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尾崎産業の専務という肩書を持つ尾崎さんは、副社長である兄の補佐として肩書き以上の仕事を手広くなんでもやらされている。ようはうまくこきつかわれてるらしく、かなり忙しい日々を送っているはずだ。夜7時にディナーの予約なんて(しかも、私を自宅まで迎えに来て!)、いったいどれだけの魔法を使ったのかしら。
「ありがとうございまあす。でも、あまり無理なさらないでくださいねえ。お忙しいのでしょう? 暑い時期ですし、お体は大切にしてください」
「……君は、優しいね」
一瞬、その言葉とともに、瞳に暗い影が落ちた。
「尾崎さん?」
「そういえば、夏休みは、どこかへ出かける予定はないの?」
伏せられた目を上げたときには、もういつも通りの柔らかい笑顔がのっていた。
気のせいだったのかしら?
「お盆があけたら、クラスの友達と山に行く予定ですの」
「ええと、高瀬さんだっけ?」
「そおですわあ。高瀬さんと、あと、2名」
「2名……もしかして、男の子、とか?」
尾崎さんのはしが止まった。
「ええ、宮本君と梶原君。同じ班で課題の共同研究をすることになったんですけど、どうせ休みだから遠出しようということになったんですう」
私が山の名を告げると、尾崎さんは、ああ、とうなずいた。軽いハイキングが楽しめる有名な山だ。けれど、やけに視線がさまよっているように見えるのは、どうしたわけかしら。
「へえ。そうなんだ」
めずらしくため息をついて箸をおいた。
やっぱり、仕事、大変なのかしら。
「あの……」
「あ、忘れるところだった。由加里ちゃんにプレゼントがあるんだ」
どきん。
ふいにバックを探った尾崎さんの言葉に、胸が高鳴る。もしかして……。
「お誕生日、おめでとう」
渡されたのは、期待したような小さな箱ではなかった。
なあんだ。指輪、くれるかと思ったのに。
「わあ、ありがとうございます」
内心のがっかりはおくびにも出さず、私は満面の笑顔を浮かべて見せた。受け取ったのは長細い小さな箱で、指輪ではないにしても、中身はきっとアクセサリー。ネックレス、かな。
「開けてみてもいいですかあ?」
「いいよ。気に入ってくれるといいんだけど」
開けてみると、やっぱりネックレスだった。ゴールドの細い鎖につけられたペンダントトップは、小さいダイヤをいくつかちりばめた細長いハートのモチーフの右肩に、薄い黄緑色の石が一つついている。
かわいい。きっと、尾崎さんの中の私のイメージってこんな感じなのね。
「素敵……ペリドット、ですねえ」
「うん。8月の誕生石だよね」
うふふふ。嬉しい。プレゼントをもらうのは初めてじゃないけど、アクセサリーは初めてだ。
でも、誕生石なら、指輪でくれたらよかったのに。
「つけてみます」
「じゃあ、僕がやってあげよう」
正面に座っていた尾崎さんが、立ち上がって私の後ろへとまわる。ネックレスを渡すと、しゃら、とかすかな音が耳の後ろでした。邪魔にならないように、おろしたままの髪を片方へと束ねる。