ノ宮財閥とつながりをもとうとする大人たちは、醜い欲望をその笑顔の下に隠して私に近づいてきた。
子供だからわからないと思っていたのかしら? 残念でした。子供って案外と敏感なのよ。それが嘘か本当かなんて、簡単に見抜くようになるんだから。
でも、尾崎さんの笑顔は違った。その笑顔の下にあったのは、醜い欲望じゃなかった。
その下にあったのは、私が初めて目にする感情。
あわれみ。
あの時私は、生まれて初めて、人にかわいそうって思われたのよ。
何不自由なく育てられた、恵まれたお嬢様。誰もがそう言って私を羨んだ。なにもかもを押し付けられて作りあげられた私を見て、本当の私を知らないままに。だから、そんな風に思われたのは、思ってくれたのは、尾崎さんが初めてだったの。
「かわいそうって……そうして、尾崎さんは笑ってくれたじゃない!」
それでも、その笑顔の底にあった気持ちは本物だったの。たった7つでもう笑うことに疲れていた私が、思わず好きになってしまうくらい。財閥令嬢としての私じゃない、丸裸の二ノ宮由加里だけを見てくれた微笑み。
怒りながら泣き続ける私に、呆然としたまま尾崎さんはただ立ち尽くしている。
「それが好きになる理由じゃいけないの?! あの笑顔を、私だけのものにしたいと思っちゃいけないの? ばかにしないでよお。こっちはもう、10年近くも待っていたんだからあ。ずっと尾崎さんだけ。なのに、ひと、人の気持ちも知らないで……」
「由加里……」
小さくつぶやいた尾崎さんに据えた目を向ける。
ほんっとに、あなたは。そんな私の気持ちを、思いっきり踏みにじりましたのよっ。
私は帯どめに手をかけると、ほどいたそれをいきおいよく引き抜いた。
しゅっ。
そうして、手早く着物を脱いでいく。
「っ! 何を……!」
「黙って見てなさいっ!」