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冗談じゃないわ。
その瞳には、めらめらと怒りの炎が燃えていた。
何を、今更。今日は、尾崎さんにプロポーズされて、今までで一番幸せな誕生日になるはずだったのに……
子供ですって? かわいい妹?
ふざけるなですわ。
私は、すくっと立ち上がると、目的の場所目指して勢いよく歩き始めた。
「あ、由加里ちゃん。大丈夫?」
帰ってこない私を心配したのだろう。所在なさげに窓を眺めていた尾崎さんが、ほっとしたように振り向いた。
「遅くなってごめんなさい」
私は、にっこりとほほ笑む。
「ねえ、尾崎さん」
「なんだい?」
いつもと変わらない柔らかい笑顔。二人の別れを告げても。
「もう少し、お話がしたいの。お時間、いただけるかしら?」
その時の尾崎さんは、なんとも微妙な顔をした。
「いいよ。帰りはちゃんと送るからね」
部屋を出てエレベーターのボタンを押す。私が押した階数表示を見て、尾崎さんは眉をひそめた。
「由加里ちゃん……?」
「二人だけでお話がしたいものですから、お部屋をとりました」
たとえ人目のあるところであろうが、冷静に話をできる自信がありませんでしたので。
私の心の声が聞こえたのかどうなのか、尾崎さんが息をのむのがわかった。そんな尾崎さんに、満面の笑顔を向ける。
「ご心配なさらないで。いきなり襲ったりしませんわ」
「あ、ああ……」
動揺した尾崎さんは、すぐに平静を取り戻す。
「それは、立場が逆でしょう。僕も、絶対何もしないから安心して」
……そう断言されるのも、すこおしプライドが傷つくのですけれど。
軽い音がして、エレベーターの箱が開く。
ついた先は、最上階のスイートルーム。ドアをあけると、眼下に広く、街の明かりが散らばっていた。
私は、状況も忘れて思わず声を漏らす。
「きれい……」
くすりと、背後から声がする。振り返ると、尾崎さんと目があった。とても、穏やかな笑顔で。
「由加里ちゃんの、そういうとこがとてもいいと思うよ」
「どういうところですの?」
「いつでも、素直に自分の気持ちを言えるところ」
尾崎さんは、どさりと中央のソファに座り込む。その態度がなんだか、疲れているみたいに見えた。私は、正面のソファに浅く座った。
「そうでしょうかあ。これでも、かなりへそ曲がりですのよ?」
「そうなんだ」
「そうですのお」
つんとする私に、また尾崎さんが笑う。
「どうして、破談にしようなんて言われるのです?」
まっすぐに見つめた私に、尾崎さんも真面目な顔になった。
「だって、君だっていやだろう? 政略結婚の道具なんて」
「政略結婚……」
「もともとは、君のお父さんからうちに来た話なんだ。うちとしても、二ノ宮財閥とつながりができるのはありがたい話だった。でも、ずっと、君のことは気になっていたよ。まだ幼い君に、大人の都合で将来を押し付けてしまったんだからね。可哀そうだとは思っていたんだけど、なかなか機会がなくて……。親の言うとおりに結婚なんて、いまどきはやらないよ。だから……」
「だから、私に優しくしてくださったの?」
言葉に詰まった尾崎さんは、目をそらしてうつむいた。
「そうだよ。じゃなきゃ、一回りも下の子供と結婚だなんて本気にするわけないだろう?」
ぶちっ。
尾崎さんのセリフを聞いた瞬間、頭のどこかが切れた音がした。
「馬鹿にしないでください!」