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そうして、また私の横に寝転がる。さっきの痛みを思い出して、思わず体がかたまった。そんな私を見てしばらく考えるような仕草をしたあと、尾崎さんはそっと私の髪をすいた。
「俺はね、あきらめてばっかりだった」
ぽつりと、尾崎さんが言った。
「幼いころから尾崎の子供として、それなりに育てられてきた。所詮、尾崎は兄が継ぐとは決まっていたけれど、それでも持ち物でも進路でも、趣味さえもなにもかも、尾崎にふさわしいもの、を決められて、俺はそのひかれたレールの上を、ただ歩いてくるだけだった。まあ、お坊ちゃんなんてそんなもんだろうし、さして不満もなかったよ。考えないことは、楽だったしな」
うん。わかる。うちもそうだから。
「でもさすがに、19で7つの子供と婚約って、どうかと思ったよ。一応、反対はしたんだぜ? おやじにとっちゃ、どこ吹く風、だったけど。だから、君の七五三のお祝いも、行く気はなかった。どうもあれを初顔合わせにするつもりだったらしくて、結局あとから引きずられて行ったけどね」
それで、あの日のパーティーでは見かけなかったのね。
「初めて君を見たとき、君は池のほとりに一人で立っていたね」
「覚えていてくれたんですかあ」
「ああ。よく……覚えている」
いいながら、私の横に肘をつく。私は、身じろぎをするふりで、体の緊張を解いた。しゃらりと、胸のネックレスが動く。
「まあ、婚約者ということをのぞけば、あの時、君に会うのは純粋に楽しみでもあったんだ。二ノ宮の一人娘といえば、聡明で大人まで言い負かす明朗快活なお嬢さんで有名だったからね」
尾崎さんの言葉に、かすかに目を見張る。
そんな噂になっていたとは。
「知りませんでしたわあ」
それって、子供の噂としてはどうなのかしら。
「半分は、やけくそで会いにいったんだけどね。でも、初めて見た君は、疲れて途方にくれた小さな年相応の女の子だった。俺を見ても、愛想笑いすらしなかったしね」
「あの時はあ、もうパーティーの終わりで疲れ切っていたからです。もう少し早くいらしてたら、とびっきりの作り笑いをしてさしあげたのに」
そんな憎まれ口をもいとおしむような尾崎さんの視線を、うけとめる。
「疲れていたのは、パーティーにだけかい?」
からかうような言葉に、目を見開く。
それ、は……
「同じだと思ったんだよ。俺と同じ、この子も、あきらめることに慣れて、この年でもう疲れているんだって。しかも、今度はこんな年上の婚約者に、女の子が最大の希望を持つであろう結婚の夢を、いとも簡単に奪われるんだ。……かわいそうだ、って、心から思った」
それが、あの時の笑顔。
「同病相哀れむっつーの? そう思ったら、なんだか無性に、この子を守らなきゃ、って気になっちゃってね。俺と同じ道は歩ませたくないって、心底思ったんだ。いつか由加里が本当の恋をするその時までは、と、一種の防波堤になるつもりで婚約した。あのころの君は引く手あまたで、君を手に入れるために裏では結構汚い手も使われたと聞いている。だから、とっとと君の相手を決めてしまったんだ。君のパパはね、俺と婚約させることで、君を守ろうとしたんだよ」
初めて聞く話に、目を丸くした。
「知らなかった……パパが、そんなことを考えて……」
「直接聞いたわけじゃないけどね。あのころの状況を考えたら、そうは違ってないと思うよ。じゃなきゃ、たった7つの愛娘にとっとと相手を決めようなんて父親がいるもんか」
「父はあなたが欲しかったんですわ」
私の言葉に、尾崎さんが片方の眉をあげた。
「気づいていますわあ。あなたのこと。だから、婚約者にあなたを選んだんだと思います」
「おやおや」
うちの父は、尾崎さん以上の狸だ。そうでなければ財閥の総帥なんてやってられない。